2006年4月アーカイブ

気がついたらゴールデンウィークらしい。どこへ行く計画もない。
六月のベネチア公演のついでにちょっと何日かかみさんと観光してくる予定があるので、まあ、そいつがあるからこのゴールデンウィークは公演の準備したり近所をうろついたり近場でやってるおもしろそうな見せ物でも見に行ったりする予定。お酒はあまり飲まない予定。
昨日の夜は缶ビール一本だけ。最近それだけでぐらぐらする。安上がり。
ずいぶん荒い作りをしているプルシャルタの映像ネタをもうちょっと緻密に作り直す作業をしているのだけれど、なかなかうまくいかん。
螺旋を描く仕組みに今まではXY座標を使っていたのでカクカクした四角い物だったのだけれど、ちょっと極座標という物を使ってなめらかな丸いスパイラルを描くようにしようと思ってトライ。なんとか螺旋を描くのには成功したんだけれど、そもそも丸い螺旋でいいのか?そもそも四角い螺旋を描くのが目的だったのではないのか・・・・とか、思う。まあ、いいか・・・、きれいな方にしよう。
ムービー素材も書き出し直しているけど、そもそもこれでいいのか、この方向でいいのか、ってと頃で悩んで進まん。
なんかちょっと小難しい本を読みたいのだけれど、なんの本を読んでいいのかわからんので、柄谷が岩波新書からトランスクリティークを一般向けに易しく書いた、みたいなのをだしてたので読んでいる。燃えてくる(笑)
今日はベルリンから来た友人たちと久しぶりに会う予定。飲み過ぎに注意。

先月、金閣寺でインド人を撮影していたら突然デジタルカメラがぶっ壊れた。
修理費用の見積もりをお願いしていたのだが、やっと電話があって二万二千円かかるという。それは高い。
直さないで放置するのももったいないのだが、二年以上前(でもたったの二年)に買った京セラのコンパクトデジカメなので、300万画素。最近のカタログを見ると、当時と同等の価格クラスで六百万画素を優に超え手ぶれ機能だとかズーム何たらだとか俺みたいな素人スナップ写真専門家にとっては超便利そうなやつがいっぱい並んでいる。四万円出して新しいの買うか・・・。300万画素のやつ直すのに二万円だよ・・・。もうちょっと、デジタル機材も修理しながら長く愛着を持って使っていけるような仕組みになっていかないもんかな・・・。
しかし、今年後半はツアーが多いので、コンパクトカメラがないとつまらない。このままでは、携帯電話のカメラかくそめんどくさいLOMOを持ち歩くことになってしまいそうだ。LOMOはめんどくさいしフィルムだとせこい性格の俺にはガンガン適当に撮れないから多分携帯のカメラだな。でもそれはさすがの俺でもクオリティーは満足いくものではない。
やっぱり買うのか・・・。ねえなあそんな金。

昨日の報告。
・・・・すっかり忘れました。
あ、常川さんにインスタント春雨もらって食いました。おいしかったです。
春雨のことを思い出したら昨日食べたものをすべて思い出しました。
あさ、カレーライス。昼、春雨。夜、カレーライス。深夜、杏仁豆腐。
そして今朝。カレーライス。
わらうな(笑)インドじゃ当たり前だ。でも、同じカレーを続けて三度は食わないな・・・。

土曜の夜は、特に何かしていたわけではないのだけれどテレビ見たりネット見たりしてたら寝るのが朝5時近くになってしまったので、昨日の日曜は昼頃までねる。
あり合わせの物でチャーハンを作り、チャリンコで神楽坂へ買い物へ。上から下りながら買い物リストを一つずつつぶして、特に寄り道もなく帰宅。
少し、植木鉢をいじったり、部屋を掃除したりしたあと、チキンカレーを作り、食う。

プルシャルタの付け足したシーンはCMprocess的な作り方をしようと、ものすごくシンプルなスコアを作ってジャイにメール。どうだろう、やってくれるかな? ジャイ自身は俺の方法論を実際にやってみたことはないんだけど、何人かのダンサーたちはどっぷりワークショップをしたことがあるのでスコアを見れば理解はしてくれるだろう。まあ、あとはへんに芝居がかってしまうと困るから、そうならないように平常心でステージ上の自分のタスクを解決しまくれ、と伝えなければいけないか・・・忘れた。

テーマはDharma。いや別にダルマを表現しようとしてるんじゃないけど・・・。とにかくダルマなの。見ればわかる。
曼荼羅状にステージエリアが切ってあって、で、真ん中に人がいるんだけど、まわりがどんどんがーがーっと盛り上がってくるんだが、まあ、真ん中のやつもそいつらの動きが変わるといろいろ動くでしょう、で、それに反応して絵と音ががーがーっと動くんだけれど、またそれが信号となって周りのダンサーに影響をすることで、それがまた真ん中のダンサーに影響して、また絵と音ががーがーっとなる。みたいなことなんだけど、まあ、とにかく、美しくなってほしいと。仕組みを作らなければいけない。見てくれは、あえてもうジャイ任せ。少し楽しみ。少し不安。
問題は、周りのダンサーに対する絵と音からのフィードバックの部分で、つもり、絵や音がどう変わったらそれぞれのダンサーはどう反応するのか、ってことで、ここの通路はちょっと難しいからまだ言及はしてない。ひとつふたつくらいのルールを、はやく、おそく、頑張る、休む、位の感覚的な反応の仕方で十分だろうとおもうけど。

