東京日記
東京に戻ってきて、早くも五日間。インドにいるときよりも、時間の流れが速い。
しかし、まだにもつは部屋にぶちまけたまま。全く、片づけをする気がしない。まあ、そのうち。
いろいろと、後処理をしつつ、東京で抱える問題を一つずつ確認する。いっぱいいっぱいのまま出発したので、インドに行っている間、勝手に物事が処理されるわけもなく、やっぱりいっぱいいっぱいなまま、何の解決もされていない。
「私と街」プロジェクトのこともそうだし、ブラウンシュヴァイクの件。なんだか、ドイツはやっぱり行った方がいいような気がしてきた。いつものようなステージアート関係の面子ではないところに飛び込むことで、貴重な経験になることは間違いないし、うまくいけば、お金にもなるだろう。しかも、結構な金額の。俺が行けば・・・・という自信もある。
しかし、問題は、三月末の「私と街」と、一月半も仕事場を空けてしまったことへの後ろめたさ・・・・。それから、金。それは何とかなる。だって儲け話をしに行くつもりだから。
この時点で自分の中で回答がでていないというのは、あわただしく逃げるように出国してしまうことになるか、なんとなく、ああ、行かなかったなあ、俺・・・・・と思いながら日本で仕事をするか、どっちかだろう。
決断しなければ。行った方がいいに決まってる。目に見える、見えないにしろ、個人的には大変な成果を手に入れることが出来るだろう。しかし、日本で迷惑をかけることになる人々には、そんなことどうでもいいことだ。行ってしまったら、申し訳ないことになる・・・・。きびしい。
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10
2004_02_10
本番前で、忙しくて、書く暇がなかった。昨日、おとといと、部屋に戻ってからも、朝四時過ぎまでバラ何たら・・・・というアヌーシャ振り付けのインドの古典舞踊のシーンのための音作り。ダンサーがリズムがとりにくいというので、四苦八苦して、何とかでっち上げる。ぶっといベースとプチプチ言う音で女性の古典舞踊を踊ったらおもしろいだろうなと思ったんだけど、うまくいったかな・・・・・
とにかく、今日は一回きりの本番。結局映像担当だったアランは自分のインスタレーションで忙しすぎるのか、なんなのか、俺に十枚ほどの写真をくれただけで、ランスルーにさえ顔を出さない・・・・。つまり、プロジェクションに関しては、全部俺が決めなければいけないことに。
しかも、本番で、出してほしかったソースを間違えるし・・・・。まあいいや。
客層は、なんだかよくわからないけど、家族連れからいけてる若者、なんとバンガロール市長まできていた。
で、内容はどうだったかというと、やっぱり音はまずかった。ちょっとチャイルディッシュ。おまけに、時代遅れのオリエンタリズムがジョンにはあるのだろう。やはり、どんなときにどんな音を鳴らすかには、その人の思想がでる。がっかり。映像は悪くなかったと思う。目新しいことは何もしなかったけど。あと少し、プロジェクターにパワーがあれば・・・。でも、バックプロジェクションが、急に没になったのには困った(テクニカルプロブレムで・・・・)。それから、やっぱり、マシンにパワーがほしい・・・。
午前中は昨日の夜やっと到着した[coded: decoded]のセッティング。朝十時から、一人でこつこつやり始めたら、どこから集まってきたのか、インド人の人だかり。じっと俺の作業を見つめている。で、なんか突然首を振りながら重いものを持ってくれたり、支えてくれたりする。で、最後まで残っていた青年が、とても手伝いたそうにしていたので、このケーブルを、こういう風にさしてくれる?みたいに頼んだら、ものすごいうれしそうにこつこつやってくれる。勝手にフライデー君と名付けた。フライデー君はのぞきに来るインド人に、これはこうやってつなげるんだぞ、ここはスピーカーだぞ、みたいに、説明してくれていた。
で、反応はどうだったかというと、皆さんにグレート、アメージング、ビューティフル、と圧倒的な賛辞をいただいた。ジャイアン、ありがとう。皆さんありがとう。
市長の挨拶が終わって、撤収が終わって、パークホテルでのレセプションパーティーへ。ワークショップのメンバーでまだインドに残っている人たちも集まって。やたらうまい飯(カレー類)をたらふく食って、十一時にホテルへ。
ジャイとアヌーシャと俺の部屋でビール。二本あけたところで、疲れたので、みんなベッドへ。
お疲れ様でした。明日は、トークセッションと、キャシーのインスタレーション。それから、リオーたちのインスタレーション。
2004_02_11
あっという間に一ヶ月が過ぎた・・・。
今日は、朝から会場でキャシーのインスタレーションの準備。見栄えがよくないなあ・・・。あまりそういうことに注力しないんだよなあ。ていうか、アートなのに・・・。まいった。
そのあとアリアンス・フランセーズで、テクノロジーとアートみたいなテーマで、トークセッション。いきなりジャイに話を振られて、つたない英語で思うところをだーっと述べて、あとはもうコンテクストについていくのでいっぱいいっぱい。途中までは、ちょこちょこ口を挟んでいたんだけど、なんか哲学者だかなんだかが話し始めたら、極端に聞き取るのが難しくなって、口を挟む余地なし。でもまあ、はじめにディスカッションのポイントと方向性を作れたので、だいたいはフォローできた。ましかな。
それでまた会場に戻って、こんどはcoded:decodedを起動。しかし、電気のトラブルが多すぎる。ホントによく停電するので、どうにもならない。頻繁に再起動しなければいけない。つきっきり。
今日のパフォーマンスの客は、やたら質問してくるので、がんばって説明するんだけど、なかなか自分の中でうまい答えが見つからない・・・・。一番多い質問は、「で、何が見せたいんだ?」ということ、「アート作品としてのアイデンティティー」みたいなこと。つまり、プロダクトとしてぴかぴか光ってきれいだけど、それだけなら、ほかにもっとすごいのがあるじゃない?みたいな感じ・・・・センサーとカメラのモザイクがサーキュレーションを作ってるのはわかるんだけど、で、なにがしたいんだ?みたいな・・・。そこまでつっこまれると、まず、CMprocessの説明をして・・・・・みたいなことになって、でもやっぱりそれとも違うじゃないか?みたいなことまで、ちゃんとつっこんでくるので、自分でもまとまらなくなってくる・・・・。でもまあ、きれいだよ・・・・なんて、慰めのようなほめ言葉をもらったり。結構、こっちのミドルクラスの若者も、いろんな情報を持ってるので、やっぱり宮島がどうの、とか、こういうのを見たことがある、あれはよかったなあ、とか、とにかく、現代アートのコンテクストをちゃんと理解していたりするので、ごまかしもきかない。これは、ヨーロッパになんか持って行くなら、相当な理論武装って言うか、コンテクスト作りをしないと、中途半端なプロダクトとしてしか受け取られないだろう。きれいなのはわかる。でももっときれいなものを知っている、もっとおもしろい、もっとすごいのを見たことある、それで?社会やらアートやらにどういう切り込み方をしてるの?っていうのが、現代の観客なんだろうな・・・・。高度資本主義社会では、ものすごい金と才能がプロダクトデザインに流れ込んでいる。アート作品としてのアイデンティティーとは・・・・。タレルだってなんだってただ美しいだけだけど、たぶん強烈に見るものの何かを動かすポイントを突いてくる。しかし、coded:decodedにはそれがないということか?難しいね、浜中さん、助けて・・・しかも、あちらさんは、日本に関しての典型的なイメージを強烈に背負ってやってくる。
で、公演終了、アーティストミーティングが終わって、インドでは有名らしい映像作家のアヌーシャの母親とジャイとアヌーシャと飯を食って、フェスティバルのカフェとなってる、ゼログラビティーでジョンとアショクのライブがあるので、移動。ところがライブは終わっていて、もうディスコタイム。俺のために演奏スペースと、インプットまで用意していてくれたのに、残念。
風邪気味なので、早めにかえって、今日はおしまい。
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3
2004_01_24
