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Everything and Nothing
今の家に越してきてからもう一年とひと月ほどたつが、未だに段ボールが転がっているままだったりするのは、夫婦そろって忙しいからだ、と書きたいのだけれど、それはただ単にずぼらだからだ。
ここで、夫婦そろって、なんて書くとうちの奥さんに怒られそうなのでいちおう書いておくが、俺がやるといって手を触れさせないのは俺だ。
二人とも、やるなら徹底してやらないとうまくいかないタイプなので、とりあえず少しやる、みたいなことでは結果を出せないのだ。そんなわけで、こういうわけだ。
週末は、とっちらかった部屋を片付ける予定でいたのだけれど、寒くて仕方がないから本を読みながらごろごろしてしまった。
いや、まだ時間はある(日曜日夕方5時)ので、これからやる予定だけど。
とにかく、いらないものが多い。いや、そんなにものがおおいわけではない。多分、何がどうなっているのかと分析するに、整理されていないのだ。書類にしても資料にしても、きちんとファイリングされていないためバラバラと散らかり、それが故に無価値なものとなって、狭い家の中ではただ邪魔になり、時々大量に捨ててしまう。だから、過去のいろいろな活動の記録などは、一切手元に残っていない。無意味にためるか無選別に捨てるか、どっちかだ。
しかし、寒いな。ただでさえ寒いのに、寒々しいデビッドシルビアンの歌とか聞いてるから、よけい体温が落ちる。足を温めてから、「いるいらないボックス」を作り、へやを片付けることにしよう。
ジャイのワークショップの人の集まり具合によっては、というか、そんなに人が集まらない予感がするのだけれど、経費節約のために家に泊まってもらうことになると思うので、ちゃんと客間を作っておかなければいけないということもあるのだ。
ほんとは、ちゃんと日本旅館にでも泊めてやりたいんだけど・・・。
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もうそろそろ回復するかな・・・
東京に帰ってきてから、胃の調子が悪い。胃酸過多の状態がずっと続く。これは,胃がインドスパイスモードになっているところにみそ汁やあじの開きやカツ丼や牛丼を流し込んだからに違いない。胃がものすごいテンションでスパイス攻撃を待ちかまえているところに柔な食い物がやってきてちょっととまどっているようなイメージにとらえられて仕方ない。
帰ってきて初めてオリンピックが開かれている事に気がついた。インドでは全く話題にもなっていなかった。冬季オリンピックやらサッカーワールドカップなんてのは、インドではあんまり興味もたれていない。それよりも、クリケットのリーグの方が断然人気がある。
クンバコーナム滞在中、パキスタンとインドという宿命のライバルのマッチがあって、みんなで映りの悪いホテルのテレビにかじりついてみていた。俺は全くルールが理解できないので茶を飲みながら仕方なくつきあっていた。スンダが一生懸命ルールを説明してくれるんだけど、それでもさっぱりそのおもしろみが理解できない。彼らには野球のおもしろみがわからないようで、あんなものはクリケットに比べればガキのやるキャッチボール遊びくらいに単純で浅いものなのだそうだ。しかし、スンダは一応スリーストライクとフォアボールがあることくらいはしっていたが、ほかの面々はバッターは打ってから一塁ベースに走ることさえも知らなかった。フットボール?やっぱりアメリカが強いんでしょ?あれも、みたいな。おれはラグビーの方がみていておもしろいなあ、という反応。ところ変われば何とやらだ。
日本のテレビではオリンピックやワールドカップが、まるで「世界大戦」のような全世界上げての大騒ぎのようになってるけど、あれはあれで非常にローカルなお祭りなのだ、実際。
とにかく、俺がクリケットや野球に熱中することはこれからも決してないだろう。俺が子供の頃、自分で野球チームでプレイしていた頃、俺にとって野球はとても単純なものだった。「打って守って、そのどっちもうまくやればいい」それだけの話だった。観客になってみて、その一連の行為の中のものすごい情報量を言語化、数値化しながら観戦するようになると、とたんに興味が失せた。やってみて言葉にならない情報の渦に身を置いてみないと、熱中できないのだ。観客の立場で、応援してるチームがしくじっただのうまくやっただの、日本が負けたの勝ったのと言うことだけでは、どうも熱中するためのモチベーションとしては薄い。
どうでもいいけど。
荒川静香さんが金メダルを取ったんだね。すばらしい。
いつもスケートをみていて想像して笑うんだけど、ああいう世界でもアートの歴史のように、たとえばセザンヌとかピカソとかデュシャンとかウォーホルのような革命的な仕事をする人とか出てくるのだろうかね?カニングハムみたいな振付始める人とか。ダダイストのスケーターとか。バウハウスのオスカーシュレンマーの変なバレエとか。芸術点、というけど、芸術とは何か?みたいな根本的な問いがスケートの審査にも生まれたりして(笑)。
体調は回復してきた。しかし、寒いと気力がキープできないし、体がひえてこわばると、それが病気か何かのように感じてしまって、テンションが下がる。
昨日は、いいな酸と打ち合わせを少し。ジャイのスケジュールやら京都の西部講堂でのパフォーマンスの件。ずいぶん厳しい条件のようだ。
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帰国
帰りの飛行機はつらかった。さむいし。回復したかな、と思って試しにビール飲んでみたら、吐くし。待ち時間長いのに、ビールも食い物も受け付けないのでやること無いから、寝てた、といいたいけど、ベンチで目を閉じても体が痛くて寒くて寝付けなかった。
おかげで家についてさらに熱が出て寝込む。いま、深夜十二時。二十一日になったところ。
あ、でも心配しないでください。決してマラリアとか鳥インフルエンザとかではないですから。
それにしても寒すぎるので、自分が感じているこの寒さが熱から来るものなのかただたんに寒いからなのか、このけだるさが熱から来るものなのかただたんに寒いからなのか、わかりかねるくらいに今混乱している。
もういいや、明日にしよう。
今回の滞在では、YMOと細野晴臣とvelvet undergroundをよくきいてました。でもいつもインドで「ああ、今ききたいなあ・・・」と思う「コチンムーン」を今回も忘れた。
インドで下痢になるたびに、トイレで横尾忠則の「でるものは全部出した方がいい・・でるものは・・・」というコチンムーンからの言葉が繰り返される(笑)
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0217
今回の滞在中は、全く健康をを害することはなかったんだけれど、最後の最後になって、熱を出して寝込んだ。
二月十七日は一日中ジャイの家で寝ていた。なぜかインドで熱を出したり腹をこわしたりして、日本から持ってきた薬が効いたためしがない。パブロンもバファリンもノーシンも正露丸も、全く効力が感じられない。とにかく、寝て耐えるしかない。
今は十八日の朝八時半。熱はまだあるようだけれど、昨日に比べると良くなってきている。日本でなら気合いで熱の事なんて忘れてしまえるくらいの体調にまで回復した。
この最後の発熱は、多分疲れとインドに対する気持ちから来るものだと思う。寝ながら考えていたことはインドとインド人に対する不満ばかりだ。どうしても頭から払拭することができない。日本に帰れば収まるのだろうけど、今はインド人のあの首振りや独特のインドなまり英語を聞くのもイヤだ。そして、そういう自分のつまらない心の狭さがイヤだ。
いくつかやっておかなければいけないことがあったのだけれど、どうにも終わらせることができないので、東京に戻ってからになってしまいそうだ。一つはリハーサル用のタイムカウンターの作成。もうひとつはサウンドトラックCDの作成。それからだめ出しノートの作成。これに関しては口頭ではいろいろ伝えてはいるけれど、ちゃんと文字にしてやらないと、どうも彼らはすぐ忘れる・・というか無視をしがちだ。そして勝手に物事を進めたり思いこんだりする。それからプレゼン用のショートエディットDVDのタイトルとコピーライトを作り直させる。もしすでにどこかへ送ってしまったのなら、回収させる。
これからシャワーを浴びて事務所へ行き、ヨーロッパツアーの日程のことやバジェットのことなどを話して、時間があったら、カウンターの録画。DVDから音だけ取り出てCDを作るのくらい、自分たちでできるだろ・・・?というのが通用しないところなので、やってやらなければいけないだろうな・・・。土産物を買いに行く時間なんて無い。あ、LEDの件もちゃんと話をつけておかなければ・・・。まだ税関でとまったままだ。どうなってるんだ、この国は。何度も問い合わせてもらっているが、ショッキングなことに、ケースの鍵をバールでこじ開けたらしい。なんの断りもなく。この国ではお上は絶対なので、そんなことがあっても泣き寝入りするのが普通なのだそうだ。しかし、俺は泣き寝入りはしないつもりだ。保証してもらう。インドの税関相手に裁判を起こしてもいいと思っている。ほんとにあたまにきた。しかも、こじ開けて中を見ても、なんの事やらわからなかったらしく、今監査中なのだそうだ。LEDです。ライトです。アート作品です。ステージ用機材です。と、何度も言っているのに・・・。荷物の申請バリューに応じて、関税をしこたま払わなければいけないらしい。払ってしまえばなんてことはないんだろうけど、アタカラリとしてはそんな大金払いたくないのだろう。とにかくジャイの来日のときまでには何とかして、一緒に手持ちで持って帰ってきてもらうように言っておいた。
