MATSUO MEMO
   


KUNIHIKO MATSUO
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    Tue, 28 Feb 2006

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    Sun, 26 Feb 2006

    Everything and Nothing
    今の家に越してきてからもう一年とひと月ほどたつが、未だに段ボールが転がっているままだったりするのは、夫婦そろって忙しいからだ、と書きたいのだけれど、それはただ単にずぼらだからだ。
    ここで、夫婦そろって、なんて書くとうちの奥さんに怒られそうなのでいちおう書いておくが、俺がやるといって手を触れさせないのは俺だ。
    二人とも、やるなら徹底してやらないとうまくいかないタイプなので、とりあえず少しやる、みたいなことでは結果を出せないのだ。そんなわけで、こういうわけだ。
    週末は、とっちらかった部屋を片付ける予定でいたのだけれど、寒くて仕方がないから本を読みながらごろごろしてしまった。
    いや、まだ時間はある(日曜日夕方5時)ので、これからやる予定だけど。
    とにかく、いらないものが多い。いや、そんなにものがおおいわけではない。多分、何がどうなっているのかと分析するに、整理されていないのだ。書類にしても資料にしても、きちんとファイリングされていないためバラバラと散らかり、それが故に無価値なものとなって、狭い家の中ではただ邪魔になり、時々大量に捨ててしまう。だから、過去のいろいろな活動の記録などは、一切手元に残っていない。無意味にためるか無選別に捨てるか、どっちかだ。
    しかし、寒いな。ただでさえ寒いのに、寒々しいデビッドシルビアンの歌とか聞いてるから、よけい体温が落ちる。足を温めてから、「いるいらないボックス」を作り、へやを片付けることにしよう。
    ジャイのワークショップの人の集まり具合によっては、というか、そんなに人が集まらない予感がするのだけれど、経費節約のために家に泊まってもらうことになると思うので、ちゃんと客間を作っておかなければいけないということもあるのだ。
    ほんとは、ちゃんと日本旅館にでも泊めてやりたいんだけど・・・。

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    Fri, 24 Feb 2006

    もうそろそろ回復するかな・・・
    東京に帰ってきてから、胃の調子が悪い。胃酸過多の状態がずっと続く。これは,胃がインドスパイスモードになっているところにみそ汁やあじの開きやカツ丼や牛丼を流し込んだからに違いない。胃がものすごいテンションでスパイス攻撃を待ちかまえているところに柔な食い物がやってきてちょっととまどっているようなイメージにとらえられて仕方ない。
    帰ってきて初めてオリンピックが開かれている事に気がついた。インドでは全く話題にもなっていなかった。冬季オリンピックやらサッカーワールドカップなんてのは、インドではあんまり興味もたれていない。それよりも、クリケットのリーグの方が断然人気がある。
    クンバコーナム滞在中、パキスタンとインドという宿命のライバルのマッチがあって、みんなで映りの悪いホテルのテレビにかじりついてみていた。俺は全くルールが理解できないので茶を飲みながら仕方なくつきあっていた。スンダが一生懸命ルールを説明してくれるんだけど、それでもさっぱりそのおもしろみが理解できない。彼らには野球のおもしろみがわからないようで、あんなものはクリケットに比べればガキのやるキャッチボール遊びくらいに単純で浅いものなのだそうだ。しかし、スンダは一応スリーストライクとフォアボールがあることくらいはしっていたが、ほかの面々はバッターは打ってから一塁ベースに走ることさえも知らなかった。フットボール?やっぱりアメリカが強いんでしょ?あれも、みたいな。おれはラグビーの方がみていておもしろいなあ、という反応。ところ変われば何とやらだ。
    日本のテレビではオリンピックやワールドカップが、まるで「世界大戦」のような全世界上げての大騒ぎのようになってるけど、あれはあれで非常にローカルなお祭りなのだ、実際。
    とにかく、俺がクリケットや野球に熱中することはこれからも決してないだろう。俺が子供の頃、自分で野球チームでプレイしていた頃、俺にとって野球はとても単純なものだった。「打って守って、そのどっちもうまくやればいい」それだけの話だった。観客になってみて、その一連の行為の中のものすごい情報量を言語化、数値化しながら観戦するようになると、とたんに興味が失せた。やってみて言葉にならない情報の渦に身を置いてみないと、熱中できないのだ。観客の立場で、応援してるチームがしくじっただのうまくやっただの、日本が負けたの勝ったのと言うことだけでは、どうも熱中するためのモチベーションとしては薄い。
    どうでもいいけど。
    荒川静香さんが金メダルを取ったんだね。すばらしい。
    いつもスケートをみていて想像して笑うんだけど、ああいう世界でもアートの歴史のように、たとえばセザンヌとかピカソとかデュシャンとかウォーホルのような革命的な仕事をする人とか出てくるのだろうかね?カニングハムみたいな振付始める人とか。ダダイストのスケーターとか。バウハウスのオスカーシュレンマーの変なバレエとか。芸術点、というけど、芸術とは何か?みたいな根本的な問いがスケートの審査にも生まれたりして(笑)。
    体調は回復してきた。しかし、寒いと気力がキープできないし、体がひえてこわばると、それが病気か何かのように感じてしまって、テンションが下がる。
    昨日は、いいな酸と打ち合わせを少し。ジャイのスケジュールやら京都の西部講堂でのパフォーマンスの件。ずいぶん厳しい条件のようだ。

