0316
あさ八時に一度は起きたが二度寝して、十時半に起きあがり、洗濯をしないともう靴下もパンツもない、ということに気がつき、一週間分の衣類を、ほんとはあまり近づきたくない風呂場で素っ裸で洗い、ほんとはあまり近づきたくないベランダに干し、部屋を出る。朝食はアンブロシアで、ホットドックとコーラ。一人の時は、インド料理は食わない。出来ることなら、スパイスのきいていない物を食いたい、と思うが、アンブロシアのホットドッグがまずくて、チリソースをぶっかけて食ってる自分が、おかしい。
とにかく、LINGOを書いていると、一日中それのことばかり考えるようになるので、一日中それのことを考えている。もうだいぶ理解してきたが、やはりなかなか一朝一夕にはすらすらと行かない。
相変わらず、後ろのインド人はとんちんかんなやつで、やれといったことがそのまま素直に出てきた試しがない。きょうは、作らせてみたアイコンを見せてもらったんだが、愕然とした・・・・。何かのソフトウェアのアイコンだろう、イーゼルとパレットが書いてあるアイコン(よくできている)のうえに、そのまんま大文字のNをのせただけの物が出てきた!(笑)笑い、ってわらいごとじゃない。そのまんまのせないで、ちょっと工夫してください・・・じゃないだろ!っていうか、それ、変だろ。っていうか、イーゼルとパレットが何の関係があるんだ、このソフトに。俺は、黒地に白抜きでNと書いただけのアイコンでいい、といったんだぞ。挙げ句の果てに、ネットスケープのアイコンと間違えられてクリックされたら困るじゃないか、とわけのわかんないことまで言い始め・・・。間違えるわけねえだろ。君の作ったぱくったまんまのイーゼルにNの方が、よっぽどまずいぞ、おい。いくらインド人スタッフの仲間に絶賛されようが、俺は、日本人はまずいと思ったら、まずいというんだ。それはセンスとかの問題じゃなくて、論理の問題だ。わかった、それじゃいやなんだな、じゃあ、中味で使っているこのデザインがあるから、これとうまく組み合わせた物を作れ。と、傷つけないようにいうんだけれど、つい、彼に話すときは、語気が強くなってしまう。ちょっと目を離すと、変なことをしている。なんか後ろで人だかりがしていると思ったら、昨日俺がだめ出しして、そいつは”絶対に”いらない、といった変なスタートアップ画面を仲間に見せて、どうだ、こういうふうな感じで行こうと思っている、とか、はなしてやがる。日本人は優しいのだ。あー、エクスキューズミ、クッジューメイクイットライクディス?といってもうなんど書いて見せたかわからないイラストをもう一度描いて、さらには、ディレクターでサンプルまで作ってやって・・・って、俺がやった方が早いじゃんかよ。俺、説明しながら、やっちゃったじゃないかよ・・・・。
それから、こういうのをやりたいからどうやれば出来るのか、やらなくていいから調べておいてくれ・・・と、彼もここで暇になったら、せっかく七つの子と奥さんを家に置いて出勤しているんだから、申し訳ないと思ってタスクを与えると、即答で、真面目な顔で、しかも俺はおまえよりもこの道のプロだから・・みたいな顔で、立派な口ひげの下の口から、出来ない、それはエクストラが必要だ、と答える。ほんとか?ほんとなんだな?俺が今ちょっと調べて、出来るようだったら、きみ、困るんじゃないのか?調べてから物言った方がいいんじゃないのか?とはいわないけれど、ヘルプファイルを、君がわざわざ図書館から借りてきてくれたリンゴバイブルをみて、それでもわからなかったら、いってくれ、俺が調べます。というと、なんかもぞもぞ後ろで始める。できた、というので、振り返ってみると、なんか変な解決の仕方をしていて、しかも解決していない。いや、あの、デザインは絶対に変えないでください。しかも、そんな位置に画面があったら、変でしょう・・・・。俺がいったやり方で出来ないとわかったら、いってくれ、といっただけなのに・・・・。
これは、問題が解決できる能力があるない、の話ではない。説明するのが難しいが、根底にある考え方の問題だ。インド的なのだ。たぶん。例えば、道を聞いても同じだ、五人のオッサンがしらなきゃしらないといえばいいのに、五人それぞれが違う方向を指さし、絶対に目的地にストレートにたどり着くことが出来ない。イエスの首の降り方が違うのも何か影響しているのかもしれない。挨拶もくねくね、了解した、もくねくね、保留もくねくね。こういう方法で、いろんな物事が解決されたようで解決されないようで、なんかがでっち上げられていく。いつの間にかパレットやらイーゼルが紛れ込み、いつの間にか誰かがデザインをちょっと変え、いつの間にかモノクロの画面に変なマーブルが紛れ込み、いつの間にか機能が似て非なる物に置き換えられていく。それで、インド的な混沌ができあがっていくのだ・・・。しかーし、混沌とはあらゆる可能性を包含した一つの大きなある臨界点を超えたシステムのコンセプトだ、たぶん。ここには、そうであったかもしれないけれど、たまたまそうでなかった、という可能性の影はみじんもない。そのコンセプトを認識させる意図がここにあるわけでもない。バラタナティヤムを説明するDVDにイーゼルが入り込むのは、ただのナンセンスだ。あ、そうだ、昨日別件を頼んだフラッシュのやつが今日いなかったな。あれえ、今日やれるかってきいたら、首をくねくねさせて任せておけみたいに返事をしたんだけどな・・・・。忘れてるな、っていうか、忘れたふりしてるな・・・・。参ったなあ・・・。インド人同士では、事はスムーズに進んでいるんだろうか?そうだ、つまり、俺が圧倒的に間違っていたんだ。彼には、これは無理だ。もっとインド的な物を作って、インド的世界観を世界に誇れるように、徹底してインドで行くのだ、君は。いつか、それが世界を席巻出来るようにするのが、君の使命だ。
そんな状況を処理しながらLINGOを書くのにももうへとへとにつかれて、スカイプで理絵に電話。口からもれる日本語がふるえている。うまく日本語の文章が組み立てられない。
edit this blog...
POST to MATSUO MEMO (Bookmarklet)