昨日はつかれすぎて書く元気がなかったので、ここに簡単に書くと、朝カレーを食べて、昼はカレーを食べたくなかったから、マウロがパスタが食いたいというので、ホワイトフィールドに一緒にでて、食ったらすぐ戻ってこようと思ったら、案の定、イタリア人は食事をゆっくり楽しむんだ焦るな何とかなる、ということで、帰りが三時。せっかちなイギリス人たちが待ちかまえていて、あれやりたいこれやりたい。そもそも何がやりたいのか、何を見せたいのか、コンセプトは・・・・みたいなはなしから・・・・。一日中走り回って、ミーティングして、ビール飲んで・・・・しこたまビール飲んでよったので、アヌーシャと散歩。ホワイトフィールドまで往復。いろいろ作品作りのモチベーションについて。下手な英語で説明したにもかかわらず、すんなり理解してくれる。うれしい。
今日はオフ。朝からマウロとアヌーシャとアタカラリのリハーサルを見学に。事務所でインターネットに少しだけ接続。やっと・・・・。昼飯をダンサーたちと食べたあと、俺とマウロはショッピング。マウロがマムとガールフレンドにドレスを買うんだと言って、コマーシャルストリートへ。俺もかみさんに一着日本でも着られそうなやつをゲット。いろいろ歩き回って六時くらいまで砂埃舞うバンガロールをいったりきたり。しかし何でこんなにほこりっぽいんだ・・・・。狭い路地にはいるとさらに、もういろんなにおいが入り交じって、空気が固まりになって迫ってくる。しかし、生活必需品は激安なのに、嗜好品やら、おしゃれ用品、CDやらビデオカメラなどの電化製品は、日本の七割引ぐらい。実際、そんなやすくない。貧富の差がありすぎ。マウロと一緒に歩いていると、がきどもがまとわりついてきて、マニマニマニマニ、と金をせびる。
六時くらいまで歩き回って、オートリキシャでホワイトフィールドのテックパークへ。ソフトウェア会社などの入った、巨大なオフィスコンプレックス。まるでそこの中だけはシンガポールにいるような感じ。一歩外に出るとすごいことになっているのに。夕飯は結局マウロが俺はチーズバーガーが食べたいんだ、それ以外はいやだ、とぬかすので、一緒にテックパーク内のケンタッキーフライドチキン。スパイシー(笑)
八時頃ECCへ。しかしショップが閉まっていてビールが買えない。ラウンジへ行って、けちをつけたりしながらテレビをザッピング。ブルースリーやらインドのブリトニーやらスティーブンセガールやら妙なシチュエーションのインドメロドラマやら。テレビを見ていると、どうしても、こういうどの国に行っても同じようなグローバリゼーションと、外に広がる驚異的にインドな世界がつながらない。で、十一時、部屋へ戻る。どうも、今日はみんな街に泊まるらしい。誰も帰ってこない・・・・・。ホテルがやすいから、簡単に外泊できるんだな。
2003_01_25
日曜なので、遅くまで寝て、マウロと昼頃ホワイトフィールドへ。ハーブアンドスパイシーというイギリス人のみんながうまいというレストランへ行く。まずい。インド人も恐るべし、だけど、イギリス人も恐るべし。ステーキを食う。ビーフ。信じられない。インドで。久しぶりに食べると、なんだか牛肉って獣のにおいがする、と思ってしまう。
しかし、マニマニマニ攻撃には困った・・・・。小銭を持っていたらくれてやるのがいいのか・・・・?そうなんだろうな・・・・施しを受けることが彼らの職業なんだ・・・・。システムが違うんだ、少なくとも今のところ。
三時過ぎに戻って、ラウンジでテレビで馬鹿アメリカ番組をみたあと昼寝。ゆうがたはほんをよんだりり敷地内をうろついたりしていたら、夕飯の時間。食堂に行ったら、ダニエルとミラ。テックパーク内にカラオケラウンジがあったから、日本人の俺を連れて行きたいという。ということで、いやがるマウロをつれてテックパークへ。しかし休日なのでやってなかった。で、喜ぶマウロはまたケンタッキーフライドチキンでチーズバーガーを食い、大満足。
帰りにビールを買って、ラウンジで音楽を聴きながらのもうということになったのだが、ラウンジに行ってみると、テレビでインド人とイギリス人の文化の違いに基づいたアニタアンドミーという映画をやっていて、みんな見入ってしまう。英語がわからないマウロはとっとと部屋へ帰る。
そのあとダニエルと二人で話し込む。インドのことについて、日本のことについて、イギリスのことについて。ダニエルは去年の九月からボーイフレンドと一緒にデリに住んでいる。オーマイガ。信じられない。彼女も何をしているのか、何でインドにいるのか、わけわかってないらしい。彼女は二十年前六歳の時日本に行ったことがあるという。そのときの日本のイメージは、女の人はみんな髪が腰まで長くてくろくて、いつも首を傾けて髪の毛を掻き上げている・・・という印象だったというはなしをしてくれた。なるほど。ワンレンとかがはやってたときだな。
2003_01_26
今日、やっとアダプターが復活。なんと新しいのを買ってきたんではなく、直してきた。一つ引っかかりがとれた感じ。
しかし、バッテリーの寿命が短すぎる。たぶん、OSのマネージメントがうまくいっていないんだろう。十分もすると予備電源で作動します・・・なんたら、というメッセージがでる。まあ、アダプターが復活したからいいけど。
今日は午前中からイニシエーター会議。それぞれのプロジェクトリーダーたちが経過報告。で、俺らが問題を解決すべく助言をする。たいした問題でもないけど。
朝、今日から参加するフランス人振付家のミシェル(男)によるワークショップ。マウロがものすごくイタリア人なら、ミシェルはものすごくフランス人という印象。彼はここには滞在しないという。毎日街から通うらしい。わけわからん。
夕食後はディパリのために、プロジェクションの実験。やはりインド人はサイケデリックなものが好きなのか、過剰なコントラストと、色遣いに、きゃーきゃー言う。わらった。
そういえば、おととい街に出たときによったCD屋でマウロが買ったCDは、なんとあけてみたら、CDRに焼いた海賊版だった。入り口でセキュリティーチェックがあるようなモダンな店だったのに。おそるべし・・・・。
2003_01_30
忙しくてまるでプライベートに時間をとれなかった。29日と30日はそれぞれショウイング。なにやらたくさん人が集まってきた。学生からメディアの人まで百人くらい。俺は主にアヌーシャとディパリの作品に関わったほか、いろいろ細かいご相談やらお手伝いやら。
この三日間くらいは何をやってたのかおぼえてないが、ずっと走り回って、片言でしゃべりまくって。
初日のショウイングのあとは朝五時まで「the club」というものすごい、半分アンダーコンストラクションの異様な外観のクラブへ。中に入れば、プールまであって、中流階級の若者たちのたまりば。音も雰囲気も、ヨーロッパのクラブのよう。マウロとスペイン人のパトリシアは、はじめからとばしまくっていたので心配したが、全く同じテンションが朝の五時まで続く。ラテン、恐るべし。イタリア人は自分が楽しい限り、ずっとはしゃぎまくる。おもしろい話をするのは、自分が受けて気持ちよくなるため。興味がなければちかよりもしない。パトリシアは、すごいサービス精神。笑いがとぎれないようにつとめている。そしてものすごく繊細。たぶん一生のほとんどの時間をそこに費やすのだろう。それこそ人生だ、といわんばかり。イギリス人は日本人に態度が似ている。しかし日本人はイギリス人より、ずうずうしくない。
それから、浜中からファックスが届く。coded:decodedを発送した知らせ。グランデ!浜中さん、ホントありがとうございました。あとは何とかします。
どのショウイングもこんな短時間なのに、というか短時間だからこそ、ポイントが絞れていたのか、すばらしかった。というか、なんだか自由な発想力がうらやましくもあった。トムは赤いスクウェアがクールに移動するミニマルなアニメーションを使ってさすがの構成力で圧倒的だったし(音楽は俺とマウロ)、ニューヨークで活動しているキャロルはニューヨークっぽいなという感じの参加型のイベント。みんなに迷彩服を着せてマーチさせるというもの。ワークショップなのにやたらかねかかってるとおもったら、実はアメリカから助成を受けてるらしい。実は幼稚園やらプールやらいろんなところで同じことをやっていて、シリーズもの。今回はダンスワークショップ参加者編、というわけでまんまとしてやられている。アヌーシャは、インスタレーション作品。すごい時間をこの作品の相談に費やした。クロマキーを使ったシステムのトリック。表と外、親密と疎遠みたいなことを感じさせようとするもの。意図は実現したかはわからないが、なかなか雰囲気のある作品になった。
