パパル食い過ぎ
うわ、十一月。
帰国後は早速山盛りの仕事をやっつけ始め、しかし案の定インドの続きの作業に取りかかることができない。
とりあえず、購入しなければいけない物や処理しなければいけない金のやりくり関係やその他諸々きになる細かいこと(こないだ修理したキャスターがまたこわれたスーツケースを店に持って行ったり、ハードディスクをかったり、十五年も!つかって古くなった上に猫にションベン引っかけられたバックパックにご苦労さんをいって新しいのを買ったり、昔よく聴いたけどどこかでなくしたバネッサパラディのCDを買い直したり、村上春樹の東京奇譚を買ったり、miniSD用のカードリーダーを買ったりコンタクトレンズを注文したり、その他いろいろ)をすませて、身辺整理をしてから取りかかろうと思い、そいつらをどどどっと処理。
週末はいいなさんがドイツから呼んだポストシアターをバンクアートへみにいく。鞭ってすごい音がするんだね。映像のクオリティーはとても気持ちよかった。
劇としてちゃんとコンテキストをもって意味の固まりを伝えていくのはPurusharthaもおなじだ。ドラマトゥルクという役割が効いているのだろう。勉強になる。しかし、ダムタイプのS/Nのあといろいろ考えて、なんかドラマも意味も趣味さえも作品からなくしてしまい、さらには作品さえも作品からなくなってくれればいいな・・・と思ってああでもないこうでもない行ってきたので、まあ、そのやりかたはそのやりかたで悪くないと思う。意味不明か・・・(笑)ああ、まさに意味不明な。そのばあい作品なんてどうでもいいからね、ぶっちゃけ。要はどうやって作るか、どういうプロセスでつくるかだから。
でもPurusharthaはね、なんとかしないと、ね。なんかちょっとショッキングな発想の転換、というか哲学をちゃんとお客に感じ取らせなければ、「ああ、このダンサー変な動きするなあ、うわー目がくらくらするー」で終わってしまってはいけないから。
でも、そういうことちゃんとできるメディアパフォーマンスアーティストってなかなかみたことないんだよね。ダムタイプはうまいな。
で、文化の日なので文化的なことをしようと思い、昼迄ねて、二時半頃までwebをぼーっとながめ、洗濯をして、ルネッサンスジェネレーション用の音作りを始めようと思って、仕事のできる環境を作ろうと思いケーブルをつなぎ始め、お茶が飲みたくなり、お茶を入れてついでにインドぱりぱりせんべい[パパル]を揚げてパリパリくっていたら夕方になってしまって、やべえ、と思って垂れ流しノイズを作りながら録音三十分。まあまあ。あとはライブ用のパッチをくんでSEをえらんでエフェクトをいろいろ試して終了。なのか?でいいのか?よけりゃいいだろ、結果が・・・。Purusharthaもやらなきゃいけないんだから。
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