今日は十時半の飛行機なので、あの空港へは八時半に着いていないといけない。東京に帰れば、それはそれでまた大変な生活が始まる。最近、一番自由でいられるのは飛行機の中なのかも知れない、と思う。
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0216
二月十六日。いま午後六時五十分。ジャイの家でマットレスに横になっていたけれど、眠れなかった。まだ熱がある。熱のせいで体の節々が痛い。
けさ六時半、トリッチーからの寝台車でバンガロールへ戻ってくる。正規の到着時間は五時半。「五時半は六時半ではない!」と誰かに小一時間訴えたかったのだけれど、仕方なくあきらめる。
ハンピへかみさんといったときは、ACスリーパーという、それなりのクラス(とはいえ、日本であれだったら困ったことだけど)だったのだけれど、今回は枕もシーツもなく、狭いボックスに六人、まるでカプセルホテルのように寝るシート。窓はこわれていて閉まらなかったので、一晩中がんがんに風が入ってくる。ジャイはそれを知って気を遣ってくれて窓から遠い一番上の寝台を譲ってくれたのだけれど、寒いのなんの。明け方は冷え込む上に一晩中あの風にさらされていたので、すっかり風邪をひいてしまった。しかし、あんなに風が吹き込んでくるのに、一晩中便所のにおいがするのは何でだろう・・・・。くそとションベンのにおいだ。それにでかいゴキブリ。オヤジやガキ、おばちゃんの金切り声、ひっきりなしにつけたり消したりされる蛍光灯。全く他者を認識していないかのようだ。一晩中眠れず、インドを恨み続けた。日本の文化がいかにすばらしいか、インドの文化がいかに劣っているか、などと、考えることを止めることができなかった。ヒンズーの文化やインド人への畏敬の念や尊敬する気持ちは確かにあるのだけれど、恨み始めると、とにかく細かいことが全部イヤになってきて、その思考を止めることができない。それは優劣ではなくて、「ただ違う」というだけなのか・・・。
で、どこへ行ってきたかというとクンバゴーナムとトリッチーというチェンナイから少し南西へ行ったところにある有名な寺院がむちゃくちゃあるところ。
哲学者のスンダと奥さんのタヌ、スンダの友達のやたら声が小さくて理屈っぽいおっさんサミュエル、ジャイと俺が今回のメンバー。なんだかみんな張り切っている。
あけがたクンバゴーナムに到着すると、そのままタクシーで町中にあるホテルへ。みんなここら辺では高級ホテルと呼んでるんだけど、普通のインドの困ったホテル(笑)。もちろんみずシャワー。
朝食をホテルのレストランで済ませ、なんだかものすごいわくわくテンションの一行は早速ハイヤーで観光・・・・と思いきや、これは観光ではありません。普通に、ヒンズー教徒のお寺参りです。お遍路さんのようなもんです。クンバゴーナム、カンチープラムなどは、南インドでは重要な聖地で、敬虔なヒンズー教徒のあこがれの地なのです。
とにかく朝っぱらから回る回る、寺ばかり。とにかく寺に行き、プージャをし、五体投地をし、ドネーションをし、次の寺へ。三時くらいまでにもうすでに五つぐらいの寺を回っていた。疲れたのでホテルへいったん戻り、小一時間昼寝をし、また寺へ(笑)。寺へ着けば、一つも見逃してはならぬ、とでも言うかのようにくまなくお参りする。おかげでヒンズー寺院の構造には詳しくなった。しかし、ぐるぐる回る回る。寺は何十にも壁によって囲まれていて、その構造は曼荼羅になっている。中心にご本尊があるのだけれど、トリッチーにある大きな寺(アジア最大の寺町だという)では、七重にもグルグル囲まれていて、その壁と壁の間には街が形成されていて迷宮のようだ。
どこの寺もだいたいご本尊は観光客は拝めないことになっている。中心までたどり着くと、ヒンズー教徒以外入るべからず、と書いてあるのだけれど、なぜかいくつかの寺では顔パス(笑)というのも、スンダがクンバゴーナムでは知れた顔らしい。なぞ・・・・。顔の利かないところでは、ネパール人のヒンズー教徒になりきり、ご本尊を拝ませてもらうことに成功。しかし、トリッチーの寺では厳しく問われてびびった。ネパールのどこだ?今どこに住んでる?位はいいのだけれど、なんだかわからない言葉でいろいろ聞いてきたので、とにかく、ネパールネパール、カトマンドゥ、と繰り返しておいた。もちろん額にべったり赤い印や白い灰を塗りたくりながら。
ご本尊の前で何が行われるかというと、たいしたことはなくて、半裸のたいていぽっこりはらの出たおじさん(僧)がマントラを唱えながらありがたいお供え物や花などを、少しめんどくさそうにバラバラまいたりする。それが終わると、今度はランプに火をつけ、薄暗いほこらの奥に不気味にオイルでてらてらしたヴィシュヌやシバ、リンガやラクシュミーを照らしながら、いちいちありがたい部分やストーリーをお話ししてくれてるようだ、タミル語だからわかんないけど。信者たちは時々頷いたり(もちろん首をくりくりっとするあれ)、顔を見合わせて何かを納得しあったりする。
で、その神様を照らした火に、信者たちは手をかざし、頭に持って行く。ここで好きなだけドネーション。聖水や花、砂糖などを右手で受け取り、頭を変なおわんでカポッとやられておしまい。ほこらの中は狭いので、外へ出ると、みんな五体投地をする。俺は五体投地とまでは行かないけど、とりあえず、跪いて頭を地面の近くに持って行ったりしていた。
まあ、とにかく、二日間そんなこと”だけ”していたのだ。
二日目の早朝にタミルムービーの挿入歌が爆音(本当に爆音。スピーカー六台。音割れまくり。テレビモニター二台。違う映像!しかもクラクションの音がさらに爆音。平均時速六十キロほど出ていると思う。バス二台がやっとすれ違える道をとばすとばす。ちなみに何でとばすかというと、前のバスを追い越すためらしい。プライベートバスなので、前のバスより速く次のバス停に着くことが商売につながるのだ・・・)で流れるバスで向かったトリッチーでは、巨大な一枚岩の山頂にたてられた寺に上ったりして、まあ、観光的な要素もあったけれど。飯(カレー)、プージャ、飯(カレー)、プージャ、寝る、の繰り返しでした。
しかし、一言言いたいんだけど(いや、ものすごい言いたいことや文句や叫んで訴えたいことがグルグルと二日間渦巻いていたんだけど)まず、寺をちゃんときれいにしたらどうなんだろう。入るときは靴を脱ぐのだけれど、どこの寺もなんだか床掃除をしていないように埃と砂利と脂なんかでべったりなのだ。おまけに排水溝なんかが詰まったりしてものすごいくさい水たまりができてたりする。あれだけ信心深い人々が大勢いるのだから、床ぐらいたまにはぞうきんがけしたり、箒ではいたりしてもいいんじゃなかろうか・・・。(あ、そうそう、インド人のぞうきんがけをよく目にする。それはそれはいい加減なもので、タオルのような手ぬぐいのようなべっちょりぬれた布の角をつまんで、車のワイパーのように床で振り回すのだ。だからものすごい早い。ひどいときは足の指でつまんでたりする。それではしつこい汚れが層になって蓄積してしまうだけだろうに・・・。)壁なんて崩れ放題だし、回廊の中には屑やら粗大ゴミなんかが放置されていて、目も当てられない。崩れたレリーフが修復されていたりするんだけど、それは修復と呼べるものではなくて、コンクリでもとあったと思われる感じに盛り上げてあるだけだ。いかにも素人の仕業という感じで。おまけにドネーションしろしろと、物乞いのようにたかってくる。領収書を片手に駐車場の料金所のおじさんのように「あんた払った?はらわなきゃだめだよ!」といいながら当然の権利のように金を要求してくる。 そういうことはやめた方がいいと思います。きりがないので以上。
で、帰ってきました。で、かぜひきました。
日中事務所で送られてきたDVDをチェック。ひどい・・・コピーライトの記述が間違ってる・・・あれだけでかでかと紙に書いて渡したのに、丸C、「アタカラリとクニヒコ」と書いてあるだけ・・・・マツオも無し。松本さん、浜中さん、ちゃんと訂正させますから・・・・。コピーライトの意味がわかっていないからそういう意味のない記述をしたんだろう。それからプルシャルタというタイトルなんだけど、紫バックに、金色の3D文字でしかも変な書体で書いてある・・・・。やめレ。昨日、電話であれほどタイトルバックにはイメージもカラーも不思議な書体もエフェクトも入れるな、そういうのは中身のイメージを決定してしまうから、といったはずなのに・・・・ブラックバックにフォントの種類やポイント数まで言及しておいたのに・・・・旅行になんて出ないで自分でやれば良かったのか・・・。そういうことで疲労も積もり、早々にがっかりした表情で帰宅。横になる。
帰りたい。
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0212
二月十二日。日曜日。今日は朝十時にアタカラリへ行き、ビデオ編集スタジオからのお迎えを待ち、とても物静かなおじちゃんに連れられてジャイと二人でまずナガリカでもお世話になったカメラマンのおじちゃんの家へ。ブル寺院の近くにある小さなアパート。彼はとても信心深い人で、毎日のプージャは欠かさないし、家の中はなんというかとても”宗教”のにおいがする。小さくなってしまったご高齢のお母さんと弟と一緒に暮らしているらしい。
上品でいかにも信心深そうなおばあさんは俺がインド人だと思いこんで(ジャイの弟かなんかだと思っているらしい)カルナタカ語やヒンディー語ではなしかけてくるけど、もちろんさっぱりわからないので、にこにこしながら頷いていた。
カメラマンのおじちゃん(バスカルディー)の尊敬するというインドでは超有名な(名前忘れた)映画カメラマンのドキュメンタリーと伝記本を見せられる。確かに非常にクオリティーが高い。モノクロ映画のカメラワークやライティングはヨーロッパの数々の名画や黒沢にも匹敵するできばえ。
