いま、アムステルダムのスキポール空港です。一時間の遅れで、四時までゲートが開きません。いま二時くらい。六時間待ちのところが七時間待ちになりました。
アムステルダムの町中に出てみようと思ったんですが、もうそんな時間はありません。
今朝は四時にホテルにお迎えが来て、六時十五分ニース発アムス行きの飛行機に乗りました。ジュンちゃんと松本さんにしかわかりませんが、あのインド人の学者先生とずっと一緒だったんですよ・・・・。同じ飛行機。
で、ずっと質問攻めです。ものすごい勢いでメモ取りながら、いろいろ聞かれました。いつもなに考えてるのか?あれについてどう思うか、あれはどうなっているのか、どんな風になにをするのか、舞踏についてどう思うか、歌舞伎についてどう思うか、日本のモダンダンスはどうなのか(そんなのしらねえよ俺、と答えておきたかったけど一応、一説ぶってみました)、なに食ってるのか、・・・等々。スキポールでも彼の登場時間の十二時半くらいまで、延々インタビューです(笑)トータル5~6時間。プルシャルタについての論文書くとか言ってましたけど・・・どうなる事やら。もう七十後半のおじいさんですけど、好奇心旺盛な方です。トリシャブラウンに昨日インタビューしたらしくて、その話をいっぱいしてくれました。
で、アムス市内に立ち寄る計画が崩れた、と・・・。まあ、仕方ないですな。いい時間つぶしになりました。
昨日の最終日は、朝からジャイのダンスワークショップ。十人くらいだったかな、参加者は。まあ、参加者のレベルはそれほど高くなかったですが、みんな熱心でした。女の子ばっかり。俺は、することないので、写真とったりCDを取り替えたり・・・。
昼過ぎに終わって、例のごとくハーバーへ行って昼飯。ケバブ屋がでていたので、ケバブを買って食うことにしました。ケバブって言うか、ドイツやらフランスやらのやつに比べて、なんか洗練されすぎた・・・なんて言うか、コンビニで売ってるみたいなやつでしたけど。
その後、ジャイとラケシュがパレスをみていないというので、なぜか全く興味を示さずホテルに帰ると言い張るラケシュを強引に引きずってモナコ岩に登りました。美術館の前にあるイタリア大使館?の様なところを通りかかったとき、なにをとちくるったかジャイがづかづか入っていってしまうので、ジャイ、ヤバイよ、ジャイ!そこヤバイよ!警察みてるよ!と俺がささやくそばから、案の定ポリスがやってきて職務質問。だから言ったこっちゃない。俺たち見た目危ないんだから(笑)日本人丸出しの俺だけだったらまだいいけど、彼らは・・・・(笑)で、しつこく二〜三十分。身元確認、ホテルの宿泊者リストに照合・・・。ラケシュはびびりまくってました。後で呼ばれるの?いくら払わされるの?逮捕されることもあり得るの?みたいなことをジャイに聞いてましたけど・・・。でも、門を1メートルくらいくぐって「きれいなお花が咲いてるよ!みてみて!」なんてインド人が言ってるだけなのにあのしつこい尋問はないだろう。相当暇なんだよ、あのアホ警官。
夕方からはプルシャルタのプレゼンテーション。ヨハネスが司会をやってくれたので非常に助かった。まあ、内容的には今まで自分がやってきたプレゼンの中で、最低ランクです。客は十人くらいしかいなかったけど。ほとんどの人、作品見てないって言ってたし。
その後、ヨハネスやらクリスやらマークコーネリア、なんかいろんなところでいつもよく見るメンツとアイリッシュパブへ。ギネス一杯飲んだ後、となりのピッツェリアでピザくって、グリマンデルシアターっていうフェスティバルのメインシアターへ、トリシャブラウンとビルTジョーンズを見に行く。
ライブでモーションキャプチャーをやってるらしい。ものすごい金かけて、ものすごく少ない効果(笑)作品つまんねえし、ふりつけつまんねえし、全身赤タイツと青タイツだし(笑)なんだそりゃ・・・と。
例の学者先生によると、トリシャブラウンさんも技術と効果に関してはあんまり満足していないらしい。とても正直に語っていた、っていってたけど。