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    Tue, 21 Feb 2006

    帰国
    帰りの飛行機はつらかった。さむいし。回復したかな、と思って試しにビール飲んでみたら、吐くし。待ち時間長いのに、ビールも食い物も受け付けないのでやること無いから、寝てた、といいたいけど、ベンチで目を閉じても体が痛くて寒くて寝付けなかった。
    おかげで家についてさらに熱が出て寝込む。いま、深夜十二時。二十一日になったところ。
    あ、でも心配しないでください。決してマラリアとか鳥インフルエンザとかではないですから。

    それにしても寒すぎるので、自分が感じているこの寒さが熱から来るものなのかただたんに寒いからなのか、このけだるさが熱から来るものなのかただたんに寒いからなのか、わかりかねるくらいに今混乱している。

    もういいや、明日にしよう。
    今回の滞在では、YMOと細野晴臣とvelvet undergroundをよくきいてました。でもいつもインドで「ああ、今ききたいなあ・・・」と思う「コチンムーン」を今回も忘れた。 インドで下痢になるたびに、トイレで横尾忠則の「でるものは全部出した方がいい・・でるものは・・・」というコチンムーンからの言葉が繰り返される(笑)

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    Sat, 18 Feb 2006

    0217
    今回の滞在中は、全く健康をを害することはなかったんだけれど、最後の最後になって、熱を出して寝込んだ。
    二月十七日は一日中ジャイの家で寝ていた。なぜかインドで熱を出したり腹をこわしたりして、日本から持ってきた薬が効いたためしがない。パブロンもバファリンもノーシンも正露丸も、全く効力が感じられない。とにかく、寝て耐えるしかない。
    今は十八日の朝八時半。熱はまだあるようだけれど、昨日に比べると良くなってきている。日本でなら気合いで熱の事なんて忘れてしまえるくらいの体調にまで回復した。
    この最後の発熱は、多分疲れとインドに対する気持ちから来るものだと思う。寝ながら考えていたことはインドとインド人に対する不満ばかりだ。どうしても頭から払拭することができない。日本に帰れば収まるのだろうけど、今はインド人のあの首振りや独特のインドなまり英語を聞くのもイヤだ。そして、そういう自分のつまらない心の狭さがイヤだ。
    いくつかやっておかなければいけないことがあったのだけれど、どうにも終わらせることができないので、東京に戻ってからになってしまいそうだ。一つはリハーサル用のタイムカウンターの作成。もうひとつはサウンドトラックCDの作成。それからだめ出しノートの作成。これに関しては口頭ではいろいろ伝えてはいるけれど、ちゃんと文字にしてやらないと、どうも彼らはすぐ忘れる・・というか無視をしがちだ。そして勝手に物事を進めたり思いこんだりする。それからプレゼン用のショートエディットDVDのタイトルとコピーライトを作り直させる。もしすでにどこかへ送ってしまったのなら、回収させる。
    これからシャワーを浴びて事務所へ行き、ヨーロッパツアーの日程のことやバジェットのことなどを話して、時間があったら、カウンターの録画。DVDから音だけ取り出てCDを作るのくらい、自分たちでできるだろ・・・?というのが通用しないところなので、やってやらなければいけないだろうな・・・。土産物を買いに行く時間なんて無い。あ、LEDの件もちゃんと話をつけておかなければ・・・。まだ税関でとまったままだ。どうなってるんだ、この国は。何度も問い合わせてもらっているが、ショッキングなことに、ケースの鍵をバールでこじ開けたらしい。なんの断りもなく。この国ではお上は絶対なので、そんなことがあっても泣き寝入りするのが普通なのだそうだ。しかし、俺は泣き寝入りはしないつもりだ。保証してもらう。インドの税関相手に裁判を起こしてもいいと思っている。ほんとにあたまにきた。しかも、こじ開けて中を見ても、なんの事やらわからなかったらしく、今監査中なのだそうだ。LEDです。ライトです。アート作品です。ステージ用機材です。と、何度も言っているのに・・・。荷物の申請バリューに応じて、関税をしこたま払わなければいけないらしい。払ってしまえばなんてことはないんだろうけど、アタカラリとしてはそんな大金払いたくないのだろう。とにかくジャイの来日のときまでには何とかして、一緒に手持ちで持って帰ってきてもらうように言っておいた。
    今日は十時半の飛行機なので、あの空港へは八時半に着いていないといけない。東京に帰れば、それはそれでまた大変な生活が始まる。最近、一番自由でいられるのは飛行機の中なのかも知れない、と思う。