お茶をごちそうになり、へんてこな宗教的食物をいただいたあと、おばあちゃんが、来ると知っていたらおみやげを用意したのだけれどこれしかないからといって”靴下”をくれる・・・(笑)何で靴下かわからないけど、ありがとうございます。
で、スタジオへ。住宅街のこれまた変な集合住宅の一室にあるスタジオではアビッドのシステムが二セット。とりあえず、一通りすべてのロールを見せてもらい、あれこれ注文をつけてプレゼン用に十五分に編集してもらう。編集の兄ちゃんはなかなか優秀で作業が早いし、一つ言えば十とまでは行かないけどとにかくうまくやってくれた。残念だったのは、バスカルディーはナガリカの時もそうだったけど、三台もDVCAMを回しているのに、フィックスカメラが無くて、つねに動いている絵しかないこと・・・。ダンサーだけを追い続けている。フレームアウトしまくってるしピンもぼけてるし(笑)空間全体が作品なんです・・・と泣きながら訴えておいた。
作品を通して冷静にみた感想としては、大きなところではやっぱり振付がだらだらと切れ目なくつながるところと、照明の色やアングルとか形、痲虫の音とベーシックトラックのバランスが気になった、かな・・・ああ、それと要所要所でキメのポイントね、タイムカウントとかとの同期とか、音とシンクロする映像はもっとわかりやすく周波数をチューニングしなければいけないね・・・チューニングしたうえで摩衷にもどの音を出せば映像がどうなるかのチェックというか練習をしてもらおう・・・。つまり”ツメ”の部分ね。東京に帰ってゆっくりみながら戦略を立てよう。
で、七時半頃までなんだかなんだやって、アタカラリへ戻ってメールチェック。そのあとエリアムの家にいってピザを注文して食ってビールをのむ。かみさんから電話。いいなあ、家かあ・・・ロイもいるのかあ・・・グルグルのどならしてるのかあ・・・・いいなあ、家帰りたい。
12時頃帰宅。お休みなさい。明日は夜七時の夜行でどこかへ連れて行かれます。どこなんだろう・・・地名が未だに覚えられないんだけど・・・。
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0211
いつの間にか二月十一日になってしまっていた。
まだインドにいます。
もうすぐ帰ります、と言いたいのだけれど、帰国便の出る二月十八日が、ずーっと遠くのような気がする。
十日以上インド日記を書いていなかったので、すっかり書く習慣がとぎれてしまった。夜はへとへとに疲れて寝る毎日だったので、疲れてぼーっとしながらも自然とパワーブックを開く習慣がつかないとインド日記なんて書けなかった。というわけで、書かなかった。
一月四日にバンガロールに来てから、怒濤のような毎日を送ってきて落ち着く暇もなかったが、ふと気がつくと今日二月十一日は何もすることがない。
というわけで、今午後一時半なんだけれど、外にも出ず、ジャイの家でこれを書いている。今朝は八時にアヌーシャからの電話で起こされてから、ディランと陽水を聴きながらごちゃごちゃになったデータの整理やメールの振り分けなんかをやっていた。
昨日の夜十時まで、バンガロールにはかみさんがいた。十二時半の飛行機で帰国。少し寂しい。ずいぶん寂しい。泣きそうだ(笑)まあ、あと十日ほどすれば俺も帰国できるのでそれほど寂しさは感じないけど・・・。
すっかり友人たちもバンガロールから去ってしまい、あまり忙しくないこのあと十日間をどう過ごしたらいいものか・・・。
十三日からはアタカラリのスタッフのタヌの旦那の実家のあるなんたらという田舎町(名前がどうしても覚えられない)へ行ってみないかと誘われたので、行くことにした。まだ観光地化してはないけど、カルナータカでは重要なヒンズーの聖地らしい。十六日に帰ってくると思う。
というのも、十日にバンガロールに来て、一緒にコラボレーション作品の計画を立てることになっていたダニエラの予定がなかなか決まらず、どうも二月後半になってしまいそうなので、それならばせっかくの誘いを断る理由もないな、と思って。
これからのことを書くよりもこの十日間、インドで何をやっていたのか、ということを手短に書いておきます。
真中の到着まで書いたんだよな・・・。そして翌日からハードな毎日が始まったと・・。基本的に毎日午後四時から十時近くまでpurusyarthaのリハーサルがアタカラリであるので、それに備えて昼間に開発作業。公演の翌日帰国だった真中は結局ジャイの家とアタカラリの往復だけの毎日。彼が時々、作業していると自分がどこにいるのか忘れる、といっていたけど、実際インドにいるという感覚が強くなる前に帰国してしまったんだろう(笑)お疲れ様。
そんな毎日を送っていると、三日の夜、かみさんが到着。空港で待つこと一時間半。顔を見たときは、何ともいえなくうれしかった。やっぱりあのインドの空港の状況にはびっくりしてて、目がきょろきょろしてたのがおかしかったけど(笑)。
公演は六日の夜なのでそれまで出歩く暇もなく、かみさんもアタカラリとホテルの往復の日々。でも、近所は結構インド丸出しな感じの街なので、初めてだったらそれなりにおもしろいから、一人でカメラ片手にぶらぶらしていた。日本人の女性はほんとに珍しいらしく、まるで田舎町に芸能人が来たような大騒ぎが起こっていた。子供たちに囲まれて握手攻め。道にたっているといつの間にか横におじさんがぴったりくっついていて、二人並んだところをほかのおじさんがカメラを構えて記念撮影していたり(笑)遠くの方から「ハーロー、ワッチョネー?」攻め。
日本でも子供の頃は田舎の方では同じような感じだった気がする。がいじんさんがいれば、子供たちは遠くの方から「ハロー!」なんて叫んだり。うちに帰って、「今日がいじんさんがいたよ!」なんてお母さんに報告したり(笑)。
で、肝心の公演だけれど、十五分のノッティンガムバージョンを元にいくつか新しいシーンを加えて、ボリュームアップ。スウェーデン人の照明デザイナーのトーマスを新しくメンバーに加えてなかなか見応えのあるボリューム感に仕上がったと思う。残念なことはLEDのスティックライトが例のごとく税関でストップしてしまい、公演に間に合わなかったんだけど、トーマスの蛍光灯を使った照明セットがなかなかうまくいった。もちろん、舞台装置としての完成度はインドでしかもこの予算と時間内では望むべくもないんだけど・・・。それから結局プロジェクターのワイドレンズも手に入らず、ステージサイズが狭くなったのは残念だった。
ヨーロッパ公演ではそれらも解決できるはずなので、そこら辺の技術的な問題は心配していない。問題は振付の方で、確かにインドのボキャブラリーをふんだんに取り入れた構成ではあるんだけど、やっぱりどこかオールドファッションな感はぬぐえない。ちょっと、東京に帰って、整理しながらもう一ひねり戦略を立てなければいけない。前にも書いたかも知れないけど、ジャイ自身はダンスやパフォーマンスに関してコンサバティブな方法論しか持っていないので、結局ジャイの作ったリニアなシークエンスを素材としてどうカットアップして行くかということが我々にゆだねられている。 簡単に今回の作品作りのプロセスを説明すると、こんな感じ。まず、浜中さんと俺がインドでジャイとプルシャルタのコンセプトについて話し合いながら、ダンス作品と言うよりもメディアパフォーマンスといった方がいい十五分のソロ作品を作成。そのあと、ツアー用の作品として十人のダンサーたちを加え四十五分ほどに拡張したバージョンを作成するため、ジャイとダンサーたちは三十分ほどのリニアな振付のシークエンスを完成させる。というのも、ジャイは、振り付けをするのに彼なりのストーリーや意味づけが必要で、振付は振付として完結していないといけないらしい(彼らはそのリハーサルに俺が以前あげた坂本龍一とalva notoを使っていた。かなりリリカル)。そのあと、俺と真中がインドで合流し、映像と音楽の流れの中に彼らのシークエンスをサンプリングするように当てはめて、あるシークエンスには新しいネタをつっこんだりしてタイムカントに当てはめ四十三分ジャストに仕上げる。この作業が大変で、映像と音の要請にダンスをアジャストすること、たとえばある決まった効果をねらうために立ち位置やタイミングを調整したり、振付のシークエンスをみてバランスをとって、この振付にこの映像と音をつければ十分にひとの動きを異化することができるとか。たとえば、べたべたの男女のデュオなんかをどうやって料理したらいいものか・・・とか、そんな感じ。
例のごとくタイムカウントで四十三分ジャストの作品だけれど、シーンだけでも12シーン。もちろんそれぞれのシーンにはこまかい時間的変化やシークエンスもあるので、かなりバラエティーに富んだ内容になった。お客の反応は良かったようだ。真中がひっきりなしに出す機械がショートしちゃったようなノイズにもインドのお客はよく耐えた(笑)
次はボン、そのあとヴェニス、ブリュッセル、ミュンヘン、ユトレヒト?なんだかよくわかんないけど、いろいろあるらしい。真中三、今のところのスケジュール、writebackに書き込んでください。
公演のあとはエリアムの家で打ち上げ?パーティー。おいしいご飯とビール。
翌日、七日、魔厨の帰国の日。家のかみさんの具合が悪くなり、せっかくの最終日の観光につきあうことができなくなってしまった。申し訳ない。かれは楽器屋でタンブーラを購入(メールによると、帰路で大破したらしい・・・泣)。夕方アタカラリの前でお別れ。お疲れ様でした。最終日はほんとにごめん。
我々夫婦は、夜十時の夜行列車でハンピへ。かみさんの具合が心配だったけれど、日中寝ていたおかげで、回復した模様。十時間の寝台車の旅で朝八時に隣町のホスペットに到着。帰りのチケットを予約して、バス停まで1.5キロあるというのでとっとと声をかけてきたリキシャの兄ちゃんと交渉してハンピまで乗せていってもらう事へ。
