2006年3月アーカイブ

画像をあげてみるテスト。

桜が満開の写真をあげたかったのだけれど、デジカメがぶっ壊れたので、牛。

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昨日のこと。
よる。牧野くんと、樋口くん佐々くん浜さん瀬田君たなみ君と、どげんで飲んだ。
最近酒の回りが早い。体力が落ちたからか、脳病なのか、つまらない話をしている自分を眺めるもう一人の自分が出てきて、「よし、そのままもっとつまらない話を続けろ」と命令する。おもしろい。残念だが。
帰宅するとかみさんが炒めビーフン?を作っておいてくれたので、そういやあまり食っていないことに気がつき、たまらなく空腹感を覚えて、夢中でむさぼる。
それからの記憶がない。
しばらく本を読んでいないので、何か読みたいのだが、コンテクストを完全に見失った。
何も考えていなかった証拠だ。

写真が簡単にアップできるようになったというのに、お見せするようなものがない。意味もなく何かアップしようとしてiPhotoの中を探してみたけど、インドばっかり。つまらん・・・。

最近はAphex Twinをよく聴く。別にそんなに聴きたいわけではないのだけれど、ただ何となく、ほかのを選ぶのが面倒だから。iPodで。でも全然興奮しない。じゃあ聴かなきゃいいんじゃないか・・・。

書いてしまおうと思えば、本当はいくらでも書くことはあるのだけれど、特に書くことはない。飲み屋で酔っぱらってで任せ並べている様に書いてもいいし猫に向かって話しかけているように書いてもいいし心の中の私と相談しているように書けばいいのだろうけど、こういうところにそういう風に書くと(書いてるように見えるが)読んでる人にあとで実際にあったりしたときに変な先入観をもたれてしまったりしても居心地悪いので・・・・とかまた変なこと書いてるからよけい居心地が悪くなる。
じゃあ無理に書くなよ、と自分でつっこんでみるけど、つっこまれた自分は言葉に窮して、しばらくすると何となく誰かに報告する必要があるような気がしてこれを書き始める。
裸のランチというバロウズの小節だかなんだか知らんがとにかく書いたもの、いや書いたのかどうかもわかんない、とにかくテキストがあって、それをクローネンバーグという監督が映画化した(とか誰でも知ってることをこういう風に書くということは、俺は読者をひじょうに若い人もしくは中学生の頃の自分自身とかに想定してるのかも知れない)。そのなかでバロウズ本人と思われる役のおとこは、らりったあたまに浮かんだ妄想のなんだか変な組織にずーっと報告をしている(そうだったような気がする)。
だから報告。あ、神戸の殺人事件の犯人の十四歳の少年も変な神様に報告してたな。
報告は良くない。フィードバックする。報告はやめた方がいい。

で、昨日の報告がまだだったので報告します。報告というと何か特別なことがあったような感じがするかもしれないけど、ないです。
事務所からの帰り、かみさんから電話がかかってきて、何に感化されたのか・・・ウナギの写真でも見たのかウナギ屋はどこがうまいかという話にでもなったのか、久しぶりに神楽坂のたつ美屋に行きたいという。相変わらずの赤貧だが給料が出たときぐらいウナギくらい食ったっていいだろうと思い、ラストオーダーぎりぎりにのれんをくぐる。たつ美屋すげえうめえ。っていうか、うなぎうめえ。
外国にいるときにいつも無性に食いたくなる日本食は寿司でもなくラーメンでもなくすき焼きでも天ぷらでもなく、鰻の蒲焼きだ。

帰宅するとちょうどCSで黒澤明の白痴が始まるところだった。見たことなかった。しかし三時間近い長さに、見るか見ないか迷ったが結局見始めたら引き込まれて最後まで。ドストエフスキーは罪と罰しか読んだことない(多分)けど、なんかひじょうにドストエフスキー的な映像。読んでいるとき、ああいう風景、ああいう絵を想像していた気がする。それが北海道を舞台に撮ったらしい。画面がひじょうに、なんというかおしゃれ。
どうもこの作品は当初四時間以上あったらしく、それを一時間以上も縮めたものだから、少し話の展開がダイナミックというか荒削りになっていた様な感じだったけど、上手な役者と上手な演出の渋い舞台を見ているようで・・・
そうだなあ、ちょっと映画っぽくなかったかな・・映画っぽいってどういうのかわかんないけど。乱とか影武者とかにあるようなでっかい絵で納得させる映像演出みたいなことか・・・?
原節子と久我美子、こわい。
白痴役の森雅之は有島武郎の息子なんだって。豆知識。ってだれでも知ってるのか?
いや、絶対俺が中学生の頃は知らなかった。森雅之も、有島武郎さえも何屋だったか位しか知らなかったはずだ。第一、黒沢の映画なんて見たことなかった。大学入ってからだから、ビデオで見始めたの。
報告終わり。