十時頃すべてのショウが終わって、ホワイトフィールドにある、俺とマウロ行きつけのハーブアンドスパイスというレストランでパーティー。というか打ち上げ。やっと終わるな、と思ったらほっとした、と当時にみんなそれぞれの国へ帰ったりどっかに旅に出て行ったりするんだと思って寂しくなった。ECCに帰ってきてからなにやらみんなでわになって、アニーとマギーたちが作ったという、いわゆる「一番〜だったで賞」授賞式。俺は「ポストモダンマン_プライズ」だって。そのあとホールにマウロと一緒にサウンドシステムを大急ぎで作ってダンスパーティー。トムとマウロ三人でiTunesでDJ。こんなことなら踊れる曲をたくさん持ってくればよかった・・・・ソウルやらヒップホップやらレゲエやらボサノバやら80'sやらをかけまくってまた朝の五時まで・・・・鍵を俺が預かることになっていたので、朝五時にみんなを追い出す。マウロは最後まで残ってぽつねんと一人階段に座っていた。
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最後のインド日記
2004_02_20-23
昨夜帰国。
とりあえず、最後のインド日記ということで、二十日から帰国までを簡単に。
二十日の早朝四時半おきで、ホテルをチェックアウト。アタカラリへ荷物を置いて、ジャイと中央駅へ。五時間かけてチェンナイ(マドラス)到着。
チェンナイは港町なので、デカン高原標高九百メートルのバンガロールより気温は高いが海風がきもちいい。砂埃も少ない感じ、少し湿度もあって過ごしやすい。(俺にとっては)。
ビーチの近くのホテル、というかツーリストゲストハウス、みたいなところに荷物を置いて、タクシーを一日チャーターし、チェンナイの有名な何たら、という寺へ。巨大なドラヴィダ様式の門は葉っぱで覆われていて色の塗り直し中。残念。だけど、巨大。靴を脱いで中へ入れば、ものすごいヒンズー臭。すばらしいものいっぱい。でも、ちゃんとメンテナンスしていないのがインド。そのあと親爺二人きりで巨大なマリーナビーチで昼寝。
夜はミシェルカラミニスの公演があるというので、二回目の鑑賞。開演前にあったら、ひどく疲れているようで、できはまあまあだったけど、はらはらした。倒れるんじゃないかと。独り言をぶつぶつ言いながら踊るんだけど、途中携帯電話が客席から聞こえて、せりふの中に携帯電話のスイッチを切れ、っていう叫ぶせりふをアドリブで挿入していたのが笑えた。いらついていたんだろう。
そのあと、見に来ていたジャイの友達たちとビーチにある、高級イタリア料理店へ。味はまあまあ。メンバーは、東洋哲学者のマシュー。奥さんは日本人で、和光大学でも美術史を教えている先生。でも今は日本に帰っているということであえなかった。マシュウはそういうことで日本語が話せる。それからなんだか知らないけど、お金持ちのお嬢様がたとバンガロールから来たアーティストのハンサムガイ。ジャイによると、彼らの両親はお金持ちで、彼らは毎日パーティーなんかして悠々自適だという。ダンサーです、詩を書いてますとか、なんか浮世離れして聞こえる。で、見た目もゴージャスな美人さんたち。MTVから抜け出たみたいな。そこで村上春樹やらおず安二郎やら溝口やら北野やら三木崇やら吉本ばななやら「空」の概念やら「禅」やらの、インドでは浮世離れしてきこえるインテリチックなトピックを高い飯を食いながら。へんなの。
二十一日はハイヤーでカーンチープラムとマーマップラム(正しいかどうかわからない)へ。感チープラムはヒンズーの寺が百五十もある南インドの聖地。ジャイと二人で、寺巡り。巨大な、オイルでぎらぎらしたヴィシュヌ神を暗がりの奥に見たときは正直、邪悪なエネルギーを感じてびびった・・・・。マーマップラムは海岸沿いにあるすごい石造りの寺院群。石窟寺院のレリーフはむちゃくちゃ感動。石窟と石積みの寺院が混在している。ヒンズーの寺ははじめ石窟寺院が中心だったけど、それを石積みの構造にすることで、場所を選ばなくなり、ここからインド中に広まっていったという。寺院建築史的にもおもしろいところ。聞けば世界遺産らしい。けど、ここでもインド的なメンテナンス方法がとられているので、風化が激しい。なくなっちゃうぞ。
そのあとまたもやビーチで昼寝。のあとチェンナイへ。ジャイの古い友達のうちで、家庭料理をごちそうになる。友達たちを呼んで、マシューの奥さんからもらったという焼酎を飲みながら、時間の許す限りおしゃべり。八歳の息子がいて、お母さんは日本の教育制度について興味津々の様子。インドは今大変な受験地獄。ミドルクラスの子供たちは大変そう。
十一時の寝台車で、バンガロールへ。二十二日の早朝五時に到着。ジャイのフラットへ。アランとジャイアンをたたき起こしてあけてもらう。
午後、アタカラリへいって、フライト時間をも一回確認してみたら、二十三日の零時五十分発だった。すっかり、二十三日の昼十二時だとばかり思っていた。ということで二十二日が最後の日ということに。ちょうど映画祭をやっていて、招待されていたので一本ラシアンアークというすばらしい映画(ホントにすばらしかった)を見て、ジャイ、アラン、例の彼女、偶然会ったパトリシアとコシーズでランチ。最後のディナーを一緒に食べることを約束して俺はパトリシアにつきあってもらってスーパーマーケットで買い物。でも、なんかいいものない。そのあとアビラッシュも加わってお茶。バイバイまたね、をいってお別れしてアタカラリへ。荷物をまとめ直して、いろいろジャイアンに確認をとったあと、ジャイと茶を飲みながら、新リフレクションズのアイデアについてディスカッション。いくつかアイデアを思いつき、提案。ノリノリ。とりあえず、次はエセックスで七月に公演か、もしくは制作のためのリサーチプロジェクトを行おうということ。直樹にステージデザインで是非参加してもらいたいのでそのための予算を確保したい、といっていた。よ、浜中。
最後のディナーはなんとアラブ料理。といってもインディアンに似てるんだけど・・・。最初はアランたちがサプライ図で、日本料理屋に連れて行ってくれることだったらしい。でも、運悪く、休み。中山さんによれば、ちゃんと日本の味がするらしかったので、残念。と同時に少しほっとした。だって、日本で食べたかったから。
十時にタクシーが迎えに来て、みんなにお別れ。アタカラリで荷物をピックアップしてジャイアンたちにバイバイして空港へ。アランとジャイがついてきてくれて、あついお別れ。じゃあね。またすぐあいましょう。
帰国の道のりはへとへとで何も考えたくなかったので、寝まくっていた。覚えていない。いつの間にか東京へ。はじめの一瞬、東京に違和感、を感じたんだろう、けど、速攻東京の人に。
インド、は遠い昔のような・・・、あまりに違いすぎて、夢の中の世界だったんじゃないかと思えてくる。でも、なんかいろいろ、まだインドとやりとりしなくちゃいけないことが多いので、つながった世界なんだなあ、と思える。
明日から、東京日記が始まる。
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18
2004_02_19
ネストはどうだったかな?つきあい長いから、だいたいイメージできるんだけど、もし、イメージ通りだったら、どうしよう(笑)半分うれしい、半分残念。白い衣装で、白い装置。プロジェクターに、VJ的な早い展開のイメージ映像。時々、ちょっとデカダンスな感じの衣装の男女が、思わせぶりにステージを練り歩く。スライディングに、ムービングライト。だな、たぶん。生で見たかったなあ・・・。ネストの評価は俺が落としたような自責の念があるので、申し訳ないと思っている。何かできることはないか・・・・・。でも、俺が口を挟むと、だめになるのは目に見えてる。何もしないのがみんなのためなんじゃないか、と思う。精神衛生上よくない。東京から世界へ発信する、参加者全員が胸を張れる傑作であったことを願う。
今日は、朝、リオーとカロリンとホテルでお別れの儀式。いい奴らだな。ラッキーな奴らだ。なんか、奴らはいつも笑いに包まれてる。リオーのユーモアセンスと、カロリンのリラックスした態度がみんなを和ませるんだろう。笑いのツボは、イギリス人よりも日本人に近い。
そのあと、街に出て、楽器屋探し。エレクトリックタンブラという、小さな機械の箱を求めに。びろーんびろーんとドローンをならすだけの、ばかげた機械。値段はピンからキリまでで、ピンは結構機能が充実していて、いろいろできそうなんだけど、馬鹿高い。六千ルピーというから、二万五千円くらいか・・・・。あ、そんなもんなんだな。こっちの価値観で生活してるから、そんなのあり得ない・・・と思ってしまう。で、一番ベーシックなベストセラーを購入。二千五百ルピー。pasasasaかpa-sasasaというアルペジオでドローンを奏でる。なんだそれ・・・。基本的に、楽器の練習用か、歌の練習の伴奏用なんだろう。でも、こんなのいままで見たことないし、ばかばかしいので、記念に買って帰ることに。音源に使って、いろいろエフェクトかけたりしたら、何かの時に使えるだろう。
