2006年12月アーカイブ

また何日かあいてしまったので、また何日か分の記憶が吹っ飛んでしまわないうちに、記録。
いろいろあった。たいしたことないこととたいへんなことがいろいろあった。

まず、週末はクリスマスだった。これはたいしたことのないこと。
しかし、土曜日に久しぶりに松橋家のクリスマスパーティーへ顔を出し、なにやらすごい飯をごちそうになり、水道の蛇口をひねるとビールが出るお宅もあったのか・・・と驚愕する。友から実際のところ自分はソウルメイトであることを告げられてなるほど霊波チャンネルもたまには真実を語るね、でも粋Zなんつってることがもうすでに予選落ちだ・・・ぼけ、なんてぼやきながら帰宅した、ような気がする。だって、起きたらうちのベッドで寝ていたから。

日曜日、朝起きてコンピューターを起動すると、即逝去。すごい音たててハードディスクが回りまくり。ちょっと前からパワーブック本体をちょっと傾けると内蔵ハードディスクがぶんぶんまるで地球駒を回しているように音を立てて回るので、どーもおかしい、とは思っていた。焦る。この世の終わりを3Dバーチャルリアリティーでみている感じ。

クリスマスだというので、慎ましい妻が前からほしかったという俺でも買えるちょっとしたものを買いに東京駅近辺へいく。そのついでに、Appleの銀座店へパワーブックをもっていってジーニアスとよばれるお兄さんにみてもらう。お兄さんは「どうやら残念ながらこわれてますね」のあとに言葉が続かない。・・・・そんなのしっとるわい。・・・・どうも俺の判断を待っているようである。ハードディスクの中身をあきらめて交換するのか、それともデータ復旧屋さんに持って行って高い金払ってデータ取り戻すのか。無償でハードディスクは交換できるが、壊れたハードディスクは返してもらえないのだという。
じゃあ、今夜一晩何とか認識させてバックアップやらなにやらやってみて、明日の朝またくる・・・・・と、ちょっとへたれた返事をして持って帰ってきた。

松屋の総菜屋で買って手抜きしたクリスマス晩ご飯をくったあと、また明石家サンタとかみながら、ダメ元でトライ。なんと、運良くハードディスクは認識していて、バックアップバックアップバックアップとかいうありがたいお経を唱えながら急いでバックアップ。不思議なことに、パワーブックの傾け具合でコピーが進んだりとまったりする。そういうわけでセンサー付きのゲームのコントローラを持ってるような具合に、両手でしっかりつかんでうまいポイントを探りながら、重要なファイルをコピー。途中止まるから結構時間がかかったけれど、焦りと念仏のおかげで光陰矢のごとしとはうまいこというなあと思った。

月曜の朝ジーニアスに渡したパワーブックはハードディスク交換だけだったからというわけもあるけど、思いがけず早く、その日の夜には修理完了のお知らせをもらえた。アップル、はええ。どんな些細な故障でも一月待たされた頃もあったのに。

その後は、インストールのし直しとか、やってました。

あ、あと、昨日酒を飲んだ。せたくん、ひらさん、はちやまと、忘年会。途中からうちの奥さんも。
飲んだ店が特別。中学の時の同級生のやってる店。四谷のしんみち通りにある「越後路」。実は初めて入ったんだけど、ああ、もうちょっと早くからきてればよかったなあ・・・・。酒はうまいし、飯うまいし、もちろんへぎそばもうまいし・・・。前あったとき(もう5~6年前かなあ・・・)新潟で修行したときの話聞いてたから、どんなもんかと思って食ったら、うまかった。腰が強くて、ぴかぴかしてる。いいなあ、しあわせだなあ。奥さんとお母さんもいい人たちだし。

はじめに、いろいろあったって書いたけど、これだけでしたね。別にたいしたことなかったです。

何か悪いもんでも食ったんだろうか、後頭部にずっしりとした痛み、さらに吐き気。風邪薬を飲む。
たぶん、昨日の夜食ったちょっと古いマグロか・・・。かみさんは大丈夫だろうか?体力が落ちている様子だったので、俺より抵抗力はないはず。

しばらく書いていなかったが、特に書くこともないし、書く気力もない。只しばらくあいたからちょっとバグライターに2~3行でも書いておかねば・・・、とりあえず報告をしなければインターゾーン商会のベンウェイのスパイにやられてしまうので・・・・うんぬん・・・。

町田康の真実真正日記を松橋さんに借りて読む。何の予備知識もなくほんとの日記だと思って読んでいたら、ものすごいことになってきたので、おもろ。テリブルテリブル。
町田作品、特に中編というか、明らかに傍系の仕事は、落ち、というか読後感がよわい。読んでるときはおもろいのだが・・・。これはたぶん(しらべてないから)違うかもしれないけど、傑作「告白」を書いているときに並行してかかれた物なのではないか?