金曜日。sal vanillaが管理してきた下板橋のスタジオGOGのクロージングパーティー。
かみさんと太郎さんとちょっとした宴会芸。かみさんの詩の朗読。BGMを大きくしすぎて、せっかくなかなかいい詩だったのに聞こえづらくしてしまった。
でも、うちの奥さん、なかなか上手な詩を書くんですよ(笑)
出版社で詩の出版や賞の選考にも関わってることもあってだんだんまともな詩を書くようになってきた。会社の主催する朗読会やら何やらにも参加しなくてはならないらしく無理にでもたくさん書き続けてきたようだ。やっぱりそれなりに時間を費やすとそれなりの境地に到達するものなのか。
土曜日。家の中の掃除。洗濯。テレビで神楽坂の紹介番組をやっていてなんだか知らないお店とかいろいろ出てきたのでちょっとうろついてみようかと、かみさんと近所を散歩。自転車で牛込神楽坂の方までいって紅虎餃子?でちょっとはやめの夕飯。そのあとは市ヶ谷の釣り堀で熱帯魚やらは虫類をながめて、メダカを五匹購入。家のメダカの水槽にはもうヒメダカが一匹しかいなくて(彼?彼女?は一匹で秋冬を乗り越えた・・・)仲間を増やしてやろうと思ったから。でも、ヒメダカじゃなくて黒いやつを購入。ちょっとサイズも違うし、黒いのは仲間内でかたまっていて・・・よけいなお世話だったかな・・・ヒメダカ、がんばってくれ・・・。
七時頃から事務所へ行って少し仕事。イベント用の映像に音を貼り付ける作業。ほんとはオリジナルでやりたいところだけど、時間もないしうまくフィットさせることもできそうにないので、フリー素材の切り貼りで尺をあわせる。
ああいうコマーシャルなものでぎりぎりのところにとがったものを入れていく、みたいなことはほんと難しいから・・・。時間があったらチャレンジしたかったんだけどなあ・・・、けっこうすきだから、そういうの。
日曜日。ベランダ掃除したり机の周り片付けたりご飯作ったりテレビ見たりインターネットみたりしていたら終わった。
ああ、キノコの公演とかいろいろあったんだな、行きたかったやつ。すっかり、全く、そんなことは頭になかった。わすれてたよ。