以前、ジャイに見せてもらったヒンズーの寺院と古典舞踊に関する本(読めないけど)でみた、ものすごくシステマチックに決められたステージ上のジオメトリー、人物の配置、どこからステージへ上がり、どこからどこへ移動するべきなのか、みたいなことが寺院や曼荼羅の構造との深い関係で決められていくみたいなことが、書いてあった・・・・様に見える。結構ショックだったんだけど、もう、完全に、客にどう見せるかって事よりも、いかに構造的に理にかなっているか(その理、っていうのは、つまりヒンズーの宇宙観なんだけど)ということだけでコンポジションしていく、ということ。
その説明図はまるでCMprocessのスコアのようだった。
まあ、こじつけといえばこじつけだけど、このシーンはDharmaということで、それぞれのダンサーたちに、「やるべき事をしっかりやってもらう」ということにして、CMprocess的な手法でやってみることにしたわけ。

ジャイは、音のファイルを受け取ることができたんだろうか?なんも言ってこないな。

金曜の夜に飲み過ぎたせいで、土曜の朝は頭痛。インドで熱が下がらなかったときにふらふらになりながら薬局まで歩いてゲットした謎のアスピリン(と思われる物)をのんで、速効すっきり。
掃除やら洗濯やら飯の支度やらをしながら、まあ、つまり先週につづき今週の土曜日も一日中うちの中にいたわけだけれど、今週の土曜日はちょっとちがって、深夜まで映画を立て続けに四〜五本見る。ラッセ・ハルストルムの映画。アーヴィング的な物語を作りたい人なんだな、と思っていたらサイダーハウスルールはアーヴィング原作だった。実はみんな見たことのある映画だったけど。シッピング・ニュースは初見。以前、ショコラを見たときロバートジョンソンのクレジットをエンディングに見つけて、ん?どこで使われていたっけ?と気がつかなかったけど、ボート上のパーティーのシーンでジョニー・デップがred hotを演奏していた。

で、金曜の夜にもどるけど、内容は思い出せないが、はちやまとマチュウと九月の新国立劇場でやる十五分の作品の打ち合わせを一時間半くらい、そのあと、出演ダンサーを探しているはちやまに中村さんを紹介しようと、神楽坂飲み屋に行き、一時くらいまで、一時?二時だっけ? なんだかすごい勢いで呑むおねえさんたちだなあ、と。「お酒がおいしい」という台詞がよく似合う(笑)。俺の知らんクラシックバレエのスターの話なんかをしながら。途中、かみさんも参加。この人たちに囲まれると、ひどく自分が間抜けな野良犬か何かになったような気がするな・・・・。
なんか気圧されて酔っぱらた俺はうまく何をしてきて何がしたいか中村さんに説明ができなかった。
でも、これは勘なんだけど、うまくいくような気がする。

今日曜日の昼一時くらい。飯作って食って、仕事をしよう。あれだ、プルシャルタ。

四月ってこんなに寒かったっけか・・・いや、多分例年とかわらないんだろうけど、俺の体調が悪いからだろう、なんか寒い。体調がちょいワルオヤジ。
それから、着る物で調整すればいいのだけれど、おしゃれ、というか衣食住の衣、もっとも基本的な体温を維持したり調節したりするようなことに今相当無頓着な状態で気がつくと半袖になっていたり分厚いのを着込んで汗をかいていたりする。
そんなだからどうも昨日は自律神経がおかしいような感じで、動悸がしたり息が苦しくなったり目の奥がずしんと重かったりした。もういい歳なんだから気をつけよう。
ガキの頃から季節の変わり目に非常に弱くて、新学期が始まるとたいてい貧血でぶっ倒れたり風邪ひいたり喘息になったりして学校を休んだ。
特に喘息の時は苦しくて、何度も死ぬ夢を見た。二日も三日も自分の気管支が発するひゅーひゅーぜーぜーという音を聴きながら、今気管支では何が起こっているのかということだけを考えて過ごした。
大人になってからは喘息はなくなったが、気管支が弱いことには変わりなく、ストレス過剰にタバコの吸いすぎが重なるとちょっと困ったことになる。
そんなときは喘息患者がよく持ちあるいているあの、シューっていう、なんていうの?インへラーっていうの?それを一吸入すれば一時的には収まるんだけれど、まあ、根本的な解決にはなっていない。
しかし、あのインへラーってやつの存在を知ったのは、じつは五〜六年前、風邪と気管支炎をこじらせて二週間も入院したときだ。
その効果覿面ぶりに、非常に感心し、同時に、何でこんな物があるなら俺の小児喘息時代に、あの子供ながらに死をイメージし続けた苦しいときにこいつをひと吸入させてくれなかったのだろう、とちょっと母を恨んだ(笑)
「喘息が苦しいときは水のんでおしっこしなさい」と、繰り返しいっていたのをおぼろげに覚えている。それじゃなおんないよ母さん(笑)。
俺のあまりにもいい加減な性格はその喘息で床に伏せっているときの、息止めたら楽になるなあ、そしたら死ぬなあ、でも死んだ方がましだなあ、でも死にたくないなあ、という思考のループをとぎれなく三日も四日も続けた経験から来ているのかも知れない。
死、といえば、そこまではっきり死を意識するわけではないけど、子供の頃「多分これで死ぬことはないから」という妙に気持ちが開き直っていく呪文を唱えるのが癖だった。そのかわり、「ああ、ここに近づいたら死ぬな」というのには非常に敏感で臆病だったから、高いところには上りたくなかったし、とがった物の近くには寄りつかないし、自分には予測のできない動きをする重機械の五十メートルいないに近づくこともいやだった。むちゃくちゃなびびり。
あ、これ日記じゃないな・・・
で、もう一つ死ということで思い出すのは、十年くらい前、葬儀屋のバイトをしていたことがある。ほぼ毎日死んだ人間を見続けた。多分二百体かそこら見たんじゃないか?
縁起でもねえ話だな。これ以前かいたっけ?
葬儀のプロの人っていうのはどうメンタルな落とし前をつけているのかわからないけど、素人の俺としては、結構参った。
電車に乗っていても、じっと黙っている周りの乗客たちがみんな死んでるのか生きてるのかわかんなくなるっていうか、死んでいる状態と生きている状態の違いがちょっとしたことのような気がしてぞっとする。(今はそんなこと想像しないけど)死体の肌と生きている人の肌の違いとか・・・目の前で口を開けてねている人の一瞬にしてその肌になってしまうのが想像されて・・・・。うわ・・・。
葬儀に出続けていると、泣いているご家族のことをおもうきもちと、それを冷静に眺める気持ち、その冷静に眺める自分を眺める自分、とか、バラバラになってきて、なんだかわからなくなり、まあ、最終的には、悲しみに暮れてガンガンに泣かれているご家族をただ何も感じずにじっと眺めるようになる。それは多分外科医が自分の家族に大手術をしないようなことと一緒なんだろうけど、どっちかに振り切れなければやっていけないのだ。で、どっちが本当なのか、といわれれば、それは同じ紙の両面のようにどっちも真実だろうとおもう。
なんだか、変な話かいてるな、朝から。
葬儀屋はやらなくてもいい仕事だったと思う。その後遺症は確かにある。それがいい物なのか悪い物なのかは、まだわかんないけど。
そのとき確かに混乱していていろんな物に対するバランス、行動基準とか倫理基準とかっていうの?のバランスを失いかけたとき、おもった。いろんな事やってみるのがいい、といひとはよくいうけど、やらない方が、見ない方がいいことはいっぱいある。人を殺す経験はしない方がいい、とか。目の前で人が死ぬところは見ない方がいい、とか。二百体も死体を見るもんではない、とか(笑)
たとえば、遠く離れたところにある湖が、実は地下でつながっていたとする。片方の水位が下がると、もう一方の水位も下がる。それとおなじように、自分でも思ってもいなかったような人生の一部分に対する態度が、ある全く特殊と思っていた経験が原因でがらりと変わっていたりすることに気がつく。