牛だけではなく黒豚や山羊、でっかいニワトリもうろうろする街をぬけて、バナナ畑やらココナツ畑を見渡しながら三十分もリキシャで行くとわけわかんない風景が出現する。どういう風景かは書かない、っていうかかけないので、みたい人は自分で行ってください。
で、そのわけわかんないものすごい風景のなかにあるハンピ村で、すぐにチェックインできるゲストハウスを教えてもらい、朝飯にサンドイッチとパンケーキを食ったあと荷物を置いて早速観光。駅から連れてきてくれたリキシャの兄ちゃんが二日間の滞在中リキシャツアーで全部回ってやるというので、いいやつそうだし、邪魔にもならなそうな感じのやつなのでお願いした。500ルピーといってきたので、一瞬値切ろうかと思ったけど、ジャイにはインドで一日ハイヤーを雇うと500ルピーくらいだ、と聞いていたので、ここで値切って400とか300にしてもらったところで、なんだか二日つきあうのに気分が悪いと思ったから、500で快諾。
兄ちゃんを雇ったのが正解で、ポイントポイントでちょっとした説明をくれたり、ガイドブックだけではわからない場所を教えてくれたり(たとえばあんなベストサンセットビューポイントはガイドさんやリキシャで回っている人しかたどり着けないだろう。ガイドが付いた何人かしか上ってきていなかった。ものすごく険しいところなんだけど・・・)ハンピを快適なテンポで二日でほぼ見尽くした上に、ゆっくり過ごす時間もとれて、非常に満足。帰りの汽車の時間に間に合うように、ちゃんとお迎えに来てくれて駅で見送ってくれた。
楽しかったです。旅の内容に関しては家族内の秘密。ハンピはものすごいところなので、南インドに行ったら是非行ってみてください。
ということで昨日。明け方六時、アタカラリへ戻ってきて門番のおじちゃんにあけてもらい、かみさんは荷物整理。俺は、デリーでアヌーシャがinsideinという二年前に一緒に作ったインスタレーションを展示するんだけどパッチの調子が悪いというので、ちょっと改良してメールで送ってやる。
朝ご飯を食べたあとジャイの家に荷物を移動して、最後の観光、買い物。まず、ブル寺院。プージャに参加。そのあとシティーマーケット。インドのカオス丸出しのおなじみのエリア。ここが一番疲れる。いるだけで疲れる。お茶を飲んで休んでいたら、アヌーシャから電話でファイルが開けないというので仕方なくジャイの家に戻ってコンピュータ持ってアタカラリへ。送り直しで成功。
そのあとまた街へ出てココナツグローブというレストランで遅い昼食。それからコマーシャルストリートまで歩いてファブインディアで買い物。テーブルクロスやらシャツやらを買い込む。暗くなってきたのでMGロードのスーパーマーケットでスパイスなど買い物をしたあとジャイの家へ。九時くらい。一時間くらい荷物整理したり果物食ったりしていたらジャイが帰ってきて空港まで送ってくれる。
彼女は満面の笑みで東京へ帰っていった。良かったね。東京は寒いだろうから、風邪ひかないでください。 馬厨もね。
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0203
またしばらく書く事ができなかったので、まとめて報告します。
二十九日の夜に、真厨さんが到着。三十日から早速リハーサルを始めました。
あ、その前に、ハイヤーでブリゲードロードMGロード、シティーマーケットなど観光する。ミュンヘンのダンスフェスティバルから偵察にやってきたピポンというフランス人とチャンドランとともに。
1日目から真中三には刺激が強かったかも知れない。そのあとリハーサルをしたのだから、相当疲れただろう。お疲れ様。
三十一日、昨日の夜はダンサーたちを招いてジャイの家でパーティー。アタカラリのダンサーたちは自分たちでまとまってあまり外に開こうとしない傾向があるので、アフリカから来たレベッカが、彼らとうち解けるのは難しいと漏らしていた。
で、謎のフランス人ピポンなんだけど、彼自身も照明アーティストらしく、ローリングストーンズが所有していたという世界最大のプロジェクターを使って歴史的建造物にプロジェクションする作品とか、工業用ロボットをプログラムしてダンス作品を作ったりとか、わけわかんないが、それはいいとして、寂しがりやらしく仕事中に話しかけて来るわ邪魔をするわで、うざい(笑)ミュンヘンから何しにきたんだ?暇だったら街にでも行って観光したりお茶でもしてきたらいいだろうに・・・。彼女のコーネリアがダンスフェスティバルのプロデューサーで、ラララヒューマンステップスのマネージングもしている、まあ、大物の方らしい。彼女がいろんなところに売り歩いてくれてるらしい。スケジュールを確認しないといけないが、いろんな地名と日程がでてくる。
肝心の作品作りの方だけれど、ちょっと今途方に暮れているとはいえ、まあ、順調といえば順調・・・思った通り・・・という感じ。ピポンにはミュンヘンのフェスティバルにもちゃんといい印象を伝えてもらわないと・・・。
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0127
とにかく忙しかった。もう五日くらい書いていない?もっと?
機能はワークショップ最後のショーイングの日。百五十人くらい、外部から人を招き、九本のパフォーマンスを一気に見せる。メインホールはもちろん、ECCキャンパスの至る所を使って。
そのうち四つのパフォーマンスではフルに関わっているのであちこち機材を引きずりながらいったり来たり。
今年は前回に比べて完成度が高いと思うが、ディレクターたちは完成度を求めてファシリテーターにいろいろ多く求めすぎて我々が忙しくなり、なかなかプロセスに立ち会えなくなったのが残念。時間が限られているので、もっとプロセスに重点を置く必要があると思う。中途半端になってしまう。
それはいいとして、ショーイング終了後はハーブアンドスパイスで打ち上げのはずだったのだが、残念ながらお休みでココナッツグローブへ。そのあとメインホールに戻って前回と同じくDJ大会。朝5時まで。
一夜明けてフィードバックセッションと称する感想を一人ずつ言う会合があって、帰る人とはハグをしてランチ食って、今これ書いてて・・・
詳細はあとで。
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0121
二十一日。
朝九時に食堂前に集合してファシリテーター八人で車に乗り込みバンガロールのジャイ宅へ。ディプロマのプログラムに関する相談。いろいろみんなああでもないこうでもないといっているが、結局ジャイとエリアムはいろんな学校へ直接リサーチに行った方がいいと思う。
教育に関してはよくわからないのであまり力になれず。
一時くらいからニックとイエル、エリアムたちとコシーズへ。俺とロレンゾは昼間からビール。
三時くらいにタクシーに乗って(エリアムと一緒に移動するときは決まってタクシーだ・・・金持ってるからリキシャには乗らない・・・(笑))ロレンゾの希望でマッサージをしてくれるところに行きたいというのでバンガロールクラブという金持ちのクラブハウスみたいなところへ。なんだかパレス。全く別世界。
おれはリハーサルをみなければならないのでアタカラリへ。メールチェックしたり返事を書いたり、ちょっとだけ仕事したり。まだプロジェクションも音も何も出せないので、口頭で少しずつ構造に関する相談しかできないが、ワークショップが終わったらセッティングして一つずつ詰めていかなければならないだろう。
しかし、こういうワークショップを主催したりダンスとテクノロジーのカンファレンスに参加したりする割には、ジャイ自身には全くそういった新しいメディアとダンスに関するアイデアは全くと言っていいほど無い。彼のばあい、俺やジョーやクリスチャンとコラボレーションすることが「なんだかヨーロッパでは最近こんな感じの潮流だぞ・・・」というところに食らいついていくための戦略なのだろう。
すこし腹の調子が悪くなって熱もでたようで、とっととECCへ帰ろうと思ったところにロレンゾから電話。エリアムの娘の家にいるからこっち来て一緒に帰ろうという。ということで例の豪華マンションへ。エリアムの娘は一つ上の階にすんでいる。何で一緒に住まないのかわからないが4LDKにそれぞれ一人暮らし。日本だったら年収何千万円と言うような上流階級のお宅でしかみられないような豪華調度品に囲まれて暮らしている。壁には有名なインドの絵描きの巨大な絵が何枚も飾られ、有名デザイナーの椅子やテーブル。リビングには日本製の精巧な彫り物のある大きな座卓がおかれ、ゴールデンリトリバーが二匹。
座卓を囲んでまるでインド人らしからぬヨーロッパやアメリカの若者と変わらないノリのワイルドな若者たち六人がワイングラスを片手に、違う種類のたばこを回しながら、インドの現状について熱く語っている。この若者たちがあのインドの街を歩いている姿が想像つかないのだけれど・・・・・。どうやって、どこに生きているのだろう・・・。彼らの生活圏は車で点と点を移動するレイヤーにあるのだろうか・・・?日本なら芸能人やタレントと呼ばれるひとたちがそうであるのかも知れないな・・・。
外の世界からは全く想像がつかない光景にあっけにとられながら、非常に混乱する。具合がどんどん悪くなっていったので一時間くらいでおいとましたが、もう少しあの若者たちと話してこの混乱をおちつかせたかった。
落ち着かない胸騒ぎのようなものを抱えながらタクシーでECCへ。十一時半。
足湯をしたあと、ipodでベルベットアンダーグラウンドなんかを聴きながら就寝。
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0120
もしかして一月十九日の日記を書くのを忘れてる?