事務所に帰って、パリから来たダンサーのアンと茶飲み話をして、荷物の関係の書類にサインしまくったあと、ジャイとアランとロンドンの美術館のおばさん(毎日あってるんだけど、名前を知らない、今更聞くのも・・・というかんじなので)と飯屋へ。パスタ。しょっぱかったけど、カレーじゃないからうれしい。
明日は朝五時起きで、ジャイとチェンナイへ。ホントは公演しに行く予定だったけど、観光、というか、ちょっとバンガロールからでてリフレッシュしようという企画。ジャイにとってはチェンナイに行くなんてあんまり特別なことじゃないだろうけど、たぶん、俺へのサービスなんだろう。ありがとうジャイ。
六月に、エセックスで新リフレクションズの公演、たぶんまたバンガロールでリハーサル。そのあと、インドの古典舞踊、格闘技のカラリのデータベース作りの仕事がまってるらしい。
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17
2004_02_18
今日は十一時からセントジョーンズで[coded:decoded]のばらし。アタカラリの使用人のネパール人のかれ(名前を覚えられない、ごめん)が手伝ってくれて、一時間で終了。そのあと乗用車の上に縛り付けてアタカラリに運んで運送会社の人が来て中身のチェック。ちょっとケーブルを足したけど、大丈夫かな・・・・。重量が違うと面倒なことになるから・・・・。四〜五キロの変動は大丈夫じゃないか、と思うんだけど。
そんなこんなでいろいろにもつのことをやっていたら、ボタニティーガーデンであったアランのフォトセッションに参加できず。今回彼が展示した作品の続き。ぎりぎりになってリオーたちとボタニティーガーデンの中で迷って、結局たどり着いたときには、アランは撤収してしまっていた。ものすごい行列ができていたという・・・・。ざんねん。
リオーたちはピザ屋へ。俺とアランとジャイはコシーズでまちあわせ。アニーとジェイドも参加。場所を移動して、なんだかカラオケを歌ってるような生演奏の音楽が流れる、ホテルの屋上のレストランへ。キャロルとパトリシアも参加。うまかった、けど、なぜかそんなに頼んでないのに8000ルピーの請求が・・・・。頼んでないものもたくさん請求されている・・・。もめまくったあげく、みんなかんかんになって店を出る。
今日はシヴァの祭りだということで、ホテルの近くの小さい寺に行くことに。リオーたちドイツ人グループとアニーとジェイド。路地裏では、遅くまで子供たちが遊んでいる。西洋人と日本人が珍しいらしく、ものすごい人だかりに・・・・名前を聞いてくる、どこから来たか聞いてくる、ものすごいスピードでヒンディで話しかけてくる。なぜか父親の名前と母親の名前を聞いてくる。少し大きなガキはたばこをせがむ。仕事をくれといってくる。近くの小さな寺は閉まっていて、何もなかったので、ちょっと歩いて、違う寺へ。歩いてると、どんどん人だかり。何も言わずにただついてくる。普通に横に並んで歩いてくる。顔を見ている・・・・。時々テンプル、テンプル・・・とか話しかけて首を振る。変な二人乗りしたバイクがずっと横を併走している。かと思ったら、いきなり、後ろに乗ったやつが「俺群馬、おめはどこ?東京?」といきなり日本語。びっくりして、たぶん知ってる言葉をしゃべってるだけだろう、と思って無視したら、ちゃんとしゃべってる!わけわからん・・・。「東京のどこ?」ときくので、「めぐろ」と答えると、「ああ目黒なの?俺東新宿に住んでたことある」とかいう。なぞ・・・。
で、寺に着くと、またすごい歓迎。靴を脱いではいると、そんなに盛り上がってないんだけど、歌はあり太鼓はあり、親爺がぶつぶつお話を聞かせてたり。こいというのでついて行ったら、火を持ってきて、こうやれというので手を日にかざして頭へ。そんで、なぜか記念写真を撮られまくられ、ヒンディーの神様の説明をまくしたてられる。横ではものすごい拝みまくっているお兄さん、お姉さん。白人の若い女性が珍しいらしく、ダンサーの女の子が、入れかわり立ち替わりツーショットで写真を撮られている。変な感じだったけど、おもしろい体験をした。
今日でリオーたちともお別れ。俺の部屋でちょっとおしゃべり。ありがとうリオー、カロリン。次はドイツか東京で。
今日はネストの初日だね。どうだったか知りたい。うまくいったことを願う。
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16
2004_02_17
十時にアタカラリを出発して、どこだかわからないけど、一時間ほど車で行ったところにある、田舎の小さな学校に行く。パトリシアとキャロルと中山さんにジジュウ。ジョン・デバラシ氏が中心になって建てた学校だという。小さなきれいな学校。子供たちもみんな美しい。
バンガロールに戻って制作中のジョンにあう。カリスマ的な魅力を持った人なんだろう。エネルギッシュ。とても話がうまい人。単純でわかりやすいストレートな意見を持つ人で、有言実行タイプ。俺がひねくれてるのか、しかしなんか・・・・と思ってしまう。でも、実際に、たくさんの人たちに希望と力を与えている。それはすばらしい。
考えたことはいろいろある。一言で整理がつかないから、書くのはやめる。このことについて考えることは、たぶん俺の考えていることの核心に触れることなんだろう。いつも必ず、ピントがずれたように、思考が不明瞭になる。平行線が闇に消えてくような感じ。
戻って、セントジョーンズへ。最後の起動。
最後のショーはインド人の女性振付家によるカンパニー。三作品。はじめの作品はすごかった。タブラと何とかっていう太鼓の、超絶リズムに合わせてステップを踏んだりクラップやらタップやら、なんだか知らんけど民族舞踊のような感じなんだけど、その超絶リズムに完全にシンクロしている。複雑な展開。複雑なポリリズム。もちろん、声とステップ、クラップもマイクで拾ってミックスしているんだけど、ものすごいグルーブ。みんな思わず、ヒューーとか叫んでいる。やられた。二本目は、全く音のないモダンダンス。まるでモダンダンスのパロディーを見ているようなモダンダンス。なんだ、この芸風の差は。最後は振付家の女性のソロ。それもまた、ものすごいべったりした作りで、情念こもった音楽に合わせて、女の苦しみを表現しました、という感じのソロダンス。最後は血糊まで登場。芸風がバラバラ・・・・。ホントにパロディーだったら、とてもひねくれた人だろう、俺みたいに。と思った。
終演後、フェスティバルの締めのアーティストミーティング。一言ずつご挨拶。ジャイが、coded:decodedのことに触れると、会場から大喝采があがる。ありがとうございました。
なかなかうまい写真が撮れていないので、一生懸命工夫してたくさん写真を撮る。でも、なんかやっぱりうまくない。カメラがそういうカメラじゃないからな。すいません。一応写真には収めてます。
最後に劇場を出て、コシーズへ。アニーと、アランと、今日ついたばかりだというジェイドと飯。疲れたので、すぐにホテルへ。
フェスティバルも終わり。アタカラリスタッフは後処理。アーティストたちはそれぞれがそれぞれの祭りの後・・・・。
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15
2004_02_16
十時にリオーとカロリンと待ち合わせて現場に行くはずだったのが、なんとリオーがぶっ倒れて病院へかつぎ込まれたという・・・。ということで、十一時までアタカラリでまつことに。で、リオーの面倒を見終わったカロリンと一緒に現場入り。何とかクセニアと三人でインド人スタッフにあれこれ指示を出しながら仕込みまくる。ダンサーたちと一緒にリオー登場。へろへろ。しかも、ワイアレスでとばすはずだったビデオがトランスミッターの故障か何かで作動せず。トラブル続き。電気は止まるし、コンセントはルーズだし・・・・。へろへろになりながら、リオーも静かにクレーム。俺もインド人スタッフにはクレームいいたくなったけど、クレームつけるより、自分でやった方が早いので、あきらめることにしながら、がんばる。
結局、開演前にcoded:decodedを起動することができず。
Man Danceという作品。ところが、いろいろトラブルがあったにもかかわらず、たぶんこのフェスティバルで、一番のできだった。映像出しながら、むちゃくちゃ感動した。泣きそうになった。リオーがへろへろになりながらもものすごい集中力を見せて、最高のでき。カロリンもあんなリオーははじめて見た、といっていた。俺もなかなかムード作りには貢献したと思う。オペもものすごく集中して一瞬一瞬が、きたきた・・・という感じだったし。