もうやめよう、朝から・・(笑)

きのうは、えーっと、その新しいシーンのネタを考えたり、メール書いたり、サウンドエフェクトの仕事をちょっとしたりして一日がすぎた。それじゃ二十四時間つじつまが合ってないだろ。実質何時間働いてるんだ・・・。そのほかの時間は、俺は誰なんだろ(笑)

ものすごく腹が減っているのだが、本当に何もする気が起きず、もう少しでかみさんが帰ってくるだろうとおもい、何かめんどくさい調理のいらない食い物を持って帰ってくるのを待っている。うそです。何もしたくないのではなかった。ビールが飲みたい。ビール買ってこないかな、ビール。

少しそのインド思想とやらについて考えた。よけいわからなくなった。そうたいして重要なことではない。
ふしぎなものだ。今までの人生で、哲学がとても重要だったときもあれば、そんなしちめんどくさいこと考えなくても十分だぜ、おい、と思う時期もある。たいてい後者の時期は大切なことを棚に上げて生活しているときだ。ロックンロール!ベイベー、いえー!とかいって踊ったりしてロックンロールモクシャ。

で、帰ってきて、まず実家に電話。お父さんごめんなさい、一週間です。(業務連絡)
ヴェニスに行く話をした。
どうも五月に両親もいくらしい、イタリア。だいじょうぶか?

ところで、どうも母はこの日記をたまに読んでいるらしいので、ちゃんと毎日三十六歳の息子のロックンロールライフを克明にお届けしないといけない。

すいません。今日はご報告できるようなことは何もありません。
But it's alright, Ma, it's life, and life only.

いや、アイデアがわいたよ、一個、プルシャルタの。新しいセクションの。


Purusharthaの内容およびツアー、それらに関する諸々についてメールを書きまくっていたら日が暮れた。
書きまくっていたといっても、それほどの字数書いたわけではなくて、いろいろ気を遣いながら、辞書を引きながら、苦手な英文のメールのやりとりなのでただ時間がかかっただけ。
細かいニュアンスを表現する英語力はないから、物言いはストレートに、しかし本筋とは関係ないところで柔らかく。

ヴェネチアビエンナーレでの公演のために出ている予算は非常に少なく、往復の航空運賃をやっとカバーできるだけ。いやできてない、いくらかは自費を投じないといけない。それというのも、交流基金に申請することができなかったからだが、しかし、もしここで交流基金から助成してもらったとしても、システム上本年度後半のツアーを助成してもらうことはできなくなる。どうも、一年度に一ツアーしか助成できないということらしい。と、担当の人が言っていた。
十月以降のツアーがすでに何カ所か決まっているのだけれど、助成金に頼って渡航するとなると一度に全部回る必要がある。ひと月では回ることはできないだろう。あちらのフェスティバルに招待されてのツアーだから、あちらの都合で日程が決まるからだ。次の日はどこで、その次の日はどこで・・・・というように効率よく回ることはできない。
つくづく、うまくできていないと思う。この世界は。

上演してそれなりの報酬がもらえそれでまた次の作品製作に没頭する生活ができる、というわけではない。ツアーに出ている間の自分個人のあご足枕+小遣い程度のギャラは保証されるけれど、それをもって東京の生活が保障されているわけではなく、逆にツアー中は東京で働くことができなくなるので困る。戻ってからはそれはそれは大変である。仕事がたまって大変、ということであればまだいいが、逆にそんな中途半端な時間しかないのなら・・・・ということでまとまった大きな仕事が降ってこない。
年中ひっきりなしにツアーがあるわけではないから、旅芸人のような生活をおくるわけにもいかず。
それに、場合によっては現地での生活は保障するが渡航運賃はサポートしないというときもある。