ということで、ギャツビーの方はまだ中途である。

もう今年も終わる。俺の一年も、あと一週間ほど酒を飲んだり揚げ物食ったりしてなんだか真実真正日記の様にたいした達成感もなく終わるんだろう。そりゃ毎日は楽しかったんだが・・・。

詰まるところ、モナコはパチンコ屋だと、モナコ村からばかげた夜景を見下ろしながら思った。

十四日から、日本とモナコの間に国交が始まったという。いままで、正式な国家間の関係はなかったらしい。
ああ、”国家”のこと考えると安倍のこと考えちゃって、吐き気がする。教育基本法改正・・・愛国心だってさ。
なんか、愛国心って、アイデンティティークライシスかなんか経験して自分を定義する物がわかんなくなっちゃって・・・少なくとも、生まれたところはここら辺だな・・・使っているのはこの言葉だな・・・顔はどう見てもここら辺に住む人々のそれだな・・・ああ、俺の生まれたところはすばらしいなあ、他と比べてもずいぶんすばらしいぞ・・・よし、俺は少なくとも日本人だ・・・それには誇りを持てるぞ、さて、それはおいといてそれ以上におれはなんだ・・・?という思考の流れ、もしくは、俺は何だ?我思う故に我アリ、俺は俺だ・・・それから?どうも俺はフランス人でもないしドイツ人でもないぞ、この辺で生まれてこういう顔を持ってこういう言葉で考えている・・・それに誇りを持たないとそうでない人達と対等になんてやっていけない・・・・なんて考えたりして持つ物を愛国心というか、自分のどうしようもなくそうであったものを受け入れることで誇りを持って行動することのような気がするんだけれど、それは国家が教育するもんじゃないなあ・・・と思うんだけどなあ・・・。そういう意味では、俺、愛国心強い方ですよ、たぶんすごく強いと思う。だから、自分の生まれた場所のある、使ってる言葉を話す国のリーダーの人が、自分と同じ国を愛する人をだましてまで自分の利権を守ろうとする人だとちょっと困るんですけど・・・。そいつが愛国心愛国心って言ったって、なんか民族差別人種差別もしくは忠誠心忠誠心って言ってるようにしか聞こえなくて・・・・。
そもそもなんかあいつなんとなくキモイし・・・(それは関係ないですね・・・)

そのすかしたパチンコ屋から帰って即座に、だらだらと日本の庶民的週末生活にもどる。

今回のモナコ行きの直前は、左手の震えが一日中止まらなくなるほど疲れていて、左手の震えが一日中止まらないという症状の「左手の震えが止まらない病」にかかっていたので、ちょっと向こうで体力的に大丈夫かな・・・・?と心配していたんだけれど、何とか乗り切ったと思ったら、やっぱり踏ん張っていただけで、帰国したらヤバイくらいに眠いしやはり震えが始まり両手にまるで力が入らない。おまけに記憶力が急激に衰えている。
じゃあ、帰ってきてもがんばれ、ってことだけどさ(笑)

今日、土曜日は、時差ボケにもかかわらず、普通に十時くらい(普通じゃないね)に起きて、洗濯したり・・・・ん?洗濯したりなにしてたっけ?ねた?そう、寝たね。帰りの飛行機で読み始めた村上春樹訳のグレートギャツビーを読んでいたらうとうと。四時頃まで寝てしまう。その後は洗い物したり・・・・ん?洗い物したっけ?・・・いま確認した。してた。
ギャツビーは大学生の時一度読んだ。やはり村上がノルウェイの森の中で言及していたからだ。そのときはそれなりにおもしろかったような・・・。その後、三十くらいになってもう一度読んだ。おもしろいというか、これはなんか精神的態度みたいな物に影響を与える小説だとおもった。村上の本のように。
で、村上春樹訳を読んで、印象が変わるだろうか。

やっつけなくてはいけない仕事がいくつか。いくつかメールしなければいけない。マニュアル作らなくちゃいけない。
明日するか・・・力が入らないなあ、きょうは。それというのも地中海のパチンコ屋での疲れがまだ・・・。

