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KUNIHIKO MATSUO
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    Sun, 12 Feb 2006

    0211
    いつの間にか二月十一日になってしまっていた。
    まだインドにいます。
    もうすぐ帰ります、と言いたいのだけれど、帰国便の出る二月十八日が、ずーっと遠くのような気がする。
    十日以上インド日記を書いていなかったので、すっかり書く習慣がとぎれてしまった。夜はへとへとに疲れて寝る毎日だったので、疲れてぼーっとしながらも自然とパワーブックを開く習慣がつかないとインド日記なんて書けなかった。というわけで、書かなかった。
    一月四日にバンガロールに来てから、怒濤のような毎日を送ってきて落ち着く暇もなかったが、ふと気がつくと今日二月十一日は何もすることがない。
    というわけで、今午後一時半なんだけれど、外にも出ず、ジャイの家でこれを書いている。今朝は八時にアヌーシャからの電話で起こされてから、ディランと陽水を聴きながらごちゃごちゃになったデータの整理やメールの振り分けなんかをやっていた。

    昨日の夜十時まで、バンガロールにはかみさんがいた。十二時半の飛行機で帰国。少し寂しい。ずいぶん寂しい。泣きそうだ(笑)まあ、あと十日ほどすれば俺も帰国できるのでそれほど寂しさは感じないけど・・・。
    すっかり友人たちもバンガロールから去ってしまい、あまり忙しくないこのあと十日間をどう過ごしたらいいものか・・・。
    十三日からはアタカラリのスタッフのタヌの旦那の実家のあるなんたらという田舎町(名前がどうしても覚えられない)へ行ってみないかと誘われたので、行くことにした。まだ観光地化してはないけど、カルナータカでは重要なヒンズーの聖地らしい。十六日に帰ってくると思う。
    というのも、十日にバンガロールに来て、一緒にコラボレーション作品の計画を立てることになっていたダニエラの予定がなかなか決まらず、どうも二月後半になってしまいそうなので、それならばせっかくの誘いを断る理由もないな、と思って。

    これからのことを書くよりもこの十日間、インドで何をやっていたのか、ということを手短に書いておきます。
    真中の到着まで書いたんだよな・・・。そして翌日からハードな毎日が始まったと・・。基本的に毎日午後四時から十時近くまでpurusyarthaのリハーサルがアタカラリであるので、それに備えて昼間に開発作業。公演の翌日帰国だった真中は結局ジャイの家とアタカラリの往復だけの毎日。彼が時々、作業していると自分がどこにいるのか忘れる、といっていたけど、実際インドにいるという感覚が強くなる前に帰国してしまったんだろう(笑)お疲れ様。
    そんな毎日を送っていると、三日の夜、かみさんが到着。空港で待つこと一時間半。顔を見たときは、何ともいえなくうれしかった。やっぱりあのインドの空港の状況にはびっくりしてて、目がきょろきょろしてたのがおかしかったけど(笑)。
    公演は六日の夜なのでそれまで出歩く暇もなく、かみさんもアタカラリとホテルの往復の日々。でも、近所は結構インド丸出しな感じの街なので、初めてだったらそれなりにおもしろいから、一人でカメラ片手にぶらぶらしていた。日本人の女性はほんとに珍しいらしく、まるで田舎町に芸能人が来たような大騒ぎが起こっていた。子供たちに囲まれて握手攻め。道にたっているといつの間にか横におじさんがぴったりくっついていて、二人並んだところをほかのおじさんがカメラを構えて記念撮影していたり(笑)遠くの方から「ハーロー、ワッチョネー?」攻め。
    日本でも子供の頃は田舎の方では同じような感じだった気がする。がいじんさんがいれば、子供たちは遠くの方から「ハロー!」なんて叫んだり。うちに帰って、「今日がいじんさんがいたよ!」なんてお母さんに報告したり(笑)。

    で、肝心の公演だけれど、十五分のノッティンガムバージョンを元にいくつか新しいシーンを加えて、ボリュームアップ。スウェーデン人の照明デザイナーのトーマスを新しくメンバーに加えてなかなか見応えのあるボリューム感に仕上がったと思う。残念なことはLEDのスティックライトが例のごとく税関でストップしてしまい、公演に間に合わなかったんだけど、トーマスの蛍光灯を使った照明セットがなかなかうまくいった。もちろん、舞台装置としての完成度はインドでしかもこの予算と時間内では望むべくもないんだけど・・・。それから結局プロジェクターのワイドレンズも手に入らず、ステージサイズが狭くなったのは残念だった。
    ヨーロッパ公演ではそれらも解決できるはずなので、そこら辺の技術的な問題は心配していない。問題は振付の方で、確かにインドのボキャブラリーをふんだんに取り入れた構成ではあるんだけど、やっぱりどこかオールドファッションな感はぬぐえない。ちょっと、東京に帰って、整理しながらもう一ひねり戦略を立てなければいけない。前にも書いたかも知れないけど、ジャイ自身はダンスやパフォーマンスに関してコンサバティブな方法論しか持っていないので、結局ジャイの作ったリニアなシークエンスを素材としてどうカットアップして行くかということが我々にゆだねられている。
    簡単に今回の作品作りのプロセスを説明すると、こんな感じ。まず、浜中さんと俺がインドでジャイとプルシャルタのコンセプトについて話し合いながら、ダンス作品と言うよりもメディアパフォーマンスといった方がいい十五分のソロ作品を作成。そのあと、ツアー用の作品として十人のダンサーたちを加え四十五分ほどに拡張したバージョンを作成するため、ジャイとダンサーたちは三十分ほどのリニアな振付のシークエンスを完成させる。というのも、ジャイは、振り付けをするのに彼なりのストーリーや意味づけが必要で、振付は振付として完結していないといけないらしい(彼らはそのリハーサルに俺が以前あげた坂本龍一とalva notoを使っていた。かなりリリカル)。そのあと、俺と真中がインドで合流し、映像と音楽の流れの中に彼らのシークエンスをサンプリングするように当てはめて、あるシークエンスには新しいネタをつっこんだりしてタイムカントに当てはめ四十三分ジャストに仕上げる。この作業が大変で、映像と音の要請にダンスをアジャストすること、たとえばある決まった効果をねらうために立ち位置やタイミングを調整したり、振付のシークエンスをみてバランスをとって、この振付にこの映像と音をつければ十分にひとの動きを異化することができるとか。たとえば、べたべたの男女のデュオなんかをどうやって料理したらいいものか・・・とか、そんな感じ。
    例のごとくタイムカウントで四十三分ジャストの作品だけれど、シーンだけでも12シーン。もちろんそれぞれのシーンにはこまかい時間的変化やシークエンスもあるので、かなりバラエティーに富んだ内容になった。お客の反応は良かったようだ。真中がひっきりなしに出す機械がショートしちゃったようなノイズにもインドのお客はよく耐えた(笑)
    次はボン、そのあとヴェニス、ブリュッセル、ミュンヘン、ユトレヒト?なんだかよくわかんないけど、いろいろあるらしい。真中三、今のところのスケジュール、writebackに書き込んでください。

