Dance Exhibition 2006 終了

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またしばらくぶり。
新国立劇場のDance Exhibitionというダンスショーケースに[c-e]という作品で参加した。Aプログラム。おわり。
最終日の公演(といっても二回しかやらなかったけど)の出来が良かった気がする。
非常に疲れた。まだ整理も付いていないので、自分たちの作品については語れない。
今回は十五分でしかできないことをやるという割り切りと、さらに、ダンスショーケースという形式で一晩に何作品も同じ劇場を使って公演するという制約から来る割り切りがあったのでああいうものになったけれど、条件かわるとどうなるかわかんないし課題もたくさんある。あれはあれでひとつの可能性だ。

昨日は機材搬出のついでにBプログラムのゲネプロを鑑賞。石山の作品がBプロ。
うーん・・・むかし彼が横浜でやったプロトコルというのを思い出した。八十年代のニューロマンティックバンドが少し腹が出て再結成した感じ(ダンサーは若返っているにもかかわらず)。自分の持ち味をそのままに新しい音もちりばめて、みたいなアルバムをだした・・・というか。でも、何かがかけているかんじ。
構成の仕方や、たぶんはじめのネタの発想の仕方からそれを作品化するプロセス、メッセージ性の折り込み方、映像との絡み方のネタなんかは、たぶん凡百のモダンダンスの作り方そのものだ。そのありきたりな作りの上にのっている身体の動きは、自分が思っているほど、またとりまく人に言われるほど独自の振りでもないし動きの質でもない。ちらっと関係者に聞いた話では、彼は「王道」という言葉を使っていたそうだ。
いわゆる「ダンス」のコードの中で自分のポジションや売りを明確にするための戦略をたてているのかも知れない。たしかに、「コンテンポラリーダンス業界」で、認められて食っていくためには必要なステップなのかも知れない。
少しでいいのに、何で踏み出さないのか?以前はもっとアグレッシブな作品作りの態度を持っていたんではないのか?
歳をとってリサーチも重ね、昔よりももっと「理由ある反抗」ができる知識と経験がそろったのだろうに。とか、おもったです。
いわゆるソロとNot Foundのねたには背筋が凍ったぞ・・・・。あと、映像とデュエットも。
それとも、何か俺には理解できないもっと深いことをやっているんだろうか・・・・?
もちろん、これは自分を棚に上げていってるはなしです。
おれも、なにかを突きつけているかといわれれば、いるけど突きつけた剣はふにゃふにゃでした・・・・とこたえるしかない。
それから思ったこと。石山は、俺が思っていたよりも、ほんとに、ダンスが好きなんだな、と。

そのほかのBプロ作品。最後の男性二人のデュオ(中国と日本)は、まさにこの環境で短時間で何が見せられるかを考えた結果、戦略勝ち。そう・・・・石山作品にはユーモアのセンスがない。もちろんうけをねらう笑いというもんではなく、それがないと今すぐに誰かに食われてしまうような、それが生きる条件のような、ユーモア。
中川さんと女性のダンサーのデュエットはみごとだった。振りも複雑できれい。
新上氏は始めてみたけど、なんかあの過剰にナルシスティックなところが、作品やらダンス云々を問題にするよりも、彼のその生き方に感情を動かされてしまった。切ない。

富山か・・・中川さんが広太さんの変わりに加わってくれるという。どうなるのか・・・。

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このページは、matsuoが2006年9月18日 16:00に書いたブログ記事です。

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