来年はツアーとかじゃなくて、なにかじっくりつくったり、考えたり、お勉強したりする年にしたいなあ・・・・と。

と言うことで、たったいま、世界の中心飯田橋に戻ってまいりました。
疲れまくりです。

世界の中心より遠く離れた国にある、とあるホテルの部屋、一泊550ユーロはこれです。たいした事ねえ部屋なんだ・・・これが。このホテルの中では最低ランクだと思うよ。550ユーロなんて。
ベランダからみたところ。寒いです、外は。

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これがモンテカルログランカジノ外観。
結局カジノには行きませんでしたよ・・・。
フェアモントのカジノを偵察に行ったんだよ、インド人と。そもそもボードゲームのルールは知らないし、スロットなら・・・と思ってよし一発やろうと、したんだけど、スロットの仕組みもわからん(笑)ラケシュと二人で、ああでもないこうでもない言いながらマダムのやってるのを眺めていても一向にどうやれば勝ちなのか負けなのかさえわからん・・・・。これでは完璧にカモ、無駄金垂れ流すに決まってる、と思ったので、やめました。どうも、最低5ユーロかけなくちゃいけないみたいだし・・・。
パチンコもスロットも麻雀もポーカーもチンチロリンもやらない俺にはハードルが高すぎでした。

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いま、アムステルダムのスキポール空港です。一時間の遅れで、四時までゲートが開きません。いま二時くらい。六時間待ちのところが七時間待ちになりました。
アムステルダムの町中に出てみようと思ったんですが、もうそんな時間はありません。

今朝は四時にホテルにお迎えが来て、六時十五分ニース発アムス行きの飛行機に乗りました。ジュンちゃんと松本さんにしかわかりませんが、あのインド人の学者先生とずっと一緒だったんですよ・・・・。同じ飛行機。
で、ずっと質問攻めです。ものすごい勢いでメモ取りながら、いろいろ聞かれました。いつもなに考えてるのか?あれについてどう思うか、あれはどうなっているのか、どんな風になにをするのか、舞踏についてどう思うか、歌舞伎についてどう思うか、日本のモダンダンスはどうなのか(そんなのしらねえよ俺、と答えておきたかったけど一応、一説ぶってみました)、なに食ってるのか、・・・等々。スキポールでも彼の登場時間の十二時半くらいまで、延々インタビューです(笑)トータル5~6時間。プルシャルタについての論文書くとか言ってましたけど・・・どうなる事やら。もう七十後半のおじいさんですけど、好奇心旺盛な方です。トリシャブラウンに昨日インタビューしたらしくて、その話をいっぱいしてくれました。
で、アムス市内に立ち寄る計画が崩れた、と・・・。まあ、仕方ないですな。いい時間つぶしになりました。

昨日の最終日は、朝からジャイのダンスワークショップ。十人くらいだったかな、参加者は。まあ、参加者のレベルはそれほど高くなかったですが、みんな熱心でした。女の子ばっかり。俺は、することないので、写真とったりCDを取り替えたり・・・。
昼過ぎに終わって、例のごとくハーバーへ行って昼飯。ケバブ屋がでていたので、ケバブを買って食うことにしました。ケバブって言うか、ドイツやらフランスやらのやつに比べて、なんか洗練されすぎた・・・なんて言うか、コンビニで売ってるみたいなやつでしたけど。
その後、ジャイとラケシュがパレスをみていないというので、なぜか全く興味を示さずホテルに帰ると言い張るラケシュを強引に引きずってモナコ岩に登りました。美術館の前にあるイタリア大使館?の様なところを通りかかったとき、なにをとちくるったかジャイがづかづか入っていってしまうので、ジャイ、ヤバイよ、ジャイ!そこヤバイよ!警察みてるよ!と俺がささやくそばから、案の定ポリスがやってきて職務質問。だから言ったこっちゃない。俺たち見た目危ないんだから(笑)日本人丸出しの俺だけだったらまだいいけど、彼らは・・・・(笑)で、しつこく二〜三十分。身元確認、ホテルの宿泊者リストに照合・・・。ラケシュはびびりまくってました。後で呼ばれるの?いくら払わされるの?逮捕されることもあり得るの?みたいなことをジャイに聞いてましたけど・・・。でも、門を1メートルくらいくぐって「きれいなお花が咲いてるよ!みてみて!」なんてインド人が言ってるだけなのにあのしつこい尋問はないだろう。相当暇なんだよ、あのアホ警官。