    公演のあとはエリアムの家で打ち上げ?パーティー。おいしいご飯とビール。

    翌日、七日、魔厨の帰国の日。家のかみさんの具合が悪くなり、せっかくの最終日の観光につきあうことができなくなってしまった。申し訳ない。かれは楽器屋でタンブーラを購入(メールによると、帰路で大破したらしい・・・泣)。夕方アタカラリの前でお別れ。お疲れ様でした。最終日はほんとにごめん。

    我々夫婦は、夜十時の夜行列車でハンピへ。かみさんの具合が心配だったけれど、日中寝ていたおかげで、回復した模様。十時間の寝台車の旅で朝八時に隣町のホスペットに到着。帰りのチケットを予約して、バス停まで1.5キロあるというのでとっとと声をかけてきたリキシャの兄ちゃんと交渉してハンピまで乗せていってもらう事へ。
    牛だけではなく黒豚や山羊、でっかいニワトリもうろうろする街をぬけて、バナナ畑やらココナツ畑を見渡しながら三十分もリキシャで行くとわけわかんない風景が出現する。どういう風景かは書かない、っていうかかけないので、みたい人は自分で行ってください。
    で、そのわけわかんないものすごい風景のなかにあるハンピ村で、すぐにチェックインできるゲストハウスを教えてもらい、朝飯にサンドイッチとパンケーキを食ったあと荷物を置いて早速観光。駅から連れてきてくれたリキシャの兄ちゃんが二日間の滞在中リキシャツアーで全部回ってやるというので、いいやつそうだし、邪魔にもならなそうな感じのやつなのでお願いした。500ルピーといってきたので、一瞬値切ろうかと思ったけど、ジャイにはインドで一日ハイヤーを雇うと500ルピーくらいだ、と聞いていたので、ここで値切って400とか300にしてもらったところで、なんだか二日つきあうのに気分が悪いと思ったから、500で快諾。
    兄ちゃんを雇ったのが正解で、ポイントポイントでちょっとした説明をくれたり、ガイドブックだけではわからない場所を教えてくれたり(たとえばあんなベストサンセットビューポイントはガイドさんやリキシャで回っている人しかたどり着けないだろう。ガイドが付いた何人かしか上ってきていなかった。ものすごく険しいところなんだけど・・・)ハンピを快適なテンポで二日でほぼ見尽くした上に、ゆっくり過ごす時間もとれて、非常に満足。帰りの汽車の時間に間に合うように、ちゃんとお迎えに来てくれて駅で見送ってくれた。
    楽しかったです。旅の内容に関しては家族内の秘密。ハンピはものすごいところなので、南インドに行ったら是非行ってみてください。

    ということで昨日。明け方六時、アタカラリへ戻ってきて門番のおじちゃんにあけてもらい、かみさんは荷物整理。俺は、デリーでアヌーシャがinsideinという二年前に一緒に作ったインスタレーションを展示するんだけどパッチの調子が悪いというので、ちょっと改良してメールで送ってやる。
    朝ご飯を食べたあとジャイの家に荷物を移動して、最後の観光、買い物。まず、ブル寺院。プージャに参加。そのあとシティーマーケット。インドのカオス丸出しのおなじみのエリア。ここが一番疲れる。いるだけで疲れる。お茶を飲んで休んでいたら、アヌーシャから電話でファイルが開けないというので仕方なくジャイの家に戻ってコンピュータ持ってアタカラリへ。送り直しで成功。
    そのあとまた街へ出てココナツグローブというレストランで遅い昼食。それからコマーシャルストリートまで歩いてファブインディアで買い物。テーブルクロスやらシャツやらを買い込む。暗くなってきたのでMGロードのスーパーマーケットでスパイスなど買い物をしたあとジャイの家へ。九時くらい。一時間くらい荷物整理したり果物食ったりしていたらジャイが帰ってきて空港まで送ってくれる。

    彼女は満面の笑みで東京へ帰っていった。良かったね。東京は寒いだろうから、風邪ひかないでください。
    馬厨もね。

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