自分の群像
頭の中が、ブルーズでいっぱいになって、ほかのことが考えられない。
と書くと、なんかブルーズの歌詞のようだけれど、そんなブルーズ的感傷に浸っているというようなことではなくて、具体的に趣味がアメリカンフォークになってしまって、しばらく前から中途にしている新作のアイデア練り、音作りになかなか頭がシフトできない、ということだ。もうこれはちょっと頭のなかを更地にして、はじめから考え直すしかない。
俺のものを作るときの基本は、物事の趣味からイメージをふくらませるということはしない、ということなのだけれど、毎日毎日ブルーズだ、ロックだ、イエーイ!といってなんもかんがえず仕事しないで酒飲んでれば、俺の考えるロック(波打ち際でちょろちょろと心臓を削り取るような)からかけ離れた、だめロックおやじになってしまう。ロックのロックたるゆえんは、ブルーズにおぼれることなく、いやおぼれつつしかも覚醒していて、演奏のうまさを求めることではなく楽器自体を発明する知性のドライブとそれを具現化する強靱な肉体の両立にあるのだ、と思う。まあ、とにかく、どっちにしろロックなわけ(笑)ロックロックってしつこいなあ、おれも。
電車男を読む。おもしろかった。いってるそばからロックと関係じゃないじゃん(笑)
ネット上で話題になってたときにちらっと眺めたことあったけど、本にするとこうも印象が変わるのか。毒が抜かれた感じ。帯に感動、純愛、とか書いてあるけど、ネット上でみたときに感じた感動、純愛と意味が違うような気がする。自分で牛殺してたき火であぶって食うのと、紀伊国屋でステーキ肉かってきれいなキッチンで焼いて食うのと、どっちも肉は肉だけれど・・・という感じ?
どっちもあんこだけど、粒あんとこしあんの違い。木綿豆腐と絹ごし豆腐。違うな、肉の例が一番近いな。いや違うな、ハナマサで買った牛肉をアウトドアでワイルドにくう、位のことであって、現実はもっと血なまぐさくて、複雑で、ノンリニアなのだ。毒を抜いて本にした時点で、さらにつるつるになってしまう。別にそれはそれでいいけど。つるつる好きだし。
そもそも語れないもんだから、あっち側の世界の話であって。セックスの問題というのは。ん?セックスの話じゃないの?
町田康の「自分の群像」を読む。群像を借りて。群像を開いたら、巻頭に「自分の群像」ってタイトルの短編。死ぬかと思った(笑)落ちはたいしたことないし、人物の心理分析も飲み屋でのうわさ話でOLがする程度なんだけれど、描写力がすごいことになってる。作家デビュー当時からの読者だけれど、ああ、書き続けるってことはこういう結果を生むんだなあ、と思った。やっぱり、人間、休まずこつこつやらんと、何も体得しない。あと、体力ね。町田町蔵も含めて、すげえロックンローラーには、体力がある。
聴いたもの。StonesのExile On Main Streetと、Stan GetzのLuiz Bonfa、坂本龍一のCasa、pink floydの原子心母など。
今日は、事務所のカラオケ大会らしい。Elvis・・・・
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