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2004_02_10
本番前で、忙しくて、書く暇がなかった。昨日、おとといと、部屋に戻ってからも、朝四時過ぎまでバラ何たら・・・・というアヌーシャ振り付けのインドの古典舞踊のシーンのための音作り。ダンサーがリズムがとりにくいというので、四苦八苦して、何とかでっち上げる。ぶっといベースとプチプチ言う音で女性の古典舞踊を踊ったらおもしろいだろうなと思ったんだけど、うまくいったかな・・・・・
とにかく、今日は一回きりの本番。結局映像担当だったアランは自分のインスタレーションで忙しすぎるのか、なんなのか、俺に十枚ほどの写真をくれただけで、ランスルーにさえ顔を出さない・・・・。つまり、プロジェクションに関しては、全部俺が決めなければいけないことに。
しかも、本番で、出してほしかったソースを間違えるし・・・・。まあいいや。
客層は、なんだかよくわからないけど、家族連れからいけてる若者、なんとバンガロール市長まできていた。
で、内容はどうだったかというと、やっぱり音はまずかった。ちょっとチャイルディッシュ。おまけに、時代遅れのオリエンタリズムがジョンにはあるのだろう。やはり、どんなときにどんな音を鳴らすかには、その人の思想がでる。がっかり。映像は悪くなかったと思う。目新しいことは何もしなかったけど。あと少し、プロジェクターにパワーがあれば・・・。でも、バックプロジェクションが、急に没になったのには困った(テクニカルプロブレムで・・・・)。それから、やっぱり、マシンにパワーがほしい・・・。
午前中は昨日の夜やっと到着した[coded: decoded]のセッティング。朝十時から、一人でこつこつやり始めたら、どこから集まってきたのか、インド人の人だかり。じっと俺の作業を見つめている。で、なんか突然首を振りながら重いものを持ってくれたり、支えてくれたりする。で、最後まで残っていた青年が、とても手伝いたそうにしていたので、このケーブルを、こういう風にさしてくれる?みたいに頼んだら、ものすごいうれしそうにこつこつやってくれる。勝手にフライデー君と名付けた。フライデー君はのぞきに来るインド人に、これはこうやってつなげるんだぞ、ここはスピーカーだぞ、みたいに、説明してくれていた。
で、反応はどうだったかというと、皆さんにグレート、アメージング、ビューティフル、と圧倒的な賛辞をいただいた。ジャイアン、ありがとう。皆さんありがとう。
市長の挨拶が終わって、撤収が終わって、パークホテルでのレセプションパーティーへ。ワークショップのメンバーでまだインドに残っている人たちも集まって。やたらうまい飯(カレー類)をたらふく食って、十一時にホテルへ。
ジャイとアヌーシャと俺の部屋でビール。二本あけたところで、疲れたので、みんなベッドへ。
お疲れ様でした。明日は、トークセッションと、キャシーのインスタレーション。それから、リオーたちのインスタレーション。
2004_02_11
あっという間に一ヶ月が過ぎた・・・。
今日は、朝から会場でキャシーのインスタレーションの準備。見栄えがよくないなあ・・・。あまりそういうことに注力しないんだよなあ。ていうか、アートなのに・・・。まいった。
そのあとアリアンス・フランセーズで、テクノロジーとアートみたいなテーマで、トークセッション。いきなりジャイに話を振られて、つたない英語で思うところをだーっと述べて、あとはもうコンテクストについていくのでいっぱいいっぱい。途中までは、ちょこちょこ口を挟んでいたんだけど、なんか哲学者だかなんだかが話し始めたら、極端に聞き取るのが難しくなって、口を挟む余地なし。でもまあ、はじめにディスカッションのポイントと方向性を作れたので、だいたいはフォローできた。ましかな。
それでまた会場に戻って、こんどはcoded:decodedを起動。しかし、電気のトラブルが多すぎる。ホントによく停電するので、どうにもならない。頻繁に再起動しなければいけない。つきっきり。
今日のパフォーマンスの客は、やたら質問してくるので、がんばって説明するんだけど、なかなか自分の中でうまい答えが見つからない・・・・。一番多い質問は、「で、何が見せたいんだ?」ということ、「アート作品としてのアイデンティティー」みたいなこと。つまり、プロダクトとしてぴかぴか光ってきれいだけど、それだけなら、ほかにもっとすごいのがあるじゃない?みたいな感じ・・・・センサーとカメラのモザイクがサーキュレーションを作ってるのはわかるんだけど、で、なにがしたいんだ?みたいな・・・。そこまでつっこまれると、まず、CMprocessの説明をして・・・・・みたいなことになって、でもやっぱりそれとも違うじゃないか?みたいなことまで、ちゃんとつっこんでくるので、自分でもまとまらなくなってくる・・・・。でもまあ、きれいだよ・・・・なんて、慰めのようなほめ言葉をもらったり。結構、こっちのミドルクラスの若者も、いろんな情報を持ってるので、やっぱり宮島がどうの、とか、こういうのを見たことがある、あれはよかったなあ、とか、とにかく、現代アートのコンテクストをちゃんと理解していたりするので、ごまかしもきかない。これは、ヨーロッパになんか持って行くなら、相当な理論武装って言うか、コンテクスト作りをしないと、中途半端なプロダクトとしてしか受け取られないだろう。きれいなのはわかる。でももっときれいなものを知っている、もっとおもしろい、もっとすごいのを見たことある、それで?社会やらアートやらにどういう切り込み方をしてるの?っていうのが、現代の観客なんだろうな・・・・。高度資本主義社会では、ものすごい金と才能がプロダクトデザインに流れ込んでいる。アート作品としてのアイデンティティーとは・・・・。タレルだってなんだってただ美しいだけだけど、たぶん強烈に見るものの何かを動かすポイントを突いてくる。しかし、coded:decodedにはそれがないということか?難しいね、浜中さん、助けて・・・しかも、あちらさんは、日本に関しての典型的なイメージを強烈に背負ってやってくる。
で、公演終了、アーティストミーティングが終わって、インドでは有名らしい映像作家のアヌーシャの母親とジャイとアヌーシャと飯を食って、フェスティバルのカフェとなってる、ゼログラビティーでジョンとアショクのライブがあるので、移動。ところがライブは終わっていて、もうディスコタイム。俺のために演奏スペースと、インプットまで用意していてくれたのに、残念。
風邪気味なので、早めにかえって、今日はおしまい。
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