パフォーマンス作品に対する報酬が少ないのは収益が少ないからだ。収益を上げられるような仕組みになっているのか、あげている人がいるのか、彼らはどういう仕組みで動いているのか、それなりの力のある作品、作家はそれなりの収益を上げているんだろう。
それとも、作品に対する報酬だけで収益を上げているわけではないのか。
そうね、仕組みのせいにしちゃいけない。

で、Purusharthaのあたらしく足したセクションについて考えていたんだけれど、どうもうまいことが思いつかない。Purusharthaねえ・・・・ダルマ、カルマ、モクシャ、アルタ・・・・?、について考えていれば、おもしろいことが思いつくのか・・・? ありがたや。
ああ、もちろんそれを表現するわけではないけれど、それについて考えたり話したりするうちに出てきた物を形にする、ってことでいえば、まあ、まっとうなアイデアのひねりだし方だろう・・・・。
ところで、そのPurusharthaっていうのが、どうもまあ、ピンとこないもんだからな。そんな人生の諸様相に名前を付けて分類してわかったようなつもりになって、という感じ?よりは、That's life.といってへらへらおほほと、笑ってすます方向で考えがちだ、それが悪いわけではないと思うけどね。しかし、ほんとにどうしようもなくつらいと感じてしまったときに、その思考の「落としどころ」が必要になるのは非常に理解できる。確かに、神様を信じられる勇気なんて物があるのならその勇気がほしいとおもうこともある。悟りとは多分その落としどころを、身をもって、精神の深いところで、自分を取り囲む宇宙と自己が結びついた、と感じて、あ、なんかわかっちゃった、ああそう考えると楽ちんだあ、と、心と体の底で感じてしまった状態のことなんだろうか。

わからん、とにかく、集中してネタをひり出さなくては。あ、もちろん、今までのネタも改訂しなければ。
ボンビエンナーレまであとひと月。ジャイからは、「ワールドプレミアだからいろんなフェスティバルやオーガニゼーションのプログラマーとかディレクターを招待してるからね。一番重要なんだよ、ボン公演が」と念を押すメールが来た。

その前に悟りでもひらいておきたい。しかし、俺は今ほんとに悟りからほど遠いことが、心と体の奥深いところでガンガンに感じる。

週末、外出したのは確か一度コンビニへ行ったのと、あ、あれだ、米買いに江戸川橋へいった二度だけ。どちらも十分も出ていない。
なんだか、ほんとは週末なんかにはかみさんと外出して美術館へ行ったり遊園地へ行ったり公園をお散歩したりお買い物デートっていうようなのをしたりもして、健康で文化的な生活を送っている気分に浸りたいのであるが、俺が出不精な上にかみさんも週末に仕事があったり、俺も平日の昼間にできないやらなければいけない事をまとめて週末にやらなければいけない状況にあったりして、なかなかうまくいかない。

で、二日間何やってたかというと、家にこもってPurusharthaのサウンドトラックをヨーロッパツアー用に大幅改訂していた。というと、なんだか立派なスタジオにこもって首からヘッドフォンをさげ何十チャンネルのフェーダーを上げ下げしているようなたいそうなことをしているミュージシャンみたいだけれど(誰もそんなの想像しないか・・・)、実際は六畳間の片隅で猫背になりながらパワーブックに向かってマウスをかちかちさせながら黙々とサンプルを切って張って切って張って・・・・それだけである。
もちろん、俺にそんなことを二日間も飽きずにやり続ける集中力はないので、途中で本を読んだり、ネットをのぞいたり、おやつをくいまくったり、もちろん自分の作った物ではない他人の音楽を聴いたりする。実質、たぶん四〜五時間しか作業はしていないだろう。そんなちんたらやってるのである。あ、土曜日はマチュ胡散がインドでかれが加工したサウンドのCDを持ってきてくれた。

こういう音の作業は、はじめに作り始めるときは結構見切りをつけるのは早いけれど、作り込む段階ではある程度まで時間をかけると、いろんな結構おもしろいアイデアを生かせることがある。でも、俺は音楽作りにはあまり向いていないようで、すぐに飽きる。かろうじてまだ音をいじっていて楽しいのは、それが使われるダンス、というかステージと映像を想像しながら作業ができるからだ。何もないところから想像力をふくらまして、とかまるでできない。音を組織する理由がわからないからだ。見つける能力がないというか、想像力がないというか、音だけを純粋に聞けないというか・・・。フロアを踊らせるためにビートを作る、このシーンはここでこういうサウンドエフェクトがしっくり来る、といったような作曲の仕方の方がわかる。非常に困ったことだ。それはそもそも文化的な生活を週末におくっていないということに起因するのではないか?と、くだらないことをおもいながらサンプルを切ったりはったりしている。

で、結局どんなのができたかといえば、別に新しいもんを作ったわけではなく、今までにボツった音やらを集めてぶつ切りにしたり音足したりなんだか自分でもわかんない様な加工したりして、シーンにあわせてぐちゃぐちゃやってたらボロッと出てきただけだ。そのシーンにあわせてというのがこれが結構大変で、音いじりの作業よりこっちを見極めたり考え直したり流れを見直したりそんなことをシートとにらめっこしながら時間がどんどん過ぎていく。
でも、多分、インドでのジャイの作業にあわせてまた変えていくことになるだろうけど。これを無駄な作業と感じていたら、こんなコラボレーションはやってられない。