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    0216
    二月十六日。いま午後六時五十分。ジャイの家でマットレスに横になっていたけれど、眠れなかった。まだ熱がある。熱のせいで体の節々が痛い。
    けさ六時半、トリッチーからの寝台車でバンガロールへ戻ってくる。正規の到着時間は五時半。「五時半は六時半ではない!」と誰かに小一時間訴えたかったのだけれど、仕方なくあきらめる。
    ハンピへかみさんといったときは、ACスリーパーという、それなりのクラス(とはいえ、日本であれだったら困ったことだけど)だったのだけれど、今回は枕もシーツもなく、狭いボックスに六人、まるでカプセルホテルのように寝るシート。窓はこわれていて閉まらなかったので、一晩中がんがんに風が入ってくる。ジャイはそれを知って気を遣ってくれて窓から遠い一番上の寝台を譲ってくれたのだけれど、寒いのなんの。明け方は冷え込む上に一晩中あの風にさらされていたので、すっかり風邪をひいてしまった。しかし、あんなに風が吹き込んでくるのに、一晩中便所のにおいがするのは何でだろう・・・・。くそとションベンのにおいだ。それにでかいゴキブリ。オヤジやガキ、おばちゃんの金切り声、ひっきりなしにつけたり消したりされる蛍光灯。全く他者を認識していないかのようだ。一晩中眠れず、インドを恨み続けた。日本の文化がいかにすばらしいか、インドの文化がいかに劣っているか、などと、考えることを止めることができなかった。ヒンズーの文化やインド人への畏敬の念や尊敬する気持ちは確かにあるのだけれど、恨み始めると、とにかく細かいことが全部イヤになってきて、その思考を止めることができない。それは優劣ではなくて、「ただ違う」というだけなのか・・・。
    で、どこへ行ってきたかというとクンバゴーナムとトリッチーというチェンナイから少し南西へ行ったところにある有名な寺院がむちゃくちゃあるところ。
    哲学者のスンダと奥さんのタヌ、スンダの友達のやたら声が小さくて理屈っぽいおっさんサミュエル、ジャイと俺が今回のメンバー。なんだかみんな張り切っている。
    あけがたクンバゴーナムに到着すると、そのままタクシーで町中にあるホテルへ。みんなここら辺では高級ホテルと呼んでるんだけど、普通のインドの困ったホテル(笑)。もちろんみずシャワー。
    朝食をホテルのレストランで済ませ、なんだかものすごいわくわくテンションの一行は早速ハイヤーで観光・・・・と思いきや、これは観光ではありません。普通に、ヒンズー教徒のお寺参りです。お遍路さんのようなもんです。クンバゴーナム、カンチープラムなどは、南インドでは重要な聖地で、敬虔なヒンズー教徒のあこがれの地なのです。
    とにかく朝っぱらから回る回る、寺ばかり。とにかく寺に行き、プージャをし、五体投地をし、ドネーションをし、次の寺へ。三時くらいまでにもうすでに五つぐらいの寺を回っていた。疲れたのでホテルへいったん戻り、小一時間昼寝をし、また寺へ(笑)。寺へ着けば、一つも見逃してはならぬ、とでも言うかのようにくまなくお参りする。おかげでヒンズー寺院の構造には詳しくなった。しかし、ぐるぐる回る回る。寺は何十にも壁によって囲まれていて、その構造は曼荼羅になっている。中心にご本尊があるのだけれど、トリッチーにある大きな寺(アジア最大の寺町だという)では、七重にもグルグル囲まれていて、その壁と壁の間には街が形成されていて迷宮のようだ。
    どこの寺もだいたいご本尊は観光客は拝めないことになっている。中心までたどり着くと、ヒンズー教徒以外入るべからず、と書いてあるのだけれど、なぜかいくつかの寺では顔パス(笑)というのも、スンダがクンバゴーナムでは知れた顔らしい。なぞ・・・・。顔の利かないところでは、ネパール人のヒンズー教徒になりきり、ご本尊を拝ませてもらうことに成功。しかし、トリッチーの寺では厳しく問われてびびった。ネパールのどこだ?今どこに住んでる?位はいいのだけれど、なんだかわからない言葉でいろいろ聞いてきたので、とにかく、ネパールネパール、カトマンドゥ、と繰り返しておいた。もちろん額にべったり赤い印や白い灰を塗りたくりながら。