終演後のアーティストミーティングも、一番客が残っていたんじゃないかと思う。おかげで、終演後に起動したcoded:decodedもちゃんと皆さんに見てもらえたし。万歳。
そのあと、コシーズでパーティー。今日までという人たちも多いので、またさよなら大会。キャシー、ジョン、マヤも今日でお別れ。はじめからずっと一緒だったので、なんか急に寂しくなる。あ、ホントに寂しいなあ。いろんな人が来ては去っていく。
明日でフェスティバルも終わり。
そろそろパックアップのことを考えなければ・・・・。
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14
2004_02_15
十一時頃アタカラリにいって、リオーたちの映像の仕込み。ネタはほとんど出そろっている。つまり俺のやることは、リアルタイムビデオをいかにおもしろくするか、ってこと。カメラを二台設置して、うまくエフェクトとスイッチングで見せることができるか。で、うまくいく予感。予感、ていうか、明日本番だね。
アヌーシャから電話。ワークショップで一緒に作ったインスタレーションが、アムステルダムのスプリングダンスで展示されることが決まったという。ということで、いろいろ、これからもっと詰めたり、しなければならないだろう。もっとうまいシステムを組んで、送ってやらなければ。アムステルダムか・・・・・行きたいなあ。
六時過ぎまでリオーのリハーサルにつきあったおかげで、六時のエレンのパフォーマンスを見逃す。残念。明日の朝、出発するという。2005年のコラボレーション企画を約束して、さよなら。
直ちにセントジョーンズへ行ってcoded:decodedを起動。今日は、特に「何これ?」と聞いてくる客が多い。だんだん説明も上手になってくる。
ミシェルカラミニスの公演。上品なおフランスでございますよ、ってかんじの公演。可もなく不可もない、ソネットという感じ。
そのあと、またもやゼログラビティーへ。ジョン、アショクたちのライブ。可もなく不可もなく。しかし、タブラと、何とかっていうインドの壺太鼓の複雑なリズムに合わせて、インド人が熱狂して踊っているのは圧巻。生太鼓のあと、スイスからきたDJ Pinちゃんがアホテクノをかけまくるんだけど、全然グルーブを感じない。タブラと変な壺太鼓のポリリズムで一度行くところまでいってしまうと、テクノのヨツウチがもどかしく感じる。
明日は忙しくなるだろう。本番だから。
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13
2004_02_14
結局、キャシーのインスタレーションはあきらめることに・・・・。朝からセントジョーンズで仕込んだけどトラブルが多すぎて、見せられるものにまで持って行くことが難しいということで、あきらめよう、と提案。仕方ないけど、まあ、そのうちちゃんと予算を確保してうまいものを作る、ということで決着。
アタカラリに戻ってリオーたちのリハーサルに参加。作品は「現代に男が男として生きていく」みたいなことをユーモラスに展開する、ひねりのきいたパフォーマンス。リオーのユーモアセンスがそのまんま現れている。いいやつ。急なのでまだよくつかめないけど、リアルタイム中継映像に軽くブラーをかけたり、そんな程度がちょうどいい。全体的に生々しい方がいいだろう。明日またリハーサルでいろいろ決めて、プログラムすることにする。気がついたら、今度はまわりがドイツ人ばっかり。ドイツ人のグループだから当たり前か(笑)でも、奴ら、リハーサルは英語とドイツ語のチャンポン。俺も含めてドイツ人だけじゃないからか。だれ・・・・。へんなの。
で、またセントジョーンズに戻って、今度はcoded:decodedの起動。今日から、プロジェクター付き。一応、たくさん写真を撮る。おまけに、ビデオまで撮る。PALで。また明日もとる。
今日の公演は、オッサンのソロ。古典舞踊を基本にした動き。大野一雄を若くした感じ。でももうちょっと抽象的で、幾何学的。で、切れがある。はじめはなんか退屈だなあ・・・・なんて思っていたけど、だんだん引き込まれてしまう。さらに終盤、ラスト十分間に、とんでもないものを見てしまう。少なくとも五分間は回っていただろう。スーフィー。テリーライリーのような陶酔的なピアノにのって、回る回る。スカートをはいてるんだけど、それがひらひら開く。しかも、最後までへたれない。見ている誰もがたぶん、人間の限界を超えてるだろう・・・・・と思ったはず。で、ちゃんととまって、普通に踊り始めて、また回る回る(笑)オッサンなのに。終演後、スタンディングオベーション。なんか、最後のあれだけで全部まとめたって感じ。みごと。
そのあと、アリアンスフランセーズでミシェルカラミニスのパーティーがあるというので、行こうとしたけど、なんか遅くなってしまったので、ホテルへ帰ることに。ゼログラビティーのバレンタインスペシャルナイトもキャンセル。ホテルに帰って閉店間際のレストランでビリヤニ(インドチャーハン)。
金がないのに気がつく。たぶん銀行にもない。インドで金がない。大変なことに(笑)財布に一万円入ってるので、明日、両替に行こう。日曜日にやってるのか?
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12
2004_02_13
十一時にアタカラリに行って、ドイツ人のグループ、リオーたちのパフォーマンスの映像について相談を受ける。とりあえず、いろいろ、できることがあったら、アイデアがほしいという。ワークインプログレスだから、おもしろいアイデアがほしいと・・・・。とにかく、リハーサルにつきあうことに。明日から。
今日は、昼間は何もしたくないので、四時頃ビールを買って部屋で飲んで寝る。いい加減疲れたので、とことん寝たい。
七時頃まで寝たあと、ゼログラビティーでアタカラリの若手ダンサーのショウの映像を頼まれていたので、小一時間仕込んだあと、部屋を出る。
現場でビールを一本飲んだあと、五分でセッティングをすませ、みんなの喜ぶ派手な映像ショー。やっぱりインド人は派手な色遣いが好きみたい、うけた。
デンマークからきたエレンとティムとミーティング。来年のコラボレーションの可能性について。かなり真剣なプロポーザルを受ける。何かデンマークでできそう。
オープニング公演にきていた、児童労働に関する活動をしている中山さんに電話。彼女は、バンガロールに在住していて、債務奴隷の子供たちや、ストリートチルドレンなどのために学校を作ったり、社会にコミットする機会としてワークショップなんかをアーティストと一緒に行っている人。でいいのかな?十七日に、それらの子供たちの学校を見に、田舎に行くことに。
インドでとにかく思うのは、貧困層とそうでない人たちとの格差がひどいということ。グローバリゼイションにのっている人々は世界標準の収入で生活しているが、そうでない人々は、どうにもならない生活を強いられている。ものすごい違和感。東京にいると、その違和感はぬるま湯の中に消えていく。だけど、現実にものすげえおとろしい状況は目の前にある。
とにかく、中山さんとジョンさんに、ついて行ってみることにしよう。
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11
2004_02_12
インドにきて、初めて昼過ぎまで寝た。二時半にシアターでキャシーと待ち合わせがあるので昼飯も食わなくちゃいけないし、急いでリキシャ。カラマングラは開発が進んでる地域で、いろいろ新しいショッピングセンターやら、コンビニのようなものやらがある。そこで、無性にピザが食いたくてピザ屋へ。ちょっと変なピザだけど、まあまあ。久しぶりに普通の食べ物を食べる。
今日はシアターは別の催し物が行われていて、ものすごい人。変なイベント。意味不明の集会。偉い人がなんかしゃべってみんなで拍手をして、歌を歌って・・・みたいな。
結局劇場のスタッフが、忙しくて電力の供給ができなくて、何もすることなし。そこで、変な親爺に捕まって、おもしろかった。おもしろいと思えるようになったのが自分でもすごいとおもう。近づいてきて、異様な興奮度でどこからきたのか、とか、何をやってるのかとか聞きまくったあげく、住所と電話番号を教えろ、とすごい剣幕。別におこってるわけではないけど、なんか勢いに押される。結局何も教えなかったけど、なんだかおかしかった。
