0513
本当は天気のはなしなんか書くつもりはないんだけど、別に何か書きたいことがあって今これを書こうと思って開いたわけではないので、他に書くこともないし取りあえず書くけど、寒い。ああ、これは天気のはなしでも何でもなくて、「"おれが"さむい」というはなしだ。相変わらず、俺のことしか考えられない。
昨日は、四谷を十時半くらいに出ることになってしまったので、六本木スーパーデラックスに到着したのが十一時過ぎ。せっかく楽しみにしていたsal vanillaのvanilla sportsという新しいイベントに間に合わず、すべてのプログラム終了。みてもないのに、いつものようにちょっとビールを飲んでいい気分になると友人たちがきらきらと輝いて見えて(笑)幸せになり、アホなかっこでアホのように体をくねらせながらアホなことをまくし立てる。何度もいうようだが、つまり、それは全くアホにしか見えないであろうということだ。アホなことをアホがまくし立てていれば、せっかくきらきらと輝く友人たちに、こいつは完全なアホだと思われて、友人たちが離れていくだろう。それを思うと、つらい。いたたまれない。仕事帰りのかみさんも会場をばらしている途中に到着。やばい、夫婦そろって、とんまだ。アホでとんまな夫婦がイベントの中味もみないでとんちんかんなことをまくし立てて帰って行った、と、その場にいた人たちには思われたに違いない。
タクシーで帰宅後、腹が減ったので冷凍してあった飯でチャーハンを作り、アホな夫婦は深夜てんこ盛りのチャーハンを食っている。ネコがよってくる。「無能の人」じゃないけど、まるでこの世界には二人と一匹だけしかいないようだ。
実際のところ、さくひんづくりのテーマなんていうのは、どうでもいいことだ。俺にとって大切なことのひとつは、どういう論理に基づいて、どういうプロセスで作ると、どういう結果が生まれるのか、ということだから。でもテーマを設定することは出発点としてはいい。そこから独立したルールを作っていく。スタートポイントは、ベタでも陳腐でもいい。問題は、そこから生まれるルールと論理の突き詰め方だ。
朝起きると、HMVからCDがとどく。思わせぶりなコードと、深いリバーブ、「いいかんじ」のジャケット。そういう物に没入して、いろんな物をイメージし、悲しくなったり、うれしくなったり、するような優しいメンタリティーも想像力もいまは持ち合わせていない。「イメージの世界へいざないます」みたいな音楽は今聴きたくない。俺に何もイメージさせないでほしい。何の奥行きもなく、何のイメージも喚起しない(させようとしていない)音楽が聴きたい。ケージとかバッハとか、ただ論理をドライブさせただけの、純粋な音だったら、今は聴けるかもしれない。それか、打楽器音楽。しかも、超微音で。なんか、最近のエレクトロニカ?っていうのは、叙景とか叙情とか感傷とかそっちの方にゆれすぎている気がする。いろいろ新しいことしているようで結局ロマンチックな調声音楽かよ、っていうかんじなのかな。きれいなコードとかぐっと来る展開なんていらないのに。なんだか、人にイメージすることを強要されているみたいで、ひいちゃうんだな。今の気分には。そういうのもたまにはいいんだけどね。
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