ローリングストーンズが東京ドームでライブやってるらしい。
初来日の時に行ったきりだ。二度目も行ったかな? わすれた。
ストーンズのレコードを初めて買ったのは、中学二年?のころだったか、under cover of the nightだった。いわゆる問題作というやつで、それまでのストーンズがやらなかったというか、やりそうもなかったことを積極的に取り入れてその当時の「ナウい」音に仕立てたあるばむだった。
「ナウい」といっても、それまで歌謡曲やYMOやカルチャークラブやデュランデュランなんかを聞いていた耳にとっては、それはそれは奇妙な音で(もう一つ上の世代の人らにとっては逆だろうけど)、初めてきちんとレコードに向かい合って聞いたときの感覚をよく覚えているけど、混沌としたアレンジと(それぞれの楽器がアドリブで絡み合ってくようなライブ感? 音符をなぞる、という感じではなく、プレーヤーが楽器と直につながってるような身体性)、まくし立てながら時に字余りに非線形に展開するボーカルメロディー(あってないような、というかもともと崩されるためにあるようなメロディー)を、「音楽」としてとらえられなかった。どこを聞けばいいのかわからなかった。でも、とにかく血が騒いで「ウオー、なんだこりゃー!」と走り出したくなったことを覚えている。たまたまそのとき、思春期特有の強烈な行き場のない欲求不満を昇華すべきタイミングだったのかも知れないけど。
で、小遣いが貯まるごとに一枚また一枚と買い足していった。ストーンズは早く全部聞きたいんだけど、レコードがほしかったから貸しレコード屋では借りずに小遣いが貯まるのを待った。その間、持ってるやつだけを繰り返し聞いた。宝のありかがわかっているのに、そこからじらされて小出しにされてるような感覚。その間に、耳というものは教育されていくのだ。田舎の少年にとっては想像も付かないような、なんだか楽しそうなロックンローラー的価値観は、これはすばらしい音楽なんだぞ、しみったれたポップスなんて聴いていないでもっと自由を謳歌せよ、この音を聴け!と訴え続けた。
ストーンズはゴシップやらエピソードには事欠かないから、そういうたぐいのものがかかれた雑誌や写真集なんかをながめながら自分もロックスターになりたいなあなんて妄想したりしてたわけだ。
ほかのロックバンドなんかどうでも良かったし、ストーンズ以外の音が実際かっこわるく聞こえた。ジミヘンとツェッペリンはまあまあだった。あ、それとプリンスはストーンズと平行してナンバーワンだった。
それが八十年代後半だった。ヒットチャートではメタル系のポップとかユーロビートみたいなのとかがはやってた気がする。周りではインディーズのパンクとかが好きなやつらもいたな。
とにかく、俺は中学高校とストーンズがほんとに好きだったのでストーンズからたどっていくブルーズとか古いソウルとかR&Bとかそんな音しか知らなかったし興味なかった。
大学一年?二年?のころ、ストーンズが日本に来た。七十三年の来日中止の伝説もあったし、異常に盛り上がって、もうお祭り騒ぎだった。池袋の東武のチケットセンターに何時間も並んだような覚えがある。
二回いった。もちろん楽しかったしすごくもりあがった。でも、もう、なんか違っていたのでそれからはあまりストーンズを聞かなくなった。ストーンズ以外の音楽を聴く割合が多くなった。でも、いまでも、ストーンズの音楽とそれ以外の音楽、という構図がどうしても頭の中にあることには変わりないけど。
去年iPodを手に入れてから、ストーンズを聴くことが多くなった。やっぱり、超かっこいいんですけど・・・。東京ドーム、チケット買えば良かったかなあ・・・まだやってるの?

あ、昨日の出来事。太郎さんと秋葉原へ。大淵くんの携わっている「先端なんとかなんとか」というもののお話を聞きに。不思議なところだった。?????的な。少しへんなエネルギーにあたった。腹をこわす。書きづらいので、書かない。
まあ、なんというか、全くロックンロール的ではなかった。
で、そのあと太郎さんとGOGのクロージングでやる宴会芸の打ち合わせ。