今日は一月二十一日。十六時二十分。二十日の日記も書いていない。思い出したことだけ書く。順番に。
十九日。全く記憶にない。
二十日。朝九時に起きて、またもや朝飯を食えず。テックパークへ。コーヒーデイに到着すると、すでにロレンゾ、チットラ、ジョーとニックがラップトップに向かってカタカタやってる。チキンバーガーを食いながら俺もメールチェックなど。コーヒーデイの隣にiPodなんかも売ってる証明写真屋があって、そこでipodをボイスレコーダーにするitalkが売っていたので、いくらで売ってくれるか聞いてみたら二千四百・・・。日本で買うのよりちょっとだけやすいような・・・。試しに、二千で売ってくれと値切ったらオーケーだというので、千八百とかいっときゃよかった、と思いながら購入。日本円にして五千円くらいか。これ、安いの?日本で買うと、もっと安かったりして・・・。
午後はとにかく、ディーやらサラやらキャロラインやらディーパックやらとミーティングして、ファイナルカットいじったり、マックスいじったり、フラッシュいじったり・・・・。
九時頃までそんな感じで、ホワイトフィールドのハーブアンドスパイスへ。ビール二本くらい飲んで、なんだかインド料理ではないけどインドの味がするチキンをくって、ECCヘ帰ったのが十二時半くらい。それから泊まってる棟のロビーでロレンゾとジョーととチットラとラジーブと一緒に少し飲む。
もっと英語が流れるように話せるようになりたいなあ(笑)あ、それと、難しい単語を使った会話も聞き取れるように・・・・(笑)
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0118
インドに来てから二週間。
その間に洗濯二回。ちょうど一週間分の下着を持ってきているから。これはどこに行くときも同じ。 ということはどうでも良くて、一月十七日は・・・まあ、それもどうでも良さそうだな・・・。
午前中、キャロラインの話を聞く。どういう映像が作りたいか。なんだかスペクタクルなことを言ってる。疲れた。ファイナルカットで編集。
午後いっぱいつかってキャロラインの映像編集(思わぬ事にキャロラインのやつに一番手こずりそうだ・・・ファイナルカットわかんないし・・・そもそも、ほかの奴らはみんなサウンドアーティストなのでオーディオビジュアルに関しては俺かジョーのところに来る、あれ、ニックもビデオだよな・・・なんでみんな俺にやらせるんだ・・・・ジョーもニックも、それはマツオに聞いてみろ、といってるらしい・・・)。そのあと、サラの半インスタレーション作品のインタラクティブな仕組みの部分の相談。サリーにタッチセンサーを仕込んで、それを着てたっているひとにふれるとその人物の話し声や咳や体をこする音なんかが聞こえるというもの。同時にその人物に関連した映像がコンビニ袋の花が咲いた木に投影される。仕組みは簡単なので、これは後回し。
飯食ったあと、ロレンゾにサウンドファイルをもらい、ウイスキーを飲みながら、ディーパック用のパッチをくむ。
ていうか、言われたとおりに編集するとか、プログラムや仕組みとかの部分ばっかりでつまらんなあ・・・。戦略が必要だ・・・。
かみさんから携帯に電話。スカイプで二十分くらい話したんだけど、いくらくらいなんだろう。彼女もこっちにこられることになった。早くインドを見せてあげたい。
あ、それと、ジャイと浜さんと真中の共同作品「プルシャルタ」のボンでの公演日程が決まった。五月十三日と十四日。ゴールデンウィークを使ってこっちでリハーサルしてそのままドイツかな・・・。
なんだか、柄にもなく茫洋とした将来のこととか考えたら(笑)眠れなくなってしまって寝るのが明け方になってしまった。
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0117
マツオです。
一月十七日。朝九時起床。で、なんだっけ・・・・?メールチェックをして、ティータイムになり、そのあとジョーと一緒にディーの作品の相談に乗る。彼のイメージはなんというかサイバーパンクというかコンピューターのエラーを表現してみたりダンサーをスキャンするようなラインを出したいとか・・・・(笑)つまり、そういう雰囲気をビジュアル化するというか表現するというか、まあ、ネストで昔やってたみたいなカンジ。syntaxerrorとか。あのときはフェイク人間スキャナーとか、スクリーンにダイアログが現れるとか・・うんざりだった。なんでそういう「雰囲気」を「表現」しなければならないんだろう・・・と。そんなに「コンピュータ世代」ならコンピュータ世代のものの考え方、制作手法で作品を作ったらいいじゃないか、と。手法や表現は何も変わっちゃいないのだ。かといって言いたいことが新しいわけでもない。
それはディーにもいえる。もちろんジャイにも。ハイテックを導入したいが作り方やアプローチの仕方やプロセスがまるで石器時代と変わらない。ラジカセを使ってプリレコーディングの音楽をリハーサルに使っているだけで、あとはテクノロジーなんて何もない。振付家が振りを考え(ここでコンピュータのエラーっぽく動く、とかユニゾンがシステムに支配される人間を表す・・・とか)ラジカセの音に合わせて1234・・・。
で、「まつお、ここで後ろのスクリーンにこんなイメージを出したいんだけど・・・」「ライブカメラの映像をダンサーにオーバーラップさせたいんだけど・・・」・・・・・
何がメディアパフォーマンスじゃ(笑)ハイテクは書き割りの転換をラクにしただけだ(笑)
そういうことを一生懸命伝えようとしてつたない英語を繰り出すんだが・・・・やっぱえいごが話せないとバカに見えるのかな・・・・。何をとんちんかんなこと言ってるんだ・・・・みたいな。
そんなこんなで午後はディーパックの作品用のパッチ作り。インドのコールセンターを題材にした作品で、これはなかなかメッセージに芯があっていい。パッチは4chにそれぞれインド英語、アメリカ英語、ロレンゾとラジーブの現代音楽(笑)。それらをダンサーの動きとストーリーにあわせてミックスするだけ。それと二十個くらいの単語のサンプルをキーに割り振ってダンサーの動きにあわせてプレイする、とか。ディーパックのアイデアを実現してあげる。 インドのコールセンターのトレーニングマニュアルを見せてもらったんだけど、それがまるでジョーク本のようだ。アメリカ、ヨーロッパの世代別、職業別の典型的な人物像や、生活習慣、精神的傾向、知的レベル、好きなブランド、ファッション、グッズ、食い物などが事細かくかかれていて、こんな場合はこんなやりとりをしなければいけない・・・などと徹底的にたたき込まれるらしい。ここインドに住んでいると、全く想像もつかないようなバックグランドを持つ人物と対等に渡り合うためのマニュアル。一部持って帰りたい。
夕方からジャイがファシリテーターを集めてディプロマコースに関する相談ミーティング。俺は教育関係には関わっていないので、どういったことが重要なのかよくわからなから、そういうのはジョーとかロレンゾにお任せ。
夕飯を食って、ビールを飲みながら、オーディオフィルタの読み込みがうまくいかないで立ち上がらなくなっていたファイナルカットをなんとか立ち上がるようにする。キャロラインに頼まれて、ファイナルカットで彼女の映像編集を手伝うため。
十二時半。就寝。
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0116
十五日と十六日の分。
十五日日曜。ゆっくり寝てジャイの家を十一時くらいにでる。リハーサルは四時からなので、それまで特に何もすることはなく、”とりあえず”MGロードへいいき、コーヒーを飲みながら、十六日の俺の単独ワークショップの段取りを考えることにする。ipodで細野晴臣をシャッフルで聴きながら行き交う人たちを眺めていたら結局何も考えないまま一時になり、腹が減ってしかも便所に行きたくなったので、誰もみていないことを確認しながら(笑)KFCへ。例のごとく、インド味のチキンを食いながらナイスなワークショップの段取りを思いつき、思いついたら特にすべきことはないので、アタカラリへいってメールチェックをすることにする。
珍しくリキシャとの交渉に手こずり何台かのリキシャドライバーと例のごとくけんか腰のネゴシエーションをしなければならないはめに。やっとアタカラリへたどり着き、休みで誰もいないので門番のオヤジにいれてもらってメールチェック。四時まで寝転がったり書き物したりしていたら、いつの間にかリハーサルが始まっていた。
リハーサルは・・・うーん、考え物だ。ジャイのものの作り方はあり得ないほどコンサバティブで、出遅れた俺には割り込む余地が無く、どうしたらいいものかとリハーサルをみながら戦略を練る。
そういうのは得意だ。というか、多分才能があるんだと思う(笑)穴を見つけてひねりこんでいく、というか・・・。まあ、こういう事考えるのも楽しいし、訓練になる。
八時までリハーサルにつきあったあと、これからECCへ戻ると夕飯を食い逃すのでジャイと安レストランを見つけケララパラタとチキンカレー。で、一生懸命いろいろ思いついたことを説明。特に進め方、やり方、つまりプロセスについて。大丈夫。三割くらいで。
リキシャを捕まえジャイに交渉してもらって二百ルピーでECCへ。四十五分。道中ずっとYMOを聞いていた。ほかに聞きたくなるものがないんだけど・・・・。
ECCにかえると、ロレンゾたちが我々の棟のラウンジにオーディオセットをくんで仕事場にしていた。アンプの調子が悪いのでなにやら大変だったようだ。
ちょっとだべって、俺はお休み。
十六日月曜。例のごとく、朝飯は無視。ラジーブに淹れてもらったコーヒーを飲みながら、もちろんみんな朝飯抜きのファシリテーターチームで少しだべって、何人かはテックパークへ。俺は午後からセッションがあるのでまあ特に準備はないんだけど、のこってもういちどかんがえてみることにする。で、結局誰かと話したりボーとしてたりしているうちに、昼飯になり、俺の時間。
クリスが少しイントロダクションをしてくれて、なんだかよくわからないけど、とにかくこれは非常に重要なトライなんだと・・・。コンテクストをわかりやすく解説してくれたあと、例のごとくつたない英語でベーシックを説明。即座にグループ分け、とっとと制作。一時間後にはショーイング。
こういつもいつも成功したとか好反応とか書くと自画自賛に聞こえるだろうけど、結構ほんとにおもしろがってくれる。何人かはなにやらショックだったらしい。このワークショップで一番重要な日だった、といってくれた人もいた。まあ、わかりやすく、違うからね・・・。
俺のやつが一段落したら、今度はそれぞれのコリオグラファーの作品制作がスタート。ファシリテーターはそれぞれの担当のグループを回りながらアドバイスをしたりコンセプトを確認したり。
疲れた・・・・。
いつの間にか七時になる。ビザの関係と飛行機の都合で足止めを食っていたアフリカからの参加者がきたので、すこし話をする。ナイロビから来た彼は向こうでビザの取得に手間取り、出国はできたもののムンバイであしどめをくらい、バンガロールに到着するのに結局一週間もかかったという。