夕方からはプルシャルタのプレゼンテーション。ヨハネスが司会をやってくれたので非常に助かった。まあ、内容的には今まで自分がやってきたプレゼンの中で、最低ランクです。客は十人くらいしかいなかったけど。ほとんどの人、作品見てないって言ってたし。

その後、ヨハネスやらクリスやらマークコーネリア、なんかいろんなところでいつもよく見るメンツとアイリッシュパブへ。ギネス一杯飲んだ後、となりのピッツェリアでピザくって、グリマンデルシアターっていうフェスティバルのメインシアターへ、トリシャブラウンとビルTジョーンズを見に行く。
ライブでモーションキャプチャーをやってるらしい。ものすごい金かけて、ものすごく少ない効果(笑)作品つまんねえし、ふりつけつまんねえし、全身赤タイツと青タイツだし(笑)なんだそりゃ・・・と。
例の学者先生によると、トリシャブラウンさんも技術と効果に関してはあんまり満足していないらしい。とても正直に語っていた、っていってたけど。
完成させる時間がなかったとか、お金をかけすぎたとか、技術者に結果を求めてもレスポンスが悪いとか・・・・たとえば、こういう映像がにゅるっとでて、それが何とかの形にぐわーっとかわって、ささささっと行くみたいな、そんな指示をしても結局出来てきたためしがないんだそうである。舞台面に半透明スクリーンが掛かっていて、そこにモーションキャプチャー(体にたくさんピンポン球つけてんだよ・・・だせえ)でコントロールされているらしいもやもやした抽象的な映像が現れたり消えたりしているんだけど、なんかそのもやもやがどどどっと具象的な絵に変わったり・・・とか、そんなのをいろいろ求めたんだそうだ。でも出来なかったと。まあ、なにが出来てなにが出来ないか知らないんだろう。どんな技術なのかろくに知らないから、もしかしたらこんな使い方も出来るんじゃないか、こういう風に使ったらいいんじゃないか、というような積極的に技術とコミュニケートしていくイメージも持てないんだろう。金使ったのになあ、とか、もっと時間があれば何とかなりそうだ、とかいう前に、赤タイツと青タイツ、例のペタペタ走り、何とかした方がいいと思ったけど。
まあ、モナコの観客の皆さんには異様に受けが良かった様に見受けられたが、どういうわけ?ああいうのが好きなのかね。一緒に飲みに行ったアーティストたちは、ケチョンケチョンに文句言ってたけど。

最終日に付き添ってくれていたメラニーが、実はモナコダンスフォーラムにはちゃんとフェスティバルカフェというかアーティストのミーティングポイントが設定されていて、毎晩みんなそこで一晩中呑んでるんだけど、何で松尾は来ないの?そんなにビールが好きなのに・・・?と言い出す。
なに?それ?今はじめて知ったんですけど。だれだ、情報をストップさせてたのは?ラギニか?!インドチームにはアテンダントの女性がずっと付いてお世話をしてくれてたんだけれど、なぜかいつもどこのフェスティバルでも日本人チームは野放しで誰もかまってくれない(笑)メラニーはもちろんインド人たちには初日に知らせたんだろう。たぶん、ラギニやインド人ダンサーたちには、そんなカフェの事なんて全く興味のないことで、もちろん俺たちも興味ないと思っていたんだろう。ダンサーのだれもいってくれなかったし、ジャイも知らなかったんだから。それはがっかりである。(インド人たちは、朝早くからリハーサル、ステージを終えるとホテルの部屋にこもって寝るだけの毎日だった)
ならばと言うことで、最後の晩、出発まで三時間ほどを残した遅い時間にいってきましたよ。せまーいカフェにみんなぎゅうぎゅうになってトリシャブラウンの作品の文句言ったり、誰がどこでどんな技術をどんな風に使っていたよとか、どこの国がおもしろいとか、誰がすごいとか・・・・俺がすごい!とか自慢話したり。はじめの夜にここ知ってれば、俺も自慢話の一つや二つしてきたのに・・・・。まあ、俺がすごいとはいえないけどね・・・、日本の若手のメディアパフォーマンスはすごい、って宣伝をしたかった。おまえらオタクなめんなよ!とか(笑)ああ、悔しい、残念。もう後はなし・・・。
ビールを二杯ほど飲んだところで疲れも限界に達し、電池切れを予感したので、せっかくだから元気なうちに華々しく(笑)帰ろうと思ってみんなと派手にハグして帰ってきた。