クリスたちとジャイが月曜日に帰国した。怒濤のドイツ人ーインド人daysが終わった。
まだ、朝起きると、隣の部屋からひょっこりインド人がグッドモーニングとか何とか言いながら顔を出すような気がしてならない。
東京で三日間のワークショップのあと山口、京都を回り、一日だけ東京へ戻ってきてプレゼン、すぐに車に機材を詰め込み京都へ帰って西部講堂でパフォーマンスのあと東京へとんぼ返り。翌日には帰国というハードスケジュール。
あっという間だった。
一度目の京都滞在ではただ一日だけプレゼンに参加するだけだったのでそれほど仕事は忙しくなかったけれど、いくつか寺や神社を観光案内。ドイツ人とインド人を引き連れて乏しい知識ながら一生懸命日本文化をご紹介。
京都は観光地として良くできていて、交通の便も悪くないし、行ってみてがっかりということも少なく、気持ちよく観光できた。インドの観光地の整備状況に比べると雲泥の差がある。インドのほとんど廃墟のようになってしまっている重要文化財にはがっかりしたが、それはまあ気候や自然環境などを考慮すると京都なんかよりはぜんぜん難しいのだろう。京都では未だに生きている文化財と同年代かそれより新しく作られたものが、インドでは「遺跡」としてしか残っていなかったりする。
西部講堂のパフォーマンスは内容的にはまずまずだったものの、客の少なさにはがっかりした。これからヨーロッパツアーに向けて気持ちを高めて作品の完成を目指すに当たって、ちょっと勢いをそがれる。まあ、ジャイも、日本のパフォーミングアーツの受け入れられ方について現実が理解できたのは違いない。まあ、たしかにね、あんなに寒い中、土砂降りの雨の中、どんなに好奇心が旺盛な人間でも、わざわざ家からでるのはちょっとためらわれるよな・・・。
昨日の休日は洗濯やら掃除をしながら家でごろごろする。相当疲れていたようだ。気がつくと体の節々が痛い。重い荷物を運んだり寒い中からだをこわばらせていたり京都ろ東京を車で往復したりしたためだ。
ごろごろしながらテレビでジョニーデップの出てる映画を二本みる。ギルバートグレイプとブロウ。ギルバートグレイプはかみさんは映画館で見たらしく、レンタル屋に行くと彼女も俺も見ていないものを優先で借りたりするので、見たかったんだけど見られなかったやつ。ディカプリオがかわいい。上手。
ブロウは別に見る気がなかったんだけど、オープニングがストーンズのCan't You Hear Me Knockingだったので、つい引き込まれてみてしまった(笑)なんかちょっと腑に落ちない映画。実話というか、自伝の映画化らしいんだけど、まあ、とにかく悪いやつな訳だ。結局とっつかまって獄中で死を迎えるはずなんだけど、まあ、それまではさんざん派手な生活してね、楽しそうなんだよ、ジョニーデップだし。もちろんああはなりたくないんだけどね。
という感じでだらだら過ごして、気持ちを入れ替えます。
うん、やっぱりあっちの部屋にジャイがまだいるような気がするなあ・・・・

月曜日、一日何やってたかわすれたが、一日の終わりにテレビで「着信アリ」とかいうブームに乗ろうとしたのか、変に気負ったホラーを見てねたことくらいは覚えている。
原作を見たら、秋元康だった。苦笑い。
その前にしたことなど、そのホラーを見ることと同じくらいのどうでもいいことだったかも知れない。あ、いくつか仕事を処理した。
今朝は朝飯食ったあと、メールを何件かやりとりして、いくつかの案件を整理。深夜特急の続きを読んでいたら、もう成田へ向かう時間。
おれが深夜特急を読み始めて感じた違和感は、深夜特急の三巻134pに著者自らによって説明されていた。違うかも知れないけど、多分同じ種類の違和感だ。

週末はずっと自宅にいて片付けをしていた。ものすごいことになっていたので、へとへと。
一年前に引っ越したときに、適当にぶっ込んでそのままになっていた収納スペースをちゃんと整理したら、部屋の真ん中に積み上げられていた段ボールなんかがちゃんと収まるようになって、部屋が普通に使えるようになった。
今まで結局ねるところと食うところ位しか使っていなかったので、それならねるところと食うところがあれば生活できるじゃないか、と思う。
たいした作業ではないのに、ちんたらちんたらやっていたら結局週末がつぶれた。
何でこんなくそ寒いときにわざわざそんなことし始めたのかというと、明日インドから友人が来るからだ。
インドにいるときはいつも彼の家にお世話になっているんだけど、その彼の家というのが、まあ結構なところで、広くて日当たりが良いうえに、お手伝いさんまでいてすこぶる快適。
そんなところに比べると家はせまいしさむいしもちろんお手伝いさんはいないので申し訳ないのだが、東京にいるときはここで我慢してもらうよりほかない。
すっかり六日に来るのかと思っていてメールを見たら、七日の十六時に到着ということがわかり、明日の仕事の予定を変更してもらわなければならなくなった。成田は遠い。