    ご本尊の前で何が行われるかというと、たいしたことはなくて、半裸のたいていぽっこりはらの出たおじさん(僧)がマントラを唱えながらありがたいお供え物や花などを、少しめんどくさそうにバラバラまいたりする。それが終わると、今度はランプに火をつけ、薄暗いほこらの奥に不気味にオイルでてらてらしたヴィシュヌやシバ、リンガやラクシュミーを照らしながら、いちいちありがたい部分やストーリーをお話ししてくれてるようだ、タミル語だからわかんないけど。信者たちは時々頷いたり(もちろん首をくりくりっとするあれ)、顔を見合わせて何かを納得しあったりする。
    で、その神様を照らした火に、信者たちは手をかざし、頭に持って行く。ここで好きなだけドネーション。聖水や花、砂糖などを右手で受け取り、頭を変なおわんでカポッとやられておしまい。ほこらの中は狭いので、外へ出ると、みんな五体投地をする。俺は五体投地とまでは行かないけど、とりあえず、跪いて頭を地面の近くに持って行ったりしていた。
    まあ、とにかく、二日間そんなこと”だけ”していたのだ。
    二日目の早朝にタミルムービーの挿入歌が爆音(本当に爆音。スピーカー六台。音割れまくり。テレビモニター二台。違う映像!しかもクラクションの音がさらに爆音。平均時速六十キロほど出ていると思う。バス二台がやっとすれ違える道をとばすとばす。ちなみに何でとばすかというと、前のバスを追い越すためらしい。プライベートバスなので、前のバスより速く次のバス停に着くことが商売につながるのだ・・・)で流れるバスで向かったトリッチーでは、巨大な一枚岩の山頂にたてられた寺に上ったりして、まあ、観光的な要素もあったけれど。飯(カレー)、プージャ、飯(カレー)、プージャ、寝る、の繰り返しでした。
    しかし、一言言いたいんだけど(いや、ものすごい言いたいことや文句や叫んで訴えたいことがグルグルと二日間渦巻いていたんだけど)まず、寺をちゃんときれいにしたらどうなんだろう。入るときは靴を脱ぐのだけれど、どこの寺もなんだか床掃除をしていないように埃と砂利と脂なんかでべったりなのだ。おまけに排水溝なんかが詰まったりしてものすごいくさい水たまりができてたりする。あれだけ信心深い人々が大勢いるのだから、床ぐらいたまにはぞうきんがけしたり、箒ではいたりしてもいいんじゃなかろうか・・・。(あ、そうそう、インド人のぞうきんがけをよく目にする。それはそれはいい加減なもので、タオルのような手ぬぐいのようなべっちょりぬれた布の角をつまんで、車のワイパーのように床で振り回すのだ。だからものすごい早い。ひどいときは足の指でつまんでたりする。それではしつこい汚れが層になって蓄積してしまうだけだろうに・・・。)壁なんて崩れ放題だし、回廊の中には屑やら粗大ゴミなんかが放置されていて、目も当てられない。崩れたレリーフが修復されていたりするんだけど、それは修復と呼べるものではなくて、コンクリでもとあったと思われる感じに盛り上げてあるだけだ。いかにも素人の仕業という感じで。おまけにドネーションしろしろと、物乞いのようにたかってくる。領収書を片手に駐車場の料金所のおじさんのように「あんた払った?はらわなきゃだめだよ!」といいながら当然の権利のように金を要求してくる。
    そういうことはやめた方がいいと思います。きりがないので以上。
    で、帰ってきました。で、かぜひきました。
    日中事務所で送られてきたDVDをチェック。ひどい・・・コピーライトの記述が間違ってる・・・あれだけでかでかと紙に書いて渡したのに、丸C、「アタカラリとクニヒコ」と書いてあるだけ・・・・マツオも無し。松本さん、浜中さん、ちゃんと訂正させますから・・・・。コピーライトの意味がわかっていないからそういう意味のない記述をしたんだろう。それからプルシャルタというタイトルなんだけど、紫バックに、金色の3D文字でしかも変な書体で書いてある・・・・。やめレ。昨日、電話であれほどタイトルバックにはイメージもカラーも不思議な書体もエフェクトも入れるな、そういうのは中身のイメージを決定してしまうから、といったはずなのに・・・・ブラックバックにフォントの種類やポイント数まで言及しておいたのに・・・・旅行になんて出ないで自分でやれば良かったのか・・・。そういうことで疲労も積もり、早々にがっかりした表情で帰宅。横になる。
    帰りたい。