部屋に戻ると、ぐちゃぐちゃになった荷物のパッキング。そうこうするうちに三時。あと一時間、起きていようか寝ていようか・・・迷っていたらうとうとして寝てしまう。四時にタクシーの運ちゃんの電話で起こされて、チェックアウト。

で、例の先生(カレーの匂いのする香水?を付けています、たぶん、そんなような・・・半径二メートルくらいカレーの香りがぷんぷんする)と一緒であることがわかって、マジかよー・・・なんて思っているうちに、今に至ると。

東京に戻ったら、あれだ、CMSのマニュアルつくんなくちゃ。土日で。

もうすぐお迎えが来ます。今、夜中の一時。
部屋は大丈夫みたい。メラニーちゃんというかわいい子が、それはおかしいね、っていってオフィスに連絡とってくれたので、チェックアウトの時に請求されることないと思うけど・・・・。
くわしくは帰国後。
とてもつかれてるみたいだよ・・・、おれ。

12月13日水曜日、午前8時44分。ちょうど朝飯から戻ってきたところ。隣で食っていたオヤジが、ウェイターに10ユーロのチップをやっているのを目撃。そのくらいくれてやるもんなんですね、チップって(笑)

昨日は、どっかいっちゃったジュンちゃん以外の残るメンツ、松本さんとジャイとラケシュと一緒にハーバーにあるカフェでくったあと、ホテルに戻りすぐに故郷パリに向かう松本さんとはお別れ。

残る我々三人は隣町フランスのメントンへ向かう。ここは、リタイヤしたお年寄りが集まることで有名な町だと言うことです。
で、やはり連れて行かれたのは中学校。十二才の子供たち相手に楽しい授業をしてまいりました。
到着して先生に挨拶すると、俺が日本人だということで通訳に日本人のマダムを呼んでくれるという。いらしてくれたのは藤本タカコさんという方。こっちに来てもう二十五年になるということ。三人の娘さんがいて、一番下の娘さんがこの中学校に通っているのだという。とてもきれいなフランス語に神戸なまりの日本語で、(たぶん)とてもわかりやすく通訳してくださいました。
子供たちは我々のパフォーマンスをみた学校の一つの生徒さんたちだったので、それは話が早いと言うことで、いくつかプルシャルタのネタの中から子供の興味を引きそうな物を紹介して遊んでもらう。そういう方面に小一時間かかってしまったので、ダンスを習ってる(主に)女の子たちが残って、ジャイにはダンスのことを質問大会。なんだか鋭い、まじめな質問が飛び出しまくっていた。先生もなんだか盛り上がってるし。でも、ダンス?なんだよそれ、みたいな感じのガキたちは、わーわー言いながら俺のラップトップのぞいていたとおもったら、わーわー言いながら外に遊びに行ってしまった。まあ、どこのガキも一緒です。

六時からなんだか立派なホールに連れて行かれて、カンヌジュニアバレエやら、スペインの何とかジュニアバレエやらチュニジアの何とかジュニアバレエのショーケースを見る。
まあ、ああいうもんなんでしょう、バレエとかって。若者たちだけあって、ちょっとヒップホップっぽい動きを取り入れたり・・・・でもそれが逆に痛々しかったり(笑)ちょー白人の兄ちゃんがインド人みたいなかっこして、エキゾチックな音楽にエキゾチックなポーズなんかを取り入れたバレエを踊ってたり。ジャイとラケシュは苦笑い(笑)すごい技術に、痛々しいほどトンチンカンな志。ジュニアバレエの若者たちからみたら、俺の方がトンチンカンな志を持っているように見えるんだろうけど。
伊藤千枝みたいな振付のスケスケ衣装のエロい女の子三人組と、最後の鼓動の和太鼓の音を使った作品はおもしろかった。あ、最後のは踊りが云々じゃなくて、音がね。踊りも盛り上がってたけど。でも、あのバレエの人達の舞台袖へのハケ方、なんとかなんないのか?しらける。ぺたぺたぺたぺた・・・って(笑)
あ、そうだね、こないだの新国のdance exhibitionみたいな公演でした。