ビールを買って一本あける頃、夕食の時間。終わって、またビールを買い、一本あける頃、ジョーのimovie講座がはじまり、ちょっと拝聴。あきたので、バハドゥルディとおしゃべり。聞けばコンピュータルームにマットレスを敷いて寝ているというので、じゃあ蚊がいっぱいで眠れないだろう?蚊取り線香持ってないのか?と聞くと、そうだというので俺の電池で動くベープを貸してやる。十一時くらいに部屋に戻って、これを書いて就寝。今十一時半。お休み。
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0114
一月十四日。土曜日。
とにかく今週は、午前中にすることはないので、またもやテックパークへ。ロレンゾとラジーブとロレンゾの友達(エリス?だっけ・・・)といっしょ。ナショナルホリデーらしいが、テックパークの中はいつもと変わらず。
wi-fiのパスワードを買ってインターネットに接続。せっかくブロードバンドで接続できたのでOSXをアップデート。それから今までのダイアルアップの接続時間を確認。五時間半。あとどれくらいエクストラを払わずに使えるのかと思って契約内容を確認してみたら五時間以上の接続は一分十円課金されるという。ガーン。まあ、いいか。たかが知れてる。
昼食後、最終日にやるショーイングのそれぞれのパフォーマンスのコリオグラファーと呼ばれるひとたちによるアイデアプレゼンテーション。かれら八人をのぞいてほかのダンサーと呼ばれる人たちには、アイデア実現のチャンスがない! ロレンゾやラジーブといっしょにコリオグラファーとダンサーをわけるのはナンセンスだ、とさんざんクレームをつけているんだけど、クリスを始め、イギリス人勢はどうも明確に区別をつけたがるようで、とにかく何するにもグループ分けするとなぜか突然コリオグラファーと呼ばれる人たちが隊長になって軍隊スタイルが始まる。そもそも参加者募集の段階で振付家とよばれるクリエイターと自分の身体を彼らに捧げるダンサーと呼ばれる人たちを明確にわけているのだ・・・。ものすごく基本的なことなんだけれど、俺が一生懸命そんな区別をするのはナンセンスだということを一生懸命説明しても、理解が得られない。なるほど・・・インタレスティングな考え方だ・・・しかしそれでは「作品」と呼ばれるものはできないよ・・なんて。自分では何もできないダンサーは振り付けられたがっていて、振付家は彼らを素材としてリニアなダンスシークエンスを作る職業の人たち、という固定観念に全く疑いを持っていない。それとも、そういう既成のアートフォームを疑わないような人材をどんどん送り出そうとしているのか。非常に、がっかりだ・・・。こういうワークショップの時ぐらい、ラディカルに実験したっていいじゃねえか。
そういう状況だから、彼ら振付家と呼ばれる人たちも、なかなかおれの考え方が理解できないようで、俺に手伝ってほしいと願い出るひとが、いない!まったく。何人かはほんとうんざりするんだけど、何でか知らんが未だにウェストミーツイーストというテーマで作品を作りたがる。話を聞いていてものすごくいらだつ。彼らにも俺ががっかりしたりうんざりしていることがちょっとわかったようで、すこし距離ができてしまったようだ。でもなぜがっかりしてるのか理解できていないのではないか。最後には開き直って、やはり結局、「西洋人には理解できない東洋のひと」というおきまりのパターンなんだ。ということで、一見どこの国だかわからないような作品、しかも共存、共作、グループワーク、ネットワーク、生成的・・・なんていってるおれに相談を持ちかけてくる人はあまりいなく、たとえば、音楽はヒップホップみたいなのとインド音楽を混ぜてみたい、とか、西洋風の振付をインドのダンサーに踊ってほしいとか、モダンダンスの伴奏にタブラをつかいたい、とか(笑)はあ・・・。うーん、こういう状況なのかあ、コンテンポラリーダンスの世界って・・・・?それともここだけ?こまった。こんな世界にいたんでは、俺の方がどうにもならん。
夜はファシリテーター全員でバンガロールへ。アタカラリのディプロマコースのプログラムを担当している女性(名前が難しくて覚えられない・・・)のうちへお呼ばれ。ものすごいリッチなマンションで、宮殿のようなところに独りで住んでいる。ものすごい金持ちなんだそうだ。アタカラリでの仕事は趣味のようなものらしい。酔っぱらって、コルビジュエのいすで寝そうになる。
十二時くらいまで大騒ぎをし、この日はジャイの家へトーマスとイムレといっしょに泊まることにする。
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0113
インターネットのことを書いておくのを忘れた。
結局、ブロードバンドはひかれないことになった。初日の朝にラジーブがつなげたきり、全然つながらなくなってしまったから。ということでダイアルアップでつないでいる。
ところが、みんなのプロバイダーはローミング用のローカルナンバーを持っていないらしく(おれはso-netなのでgricのネットワークにつなげることができる。みんなそんな手段があるのを知らないのかみんなのプロバイダーがローミングサービスをしていないのかわからないけど)クリスとチットラに俺のアカウントを貸すことに。しかしひと月十時間という制限がある。こんなにスローでは一回の接続が三十分を超えることが多いからすぐにオーバーしてエクストラを払うことになるだろう・・・。クリスは彼の大学が払ってくれるだろうから、レシートをくれといっていたけど・・・・。
午後は、プレスの人たちが来て記者会見。アタカラリの宣伝にいいように使われている気もしないでもないけど、まあ、とにかく、ずらっと外人が並び、それぞれ自己紹介。アタカラリとしては、こんなに海外から優秀なアーティストたちが結集してディプロマコースの開設に尽力しているから、宣伝をよろしく・・・ということなのだろう。
トーマスのワークショップは非常にわかりやすく照明の基本知識から理論、実際の機材の使い方や設置のテクニックなど、実用的でおもしろく、つい聞き込んでしまった。
ロレンゾの友人がマイソールから来たと言うこともあり、またスパイスアンドハーブへ。酒を出さないところなので途中で酒屋へ寄ってビールをそれぞれ買い込む。
俺はアラビアータを食ってみた。なかなかちゃんとイタリアンの味がする。 十一時半くらいまでいてあるいてECCへ帰り就寝。
ここに書こうと思っていたいろいろ思ったことがあった、けれども忘れた。
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0112
一月十二日の日記。
きのうのよるは、ホワイトフィールドに飯を食いに行ってECCに二十一時半くらいに帰ってきたので、これを書かずに寝た。
いま朝九時半。コンピュータルームの近くのロビーでこれを書いている。
昨日の朝は八時半に起きて給湯室に湯をくみに行き行水をして(シャワーからはお湯がでないのでみんなこうしている)外に出るとロレンゾもちょうど出てきたところ。テックパークへ行くというので朝飯を食いに同行する。ラジーブも一緒。
コーヒーデイでまたもやチキンバーガーとカプチーノ。彼らはwi-fiのパスワード(一時間50ルピー)を買ってインターネットに接続。俺はローカルナンバーを持っていてECCからダイアルアップで接続しているのでその必要は無し。
昼ちょっと前に戻ってきて俺はコンピュータルームへ。28800しかスピードが出ない。毎日大量のスパムが来るので非常にむかつく。さらに新年の挨拶に十メガものアタッチメントをつけてきたメールがあって、それをダウンロードするのに一時間以上かかった。しかも、ccで大量の人に送っている(笑)もしかしたらインドにいる人もいるかもしれないので、大きなもの送るときは、不特定多数を対象にしないでほしい・・・・(今考えれば容量制限をしてスキップすれば良かったのだ・・・)
結局三十分しかない昼飯タイムをのがし、しかも遅れてジャイとチャンドランのワークショップを見学にいく。うーん、特にスペシャルなアイデアは無し。ジャイは基本的に非常にコンサバティブな作品作りの視点を持っているし、チャンドランは使っている機材はプロツールズやプラグイン、その他諸々最近のエレクトロニカの人が使うのと全く同じものなんだけれど、出てくる音は、驚くほどフツーのフュージョンみたいなもの。しかもちょっとすっとこどっこい。スーパーマーケットで流れているような音。なるほどね・・・。やっぱり機材じゃなくて、耳の問題なんだね・・・。 彼にはいわゆるエレクトロニカなんてのは音楽として聞こえないんだろう。
ロレンゾとラジーブといっしょに外に出て、彼らは彼らのセッティングがあったため俺のワークショップを逃していたので、俺の話が聞きたいと言うから二人に特別プレゼンテーション。非常に反応がよく、二人とも大変興奮してくれた。何人か周りに集まってきていろいろまくし立てたり質問してきたりするんだけど、なんだかさっぱりわからん。次から次へとインスピレーションがわいてきたよう。ちょっとうれしい。
夕飯は外で食おうと言うことになってもう一人のイタリア人のエマニュエラを加えハーブアンドスパイスへ。ものすごく辛いチキンステーキとビール二本。
で、帰ってきて就寝。
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0107
どういう訳か七日の分が上がってなかったので、たいした内容ではないけど、一応あげておく。
ちょっと、今これ書くのめんどくさいな・・・。酔っぱらってるから(笑)
でも書いておこう、書かないと心配する人も何人かいてくれるから。
いまちょうどジャイの家からワークショップが行われるホワイトフィールドにファシリテーターの皆さんが帰ったところ。キックオフミーティングを兼ねた夕食会に皆さんを招待してパーティー。
明日は朝九時半にはここから車で一時間のホワイトフィールドにいなければいけないので細かいことを書いていると寝る時間が無くなるから時間軸に沿って記録だけ。
一月七日、朝九時半に早朝からどこかに出かけていたジャイからの電話で起こされて、すぐに家に戻るから一緒に朝ご飯を食べて事務所に行こうというので急いでしたく。パンを焼いてコーヒーをいれて喰って飲んで事務所に出発。事務所でメールチェック。している間に何人か初対面の人到着。ファシリテーターと参加者のダンサーとかコリオグラファー。
ジャイの車とリキシャでワークショップ会場のECCへ。そうね、二年前もこんな感じだったね。でも今回は多少、というか全然びびってないけど(ちょうど二年前の日記参照のこと)
ECCでは結局何もすることなくて、次々と集まってくる参加者と自己紹介したり、だべったり。
イギリスからの参加者の女の子が一人、おとうさんのぐあいが悪くなってまだ始まってもいないのについたばかりですぐに帰らなくてはならなくなって、パニック気味の彼女のそばについていてあげたり・・・。
二年ぶりの食堂の飯は相変わらずカレーカレーカレー三昧のあの味。少し安心する、っていうか、ちょっと涙が出るね(笑)同じ人でしょ。作ってるの。
とにかく、次から次へと握手自己紹介握手自己紹介の繰り返し。つかれた、けど、これだけたくさんの人に出会う機会があるのは楽しい。
六時半くらいにジョーがゴアから到着。前から知ってる友達がいるのといないのでは空気が違う。寒い外から帰ってきて温かい風呂にでも入った感じ。和む。