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    Mon, 13 Feb 2006

    0212
    二月十二日。日曜日。今日は朝十時にアタカラリへ行き、ビデオ編集スタジオからのお迎えを待ち、とても物静かなおじちゃんに連れられてジャイと二人でまずナガリカでもお世話になったカメラマンのおじちゃんの家へ。ブル寺院の近くにある小さなアパート。彼はとても信心深い人で、毎日のプージャは欠かさないし、家の中はなんというかとても”宗教”のにおいがする。小さくなってしまったご高齢のお母さんと弟と一緒に暮らしているらしい。
    上品でいかにも信心深そうなおばあさんは俺がインド人だと思いこんで(ジャイの弟かなんかだと思っているらしい)カルナタカ語やヒンディー語ではなしかけてくるけど、もちろんさっぱりわからないので、にこにこしながら頷いていた。
    カメラマンのおじちゃん(バスカルディー)の尊敬するというインドでは超有名な(名前忘れた)映画カメラマンのドキュメンタリーと伝記本を見せられる。確かに非常にクオリティーが高い。モノクロ映画のカメラワークやライティングはヨーロッパの数々の名画や黒沢にも匹敵するできばえ。
    お茶をごちそうになり、へんてこな宗教的食物をいただいたあと、おばあちゃんが、来ると知っていたらおみやげを用意したのだけれどこれしかないからといって”靴下”をくれる・・・(笑)何で靴下かわからないけど、ありがとうございます。
    で、スタジオへ。住宅街のこれまた変な集合住宅の一室にあるスタジオではアビッドのシステムが二セット。とりあえず、一通りすべてのロールを見せてもらい、あれこれ注文をつけてプレゼン用に十五分に編集してもらう。編集の兄ちゃんはなかなか優秀で作業が早いし、一つ言えば十とまでは行かないけどとにかくうまくやってくれた。残念だったのは、バスカルディーはナガリカの時もそうだったけど、三台もDVCAMを回しているのに、フィックスカメラが無くて、つねに動いている絵しかないこと・・・。ダンサーだけを追い続けている。フレームアウトしまくってるしピンもぼけてるし(笑)空間全体が作品なんです・・・と泣きながら訴えておいた。
    作品を通して冷静にみた感想としては、大きなところではやっぱり振付がだらだらと切れ目なくつながるところと、照明の色やアングルとか形、痲虫の音とベーシックトラックのバランスが気になった、かな・・・ああ、それと要所要所でキメのポイントね、タイムカウントとかとの同期とか、音とシンクロする映像はもっとわかりやすく周波数をチューニングしなければいけないね・・・チューニングしたうえで摩衷にもどの音を出せば映像がどうなるかのチェックというか練習をしてもらおう・・・。つまり”ツメ”の部分ね。東京に帰ってゆっくりみながら戦略を立てよう。
    で、七時半頃までなんだかなんだやって、アタカラリへ戻ってメールチェック。そのあとエリアムの家にいってピザを注文して食ってビールをのむ。かみさんから電話。いいなあ、家かあ・・・ロイもいるのかあ・・・グルグルのどならしてるのかあ・・・・いいなあ、家帰りたい。
    12時頃帰宅。お休みなさい。明日は夜七時の夜行でどこかへ連れて行かれます。どこなんだろう・・・地名が未だに覚えられないんだけど・・・。

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    Sun, 12 Feb 2006

    0211
    いつの間にか二月十一日になってしまっていた。
    まだインドにいます。
    もうすぐ帰ります、と言いたいのだけれど、帰国便の出る二月十八日が、ずーっと遠くのような気がする。
    十日以上インド日記を書いていなかったので、すっかり書く習慣がとぎれてしまった。夜はへとへとに疲れて寝る毎日だったので、疲れてぼーっとしながらも自然とパワーブックを開く習慣がつかないとインド日記なんて書けなかった。というわけで、書かなかった。
    一月四日にバンガロールに来てから、怒濤のような毎日を送ってきて落ち着く暇もなかったが、ふと気がつくと今日二月十一日は何もすることがない。
    というわけで、今午後一時半なんだけれど、外にも出ず、ジャイの家でこれを書いている。今朝は八時にアヌーシャからの電話で起こされてから、ディランと陽水を聴きながらごちゃごちゃになったデータの整理やメールの振り分けなんかをやっていた。