寒い上に最近食生活がおかしいので腹がもたれていらいらする。酒も飲んでないし。ああ、酒飲みたい。
昨日は、深夜特急について、あいつは成長するのか、と書いたけど、成長する、っていういいかたはちょっと違うな、と思った。
何が違和感を感じさせるんだろう・・・
わかるよ、わかるんだ、でも、なんか、主人公が、ものすごいバリアーを堅くしてるのが、ちょっと過剰じゃないのか・・・と。このバリアーはどこでほぐれていくんだろう・・・とか。
とにかく最初に二巻しか読んでいないから何とも言う資格はないんだけどさ、なんで香港にそんなに長くいたり、カジノで坊主になりそうになったことをカッコよく言い訳したり、なんかわけわかんない状況になるといきなりおもしろそうだから流されてみることにしたとかそりゃねえなあ、ただわけわかんなくて流されただけだろーとか思っちゃったり、突然もうここに入られないなんて思って、さんざん世話になったり親しくしたりした人たちに別れも言わず別の場所に移動できるのか、とか・・・・なんか全体に漂う、かわいい女の子がいたらあわよくば・・・後腐れないし、みたいな(わからないでもないけど)態度とか。それでもなければわざわざ娼館なんかに居着くか?なんの目的もなく一日一回フェリーに乗って香港島と本土を往復するとか・・・いや、別にしたっていいんだけど、それができるメンタリティーを持ったやつが好きじゃない。バックパッカーにもいろいろあってさ・・・。いや、旅先でそんなやつにあったら、いや、あいつ、あたまおかしいだろ・・・と。
旅先でいろんなバックパッカーにあったけど、たくさん旅して異文化に触れて変わった体験したからって行って、そいつらが本当に異文化を理解しようとするようになったとか尊敬するようになっているかとかそんなのとは別で、世界各国回ってきて結局表層的に異文化を体験して、やっぱこいつらおもろいですわ、くらいのことしかいえなくて、装甲車の中からサファリパークの野生動物をみるようなそんな感じだから・・・。もちろん、旅をして変わる人もいると思うんだけどね。俺がかわれない人間だからひがむのかも知れないけど。かく言う俺もものすごいバリアー張ってるんだけどねたぶん、外国では。
いってることがまとまってなくてわけわかんないので、やめよう。無責任な文句は書かない方がいいね。
インドで変なやつをみた、二人印象に残ってる変なやつ。
ひとりは完全に狂ってる西洋人。ハンピで物売りの兄ちゃんが「クレージー、ツゥーマッチドラグ、インセイン」と話しかけてきて、何それと思ってふりかえると、ヒッピー風のにいちゃんが突然大きな声を張り上げたり誰彼とも無く話しかけたり、服はぼろぼろもちろん裸足。髪の毛はちゃんと手入れされたドレッドなんだけど・・・多分ずーっとここら辺に居着いちゃってるんだろう、有名なクレージーらしい。なんかぞっとした。
山のてっぺんの小さな寺に行ってみたとき、ほこらの中で寺の人たちとガンジャ回してるどう見ても日本か韓国のわかものがいて、カッコからみるとどうもヒンズー教徒らしい。でも目とかぶっ飛んでるの。プージャが始まったからちょっと拝ませてもらおうと思って中にはいると、そいつが取り仕切ってて・・・それはいいんだけどさ・・・なんか違和感をかんじたのは、そいつのめがねが「おしゃれめがね」なんだよ。絶対この辺じゃ売ってないだろ、みたいな(笑)肌とか足裏とかも、全然都会人なの。国に戻ってたまにバイトして、金貯めて、こっち来るとおしゃれな都会風の服を脱ぎ捨てて、腰巻き一枚になってヒンズーの寺に入ってガンジャ回して、みたいなストーリーが見えて。うがちすぎなのかな?俺。いや、特に問題ありませんよ。それは。でもさ、たぶんわけありなんだよな・・・・ヒンズー教徒結構、出家するのも結構なんだけどさ・・・あの違和感、なんて言えばいいんだろう。ヒンズーなめんなよ、みたいな。ちがうか・・・。
近くで輪になってイエーインドサイコーとかいってる北欧から来たといういかにもなヒッピーグループの方が好感もてたりして。ここでジャッキーチェンが映画撮影したんだってよ、早くスカンジナビア帰ってDVD見てー!なんていってる奴らの方が健全な感じが・・・・
ガイド雇って回ってる初老の夫婦が熱心にガイドの話に耳を傾けながらぎこちなくヒンズー教徒のまねしてお祈りしてたりするのを見る方が好感もてたりして・・・
インドで一人旅のバックパッカーがめし食ってるのを見ると、結構フォークとナイフ使って食ったりしてたり・・・ずっとインド旅してます北から南までひと月かけて、なんて言うのに、俺が手で食おうとするのみて、「あ、手で食うんですね、おれもやってみようかな・・・」なんて、おまえ、インドで今まで何食ってきたんだよ、みたいな・・・(笑)トイレットペーパーきれちゃって・・・なんて、え?トイレットペーパー持ちあるいてんの?とか。