で、ホールに集まり参加者全員(二〜三人まだ到着していないけど)で自己紹介タイム。日本人の女性が一人参加していた。デンマークに住んでるらしい。しかし、まだ日本語で会話していない。でも何でデンマークなんだろう・・・?(笑) で、そのあとジャイの家にリーダーチームだけ集まってアーマの作ったチキンカレー(最高傑作、超うまい)をくいながら親睦を深める。ないす。また明日。お休み。
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0111
またしても朝飯を食い逃す。朝飯は八時半から九時まで。どう考えても九時に起きれば間に合わないことはわかっているのだけれど、寝ぼけながら九時までは寝られる・・・・と思って目覚ましを止めてしまう。バカだ・・・。
ネットにつなげようと思ってコンピュータルームと呼んでいる電話線が一本つながっているだけでコンピュータも何も無い部屋へ行き、接続を試すも電話線自体が死んでいて何もできず。仕方ないので前日の日記を書き、仕方ないので歩いて十五分くらいにあるホワイトフィールドどいうまちへ。今日はインドでは休日らしく、なんだかどんどん太鼓をたたいたりする人たちや、花で飾られた御輿みたいなものをトラックの荷台に積んだ行列やらに出会う。惜しくもカメラを持たずに手ぶらでポケットにたばこと銭をつっこんだだけで出てきてしまった。
インドの三本プラグから二本プラグへ変換するアダプターをゲットし、ベーカリーへ。ショーケースに並べられたパンやらお菓子やらはどれも食指が動かないので結局ポテトチップを買ってそいつをつまみながらECCへ戻る。
ロレンゾとラジーブのセッティングを手伝って、昼飯。結局彼らのワークショップは四時に延期になり、それまで何もすること無いのでぶらぶらしたり部屋で寝ころんで音楽聞いたり。まだ三日目なので参加者からのアポイントメントもなく、もう自分のワークショップは済んでしまったので焦る必要もなく、ちょうど暇な時期。といっても、ほんとはプルシャルタの準備をすべきなんだろうけど、すこしリラックスさせてください。 ・・・明日は街に行く必要もないからヨガクラスを受けてみようか・・・。
ロレンゾたちのワークショップに関しては詳しいことはめんどくさいから省略。庭のいろんなところに仕掛けたスピーカーからロレンゾの現代音楽チックなエレクトリックサウンドと、ラジーブのやっぱり現代音楽チックなサウンドが流れる中、ダンサーたちがめいめい好き勝手なことをしながらうろつく。なんだかロレンゾがうんちくをたれたあと、じゃあ、やってみましょう・・・というとみんな突然気がふれたように「表現」し始めるのは、なんだか、キモイ(笑)どうも駄目だ、俺、やっぱり「コンテンポラリーダンス」って言うか身体表現っていうかなんなんだろう、こういうのが嫌い。 何でヨガのクラスもちょっと気が引けるのかっていうと、なんだかみんなのヨガに対するアプローチに違和感を感じて、なんていうか、よくコンテンポラリーダンスのレッスンのストレッチとかウォーミングアップにあるような「からだをかんじて・・・」とか「相手の気の流れを感じて・・・・」とか、そんなののあとにみんなで拍手なんかしちゃったりして、そんなのが駄目、だからかも知れなくて・・・。すいません、心が広くなくて・・・。ニューエイジ?奴らはそんな感じでヨガを捉えてるような感じがして・・・。
まあ、いいや。思うところ、たくさんあるんだけど、筋道たてて書くのがめんどくさいのでまたあとで。で、夕飯食って、ビール二本飲んで、お休みなさい。
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0110
インド日記一月十日。
朝八時半に起きる。朝飯は八時から八時半までなので食いそびれる。参加者たちは九時から朝のヨガとコンテンポラリーテクニックのセッションがあるのだが、自分たちのセッションのないファシリテーターにとっては午前中はあまりすることがない。今のところ。作品作りが始まると毎朝参加者に塚末弟いろいろ相談に乗ったり教えたり手伝ったりしなければならなくなる。でも特に今のところすること無し。
ということで、テックパークへ行って携帯料金のリチャージと朝飯をゲットしに行くことにする。 あ、ほんとうはクリスに頼まれて彼のダイアルアップコネクトのセッティングをしてあげる予定だったんだけど、朝飯の時にやるよと約束したんだけれど、寝坊したおかげで破る。すまん。
で、テックパークまでとぼとぼ一人ものすごくほこりっぽくて建設現場作業に携わる人たちが作ったなんだかすごいスラムみたいなコロニーが点々としているぐちゃぐちゃな道を歩く。テックパークは朝早かったせいでKFCもピザ屋もまだオープンしていなくて、仕方なくコーヒーデイにはいってチキンバーガー(みたいなもの)とカプチーノを注文。待っているとジョーが登場。かれも寝坊して朝飯を食い逃したらしい。さすがテックパークにはワイヤレスネットワークがあって、パスワードを購入すればネットに接続できる。おれはコンピュータを持ってこなかったから接続しなかったけど、ジョーはなにやら大量のメールに返事をしたり生徒たちにメールを送ったりしていた。
食い終わって俺は一人ホワイトフィールドへ。部屋のコンセントが二穴なのでインドの三本タイプからヨーロッパの二本タイプへの変換コネクターを探すがみつからず。何でこんなにコンセントのタイプがバラバラなんだろ・・・。アメリカー日本タイプの平行プラグが一番優秀な企画の様な気がする。
午後はニックのセッション。超音波センサーを使ったデモンストレーションなんかをやっていた。まあ、特に特別なことは無し。しかし、彼らのような人たちにとって何でダンスのフィールドなのか、そこにこだわるのかそのモチベーションがまだわからない。プロジェクターとビデオカメラを配分し、六グループぐらいに分かれて五分ほどのショーイングまで持っていったのだけれど、とにかく、何でいつもプロジェクションとビデオとダンスなのか、ちっともわからない(笑)それにあのコンテンポラリーダンス臭。ちょっとうんざり。毎度おなじみの感想。郡司先生の言葉「表現?卑しいねえ。」
ロレンゾとラジーブと俺はそのあいだ、ロレンゾのアイデアで庭に大量のスピーカーを仕込む作業に没頭。買い込んできた変な素焼きのツボやら植木鉢にコーンをセットし、無許可でバラの花壇に穴掘ったり木からぶら下げたりしてECCのディレクターに怒られた、らしい。スピーカーはセットできたんだけど、頼んでおいたこれまた大量のアンプが手配できていないらしく(ウィルソンにとっては無理な注文だけど)未だ音は出ず。
夕飯のあとビールを片手に例のごとく若者たちを待ち伏せ。ビール一本と若者がくれたラムをちょっと飲んだあと、就寝。
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0109
一月八日と九日の日記。
今は九日が終わってちょうど十日になった時間。今日は非常に疲れたので、とりあえず事実の羅列。
八日はジャイの電話で起こされ、荷物をまとめてワークショップ会場のECCへ移動。ちょうどゴアから帰ってきたというスウェーデン人のライティングデザイナー二人組も一緒。到着すると早速参加者全体のミーティング。そのあとファシリテーターミーティング。これから三週間の方向性の確認と、それぞれ持ち寄った機材のリストアップ。今回のメンツはミュージシャンが多く、ダンスフィールドからメディアアートにアプローチしているのは俺だけ。
どいつもこいつもおもしろそうな人たちなんだけれど、特にイタリア人のロレンゾはイタリア人丸出し。っていうか、イタリア人でイタリア人丸出しじゃない人にあったこと無いんだけど、なんなんだろうイタリア人。
午後からはクリスの先導でちょっとした自己紹介ワークショップ。これはファシリテーターも含めて全員参加。コンテンポラリーダンスのワークショップによくあるようなストレッチしたりコンタクトインプロビゼーションしたり。ミュージシャン連中は普段着で硬そうな体を不器用にうごかす。ロレンゾとイギリス人のニックはちょっと風貌が宇治野さんに似ていて、何となくおかしくて一人にやにやしてしまう。
夕食は食堂で二年前と全く変わらないメニュー。夕食後、売店でビールを買おうとしたら、売店のオヤジに「前回もいたでしょ?おぼえてるよ、おまえはビール野郎だろ?」と聞かれた。そういえば売店のオヤジも変わっていなかった。
ビール片手に一人、去年たまり場になっていた参加者の泊まっている棟のエントランスホールにいって若者たちを待ち伏せる。みゅうしょくをすませた参加者たちがあつまってくるが、前回と違うのはみんなおとなしい感じ。まあ、初日だから。ビール片手なのは俺くらい。この日本人のオヤジは何者なんだ・・・という感じ。ちょっと抑え気味に行こう・・・。
結局三本ほどビールを飲んで、お休み。
九日。実は、今日がジョーと俺のワークショップの日。一つの山場。昨日ちょっとジョーと打ち合わせたくらいだけれど、まあ、一緒にワークショップやったことあるし、CMprocessのプレゼンも(英語でやらなければいけない以外は)毎度のことで材料もそろってるしなんとかなるな、という感じのノリ。
八時半ぎりぎりで朝飯を食ってコンピュータルームにいき、ワークショップで使うパッチやら資料やらを整理していたら、ジョーがテックパークへコーヒーのみにいこうというので、つきあう。ニックも一緒。テックパークでコーヒーのみながらまたちょっとした打ち合わせ。結局ちょっと段取りを整理して、まあ、なんとかなる、と(笑)
昼飯後にセッションがスタート。まずジョーが全体の流れを紹介してから、俺のプレゼン。何分ぐらい必要?とジョーに聞かれ、十五分位じゃないの?と答えたのだが結局一時間もやってしまった。しかし、これは何度も繰り返すことでほんとに自分で嫌気がさすんだけれど、英語がなっていない。一時間の話の中で俺はどれだけの英単語を話したんだろう?多分十〜二十くらいの単語しか使っていないんではないか(笑)ほんとにご迷惑おかけして申し訳ございませんでした。と心から謝りたい。けど、この心から謝る言葉が英語で出てこない(笑)
しかし、内容に関してははずれはなかったようで、みんな興味津々で聞いてくれた。 いつも思うんだけれど、プロパーなコンテンポラリーダンサーやコリオグラファーにはかなりラディカルに聞こえるようで、コンセプトを説明するに至るまでのコンテクストの確認に力を入れて説明しなければいけない。ダンス、というか身体、あるアートフォームをハックする様な感じのことだから、そのハックされる対象にハックする必要性を感じていないところでどうすることもできない。コンテンポラリーダンスが好きでこれからコンテンポラリーダンスの世界でコンテンポラリーダンスらしいコンテンポラリーダンスを作っていきたい、踊っていきたい、と思っている若いダンサーたちにはちょっとハイブローすぎるのかも知れない。
結局もう一時間使ったジョーのプレゼンのあと、彼のプレゼンの中でも紹介した東京と山口でやったアンプリファイドからシャドーを使ったシーンのシステムとかいろいろ見せて、ダンサーたちに遊んでもらいながらこういうアイデアもあるしこうやって考える方法もあるし・・・みたいな可能性の話。
夕食後はロレンゾとパリから来たインド人のラジーブといっしょにロレンゾが持ってきたairmacエクスプレスの設定。今年は口を酸っぱくして言っておいたのでブロードバンドがひかれた。ので、ロレンゾの持ってきたものが大活躍、するはずだったのだけれど、ADSLが死んでつながらず。設定は明日に延期。明日からはairmacでつながるはず。