    昨日の夜十時まで、バンガロールにはかみさんがいた。十二時半の飛行機で帰国。少し寂しい。ずいぶん寂しい。泣きそうだ(笑)まあ、あと十日ほどすれば俺も帰国できるのでそれほど寂しさは感じないけど・・・。
    すっかり友人たちもバンガロールから去ってしまい、あまり忙しくないこのあと十日間をどう過ごしたらいいものか・・・。
    十三日からはアタカラリのスタッフのタヌの旦那の実家のあるなんたらという田舎町(名前がどうしても覚えられない)へ行ってみないかと誘われたので、行くことにした。まだ観光地化してはないけど、カルナータカでは重要なヒンズーの聖地らしい。十六日に帰ってくると思う。
    というのも、十日にバンガロールに来て、一緒にコラボレーション作品の計画を立てることになっていたダニエラの予定がなかなか決まらず、どうも二月後半になってしまいそうなので、それならばせっかくの誘いを断る理由もないな、と思って。

    これからのことを書くよりもこの十日間、インドで何をやっていたのか、ということを手短に書いておきます。
    真中の到着まで書いたんだよな・・・。そして翌日からハードな毎日が始まったと・・。基本的に毎日午後四時から十時近くまでpurusyarthaのリハーサルがアタカラリであるので、それに備えて昼間に開発作業。公演の翌日帰国だった真中は結局ジャイの家とアタカラリの往復だけの毎日。彼が時々、作業していると自分がどこにいるのか忘れる、といっていたけど、実際インドにいるという感覚が強くなる前に帰国してしまったんだろう(笑)お疲れ様。
    そんな毎日を送っていると、三日の夜、かみさんが到着。空港で待つこと一時間半。顔を見たときは、何ともいえなくうれしかった。やっぱりあのインドの空港の状況にはびっくりしてて、目がきょろきょろしてたのがおかしかったけど(笑)。
    公演は六日の夜なのでそれまで出歩く暇もなく、かみさんもアタカラリとホテルの往復の日々。でも、近所は結構インド丸出しな感じの街なので、初めてだったらそれなりにおもしろいから、一人でカメラ片手にぶらぶらしていた。日本人の女性はほんとに珍しいらしく、まるで田舎町に芸能人が来たような大騒ぎが起こっていた。子供たちに囲まれて握手攻め。道にたっているといつの間にか横におじさんがぴったりくっついていて、二人並んだところをほかのおじさんがカメラを構えて記念撮影していたり(笑)遠くの方から「ハーロー、ワッチョネー?」攻め。
    日本でも子供の頃は田舎の方では同じような感じだった気がする。がいじんさんがいれば、子供たちは遠くの方から「ハロー!」なんて叫んだり。うちに帰って、「今日がいじんさんがいたよ!」なんてお母さんに報告したり(笑)。