Movabletypeというのをいれてみたら、なんだかいろいろ機能が付いていておもしろそうだったからかえてみた。bloxsomというのもシンプルでいいんだけど、写真とかあげるのに手間がかかるし(あげたこと無いけど)改行コードも自分で打たなくちゃいけないからめんどくさいし。その点Movabletypeっていうのはよくできている、みたい。まだあんまりよくわかってないけど。
しかし、こういうのを作る人はえらいとおもう。何か大きく考え方を変えるような仕事。偉い、とかあほなことしかいえないけど、どうせwebの仕事するならこういう重要な仕事をしたいとか思うし、どうせ芸術の仕事するならそういう重要な仕事をしたいと思うけど、自分にはできていないし、これからもできるとは限らないということはよくわかっているからただ無力感。
この二年、インドに頻繁に行っているけれど、インドに行って考えた・・・みたいなその手のインド本を読んだこと無かったので、試しに読んでみようと思い、とりあえず妹尾河童の「河童ののぞいたインド」というやつと、沢木耕太郎の深夜特急のインド編をかってみた。ほかにも横尾忠則の「インドへ」とか椎名誠の「ワシもインドで考えた」とかあるらしいんだけど、横尾忠則のやつはどうもうさんくさいし、椎名誠のやつはどうも企画っぽいのであとまわし。あとで読む予定だけど。でもねえ、横尾氏のはUFOみたとか、そんな話でしょ?おれUFOみなかったし、インドで。
妹尾氏のやつはとってもおもしろかった。本当の話だ。たぶん。帰国してからなのか出発前なのかわからないけど、歴史やらをちゃんと調べてのみこんでる。俺なんか何度も行ってるくせに、インドの歴史なんかおぼろげにしかわかってないし、きちんと調べてみようとしたことなんて無い。そういうのに関してはガイドブック程度の知識しかない。まあ、インドがみたいというその目的で行く人と、たまたま仕事場がインドだった人のちがいはあるけど・・・。
しかし、よくあれだけのスケッチができたものだ。インドの街角でスケッチなんてし始めたらものすごい大騒ぎになってしまうし、面倒な奴らも大勢絡んでくるに違いない。できることなら一所で何かに集中して我を忘れるなんて事はしたくない環境なのだから、相当好きなのだろう、絵を描くことが。
深夜特急の方は、インド編を買ってはみたものの、これは続き物だと言うことにようやくきがつき、一冊目からちゃんと読むことにする。今二冊目の途中。
なんかね、ちょっとむかつくんだよね。読んでると。それは俺がおじさんになったからだと思うけど。まだはじめの方だからわかんないけど、この主人公の彼(沢木氏?)は成長していくの?終わりの方に行くに従って?
確かに、二十六歳の若者が、初めてバックパック背負って海外一人旅するときは、こんな事考えたりこんなことしたりするんだろう。けど、なんか旅の恥はかきすて、っていうのはいいすぎか、もちろん、東南アジアに買春ツアーするオヤジと同じようなメンタリティー、というのも言い過ぎなのかも知れないけど、なんだか、そんな感じもしちゃうんだよねえ・・・・まだ二冊目だからわかんないけど。旅して異文化に触れたり予想外のことに出会ったりして困ったり危険にさらされたりするのもリアリティーだけどさ・・・・そこにその地にすんでいる人たちの生活そのものは不在なきがして・・・・まあ、それがバックパッカーをしなければ得られないビューポイントなのかも知れないけれど。うん、確かにその経験はその後の生活に影響を与えると思うけどな・・・なんだかよくわからん。
この本に影響受けて、この本をバイブルのようにしてバックパッカーになる人もいるというけど、それもよくわからん。
そのポイントが、彼がちゃんと成長していくことにあるのならいいんだけど。
あ、もちろんバックパッカーは駄目だっていってるんではなくて・・・俺もバックパック背負って一人旅したことあるし。気持ちもわかるからいやなのかな・・・おれもそういう気分がわかるから。
もうちょっと読んでみる。しかし、彼は成長するの?
あ、それと、巻末の対談がひどいんですけど。ちらっと読んだだけだけど。


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