そのあとロレンゾとラジーブがなんだか壮大なプランを考えているようでサラウンドシステムのセッティングやら何やらを手伝う。奴らは、バンガロールの秋葉原で大量の植木鉢やら裸のスピーカーやらを買い込んできた。ウィルソンにあと二百メーターケーブルが足りない、などと訴えてる(笑)おもしろすぎる、インド人とイタリア人。
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0106
夜八時くらいに帰宅。アタカラリからジャイの家まで歩いてみる。それほど遠くないし、iPodがあるおかげで歩くのも楽しい。YMOの「浮気なぼくら」なんて聴きながらそしてインド名物のクラクションならしまくりのリキシャに負けないくらい大きな声で歌いながら。気の狂った日本人にみえただろう(笑)
ジャイは誰かとミーティングらしく帰りが遅くなると言うので、ひとりでメイドの作っておいてくれた飯を食ったあと、これを書いている。
きょうは、十時頃まで寝てお茶を一杯のみ、メールを書いたりファイルの整理をしたりしたあと、マットレスに横になって二度寝して十二時くらいに起きるとメイドが昼飯を喰えというので起きてカレー。
一時くらいまでうだうだしていたらジャイが戻ってきて一緒にお茶。忙しすぎで具合が悪くなったのでリハーサルの始まる三時半まで寝るというから、それなら一緒にでかけることにして俺も寝る(笑)
四時頃からスタジオでリハーサル。衣装デザイナーのいかしたインド人の兄ちゃんとそのパートナーらしき彼女も一緒に。すでにダンスのシークエンスはしっかりできていて、どう食い込んでいけばいいか悩みどころ。十二人もダンサーがいるし。
ジャイにはこれはダンス先行で考えすぎなのでちょっと俺にも考えさせてくれ、時間をくれ、やり方を変えよう、これはおれの思っていたものとちょっと違う・・・などと一生懸命説明。わかってますけどね。ジャイとコラボレーションというのはそういうことを乗り越える作業であることは。乗り越えた上でカッティングエッジを目指さなければいけない。 リハーサル用に以前俺があげたsakamoto+alva notoのCDをつかっているのだが、どうもやはり一枚幕が掛かったような感じ。プレゼンスがない。トランセンデンタルというか。メタフィジカルというか、ロマンティックというか。言葉はよくわかんないけど。音はない方がまだましだ。結局俺と真中三で作ることになるから、どうしても必要な音だけしか入れないくらいの勢いで行こう。
おれがこの作品に求めているのは徹底的な現前性だ。そこで起こっていることがすべてであり、奥行きも何もないリアリティー。それだけでプルシャルタを表現していること。 (笑)幼児英語しか話していないので幼児化が甚だしく、日本語でちゃんと言葉にできないので、少し考えてからあとで書きます。感じてはいるんだけどね。 ダンサーはすばらしい。二年前と比べても、大人になってさらに表現力が増した、なんてフィギュアスケート選手をほめてるみたいだけど。でもほんとに顔つきと体つきが大人になったんだよね。そりゃそうだよな。ロヒニには去年結婚したと言うし、へまも婚約者を紹介してくれた。ミラは二年前は新婚だった。高校生くらいにしか見えなかったのに、みんな。髪型も服装もなんとなく世界共通のおしゃれな感じになってきたように感じる。ディーパックなんて日本に来たらモテモテだろうな、きっと、ギャルの人たちに。やばいフェロモンがでてる。ヒップな感じ。それもグローバリゼーション。
今日はそんな日でした。
電話ください。なんか、電話持ってるだけで、ずいぶん気持ちが違うんだねえ。いつでも連絡できるから、東京にいるのと気分が変わらない(笑)
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0105
起き抜けに枕元においたipodの時計をみて、今日はゆっくり十二時まで寝た、とおもったが印度時間にあわせていなかったので八時半だった。深夜、疲れと埃と家ダニのせいか、喘息がひどくなり起きてしまってあまり眠れず。
リビングに出て行くと七時に事務所へ行くと言っていたジャイは当たり前だがすでにいなくて、かわりにメイドのアーマが台所仕事をしていた。彼女はあまり英語が話せない。俺もあまり話せない。身振り手振りで「今度はもう一人の日本人はいないのか?」と聞いてきたので、「彼は日本でとても忙しい」といったらとても残念そうなというか、悲しそうな顔をしていた。どうも俺より濱中さんの方に戻ってきてほしかったようだ。しかし、彼女はかわいいね、濱中さん(笑)あ、誤解されると困るから言っておくけど、旦那さんも子供もいるおばあさんとまではいかないけどいい年のおばさんです。
いれてくれたお茶を一杯飲んだあと家をでて、久しぶりにいつもの角のレストランでマサラドーサを食い、コーヒーをのみ、飲み水を買って事務所へ行きメールのチェックなどをしていると、クリス・バナマンが登場。かれこれ四年?五年?ぶりの再会。2004年のワークショップにも来るはずになっていたのだが、そのときは喉のポリープだかガンだかの手術があってこられなかった。今回は非常に健康そうな顔で登場。彼はミドルセックス大学の教授で今回のワークショップのスーパーバイザー。ナチュラルボーン先生な人という感じ。話は知的でウィットに富んでいて、ってひょうげんが貧困だけれど、まあ、とにかく「人物」な感じ。
ディーパックに携帯電話屋に連れて行ってもらって1600ルピーでプリペイド携帯ゲット。四千円くらい?インド人も驚く激安プライス。でも四千円、っていんどでは相当な金額なんだろうけど、今はみんな持っているから、携帯を持つような人たちはそれなりに稼いでいるんだろう。こっちの携帯はチップをかえれば世界中どこでも使えるというんだけど、別にいらないからバカ安の電話番号固定チップ付き、つまり印度限定のやつにした。ヨーロッパではヨーロッパのやつ買えばいい。100ルピーは電話代。ローカルコールが一分1ルピー、国際電話はどのくらいかかるんだろう?
しかし、日本の携帯電話はどうにも使えない。日本の携帯だけだ。日本でしか使えないのは。どういう経緯でこうなったかよく知らないけれど、(たぶんNTTが日本のシステムをグローバルスタンダードにしようとして負けたんでしょ?)日本の外から見ると、今日本は鎖国しているかのようだ。それに高いよ。だって収入の五パーセントは携帯電話代に消えるんだから、おれ。携帯、解約してもいいなあ。
で、携帯をゲットしたあとはクリスとジャイの待つおなじみのコシーズへリキシャをとばす。そこで久しぶりのキングフィッシャー。印度の味と香り。クリスが会話に加わるだけで会話が非常に、なんというか・・・ウィットに富んだ(笑)感じになる。こっちまでさえている気分になる。ナイス。こういう感じ。
そのあと別れて一人ブリゲードロード方面へぶらぶら歩きながらリキシャを捕まえてアタカラリへ。ゲットした携帯ナンバーをメールで東京の皆さんに送るが、どうも間違っていたらしい。頭につけた080というのはバンガロールの固定電話の市外局番じゃないのか?近くにいた、えーと、名前なんて言ったか事務所のやせた若いスタッフにきいたら「外国からかけるときは080をつけるんだよ」と教わって鵜呑みにしてそのまま書いたが、印度の国番号は91です。それに、日本ではじめに080をおしちゃったらだれかの携帯電話につながっちゃうじゃん。やべえ、あした、訂正のメールを送ろう。ん?しかし何でうちのおくさんは電話してきたんだ?俺が先に携帯に電話したので、番号が表示されたのか?スカイプで電話してきたんだけど、何か秘密があるのか?明日まず確認しよう。
八時半頃帰宅して例のごとく用意されているカレーを温めて食って、ビールを飲み、井上陽水をジャイと一緒に聴きながらいかに彼はすごいかというのを説明し、もちろんジャイにはなんのことかさっぱりわからず、まあ、とにかくすごいんだと・・・、で、そろそろ寝ようかということになってジャイは彼の部屋へ。俺は携帯いじりをしたあとこれを書いています。
今日は、こんな感じで、お休みでした。明日はリハーサルをみて、打ち合わせ。はたしてジョーは明日までにムンバイから帰ってくるのか?
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インド日記0104
インド日記エピソード4。フォー!四回目ですか・・・・。
もうバンガロールも四回目になると慣れてしまってインドにいるということそれ自体にはそれほど感慨なんてものは特になく、ただこれから一月半もの間、うちに帰ることができないということが寂しい。
けさ、七時半頃、東京を出るときに見送ってくれたかみさんのちょっと寂しそうな顔が道中ずっと頭にあって、眠気でぼーっとしながら帰りたい帰りたいとずっと念仏のように繰り返していたら、いつのまにかバンガロール空港でジャイにあっていた。夜九時半くらい。 ジャイの車は修理に出しているというのでタクシーでジャイの家へ。 いつも何かしらバッドニュースがあるので、何か無いかと聞いてみたら、やっぱりショックなことを口する。「フェスティバルは中止になった」「がーん!」
といっても、予算の関係でいくつかのパフォーマンスの都合がつかなくなったので規模が縮小したために、フェスティバルという形をとらないことにした、ということらしい。よくわからん。早く言ってくれ・・・。我々の「オープニング」作品は、オープニングではなくなったけれど、中止にはなっていない。
2004年に来たときも、チェンナイツアーが中止になったという前例があるけれど、フェスティバルが中止、というのは・・・さすがインド(笑)わらいごとじゃないなあ・・・・。どう落とし前つけるんだろう。
もちろん、ワークショップのほうは中止にはなっておらず、あさってからは忙しいことになる。今回の参加者はヨーロッパから二十二〜三人。インドから十六人。アフリカから三人。だそうだ。われわれリーダーやらファシリテーターを入れると五十人近い人たちがバンガロール郊外のへんてこな施設で三週間、ダンスとメディアだかなんだかに関するワークショップを繰り広げるのだけれど・・・・と書いていたら2004年のことを思い出してきて気が重くなる。長距離を走る前のランナーの気持ち。走り始めればあっという間なんだけれど。
ジョー・ハイドはもうすでに二日前に来てムンバイに行っちゃったらしい。ホリデー。六日にかえって来るという。ほかにもちらほら来ている人々もいるようだけれど、それぞれゴアに行っちゃったりどこぞへ観光に行っちゃったりしているらしい。
まあ、とにかく、今日はむちゃくちゃつかれているので、もう寝ます。あしたは携帯を買いに行ったりして・・・・まあ、特に何もすること無いので、スケジュールの確認とか、もっとほかにも変更やらなにやらショッキングなニュースがないか探りを入れて、今後一月半の見通しを立てよう。それで、かみさんと松本さん(もちろん、濱中さんもね)がこっちに来るベストなタイミングを明日中にお知らせしなければ。濱中さんは無理かな・・・・。
へとへとです。それではお休みなさい。
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