面倒ライン
引っ越しの準備やら、韓国でのレクチャーのための資料作りなど、やらなくちゃいけないことはたんまりあるのに、どうにも真面目にやるきがでない。いつも、面倒くさいことがあると、面倒くさいという事実を確認することで時間が過ぎていく。非常に優秀な人間たちにかこまれていると、なぜ彼らは(彼らも面倒くさいと考えているのだろうが)そう易々と仕事をこなしていけるのか、その気力がどこからわき上がってくるのか、それはもちろん、責任というものもあるだろうし、仕事を楽しむだけの甲斐性もあるのだろう、けど、俺にはそれらが決定的にかけているようなきもするし、しない。
明日は弟の結婚式なので、朝早くからスーツを着て街を歩くのかとおもうと、つまらない気分になる。ネタのおもしろさに自信のない仮装をしてハロウィンのパーティーへ行くようだ。要は、着慣れていないだけだけれど。自分の貧相な体がスーツに似合うというイメージが全くわかない。俺とよく似た父はスーツがよく似合う。父とよくにたおれもスーツが似合う男になるのだろうか。ある程度は経済力だな。いいスーツと、身のこなしを経験で覚えれば、それなりには成るか。いまのままではいかんともしがたい。
とにかく、三十五になるまで、夏はジーパンにTシャツ、冬はジーパンにTシャツ、に上着、という服装で仕事も遊びも貫いてきたので(貫いた、というと強い意志を感じるかもしれないけど、実のところはそれしか思いつかなかったから・・・・)それ以外の衣類は、どこに袖を通していいのかさえわからない。
かみさんには、もっと何とかしたらいかがかといわれるけれど、その何とかするのがめんどくさい。何とかする手だてを考えるのがめんどくさい。また、面倒くさいという事実を確認することで時間が過ぎていくのかと思うとめんどくさい。
世間を観察すると、どうも、服装センスのない人間は、誰にでもある青春時代、その人なりに「ぶいぶい」いわせていた時代の服装をかたくなに守っていたりしていて、ちょっとグロテスクな印象を与えていることが多いような気がするのだけれど、俺なんかは物忘れもひどく、物持ちも悪く、なんのスタイルもないから、ほとんど迷彩服のように自分が消えている。きがする。
ずっと着ていたセーターの肘がすり切れてきたので、もう捨てよう。そろそろ新しいのを買おうか。
ソウルで買おうか。そうしよう。ソウルで買おう。
今、思ったが、めんどくさいのは、能力がなくて、仕事をこなすのに人一倍エネルギーを費やさねば、人並みの仕事が出来ないから、もちろんそれは服装にもいえて、人一倍気合いを入れなければ、どうにもならないことがわかっているから、そのハードルを考えると、めんどくさくて、何も考えないで寝てしまった方がましだと思うんだ、ろう。面倒ラインが低いのだ。それから、責任感もないのだな、あるのだけれど、ない。
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