六時のアヌーシャの公演まで、何もすることがないので、キャシーがショッピングに行くけど、一緒に行かないかというので、ついて行くことに。キャシーが見つけた繁華街ではない、中途半端なところにある店。いい感じなので、ママスアンドパパスにおみやげのクルタを買う。ちょっと出費。一万円くらいか?少し予算オーバー。もう銀行にお金ないかも。
アリアンスフランセーズでアヌーシャとお母さんのインスタレーションパフォーマンス。イラクとアメリカをテーマにした三面のスクリーンを使ったシリアスな作品。まあまあだったけど、今回のフェスティバルにはこういう、明らかに社会にコミットメントした作品がなかったので新鮮。というか、ちゃんと現在にリンクした印象のある作品で、少し安心。
そのあとアビラシュとディパックの会場へ移動。彼らのダンスは見事だった。短くタイトにミニマルにまとめて、しかも動きは複雑に振り付けられている。体はきれいだし・・・。基本がカラリなので、俺にとっては物珍しいから楽しめた。そのあとのひげのオッサン一人のダンスは、退屈だった。でも西洋人受けするんだろう。変なグルがひらひら踊るみたいな、中途半端なオリエンタリズム。やっぱりというか、ジョンは非常に高くかっていた。特にイギリス人が高く買っていた、けど、アジアを馬鹿にすんなよ、ってかんじ。
で、そのあとゼログラビティーでダニエラのインスタレーションパフォーマンス。それがまたひどくて、日頃のストレスがたまっていたのか、みていて怒りにふるえて、ホントに足がガクガクいった。思わず、アヌーシャを捕まえて思いのたけをぶちまける。ぜんぶshitだと。うちに帰って一人でやってろ、と。
で、今日はアヌーシャとお母さん最後なので、俺の部屋でお話。明日の朝五時起きだという。さいなら。こんどは東京かデリで会いましょう。
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9
2004_02_07
十時にアタカラリでキャシーと待ち合わせて、インスタレーションの相談。時間もないので、これしかできない、というところで決着。そして、プログラム。ところが、また停電。一時間半。何もできないので、映像のシステムプランと、音楽のスコア作り。あっという間に二時半のプレスカンファレンスの時間に。急いでパークホテルへ。
高級ホテルらしく、エアコンききまくり。対応も、まるで植民地時代の西洋人になった気分。で、数人のメディアの人を前に、ジャイがスピーチ。そのあと、軽食を食いながら雑談。久しぶりにブラックコーヒーを飲んだ。こっちのコーヒーはコーヒー牛乳を温めたみたいなものだから、涙が出そうになる。でも、ホントは、うまい緑茶が飲みたい・・・。
そのあとアタカラリに戻って、映像のことやら、音のことやら、続き。アランと少しミーティング。アランはフェスティバルのブローシャやら、ポスターやら、バナーやらを作っていたので、忙しくて何もできてないらしい。じゃあ、俺がやるしかないじゃん、ということで過去のネタをいろいろいじって見せて、俺中心にネタを練る。結局過去の焼き直しか・・・。
八時くらいになって、蚊の量が激増してきて、辟易したので、もう何もする気がなくなって、アランと一緒にココナッツグローブへ。ビールを飲みながら、カルチャーギャップの話やら、フェスティバルについて。あいつはこうだ、あいつはちょっと・・・みたいな話。
コシーズでデリからきた、ジェイムスジョイス研究で有名な、ものすごい切れ者のインド人と会っていたというジャイの運転でホテルへ。明日からはハードになるね、という話をしてバイバイ。
ジャイによれば、月曜日の夕方[coded:decoded]が手にはいるという。これだけの努力のかいがある作品であることを約束。驚かせて見せましょう。そういえば、プレスの人も、あまり君からたくさんネタばれ話を聞くと、当日の驚きがなくなるから終わってからたくさんインタビューしたい、といわれた。
俺が一番注力しているのは、すべてを、まるで一流ピアニストのように、デジタル機器をリアルタイムに演奏すること。一にオペレーション、二にネタ作り。要は、なんでもないネタを、いかに「演奏」するかと言うことだ。ピアノの鍵盤は誰でも押せる。機材のボタンは誰でも押せる。俺の自慢できるところは、アイデアもそうだけど、ライブのノリの確かさだと思う、と最近思う(笑)。マニュアルでいじれるパラメーターが増えれば増えるほど、本領を発揮する。プログラムより、練習時間を確保する必要がある。デストロイ・バンガロール!
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8
2004_02_06
十時半からアタカラリで、キャシーのインスタレーションのシステムのテスト。とりあえずBIGEYEを使うことに。しかし、めんどくさい。そのまま、システムを組んで、一応、とりあえず、完成。でも、いっぱいやること山積み。
二時からリハーサル。ばっちり振り付けが隅から隅まで決まっているので、構造は理解しやすいけど、ライブのノリ、がない。いくらダンサーが熟達していても、そのノリは難しい。
いろいろライブのためにネタを用意する。今までのネタを少し変えたり。だらだらやっていたけど、結局ほぼ今の時点で、方向性は決めてしまう。でももう一歩。
八時くらいから、ミュージカルファウンテン、つまり音の出る噴水に、なぜか行くことに。キャシー、キャロル、ジョン。それが、これはどうなの?と問いたくなるような、とんでもない代物。ヒンディーポップに合わせて、完璧にシンクロした噴水がびゅんびゅん吹き出すというもの。びびった。最後はナショナル案セムに合わせて噴水が吹き出して、インドの名所が次々とスライドで上映される。まあいいいや。
そのあと、プリゲードロードのpikosという、バンガロールで一番ヒップなパブへ。ロードオブザリングを見てきたという、フレアとマヤとエリスが合流して、飲み会。何を話したかわからないけど、盛り上がって、終了。
あ、フェスティバルのブローシャができあがってきた。そこで、重大なミスを発見。浜中直樹が、hamanaka naokoになっていた・・・・ごめん、浜中。直子。ごめん・・・。ちゃんとチェックして、naokiになってるのを確認したんですよ。どこでだれが書き直したのか・・・・。たぶんアラン。
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7
2004_02_05
午前中、アタカラリでリハーサルのためにとりあえず機材のセットアップ。のあと、ジョンとジャイと打ち合わせ。タイムカウントについてと、スコアリング、音とのインタラクションについてのアイデアの交換。といっても、俺には時間が必要なんだよなあ・・・・。いろいろなことに巻き込まれすぎて、なんだかちゃんと優先順位をつけないと、結局中途半端になってしまいそう。ドイツ人のクリストフとリオーのパフォーマンスの映像システムの相談も受ける・・・。簡単だからいいけど。たぶん本番もつくことになるんだろう。何か作ることになるかもしれない、ってやりすぎだよ・・・。
午後から、やっぱりまた空港に行くことに。それでまたたらい回しにあって、結局一番えらいひとに会いに行くことに。まるで二十世紀。「こうこうこういうワケ何でございます、サー。」という話を延々としたあげく、なんだかよくわかんないけど、とりあえず、十五パーセントだか払って、帰るときに返してもらうとか、そんな話になったらしい。今日はもう一人、ちょっと詳しい人を連れてきてもらって、ジャイアンと三人でアタック。しかし、いい人もいる、悪い人もいる。あの仕組みと、えらいひとには怒り心頭だった。まあ、明日引き取れることに。
事務所に五時半に帰ってきて、それからエントランス用の仕掛けのためのネタ作り。それと、シンプルなタイムカウントをフラッシュで作成。完成。そこでキャシーから電話がかかってきて、アランと飯を食いながらインスタレーションのことで打ち合わせがしたいというので、町中へ。アランお薦めの西洋料理やで、なんとまたステーキを食ってしまう。獣くさいけど、疲れもたまっていたので、肉はうれしいです。とりあえず、明日実験するから、いろいろああでもないこうでもない言うのはやめてくれ、といって、明日実際にやってみることに。
そのあとアランは撮影をしたいからということで先にかえって、ジョンとキャシーとプリゲードロードにあるパブへ。ものすごく音が大きくて辟易する。HUBみたいなところ。ビール一杯で退散。リキシャでホテルへ戻ってくる。キャシーとジョンはジャイのフラットに移ったので、途中で分かれてバイバイ、チャオチャオ。
