最後のインド日記
2004_02_20-23
昨夜帰国。
とりあえず、最後のインド日記ということで、二十日から帰国までを簡単に。
二十日の早朝四時半おきで、ホテルをチェックアウト。アタカラリへ荷物を置いて、ジャイと中央駅へ。五時間かけてチェンナイ(マドラス)到着。
チェンナイは港町なので、デカン高原標高九百メートルのバンガロールより気温は高いが海風がきもちいい。砂埃も少ない感じ、少し湿度もあって過ごしやすい。(俺にとっては)。
ビーチの近くのホテル、というかツーリストゲストハウス、みたいなところに荷物を置いて、タクシーを一日チャーターし、チェンナイの有名な何たら、という寺へ。巨大なドラヴィダ様式の門は葉っぱで覆われていて色の塗り直し中。残念。だけど、巨大。靴を脱いで中へ入れば、ものすごいヒンズー臭。すばらしいものいっぱい。でも、ちゃんとメンテナンスしていないのがインド。そのあと親爺二人きりで巨大なマリーナビーチで昼寝。
夜はミシェルカラミニスの公演があるというので、二回目の鑑賞。開演前にあったら、ひどく疲れているようで、できはまあまあだったけど、はらはらした。倒れるんじゃないかと。独り言をぶつぶつ言いながら踊るんだけど、途中携帯電話が客席から聞こえて、せりふの中に携帯電話のスイッチを切れ、っていう叫ぶせりふをアドリブで挿入していたのが笑えた。いらついていたんだろう。
そのあと、見に来ていたジャイの友達たちとビーチにある、高級イタリア料理店へ。味はまあまあ。メンバーは、東洋哲学者のマシュー。奥さんは日本人で、和光大学でも美術史を教えている先生。でも今は日本に帰っているということであえなかった。マシュウはそういうことで日本語が話せる。それからなんだか知らないけど、お金持ちのお嬢様がたとバンガロールから来たアーティストのハンサムガイ。ジャイによると、彼らの両親はお金持ちで、彼らは毎日パーティーなんかして悠々自適だという。ダンサーです、詩を書いてますとか、なんか浮世離れして聞こえる。で、見た目もゴージャスな美人さんたち。MTVから抜け出たみたいな。そこで村上春樹やらおず安二郎やら溝口やら北野やら三木崇やら吉本ばななやら「空」の概念やら「禅」やらの、インドでは浮世離れしてきこえるインテリチックなトピックを高い飯を食いながら。へんなの。
二十一日はハイヤーでカーンチープラムとマーマップラム(正しいかどうかわからない)へ。感チープラムはヒンズーの寺が百五十もある南インドの聖地。ジャイと二人で、寺巡り。巨大な、オイルでぎらぎらしたヴィシュヌ神を暗がりの奥に見たときは正直、邪悪なエネルギーを感じてびびった・・・・。マーマップラムは海岸沿いにあるすごい石造りの寺院群。石窟寺院のレリーフはむちゃくちゃ感動。石窟と石積みの寺院が混在している。ヒンズーの寺ははじめ石窟寺院が中心だったけど、それを石積みの構造にすることで、場所を選ばなくなり、ここからインド中に広まっていったという。寺院建築史的にもおもしろいところ。聞けば世界遺産らしい。けど、ここでもインド的なメンテナンス方法がとられているので、風化が激しい。なくなっちゃうぞ。
そのあとまたもやビーチで昼寝。のあとチェンナイへ。ジャイの古い友達のうちで、家庭料理をごちそうになる。友達たちを呼んで、マシューの奥さんからもらったという焼酎を飲みながら、時間の許す限りおしゃべり。八歳の息子がいて、お母さんは日本の教育制度について興味津々の様子。インドは今大変な受験地獄。ミドルクラスの子供たちは大変そう。
十一時の寝台車で、バンガロールへ。二十二日の早朝五時に到着。ジャイのフラットへ。アランとジャイアンをたたき起こしてあけてもらう。
午後、アタカラリへいって、フライト時間をも一回確認してみたら、二十三日の零時五十分発だった。すっかり、二十三日の昼十二時だとばかり思っていた。ということで二十二日が最後の日ということに。ちょうど映画祭をやっていて、招待されていたので一本ラシアンアークというすばらしい映画(ホントにすばらしかった)を見て、ジャイ、アラン、例の彼女、偶然会ったパトリシアとコシーズでランチ。最後のディナーを一緒に食べることを約束して俺はパトリシアにつきあってもらってスーパーマーケットで買い物。でも、なんかいいものない。そのあとアビラッシュも加わってお茶。バイバイまたね、をいってお別れしてアタカラリへ。荷物をまとめ直して、いろいろジャイアンに確認をとったあと、ジャイと茶を飲みながら、新リフレクションズのアイデアについてディスカッション。いくつかアイデアを思いつき、提案。ノリノリ。とりあえず、次はエセックスで七月に公演か、もしくは制作のためのリサーチプロジェクトを行おうということ。直樹にステージデザインで是非参加してもらいたいのでそのための予算を確保したい、といっていた。よ、浜中。
最後のディナーはなんとアラブ料理。といってもインディアンに似てるんだけど・・・。最初はアランたちがサプライ図で、日本料理屋に連れて行ってくれることだったらしい。でも、運悪く、休み。中山さんによれば、ちゃんと日本の味がするらしかったので、残念。と同時に少しほっとした。だって、日本で食べたかったから。
十時にタクシーが迎えに来て、みんなにお別れ。アタカラリで荷物をピックアップしてジャイアンたちにバイバイして空港へ。アランとジャイがついてきてくれて、あついお別れ。じゃあね。またすぐあいましょう。
帰国の道のりはへとへとで何も考えたくなかったので、寝まくっていた。覚えていない。いつの間にか東京へ。はじめの一瞬、東京に違和感、を感じたんだろう、けど、速攻東京の人に。
インド、は遠い昔のような・・・、あまりに違いすぎて、夢の中の世界だったんじゃないかと思えてくる。でも、なんかいろいろ、まだインドとやりとりしなくちゃいけないことが多いので、つながった世界なんだなあ、と思える。
明日から、東京日記が始まる。
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