完成させる時間がなかったとか、お金をかけすぎたとか、技術者に結果を求めてもレスポンスが悪いとか・・・・たとえば、こういう映像がにゅるっとでて、それが何とかの形にぐわーっとかわって、ささささっと行くみたいな、そんな指示をしても結局出来てきたためしがないんだそうである。舞台面に半透明スクリーンが掛かっていて、そこにモーションキャプチャー(体にたくさんピンポン球つけてんだよ・・・だせえ)でコントロールされているらしいもやもやした抽象的な映像が現れたり消えたりしているんだけど、なんかそのもやもやがどどどっと具象的な絵に変わったり・・・とか、そんなのをいろいろ求めたんだそうだ。でも出来なかったと。まあ、なにが出来てなにが出来ないか知らないんだろう。どんな技術なのかろくに知らないから、もしかしたらこんな使い方も出来るんじゃないか、こういう風に使ったらいいんじゃないか、というような積極的に技術とコミュニケートしていくイメージも持てないんだろう。金使ったのになあ、とか、もっと時間があれば何とかなりそうだ、とかいう前に、赤タイツと青タイツ、例のペタペタ走り、何とかした方がいいと思ったけど。
まあ、モナコの観客の皆さんには異様に受けが良かった様に見受けられたが、どういうわけ?ああいうのが好きなのかね。一緒に飲みに行ったアーティストたちは、ケチョンケチョンに文句言ってたけど。
最終日に付き添ってくれていたメラニーが、実はモナコダンスフォーラムにはちゃんとフェスティバルカフェというかアーティストのミーティングポイントが設定されていて、毎晩みんなそこで一晩中呑んでるんだけど、何で松尾は来ないの?そんなにビールが好きなのに・・・?と言い出す。
なに?それ?今はじめて知ったんですけど。だれだ、情報をストップさせてたのは?ラギニか?!インドチームにはアテンダントの女性がずっと付いてお世話をしてくれてたんだけれど、なぜかいつもどこのフェスティバルでも日本人チームは野放しで誰もかまってくれない(笑)メラニーはもちろんインド人たちには初日に知らせたんだろう。たぶん、ラギニやインド人ダンサーたちには、そんなカフェの事なんて全く興味のないことで、もちろん俺たちも興味ないと思っていたんだろう。ダンサーのだれもいってくれなかったし、ジャイも知らなかったんだから。それはがっかりである。(インド人たちは、朝早くからリハーサル、ステージを終えるとホテルの部屋にこもって寝るだけの毎日だった)
ならばと言うことで、最後の晩、出発まで三時間ほどを残した遅い時間にいってきましたよ。せまーいカフェにみんなぎゅうぎゅうになってトリシャブラウンの作品の文句言ったり、誰がどこでどんな技術をどんな風に使っていたよとか、どこの国がおもしろいとか、誰がすごいとか・・・・俺がすごい!とか自慢話したり。はじめの夜にここ知ってれば、俺も自慢話の一つや二つしてきたのに・・・・。まあ、俺がすごいとはいえないけどね・・・、日本の若手のメディアパフォーマンスはすごい、って宣伝をしたかった。おまえらオタクなめんなよ!とか(笑)ああ、悔しい、残念。もう後はなし・・・。
ビールを二杯ほど飲んだところで疲れも限界に達し、電池切れを予感したので、せっかくだから元気なうちに華々しく(笑)帰ろうと思ってみんなと派手にハグして帰ってきた。
部屋に戻ると、ぐちゃぐちゃになった荷物のパッキング。そうこうするうちに三時。あと一時間、起きていようか寝ていようか・・・迷っていたらうとうとして寝てしまう。四時にタクシーの運ちゃんの電話で起こされて、チェックアウト。
で、例の先生(カレーの匂いのする香水?を付けています、たぶん、そんなような・・・半径二メートルくらいカレーの香りがぷんぷんする)と一緒であることがわかって、マジかよー・・・なんて思っているうちに、今に至ると。
東京に戻ったら、あれだ、CMSのマニュアルつくんなくちゃ。土日で。