部屋に戻ると鍵があかない。ものすごく苦労してたどり着いた部屋のまえまできて鍵が開かないのは非常に残念である。このホテルは、エレベーターから部屋までの距離が異様に長い。迷路のような窓のない廊下が延々続く。延々。冗談抜きで、エレベーターから俺の部屋まで百メーターはある。その長い道のりを戻ってフロントに行くと、超ショッキングなことを聞かされた。
なんと、俺はすでにチェックアウトしているのだそうだ。モナコダンスフォーラムは前日の分までしか払っていない、と。で、もし後二泊したいのなら、自分で払ってもらいます・・・・だと?絶対あり得ない。ぜったい。何かの間違いである。
このホテル一泊いくらするとおもってんだ。550ユーロですよ?二泊で1100ユーロですよ?二泊で170000円!あほ・・か。
俺はモナコダンスフォーラムに頼まれてガキにも教えに行ったし、今日はこれからワークショップ二本やるし、おい、どうなってんだ?それでも自分で払えと言うなら、もう帰るよ。
オーガナイズがむちゃくちゃだ・・・。迎えに来るはずの車がいつも一時間平気で遅れてきたりとか・・、ここはどうなってんだ?


この国です、おかしいのは。
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モンテカルロ通信第二回目。
まず、なにが言いたいかっていうと、頭が痛い。
いま、12月12日午前10時半。ホテルの最上階にあるレストランで朝食を食って部屋に戻って来てちょっとだらだらしているところです。ついさっき、松本さんは駅にチケットを買いに行きました。今日の夕方にはパリだそうです。
今日が最終日のジュンちゃんは、張り切って植物園見学に行きました(笑)鍾乳洞みて、その後ニースに行ってくるそうです。若いってすばらしい。
で、俺の今日の予定は、午後からどこか学校につれていかれて、ワークショップというか何というか・・・・なにするんだろう?どうも、ガキ向けらしいんだよね・・・。それが5時くらいまであるので、まあ、どこもいけませんな。
観光は昨日の一回目のパフォーマンスと二回目の間に済ませました。間が四時間以上も開いていたので。宮殿があるモナコ岩のに登ってアホな夜景を眺めてきましたよ。
上から眺めると、なんかすげえアホなところだなあ・・・・と。ハーバーには、映画でしか見たことないような、超豪華なクルーザーやら(もちろん個人所有でしょうな・・・)、超豪華客船が停泊してるし。すれ違うおじさんたち、普通に蝶ネクタイだし(笑)ここに住んでる人達の中で、「あ、もうこんな時間じゃん終電ぎりぎりだよ、仕事おわんねー」とか毎日いってる様なひと、一人として想像できないし・・・・。

で、肝心のパフォーマンスですが・・・・。もちろんうまくいきましたよ。評判も上々なようです。
一回目、昼の公演は・・・・客がほとんど中学一年生だけでした(笑)というのも、どうも、昼間の公演は学校行事の一つとしてやらされたらしいんだよねえ・・・。プログラムに載っていないのに昼の公演があるって言うから、おかしいとは思っていたんだけど。でも、そういうのはいいとおもうよ。国が全面的にサポートするかわりに、学校教育の一環に組み込むっていうのは。未来の観客をゲットするためなら、喜んで子供たちのためにだけだってパフォーマンスします。
しかし・・・本番中、べちゃくちゃうるせえし、いちいち舞台上で起こることに反応してガーガー言ってるし。(どのネタに反応するのかわかりやすいからいいんだけど)
私語禁止・・みたいなこと始まる前に先生が言っていたにもかかわらず、そんなもの守るわけねえな、あのガキたち。
で、見るからに金持ちのガキという感じで・・・・モナコつまんないから、親に頼んで外国からおもしろいやつ連れてこさせたみたいな感じが・・・・。

夜の公演は、ガチンコです。ほぼ満員。三〜四百人はいたかな。客席には知ってる顔も何人か。クリスジーグラーにケイコさん、アムスからは昔ドゥシャテルとコラボレーションした時お世話になったユーリダンスのヤープやら・・・。ノッティンガムのヨハネスベリンガーは銀河鉄道スリーナインのテツロウみたいなマントと帽子で現れた。などなど。どうも、みんな浮かれてるんじゃないか・・・モナコだからか・・・。
内容は、まあ、いつも通り。つまり、もちろん、いい仕事したって事ですよ(笑)
タイムカウント出しようのマックがおかしくて、なんだかちょっとタイムがよれまくっていたんだけど、まあ、落ちることもなく・・・・。
終了後、結構な数の人が声をかけに来てくれる・・・。でも、終了後即撤収っていうのは、あれだね、観客と話す時間がない。結局撤収が終わる頃にはみんな友人たちはどっか飲みに行っちゃってて、荷物をホテルにおいて教えてもらった店を探しに行くとレストランはもうおしまい。みんな帰っちゃった後で合流できず。残念でした。
せっかく用意してきた資料を渡す機会がないんですけど・・・。頑張りますけどね。営業も。営業担当が別部隊で動かないと、駄目だね、こういう機会は。忙しすぎ。