しかし、いつも思うのは、こうやって狭い部屋で一人ぶつぶつ言いながらプログラムしたりサンプル切ったりはったりみみっちい作業をした物を、本番ででかい音でならしたときの開放感は非常に気持ちのいいものである。殊にヨーロッパの大きなフェスティバルなんかでたくさんのお客に囲まれて演奏するときなんかは、ふと東京でのみみっちい作業を思い出して、神秘的な気持ちになったりする。特にその昔池尻の小さなアパートの狭いキッチンで隣の部屋でねてるかみさんに気を遣いながら深夜、ひとり興奮して作ったもんがライブで演奏された(俺はダンスで出演してたから自分では演奏しなかった)ときは、ステージ裏で一人密かに神秘的な感動に涙した物だ(笑)

できることなら爆音でギターとかもかき鳴らしたいが、そこまで行くと暴走族のメンタリティーと変わらなくなるので、ちゃんと音楽とステージに必要とされている物だけを見極めよう(笑)
爆音でかき鳴らすのは、今回は摩ッチュウだけでいい。

月曜日のことは記憶にない。

木曜の夜は、石山とオハッドのダンスをP-houseに見に行き、そのまましこたま呑んでよっぱらい、深夜二時頃、気がついたらタクシーにのっていた。しこたま、といっても、そんなたいした量ではないのだ、実際の話。大桶があとから来て気分が良くなりそのまま撃沈。
石山のダンスは非常に石山らしくて良かったと思う。潔く手癖動きを突き詰める、まるでブルーズギタリストがペンタトニックスケールのソロを突き詰めるかのような。
作品は笑いどころ満載。それは意図してやっているのかないのかにかかわらず、変で良かった。くすっと笑ってしまった、という感想をだれかから前の日に仕入れてはいたのだが、くすっと、どころか客を見渡すと爆笑をこらえている人も何人か。何で笑えるんだろう・・・?(笑)
神妙な顔したオヤジ二人が多分何か考えながら多分異様なテンションでどこか空中の一点を見つめながら雰囲気を一生懸命作ろうとしている。
かと思うと、四角い箱がラジコンの音丸出しのノイズをたてながら、ラジコンの動き丸出しで動きだし、まるでガンダムに出てくるハロっていうボールみたいなロボットがいつもアムロにまとわりついているように、石山にまとわりついている。
アイデアシートには、リモートコントロールされる方形のオブジェクトとのデュエット、とか書いたのだろうか、石山らしい、興味深い(笑)。
なんだろう、あのおもしろ新鮮感覚。とにかく、俺は、ハッピーになった。

金曜の夜は池野のColor Schemed Shadowというnest名義の作品のビデオ上映があるというのでプロジェクターを携えて高円寺へ。
二日酔いなのか風邪なのか朝から具合が悪かったし、なんだか夜は急に冷え込んできてガクガクしてきたので、ビールを飲まないと死んでしまうと思い、立て続けに二本飲んだら気分がよくなる。
映像のアイデアとネタを残してインドへ行ってしまったため生で見られなかったのだが、作品もなかなかおもしろそうで、いや、何がおもしろいかと言えば、池野大サーカス。ストーンズのロックンロールサーカスくらい下世話に盛り上がったらすごかったかも。何がうらやましいかっていえば、俺も白いタキシードとシルクハットかぶりたい(笑)とにかく、これもおもしろ新鮮な感覚。それぞれ元ネストのメンバーたちも新しいこと、新しい感覚の表現にチャレンジしているのだなあ、と。

そう考えると、今一番スクエアなのは俺かも知れない。変化を受け入れるのをためらっているのも俺かも知れないなあ、と思う。確かに、チャレンジングなことはあまりしていないかも知れない。

十一時半くらいに帰宅。風呂はいってすぐねる。
起きると十一時。
ずいぶんねたはずなんだけれど、昨日の朝と体調は変わらす、悪い。

ジャイには、来週中にはもっと明るく聴きやすくなったPurusharthaのサウンドトラックを送ることができるとメールしたのだが、確かに昨日の早朝には成功を確信していたトラック作りが昼前には「これは、あかん・・・・」ということになってきて、いまものすごい不安・・・
ボン公演までひと月あるのだけれど、二十分の増量をインドチームが我々抜きでリハーサルをしなければいけないことを考えると、やはり来週には定番をおくっておかなければいけない。となると、どっぷりはじめから音の組織に向かい合ってもいいのだけれど、リアルに考えてそのような時間はない。そこで掟破りではあるけれど、ここ数年、何かの機会に作ってボツにした物、苦労して作ったにもかかわらず一度しか演奏せず、実際に聴いた客は2百人にも満たない、さらには集客の悪いイベントのためにつくって耳にしたのは多分十人くらい・・・などという不幸な音源をかきあつめ、再構成することにした。