リキシャはやすくて便利なんだけど、ものすごく交通マナーが悪い。というか、ルールがない。驚いたことに、信号が町中どこにもない。何カ所かみかけたけど、ほとんど機能していない。車線も引いていない。引いてあっても無視する。道路が穴だらけ、でこぼこだらけ。盛り上がったところではみんなスピードを落とすので、交通渋滞が起こる。牛がいるので、まともにまっすぐはしれない。馬車や牛車が車と一緒に走ってる。常にクラクションを鳴らしながら走っている。排気ガス規制があるのかないのか、ものすごいスモッグ。目がしばしばして、息ができない。ものすごくくさい。頭が痛くなる。もういい加減にしてください。
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6
2004_02_04
朝からアタカラリへ言って、ジャイとミーティング。公演の時のエントランス部分の仕掛けについてと、スコアについて。少しだけ。あんまり必要ない気がするんだけど・・・・そっちにばかり時間を割いていられないので、軽めにできそうなやつを提案。できなかったら、やめよう・・・。
チェンナイの日本領事館に、サポートしてもらえるかどうか聞いてほしいというので、だめだと思うけど、ということで、電話。久しぶりの日本語。しかし、やはりインドでやっていくにはけんか腰になる必要があるのか、政府だからか、なんだか嫌みな冷たい受け答え。話していてだんだんむかついてきた。で、軽くあしらわれて、おしまい。
そのあと、空港に[coded:decoded]を取りに行くことに。空港といっても、汚い倉庫みたいなところ。結果を言えば、まだ受け取れていない。さんざんな目に遭う。やつらは絶対にシステムを変えるべきだ。四時間同じ建物の中をたらい回し。誰々のサインが必要で、誰々にあって戻ってきて、またはんこを押して、また誰々に会いに行って、事情を説明して、手紙を書けと言うから、手紙まで書いて、えらいひとに面通しされて、また事情を説明してサインをもらって・・・・・四時間そんなことを十数回繰り返したあげく、やっと荷物と対面して、今度はインスペクターのチェックが入って荷物の中身を取り出して一つ一つ全部!説明して、インスペクターが値段を判断して、関税を決める。でまたえらいひとに説明にあがって、別のえらいひとにあえというから行けば、すれ違いで三十分待てと言う。建物の中には人がたくさん。見れば同じ人がいったりきたり。お互いをサー付けで呼び合ってる。そんなにおまえら偉いのか?馬鹿じゃないか?効率的にすれば、たぶん五人で十分だろう。しかし、どう見ても二百人はいる。とろい。なぜ行ったりきたり、させるのか。これとこれが同じ部屋にあれば・・・・と考えるだけで、時間と労力の節約になるのに・・・・・偉い人はホントに偉そうにしてのけぞり帰っている。むかつく。偉くない人は、明らかに、びびっている・・・・。で、結局最後のえらいひとによれば、インスペクターが決めた7000ルピーという価値と、エージェントからきた書類に書いてあった12861000円という額が違いすぎるらしくて、どうもインスペクターは、その額面を見ないで決めたらしいんだけど、まあそれはいいとして・・・・四十パーセントのタックスを払え、という。払わなければ、入国はできない、と。百三十万の四十パーセント・・・・!ちょっと愕然として、胸ぐらをつかみかかりそうになってしまった・・・・・。おまえら、そんなことじゃ、この国どうにもなんないぞ、と。そんなところで馬鹿なことやってないで、そこら辺にいる忙しそうにしてるけど、全く使えない、信用ならない、簡単な用事一つ平気で忘れたふりをするアホどもの首を切れ!と怒鳴ってみたくなる。怒鳴っても無駄・・・・ここはインドなんだ。にっちもさっちもいかない。ということで、どっちにしろ、今日は引き渡すことはできないから、また今度こい、という。六時間。むだ。ジャイアンはどうするつもりだろうか。なんか泣きそうな顔でえらいひとにお願いしてくれていたけど、どうなんだろう。何とかするみたいなことは言っていたけど、とにかく、アタカラリに任せるしかないのか。こっちはこっちで作品も作らなくてはならないし。これはただごとではなくなってきました。
強力に消耗した一日だった。一日が丸つぶれ。アタカラリに戻ってから、今日はマギー最後の夜なので、キャシー、マヤ、フレアと飯を食ってビールを飲んで・・・・。マギーが一番ノリが近かったので、彼女がいなくなると・・・つまんないなあ、というか、相談相手がいなくなる。
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5
2004_02_03
昨夜は、やっぱりあのレストランで待ち合わせで、ところが違うところに行こうと言うことで、十五分くらいうろついてから、ちょっとお高いレストランへ。高いと言っても、日本円にすればファミレス並み。じゃない、タンドーリチキンハーフが百十ルピーだから三百円くらいか。お金持ちしかいけないレストラン、サービスも高級なのに、千円で豪華料理・・・・。外では飢えてる人たちが一ルピーをせびっている・・・・。
うちあわせといっても、ホテルがどうだとか、快適なところはないか、だとか、あれがほしいこれがほしい、生活のこと・・・・・。特にイギリス人のおばさんのキャシーはいちいち細かいようだ・・・。俺は何が問題か全くわからないので、ミニマルなユーティリティーと電話線があれば、いつでもハッピーだからあまり気にしないでくれ、といっておいた。
それと、なんとショッキングな事実を聞かされる。バンガロールでのフェスティバルのあとに予定されていたチェンナイでの公演がキャンセルに・・・・。何があったか、よくわからないが、何かあったらしい。まあいいや。つまり、十七日でフェスティバルが終わって、インスタレーションを撤収したあとは、4日間のオフ・・・。4日間・・・。途方に暮れる。ジャイは、仕方ないから、アタカラリのみんなとどっかに行こう、とかいってるけど、どうなることやら。少し落ち着いて、何かプランを練らなければ。
今日は朝十時くらいに起きて、当てもなくまたぶらつきに行くことに。観光すると言っても、かえって観光名所の方が、あんまり目新しいものではないので、裏道探検をメインに。朝飯(マサラ・ドーサ)を偶然居合わせたケネスとクリストフとアタカラリ近くの飯屋で食って、観光に行ってきます、プランもないです。ということで地図も見ずにただうろつくこと二時間。もうだめだ、疲れた、と思ったら、自分がシティーマーケットにいることを発見。疲れも限界の中またもや迷宮入り。一時間ほどまたうろついて、やっと抜け出せたところでリキシャにのって、アダプターを求めてまたMGロード。でもまたしまっている。がっかり。でまたもやケンタッキー。そこでなんと今度はアンドレアと再会。彼女もうろつき回ってオアシスを求めてケンタッキー(笑)彼女は今晩なんだかわかんないところへ出発して、土曜に戻ってくるという。聞けば、あと一ヶ月のインド滞在。ハンガリーでウェイトレスをしながら貯めた金でインド一人旅らしい。見た目によらず、エネルギッシュ。そこで土曜の再会を約束して、俺はパブを求めてうろつくことにする。が、今度はキャシーとマヤの親子に町なかで捕まって、インスタレーションのことで相談があるから、コーヒー飲みに行こう、ということでまだましなカフェへ。小一時間スケジュールなどのプランを練ったあと、いい加減ホテルに帰りたくなったのでバイバイ。ホテル近くの酒屋でキングフィッシャーを一本購入する。こっちの酒屋は、なんかいけないことをしているように、ひっそりと営業していて、客の方も、なんかいけないことをしているような気分になる。で、ビールを飲みながら、テレビを見ながら、これを書いている。
テレビのチャンネル数が多い。いろんな言語のテレビ局があるからだろう。ほとんどが映画。例の「踊るマハラジャ」みたいなやつを延々オンエアー。それからCNN、BBC。どこでもやってるやつ。ファッションTVという局があって、ずっとモデルの追っかけとかファッションショーのレポートとかやってるんだけど、複雑な気持ちになる。ファッション・イン・ザ・ハードプレイス。しかしインドでこんなに大量のファッションショーの映像を見るとは・・・。舞台芸術の一つのカッティングエッジはファッションショーにあることを再確認。