さあ、今日は、ちょっとスロットマシーンでもやってみるかな・・・

カジノにはいってません。ホテルはいるとカジノがどーんと待ちかまえています。ラスベガスのようです。行ったことないけど。
しかし、ここは、この国は何って言うか・・・・、浮かれすぎです。おもちゃの街のようです。大人のおもちゃ。フェラーリ走りまくってます。ディオールとかシャネルとかのグラサンした金持ち大杉。お姉さんの毛皮率が異様に高いんですけど・・・・。とにかく、ここに来たいひとは、お金持ちになってから来たほうがいいです。

とまってるホテルはすごいところです。フェアモントモンテカルロ。海見えまくってます。朝焼けが・・・・。

インターネットにはなかなかつなげません。忙しいということもあります。
部屋にどこからかwifiがはいってきました。アンテナちびっとしかたってません。いつキレるともわからないので、簡単に報告。
今朝八時です。これから朝食に行ってきます。
出勤は八時四十五分。昨日の出勤は七時半。おかしい。早すぎ。もちろん、ホテルと劇場の往復だけです。モナコじゃなくてもいいです。劇場の前に、雪の山が出来てます。どっかから持ってきたらしい。雪をみたいな・・・どっかから持ってきて!金は出すよ。みたいな感じでしょうか。

仕事は順調です。ジュンちゃんに少し練習が必要なくらいです。

おとといインド人たちが見に行ったパフォーマンスには、お姫様と王子様が見に来ていたそうです。俺らのパフォーマンスには・・・・まあ、来ないでしょうな。

今日は本番二回です。終わったらすぐインドチームは帰ります。観光なんてしてませんよ。もちろん。そんな時間ないです。かわいそうに。まあ、糞おもしろくもない国ですが。特に我々貧乏人には。
きのうの夜は、インドレストランで、ビリヤニ食いました。それは十五ユーロくらい。え、ビリヤニとキングフィッシャーで十七ユーロくらい払ったの・・・?

今晩、またどこからか電波が来てたら、また報告します。

目下の悩み事といえば、モンテカルロカジノに着ていくためのスーツを持って行くか行かないか・・・とか・・・。っていうか、なにを寝ぼけたこと言ってるんだ。絶対カジノなんて行く暇も資本もないのはわかっているんだが・・・でも”モナコ”と聞くとちょっと浮かれてしまうでしょ・・・・。
松本さんは明日からおフランス入りするらしいが、俺は九日に・・今回は新メンバーの小柳淳嗣ちゃんを引き連れていってまいります。プルシャルタ今年最後のどさ周り。今まで無理をおして一緒に回ってくれた超多忙な濱中さんの都合がとうとう付かなくなってしまったために、若者にピンチヒッターを頼んだわけです。
九日の深夜十二時に到着して翌十日に仕込み、十一日に二回本番。十二と十三日にカンファレンスやらワークショップ。十四日の朝六時発の飛行機に乗る、ってことは最後の夜は寝られないって事だね・・・。全然モナコでもどこでも関係ないじゃん・・・。本番終わった後の十二日と十三日が、それほど忙しくないことを願うばかり。でもせっかくダンスのお祭りだから、いろいろ人脈作りなんかもしなければいけないんだろうなあ、営業ってやつか・・・。ん?そうだ、宣伝材料持って行かなくちゃいかんな・・・。
明日はまたメディカルデバイスで、そのあとカセちゃんと酒飲みに行く。
準備する時間ねえじゃん・・・。

今日もちゃんと仕事に行きましたよ。十一時に。十一時の約束が十一時十五分になっちゃったけど。
昼飯は、五百九十円のサービスランチ食いました。他の飯屋と比べて格段に安い。で、結構うまい。
出張作業は六時までだったのだけれど、前半気合い入れすぎたか五時半にはもう集中力がなくなる。
もうそうなると全く能率が上がらずに、ただ三十分いろんなところをクリックしまくるだけである。
プルシャルタ欧州ツアーの経費の精算をしに松本さんがボールに来るというので、事務所へ向かう。
九時半頃帰宅。のだめカンタービレっていうテレビドラマを途中から見る。なんだろあのへんな女。
スマップスマップもみちゃう。そのへんな女とやたらいい男が飯をむっちゃ食ってる。超食ってる。
そのあと、うちは夫婦でラム肉を食う。超食う。腹一杯になったので食休みした後、風呂にはいる。
で、これを書いてる。十二時二十分くらい。もう疲れたから寝よう。