しかし、問題なのは、一つには尺。タイミングが合わんこと。音楽の構造にあわせて振り付けしたり、振付の構造にあわせて音をつけたり、まあ、それが入り交じっているんだが、アリ物だとどうもうまくいかん。
それともう一つの問題は、あれだ、コンテクストっちゅうやつだ。まず、この作品の音は音それだけでなければいけない。それ以上でもそれ以下でもない。何か別の風景、意味、超越的な思念、ここではないどこかの情景などを喚起する物であってはいけない。演奏者がいて、スピーカーがあって、それが鳴っている。ダンサーもそのようにいる。ある意味、振付はそこにいるダンサーたちにそれをなぞるのが義務であるように、修行であるように、黙々と、たらたらと続けられる。この振付に関してはジャイが意識したかしていないかはわからないが、ほんとにやらなければいけない仕事を一つずつ丁寧にこなすようにまたは修行のようにつづく。なっている音楽とは全く切り離されたテンポとリズムで黙々と、しかも彼らのリズムは全くぶれずに、踊っている。これは、ものすごく、変だ(笑) 
で、コンテクストの話だけど、まあ、結構リリカルな音をそれでもそういうダンスに乗っけたりもすると、それなりに見栄えが良くなるわけだ。いわゆる音楽らしい音楽のサントラだと、気持ちも楽だ。たいてい客にはうけるから。しかし、やらん。ダンサーにはその修行、というか仕事を通してもらう。客には、インドの若者たちが、苦労して無心に仕事をたんたんとこなしているように見えなければいけない。彼らは踊りを客に見せようとしているのではなく、自分のやるべき仕事を夢中で無心にこなすだけ、という姿を見せる。
とにかく、なにがいいたいのかといえば、難しい、はめるのが。

で、昼までこんな事をやって、事務所へいく。仕事をする。ケーブルテレビ。
夜かえる。
仕事をしようとするができない。なぜなら、ビールを片手にyoutubeで昔のテレビとか探して見だしたから。
アートリンゼイと坂本龍一がwe love youをライブでやってるやつをみつける。古いの。アートリンゼイのギターソロに爆死。完全にコントロールされた、というか、きちんと箱に納められたノイズ。引き際と飛び込み方。
松本さん、あれみたいにやってください。
そのうち、かみさんが帰宅。友人のゆきちゃんと一緒。
ますます仕事どころではない。
おみやげのビールを飲む。風呂にはいる。

ねる前にPurusharthaの記録DVD見ながら構成表とにらめっこするも、ますます混乱する。

Purusharthaは、まずサウンドトラックをがっちり作ってしまおうと思っているのだけれど、なかなか手をつけられない。
この一週間くらいのうちに、ジャイに送りつけてしまって、構成と流れをフィックスしてしまうこと、音だけ聴いてもがっつり構成できているものを送ることでモチベーションをあげてやることと、まあ、一番やりやすい方法でコミュニケーションの流れをつかむため。ってなんの事かわからんな。
四十三分ではちょっと短いのではないか、というジャイの不安から、それならばいつものように六十分ジャストにしてやろうではないか、もちろんながれも重要なんだけれど、六十という数字や、ジャストで終わるその形式も重要なので、なんとかつじつまをつけてやろうではないか。つじつまをつけようと、ちょっとゆがんだ苦労をすることで、思わぬ結果が得られることもある。自由に作ったソロアルバムがちっともおもしろくないくせに、映画音楽をやるとおもしろい音楽家がいたりする。イーノなんかはその「しばり」に非常に意識的で、music for ~とかやったりする。これは前にも書いたな・・・。昔作った俺の音も、自由に音を先に作ってからこれを舞台で使えるかな、という感じのやつより、こういう要件を満たすためにとにかく音を組織しようか、というときに作ったものができがいい。

ところで、いまのところのPurusharthaのサントラはかなりというか一切リリカルではないので、それはコンセプト的なものなのだけれど、少しふりかけをかけておかなければいけないだろう。しかし軸はぶれてはいけないのだけれど。

昨日は午前中に渋谷へ行き壊れたデジカメを修理に出し、USBハブなんぞを購入し、以前だったら渋谷へ行くたびに巡っていた店のコース(レコード屋とか本屋とかハンズとかデパートとか)は疲れるから回らず、事務所へ。
ややこしい仕事をちょっとずつ進める。夜は、個人情報保護法に関する講習会。

帰宅してかみさんの作った飯を食い、風呂に入り、仕事をしようとコンピュータに向かったけれど仕事なぞせず、iTMSで初めてお買い物。高橋幸宏の新作。飄々としながら最新の音の表層をすくうのがじょうず、というか、それだけの人だから、っていうか、それがもうずば抜けている。彼の世代は、アメリカの音、とかイギリスの音と同じものを、日本人がいかにやるか、似せるかということに、ものすごいエネルギーを費やした世代で、その世代でもずば抜けてそのセンスに長けていて、その感覚が奇跡的に持続している人。それはこういう作品ができるだろう。

これからひと月、朝早起きして仕事をしようと思っているのだけれど、そう思った初日から、朝早くは起きたけれど仕事はしていない。困ったものだ。
某パンク歌手作家のインターネットに上がっている日記を読むと、午前中に執筆して午後からは読書や酒やロハスの愚弄ドンバの修練なんぞに費やしているとみうけられる。それであのような傑作群が生み出されているのだから、俺もまねをすればあのようなとてもすばらしい作品群が生み出せるんではないかと思ったのである。あのパンクにできることが俺にできないはずがない、と思ったのである。しかしできなかった。前から思ってたけど、彼は、えらい人だ。二度お目にかかったことがある。えらかった。
一日できなかっただけで、できなかったとあきらめるのは、いかにも某パンク作家の作品に出てくる駄目人間そのものなので、明日もがんばる。

ああ、日記ね。日記を書こう。それと、
もっと有意義なことを考えていたのだが、役に立たない文学的なことはなるべく考えないようにする。あ、考えてもいいけど、人様に言わないことにしよう。
きのうは、神楽坂のモスバーガーで真貙卯とはちやまと打ち合わせの待ち合わせ。十五分ほど遅刻して到着したのだが、はちやまがまだこない。留守電が入っていたので聴いてみると、神楽坂のモスバーガーにいったのだけれど今はつぶれてなくなっていたから、あとで別の場所を連絡する、などとなぞめいたことを言っている。こっちは二人、モスバーガー2階一番奥、たばこの吸えない席ですでにコーヒーにホットドッグなのに・・・。
だいたいの方向性を打ち合わせて、解散。いい作品ができると思います。CMprocess。九月に新国立劇場。タイトルは未定。