    で、肝心の公演だけれど、十五分のノッティンガムバージョンを元にいくつか新しいシーンを加えて、ボリュームアップ。スウェーデン人の照明デザイナーのトーマスを新しくメンバーに加えてなかなか見応えのあるボリューム感に仕上がったと思う。残念なことはLEDのスティックライトが例のごとく税関でストップしてしまい、公演に間に合わなかったんだけど、トーマスの蛍光灯を使った照明セットがなかなかうまくいった。もちろん、舞台装置としての完成度はインドでしかもこの予算と時間内では望むべくもないんだけど・・・。それから結局プロジェクターのワイドレンズも手に入らず、ステージサイズが狭くなったのは残念だった。
    ヨーロッパ公演ではそれらも解決できるはずなので、そこら辺の技術的な問題は心配していない。問題は振付の方で、確かにインドのボキャブラリーをふんだんに取り入れた構成ではあるんだけど、やっぱりどこかオールドファッションな感はぬぐえない。ちょっと、東京に帰って、整理しながらもう一ひねり戦略を立てなければいけない。前にも書いたかも知れないけど、ジャイ自身はダンスやパフォーマンスに関してコンサバティブな方法論しか持っていないので、結局ジャイの作ったリニアなシークエンスを素材としてどうカットアップして行くかということが我々にゆだねられている。
    簡単に今回の作品作りのプロセスを説明すると、こんな感じ。まず、浜中さんと俺がインドでジャイとプルシャルタのコンセプトについて話し合いながら、ダンス作品と言うよりもメディアパフォーマンスといった方がいい十五分のソロ作品を作成。そのあと、ツアー用の作品として十人のダンサーたちを加え四十五分ほどに拡張したバージョンを作成するため、ジャイとダンサーたちは三十分ほどのリニアな振付のシークエンスを完成させる。というのも、ジャイは、振り付けをするのに彼なりのストーリーや意味づけが必要で、振付は振付として完結していないといけないらしい(彼らはそのリハーサルに俺が以前あげた坂本龍一とalva notoを使っていた。かなりリリカル)。そのあと、俺と真中がインドで合流し、映像と音楽の流れの中に彼らのシークエンスをサンプリングするように当てはめて、あるシークエンスには新しいネタをつっこんだりしてタイムカントに当てはめ四十三分ジャストに仕上げる。この作業が大変で、映像と音の要請にダンスをアジャストすること、たとえばある決まった効果をねらうために立ち位置やタイミングを調整したり、振付のシークエンスをみてバランスをとって、この振付にこの映像と音をつければ十分にひとの動きを異化することができるとか。たとえば、べたべたの男女のデュオなんかをどうやって料理したらいいものか・・・とか、そんな感じ。
    例のごとくタイムカウントで四十三分ジャストの作品だけれど、シーンだけでも12シーン。もちろんそれぞれのシーンにはこまかい時間的変化やシークエンスもあるので、かなりバラエティーに富んだ内容になった。お客の反応は良かったようだ。真中がひっきりなしに出す機械がショートしちゃったようなノイズにもインドのお客はよく耐えた(笑)
    次はボン、そのあとヴェニス、ブリュッセル、ミュンヘン、ユトレヒト?なんだかよくわかんないけど、いろいろあるらしい。真中三、今のところのスケジュール、writebackに書き込んでください。

    公演のあとはエリアムの家で打ち上げ?パーティー。おいしいご飯とビール。

    翌日、七日、魔厨の帰国の日。家のかみさんの具合が悪くなり、せっかくの最終日の観光につきあうことができなくなってしまった。申し訳ない。かれは楽器屋でタンブーラを購入(メールによると、帰路で大破したらしい・・・泣)。夕方アタカラリの前でお別れ。お疲れ様でした。最終日はほんとにごめん。

    我々夫婦は、夜十時の夜行列車でハンピへ。かみさんの具合が心配だったけれど、日中寝ていたおかげで、回復した模様。十時間の寝台車の旅で朝八時に隣町のホスペットに到着。帰りのチケットを予約して、バス停まで1.5キロあるというのでとっとと声をかけてきたリキシャの兄ちゃんと交渉してハンピまで乗せていってもらう事へ。
    牛だけではなく黒豚や山羊、でっかいニワトリもうろうろする街をぬけて、バナナ畑やらココナツ畑を見渡しながら三十分もリキシャで行くとわけわかんない風景が出現する。どういう風景かは書かない、っていうかかけないので、みたい人は自分で行ってください。
    で、そのわけわかんないものすごい風景のなかにあるハンピ村で、すぐにチェックインできるゲストハウスを教えてもらい、朝飯にサンドイッチとパンケーキを食ったあと荷物を置いて早速観光。駅から連れてきてくれたリキシャの兄ちゃんが二日間の滞在中リキシャツアーで全部回ってやるというので、いいやつそうだし、邪魔にもならなそうな感じのやつなのでお願いした。500ルピーといってきたので、一瞬値切ろうかと思ったけど、ジャイにはインドで一日ハイヤーを雇うと500ルピーくらいだ、と聞いていたので、ここで値切って400とか300にしてもらったところで、なんだか二日つきあうのに気分が悪いと思ったから、500で快諾。
    兄ちゃんを雇ったのが正解で、ポイントポイントでちょっとした説明をくれたり、ガイドブックだけではわからない場所を教えてくれたり(たとえばあんなベストサンセットビューポイントはガイドさんやリキシャで回っている人しかたどり着けないだろう。ガイドが付いた何人かしか上ってきていなかった。ものすごく険しいところなんだけど・・・)ハンピを快適なテンポで二日でほぼ見尽くした上に、ゆっくり過ごす時間もとれて、非常に満足。帰りの汽車の時間に間に合うように、ちゃんとお迎えに来てくれて駅で見送ってくれた。
    楽しかったです。旅の内容に関しては家族内の秘密。ハンピはものすごいところなので、南インドに行ったら是非行ってみてください。