きょうは、これから(五時半)ちょっと昼寝をして、夕食を近くのベジ・レストランでくって、明日からのリハーサルに備えて準備をするつもり。作戦を練らなければ。ジャイは、すでにこうでなければだめだ、というイメージを持っているらしく、なかなかコラボレーションのしにくい男で、ダンサーに対してもボッシーなので、相当緻密な戦略が必要だろう。アランは、どうにもつかめない男で、別の意味でいいものができるか心配。この部分は俺ががんばる必要があるだろうな、クオリティーの面で。ジョン、アンドキャシー・・・・。さらにいかん・・・・。アショク。彼と、もう一人のインド人ドラマーだけが頼りだ。アショクもこっそり、音に関しては心配なので、よろしく頼む、といってきた。
まあ、とりあえず、の作品は作れるだろうけど、衝撃的な作品にするためには、がつんと一発活を入れる必要がある、ということ。
キャシーのインスタレーションのシステムを作るのが、負担大だなあ・・・・。
明日からは忙しくなる。ネットに接続するタイミングも減りそうだな。
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4
2003_02_01
昨日は、最後のフィードバック大会を午前中にすませ、すぐに帰国する人たちを中心にみんな街へ出て行った。最後のおやすみ。俺はバラバラになった荷物や機材を回収してパッキング。ケーブルなどいくつか損失。ちゃんと管理していたのだが、テンパッた参加者たちが勝手にいろいろ持って行くので、分けわからなくなっている。なぜかスピーカーのアダプター(日本/米国タイプ)がなくなっている。しかも百ボルト専用なのに。アタカラリの機材をチェックする必要があるな。
しかし今回のワークショップは、機材的にも技術的にも、俺がいなかったらたち行かなくなっていた。第一誰もプロジェクターの使い方を知らないし、ケーブルもない、コネクターもない、コンピュータにはソフトもインストールしていない・・・・。そもそも、プログラムの組み方が漠然としすぎていて、環境設定がしっかりしていないだけに、自由度がありすぎて、そのくせ機材の調達もこんなところでしっかりできるはずもなく、その解決をほとんど俺が受け持つことになってしまう。まだ続けるつもりなら、何とか考え直してください。とジャイには言っておいた。
何人かでホワイトフィールドのハーブアンドスパイシーへカレーじゃないものを食いに行ったあと、マウロと少しぶらつく。ECCへ帰ってきて、マウロは昼寝。俺は日記やら、メールの返事やら。夕方起きたマウロが迎えにきて、ビールのもうというので、ビールを飲んでいたら、もうひとり街に行かないでECCに残っていたハンガリアンのアンドレアを発見。テックパークで夕飯を食うことに。で、やっぱり絶対に米は食いたくないというマウロがだだをこねて、ケンタッキーへ。そのあと、三人でワークショップを振り返って文句言いまくり。マウロは実はジョーハイドに会いに来たことが判明。なんとアンドレアも。マウロ(三十八才)はガールフレンド(二十三才)が参加する予定だったが、こられなかったので休みが取れたやつが彼女に勧められたからきたらしい。もしジョーが来ないことがわかっていたら、キャンセルしてビーチに行っていたのに、という。でもジャイからはなぜ彼が来られなくなったのか、参加者に説明がなかったという・・・・。ほかにもジョー目当ての参加者はいっぱいいるだろう。あらら・・・・・。でも、少なくとも彼らふたりは、今回の一番の収穫は松尾のアイデアに出会えたことだと言ってくれた。松尾がいなかったらナッシングだとも・・・。ありがとう(笑)マウロは俺と二人で「ヤクザマフィアコーポレーション」というユニットを作って、ファーストアルバムは「デストロイバンガロール」というタイトルにするがいいか?と聞いてきた。どうぞ(笑)そんなこと言っている38才、大学で現代音楽、電子音楽を教える講師、黒いアルファロメオのオープンカーに乗っているらしい。ちなみにやつはこないだ行ったthe clubで裸足で踊っていて、靴をなくし、裸足で帰ってきた。
今日は、朝、出発するみんなを見送り。なぜかみんな部屋に蓄えていたビールを俺にくれる・・・・。二十人ほどとハグまくり。しかし、寂しいなあ。
昼頃アタカラリ事務所へ行って荷物を置き、彼らが用意してくれたホテルへ。くさいし、お湯もでないので、変えてくれと言って、二日目の夜に俺が泊まったホテルへいどう。そのあとマギー、キャシー、マヤ、フレアと飯を食いに街へ。例のアーティストの集まるレストランへ行ったら、なんとマウロたちと再会。深夜二時の飛行機なので、一日バンガロールで時間つぶしをしなければいけないという。なんと十時からそのレストランで奴らはビールのみまくって宴会をしていた。で、俺たちと入れ替わりでそのまま奴らは街へ繰り出していった。チャオチャオ!バイバイ!
食い終わって、マギーたちはラストサムライをみに映画館へ。おれはMGロードのあたりをうろついてから、リキシャでアタカラリへ。ネットへ接続。ホテルへ帰ってメールの返事。
今日は疲れたのでとっとと寝よう。明日とあさってはお休み。バンガロール観光でもしてみようと思う。
2004_02_02
昨日の夜、腹減ったので、十一時頃下のレストランでなんか食おうと思って入ったら、あとからマギーもきて、二人で飯。彼女はラストサムライをみてきた。ハリウッド映画の話、ストーリーテリングについての話、歴史の話、あああ、しかし、もっと英語が話せれば。
朝、ホテルの近くの飯屋で朝飯(マサラ・ドーサ)を食べて、アタカラリで買わなければいけないアダプターの種類を確認したあと、歩いてシティーマーケットへ行ってみることに。ものすごいアバウトな地図しかないので、とりあえず方向を確かめて、なるべくディープな裏道を選んで探検。
しかし、道が悪すぎて、ものすごく疲れる。至る所に穴が開いていて、水たまりがあって、牛のくそがあって、犬の糞があって、タンやら、食いかすやら、寝てる人やら、洗濯のおばさんやらをよけながら進む。歩くのを止めると、子供を抱えた女が近寄ってきて、マニマニというし。
ここではたばこがばら売りされている。店でこれくれ、と指さすと、一本だけ渡されるので、いいや一箱くれといえば、口が開いている中途半端なやつを渡される。
いい加減疲れたので、リキシャを捕まえてシティーマーケットへ。そこがまた、ものすごいことになっていた。どう説明すればいいのか。とにかく、迷宮のよう。狭い道を挟んで小さな商店がびっしりと店を構えている。道には人と牛とひとでないひとと犬があふれていて、前に進むのもむずかしい。糞やら小便やらが足下を埋め尽くす中、頭に巨大な荷物を載せた親爺や子供たち、バイクやリキシャまでが行き交う。どの角を曲がっても同じ。よく見ると、どうもこのあたりは装飾品、このあたりは食品、このあたりは工具、というようにエリアが分かれている。小さなほこらのようなヒンズーの寺も至る所にある。しかし、写真を撮ろうと思っても、やっぱり、おとろしくて、少し開けたところでしかカメラを取り出せない。むむむ。店先にある使途不明の商品に気をとられていたら、危うくウサギの人にぶつかりそうになってしまった。たぶん自分をウサギかなんかだと思っている人なんだろう。ウサギのようにぴょんぴょん跳んで前に進んでいる。
この迷宮の中に、バンガロールの秋葉原発見。ラジオ会館のような品揃え。しかも広大なエリア。ここでアダプターを探そうかと思ったが、なんだか引いてしまう。でも、なんか技術と知識は確かそうなんだよな・・・・。でも店構えが・・・・。
「あー、もうここからでたい」と日本語でぶつぶつ繰り返しながら、やっとの事でちょっと違う開けたところへ。とにかく、ちゃんとしたところにいって冷たいものでも飲みたいと思ったので、リキシャを捕まえMGロードへ。で、ケンタッキーフライドチキンで、ペプシとバーガー。悔しいけど、どこに行っても同じシステムに、ものすごく安心して休める・・・・。
MGロードでアダプターを買おうと思って、とってもきれいな電気屋に入ろうとしたけど、なぜか休み。また明日だな。ということで、いい加減疲れたので、ホテルに帰ってビールでも飲もうと思い、一本購入してリキシャでホテルへ。四時。ビール飲んで変なテレビを眺めて、ガイドブックを眺めて、いつの間にか寝てしまっていた。起きてドアにメモが挟んであるのを発見。マギーから。八時からジャイとミーティングをするからKOSHY'Sにこいという。コシーズ?知らないよ、そんなところ・・・・たぶん俺が知っていると思って書いたのだろうから、一緒に行ったことのあるレストランだろう。となればあそこだろうな。アーティストが集まるところ。ということで、今日の続きは帰ってきてから。
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