ポーランドで、やたらこいつ見かけたんですけど、これ、なんて言う車?
トーマスはこいつにでっかいエンジン乗っけたラリー仕様のやつに乗ってたことがあるって言ってた。

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12月3日、日曜日。

と、今書いて気が付いたのだけれど、一つ年下の妹の誕生日だ。おめでとうございます。
ずいぶん書いていなかったんだねえ。11月22日からは、もう十日もたつ。十日もたつというのに、二日くらいしかたっていないように感じる。それはなぜなら、忙しかったから。プラス、規則正しい生活を送ったから。
某メディカルデバイス屋さんのWebをやらせてもらって何年にもなる。この十日間、毎日通って出張作業。もうすぐおわる。踏ん張りどころである。
赤坂の高層オフィスビルの中のちっこい一室でふんばりながらも、プルシャルタの日本公演実現に向けた努力も怠らなかった。えらいなあ俺にしては。木曜日には久しぶりにインド大使館にいって話を聞いてもらった。どうにかなりますように。金曜日には不確定要素満載のまま交流基金の国内公演助成プログラムへ申請。なるべく早く、ICCRの方と話をまとめなければいけないな。とはいっても、来週末からはモナコ行きなので、ほんとに年の瀬ぎりぎりにしか動けない。今日はこれからジャイとラギニに相談してみよう・・・。

二日土曜日は、かみさんと二人で六本木にビルヴィオラを見に行ったあと、うかれた方々でいっぱいの六本木ヒルズをぶらぶらする。ほんとは、駅前で撤去されたかみさんの自転車を収集所まで取りに行くはずだったのだけれど、ついビルヴィオラに時間をとられて、閉所時間に間に合わず断念。
ビルヴィオラは、ずいぶん前にどこかの美術館でいくつかみたときの印象で、全部ハイビジョンじゃねえか・・くらいの高解像度のイメージがあったんだけれど、そうでもなかった。最近作は高解像度だったけど。そりゃそうだね、古いのはそんな解像度高くできないよね。でも、スクリーンの仕上げとか、展示とか、とても勉強になりました。あと、撮影。すばらしい。
でも、まあ、全体的に、ヤバイ感はなかった。

今日日曜日は、ほんとはIKEAにいこうと思ってたんですが、さっき遅く起きて飯作って食って、食休みにごろんと横になったら、別にいかなくていいか・・・特に買う物もないし・・・ということで、かみさんはお疲れのご様子でぐーぐー寝てしまったし、天気もいいですけど、家でごろごろすることにする。
何かやらなくちゃいけないことがあったような気がいつもしているんだけど、なにもしないことにする。明日出来ることは今日しない。

Internet ArchiveにAcid Mothers Templeのライブ音源が大量にあったのを見つける。あとで、垂れ流そう。そういう気分の時に。
でも今日は、トーマスからもらったいくつかの北欧系のエレクトロニカみたいなのとかジャズみたいなのとか聴いてる。
たとえば、Sidsel Endresen & Bugge Wesseltoftとか。ああ、こういうの、いいね。冬は。確かに、北欧にはこんな音が流れているようなきがする。Esbjörn Svensson Trioがやってる演奏も、なんだか寒い冬に暖かい部屋の中で演奏している様な音に聞こえる。久しぶりにStina Nordenstam聴いたら、ものすごい良かった。

きのう、ルブリンのホテルの部屋に忘れてきたカメラの充電器とクレードルが送られてきた。やっと、充電できる。写真が取り込める。
ということで、写真もアップする。
あ、ルドがパリに帰ってしまった。先週末はビブラビでお別れパーティー。そのパーティーの模様。・・・と思ったが、なんだか、皆さんの顔がものすごい写真ばかりなので、アップできません。
その代わり、ルブリン城など、北の国からの写真をすこし。

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どことなくインドっぽいとインド人も言っていたルブリンの市場。

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おまけ
-2℃のポーランドで、重装備をするインド娘。ヘマ。

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さらにおまけ

これはポーランドではありませんが・・・。
ボローニャの肉屋。動物とはいえ、死体で遊ぶのはやめてください。

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