    ということで昨日。明け方六時、アタカラリへ戻ってきて門番のおじちゃんにあけてもらい、かみさんは荷物整理。俺は、デリーでアヌーシャがinsideinという二年前に一緒に作ったインスタレーションを展示するんだけどパッチの調子が悪いというので、ちょっと改良してメールで送ってやる。
    朝ご飯を食べたあとジャイの家に荷物を移動して、最後の観光、買い物。まず、ブル寺院。プージャに参加。そのあとシティーマーケット。インドのカオス丸出しのおなじみのエリア。ここが一番疲れる。いるだけで疲れる。お茶を飲んで休んでいたら、アヌーシャから電話でファイルが開けないというので仕方なくジャイの家に戻ってコンピュータ持ってアタカラリへ。送り直しで成功。
    そのあとまた街へ出てココナツグローブというレストランで遅い昼食。それからコマーシャルストリートまで歩いてファブインディアで買い物。テーブルクロスやらシャツやらを買い込む。暗くなってきたのでMGロードのスーパーマーケットでスパイスなど買い物をしたあとジャイの家へ。九時くらい。一時間くらい荷物整理したり果物食ったりしていたらジャイが帰ってきて空港まで送ってくれる。

    彼女は満面の笑みで東京へ帰っていった。良かったね。東京は寒いだろうから、風邪ひかないでください。
    馬厨もね。

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    Fri, 03 Feb 2006

    0203
    またしばらく書く事ができなかったので、まとめて報告します。
    二十九日の夜に、真厨さんが到着。三十日から早速リハーサルを始めました。
    あ、その前に、ハイヤーでブリゲードロードMGロード、シティーマーケットなど観光する。ミュンヘンのダンスフェスティバルから偵察にやってきたピポンというフランス人とチャンドランとともに。
    1日目から真中三には刺激が強かったかも知れない。そのあとリハーサルをしたのだから、相当疲れただろう。お疲れ様。
    三十一日、昨日の夜はダンサーたちを招いてジャイの家でパーティー。アタカラリのダンサーたちは自分たちでまとまってあまり外に開こうとしない傾向があるので、アフリカから来たレベッカが、彼らとうち解けるのは難しいと漏らしていた。
    で、謎のフランス人ピポンなんだけど、彼自身も照明アーティストらしく、ローリングストーンズが所有していたという世界最大のプロジェクターを使って歴史的建造物にプロジェクションする作品とか、工業用ロボットをプログラムしてダンス作品を作ったりとか、わけわかんないが、それはいいとして、寂しがりやらしく仕事中に話しかけて来るわ邪魔をするわで、うざい(笑)ミュンヘンから何しにきたんだ?暇だったら街にでも行って観光したりお茶でもしてきたらいいだろうに・・・。彼女のコーネリアがダンスフェスティバルのプロデューサーで、ラララヒューマンステップスのマネージングもしている、まあ、大物の方らしい。彼女がいろんなところに売り歩いてくれてるらしい。スケジュールを確認しないといけないが、いろんな地名と日程がでてくる。
    肝心の作品作りの方だけれど、ちょっと今途方に暮れているとはいえ、まあ、順調といえば順調・・・思った通り・・・という感じ。ピポンにはミュンヘンのフェスティバルにもちゃんといい印象を伝えてもらわないと・・・。

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    Fri, 27 Jan 2006

    0127
    とにかく忙しかった。もう五日くらい書いていない?もっと?
    機能はワークショップ最後のショーイングの日。百五十人くらい、外部から人を招き、九本のパフォーマンスを一気に見せる。メインホールはもちろん、ECCキャンパスの至る所を使って。
    そのうち四つのパフォーマンスではフルに関わっているのであちこち機材を引きずりながらいったり来たり。
    今年は前回に比べて完成度が高いと思うが、ディレクターたちは完成度を求めてファシリテーターにいろいろ多く求めすぎて我々が忙しくなり、なかなかプロセスに立ち会えなくなったのが残念。時間が限られているので、もっとプロセスに重点を置く必要があると思う。中途半端になってしまう。
    それはいいとして、ショーイング終了後はハーブアンドスパイスで打ち上げのはずだったのだが、残念ながらお休みでココナッツグローブへ。そのあとメインホールに戻って前回と同じくDJ大会。朝5時まで。
    一夜明けてフィードバックセッションと称する感想を一人ずつ言う会合があって、帰る人とはハグをしてランチ食って、今これ書いてて・・・
    詳細はあとで。

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