あ、DVD。やはり研磨剤で磨いても、ほかのマシンで読み取っても駄目で、やっぱりどっかいかれてるらしい。しかし、そこだけスキップでとばせば、見られないことはないので、頭からシーンごとにチェック。
するべき事がたくさん出てきた。
音のベーシックトラックはほぼ構成し直しだろう、っていうか、忘れてたというか目をそらしていたけど構成やツメにかける時間などインドではもてなかったし、マチュウには相当負担をかけたし。ああ、これはぐっとここで踏ん張って一定のクオリティーに持って行かないと、まずいなと・・・。
映像もどこが駄目なのかということがいえないくらい、つまり批評しようのないくらい箸にも棒にもかかっていないので、棒にちょっと引っかけるくらいには持って行かないといかんだろうな・・・。
このひと月の踏ん張りが、ツアー先での気持ちの晴れやかな日々につながるのだ。現地スタッフも気持ちよく接してくれるし、客も微妙な笑顔ではなくて本当の笑顔で接してくれる。終演後の乾杯だって、ああ、ボンで飲むビール、うまいだろうなあ。ベニスで飲むワインうまいだろうなあ。インド人たちと一緒に。
がんばろ・・・。

土曜日。しかし、
本、しかも小説を読んだり、音楽、しかもちゃんと味わうには聴き手にも集中力を要求するようなたぐいのものを聴いたりしているばかりで、なにもしない。
やる気がわかない。ああ、死ぬまで遊んで暮らしたいなあ。
と本気で思っていることが世間にばれそうになる。あ、正確には違う。死ぬまで何もしないで生きていきたいなあ・・・である。
人間の土台作りに両親が何を使ったのかは知らないが、その土台にはびっしりと無気力と筆字で書いてあるイメージ。
ところが土台がいかに脆くとも、人はその上で生きていくわけであって、生きるということは、どうしようもなく「生きたい、死にたくない」という原理主義を貫くことであるとおもう。
だから、どうにもならないくらいなんかほんとはむっちゃくちゃやる気、しかもものすごい原始的な爆発的なやる気があるのであって、しかし、むちゃくちゃなやる気と現状の齟齬に、あまりにいらだっている大脳がそのうち正常に機能しなくなって、体はふて寝する。
子供の頃、よく、漠然としているけどしかも野蛮なものすごいやる気と、そのやる気がむかう目的および成就させるための方法が全くノーアイデア、もしくは「今、それ急には無理」というばあいには、部屋を、掃除した。
大人になってもそれは変わらずだが、最近はコンピュータの中を掃除したりして時間が過ぎていく。
ふて寝のできないときは、死にものぐるいで家事、しかも軽作業を次から次にこなしていくのだ。

これも、その軽作業の一環。

「東京タワー」を読みおえる。確かに泣くほど切ないんだが、読んでいて自分の現況を考えてしまって、身につまされ、恐怖、または将来に対する漠然とした、いや最近は漠とせず形を持って現れてきた不安にさいなまれ、泣くどころではない。リアルな不安である。これで泣ける人は今よっぽど幸せか、よっぽど若いか、隠居してるかどれかだろう。三十六の男が素直に泣きじゃくる本じゃない。

ところで、インドから持ってきたpurusharthaの記録映像を納めたDVDが傷だらけで読めない。もちろん、元からである。インドでチェックすれば良かったが、まさかと思ったので盤面を見なかった。ジャイがこないだ来たときに新しいのを持ってきてもらえば良かったが、つい失念。しかし、なんでこんなに傷が付くんだろう? それは、砂埃のせい。
どうにかならんものか。とおもい、研磨剤でごしごし磨くも無理。でも何とかしないといけないのでいろんな機械で読み取りまくることにしよう。

何があったっけ?
最近、日記風でないから、読み返しても何をやっているのかさっぱり思い出せない。
あさ、二日酔いのせいで調子悪く、二時頃事務所へ。デンマークのメッタからメール。キャロルと一緒にやってるプロジェクトが形になってきたようで、資料を送ってきた。日本でやりたいなー、なんてことなんだろう。わからんが、紹介するくらいなら・・・という返事を書く。

はちやまとのメールのやりとり。彼女の新作について。国内でのフェスティバル参加の依頼があってnestでやったVanishing Pointsの再演をソロ名義でやりたいらしいのだが、それよりも新作にした方がいいとアドバイス。なぜなら、ダンスショーケースのくくりで、持ち時間はなんと初演の四分の一、予算もないので共作者のほとんどが参加できないという状況。それは、自ずから新作となるはず。

某ケーブルテレビのCMS改訂の仕事は保留になってしまっているのだが、いざGOがでたときに悩まずばばっとやってしまいたいので、下調べ。ややこしい。自分で作ったシステムながら、しばらくさわっていないと頭からすっかり飛んでしまう。

しばらくjitterをいじっていない。もちろん、Purusharthaのシステムを改良していくためにも、お勉強しなければいけないのだが、もちろん怠けている。最近のmax周辺の技術は大変な進化をしていて、これは最近ついて行けないと思っていたが、サンプルや人の作ったパッチを眺めていたらお勉強する気がわいてきて、すこしずつopenGLとかを勉強してみようかと思い出した。しかし勉強とは非常にかったるい作業で、そんな時間があったらPurusharthaという作品をなんとかしろ、とつっこむ自分がいておしっこが近くなる。

