Sat, 05 Feb 2005

i dont believe in
目が痛い。眼窩の奥からどーんと重い。
というのは、モニターの見過ぎだ。瞬きもせず、休みもせず、この数日、連続10時間11時間モニターを見続け、しかも、見ているのはpowerbookの液晶モニターで、十ポイントのhtmlタグだ。あたまがくらくらする。某注射器屋のオフィスを出たとたん、脳みそが頭蓋骨の中でぐるんと回転したような気がした。最近ぐるんと回転することが多い。チェーンソーを持つ林業者に白蝋病という職業病があるが、htmlかきにも「目玉と脳みそがぐるんとなる病」という病気がはやって、労災がちゃんと下りるようになると思う。
まあ、たまにしかhtml書かないで、職業病もへったくれもないんだけどね。
ぐるんぐるんといっていたら、目の前でネコがぐるんぐるんしている。ホットカーペットが暖かいなあ・・・・、なあ、じゃなくてにゃー、か。
子供のころ、テレビは三メートル以上離れてみなさい、とよくしかられたけど、その「おきて」も、ファミコンの登場でなし崩し的に忘れ去られ、今じゃパソコンのモニターと十五センチの距離で一日中にらめっこだ。
目は大切に。目は大切に・・・・。
ロンドンの石山からメールが届く。shinkansenのアンドリューが亡くなったという。もうずいぶん前、cellbyteのワークショップで二言三言(英語が流ちょうに話せれば、もっと話していただろう)言葉を交わしただけだが、おもしろい奴だった。ライブストリーミングのことをめんどくさそうに俺にわかるように簡単な英語で説明してくれたことを思い出す。さいなら。またね・・・。またね、というのは彼には似合わないな。
さて、つぎのnestだ。
今回の[vanishing point]は、「いきながらにして死ぬ」ということについての作品になるだろう。それは、「死んでいるように生きる」ということではない。
この作品は、徹頭徹尾、生きていたい!エネルギーに貫かれていなければいけない。 生きるということは、例えば、目の前に石と肉があったら、肉を選んで食うということだ。 気がついたら、どうしようもなく、生きている。 死を選べない、選ばないのなら、肉を食え。
死にたくないが、選びたくない、か?
この作品に俺を捜しても見つからない。文字通り、俺はそこにいない。だってインドに行っているし。
vanishing pointsはvanishing actsでもある。生きながらにして、その場から消え去ること。その行為自体が生きることであり、消え去ることでもある。
nestの最後にふさわしいじゃないか?
夢は終わった。だからみんな、がんばっていきましょう。とジョンレノンが歌ってる、今。

and so dear friends
you just have to carry on
the dream is over

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