つかれた
9.11の同時多発テロは、誕生日の次の日だった。ちょうど、ヘルシンキでの公演の準備をしていたときだった。作品づくりの袋小路、汚い資本主義に対する無力感、私生活の袋小路が一気にやってきていたときに、あれがおこった。ちょっと怖くて、現実味がちょっとなくて、あたりまえだ予想できたことだなと思ったり、少しわくわくしたり、正直ざまみろどうにでもなれ、と思ったり、死者のことや個人のレベルのことを考え、思い直してぞっとしたり・・・・そのあと、すごい恐怖と何もできないいらだちと無力な一市民である絶望感。そのあと、それは作品づくりにものすごく影響した、んだろう。わからない。ああいう判断が良かったのかどうか。ヒューマニズムでしかものが語れなかった。喪失感を語ってなんになるのか。どこにでもある暗黒の入り口をみてしまったあと、それがどれだけ恐ろしいかを語るだけでいいのか。思想的なステイトメントであるCMPのコンセプトワークは無力であることを痛感した。少なくとも即効性はない。目の前にある暴力にたいして、手遅れだ。アートに何かできるか、ってことじゃなく、それ自体、この時代にどうやったら可能かと考えた。そんなことやってていいのか、とか。そのあともたまに考えた。でもわからない。デモいきゃいいのか、とか。楽しませて、ひととき現実を忘れさせればいいのか、とか。それはグラウンドゼロでできるか、とか。イラクの戦火の中でできるか、とか。でも、俺は無力だとか、少なくともこんなことやったんだとか、かってに納得して、一つの現実とは別の「お話」にはしたくないな。続いている歴史の中にいる、世界の中にいるという現実を、都合のいい「物語」にして納得したくない。わからないけど、とにかくあれから何か変わっているとおもう。物語に収拾できないリアルをひしひしと感じたはずのアメリカは、でももう、戦争やら、テロやらを美談で包んで、お涙ちょうだいの英雄話に仕立て上げようとしている。帝国恐るべし。
今日は、マルコメに頼まれて、事務所からソファーを下北に運ぶ運転手。で、S堂サイトオープン。
大して仕事してるわけじゃないので、仕事では疲れてないけど、なんかものすごい回り道をしているような気がして、それを考えるとものすごいつかれる(笑)仕事と日々の気がかりだけでも、一杯一杯なんです。革命をたくらむなら、それを考慮してやらなくちゃだめだと思う。ゲリラ戦だ。頭を使って、毎日の生活の中から、ボディーブローをぺしぺし放つ。ことができたらな。さてどうしよう。
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