ハナマサで買い物をして帰宅。キャベツを買い忘れたけど、豚のショウガ焼きとなすとミョウガのみそ汁とほうれん草のおひたしと納豆にキムチに焼き海苔なんかを並べてかみさんと夕食。十一時。平日の夕食はいつもこのくらいの時間。体にいいわけがない。

深夜、スカパー!をザッピングしてたら懐かしい映像が目にはいる。「鉄男」。塚本晋也のインタビューだった。監督作品はあんまり見たことないけれど、常連脇役とか言われているそこら辺の二流脇役なんかより、全然いい役者だ。
とてもいい人なんだろう。
しかし、大杉なにがしとか、いやほかに名前はしらんけどナントカさんとか、何やらせても同じだし、かおもできてないし、体も動かないのに、何であんなにたくさんいろんな種類の映画で脇役やれるんだろう。見事な大根だし、どんな映画にも出るし、それでいいんだろうか、そんなことじゃ映画とか役者が好きな人には思えないんだけど・・・。
まあ、それは俺の勝手な思いこみで、映画も役者稼業も別に好きでやってるわけではないのかも知れないな・・・たまたまやることなくて、それで生活できるようになったから、ということだろう。
なんだ、俺と大してかわらないのか。

早く夏がこないと、寒さで死んでしまうかも知れない。

メダカは三匹になった。やはりあのヒメダカは一匹で夏秋冬を越しただけあってそうとうな強者だったようだ。小さい体で、でかい黒メダカを追い回してぴんぴんしている。

夜桜

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その大切な友人のお母様の告別式へ参列。つい先日、彼の誕生日の夜に電話をかけて、どうせ忙しいだろうからとワン切りして祝意を伝えたのだけれど、ちょうどそのころ大事なときだったのだという。ご冥福をお祈りする。
一度自宅へ帰ってから、着替えて事務所へ。漠然と、やらなければいけない、というか今のうちにやっておきたい仕事が、頭の中でブラーがかかった状態で山積みされているので、そいつを整理して一つずつ片付けていこうかと思ったが、どうも落ち着かない。混乱しすぎている。
メールをいくつか。
結局何も整理が付かないまま、椅子にさえ座っていられなくなる。たぶん、親しい人と酒を飲みながら話がしたかったので、皆さんをお誘いしてお酒を飲みに行く。行く予定だったカナダ大使館はキャンセル。
帰り道あっちゃんとたなみ君と一緒に飯田橋まで歩く。延々と続く夜桜を見上げながら、外国の話なんかをしながら。
少し落ち着く。やる気が2ポイントアップ。でも経験値もレベルも上がっていない。あともう少しモンスターをやっつける必要がある。
思い切って強そうなやつがいる山の中へ行くか、それとも近所でスライムをばったばった切り刻んでメタルスライムの出現を待つか(笑)

pandoraというネットラジオの一種はとてもいい。lastfmは最近不安定すぎていつとぎれるかと思うと音楽を聴くどころの気持ちになれなかったから。

牛をアップしたことでいつもと同じように書き込んだと思ってしばらくぶりにmatsuo memoを見ると、もうずいぶん書いていないことに気がついた。
そのあいだ、何もなかったわけではないけれども、自分の身の回りには、何か大きな変化があったわけでもない。
おもいだしてみる。
桜が咲いた。
木曜日。ひじょうに寒い日。ノッティンガムで出会ったケイコさんに四谷であった。おもしろいゴシップというかのろけ話を聞きながらかみさんを待ち合流。メキシコ料理。ちなみに、純粋にフランス人のケイコさんのケイコという名前は日本に在住していた両親が、好きだった岸恵子からとったらしい。
金曜日。浜松町へ行き、ダンスアンドメディアがイスラエルからよんだオハッドと食事、というか呑み。少ししか話していないけどいいやつ。それよりも石山と久しぶりに酒の席で一緒になったのがうれしい。彼はオハッドの相手で忙しく、あまり話せなかったけど。たなみ君や牧野くんも参加。帰り際にはかみさんも参加。
土曜日。記憶がない。お花見日和だったのはおぼえているが・・・・夫婦そろって家で何をしていたか・・・・。記憶にない。
日曜日。雨の中、ふたりで神楽坂をぶらつき、飯田橋から法政大学の前の土手を歩いて市ヶ谷まで。もちろん、春の気持ちいい日差しの中で見る桜もいいけれど、曇り空の下で色あせていきそうな桜もなんかそれはそれでいい・・・・、と思うことにした。
月曜日。快晴。飯田橋から四谷まで、桜並木をチャリンコで駆け抜ける。いや駆け抜けていない。もう力が抜けて、ちんたらちんたらにやにやしながら事務所へ。道行く人たちはみんなちんたらちんたらにやけてる。
一年に一回だし、これからの人生であとどれくらいこの季節が巡ってくるのかわからないけど、歳をとっていけばどんどん減っていくのだし、まだ両親はお互い健在だけれど、俺たちよりこの春がまた来たことをありがたく思って、あと何回春が来るんだろう?とか思ったりするんだろう。
本を読もうと思っても、何よんでいいかわからなかったから、リリーフランキーの東京タワーとか読み始めたら、いや別に感化されたわけではないけど、そんなこと思ったりしたりして、昨日大切な友人のお母様が亡くなった知らせを聞いた。
せっかくの花見日和に、ほんとは手をつないだりして外に出ればいいものを、けんかなんかして家にこもっていたりしては、罰が当たるのではないだろうか。と思ったりもしたのである。

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