2007年1月アーカイブ

29日、月曜日。
ちょっと遅く起きてしまって失敗。目覚まし時計三台ピピピピなりっぱなしでもへこたれずに寝続けたらしく、起きると十時半であった。
ちなみに三台の目覚まし時計の電子音は見事に同じ音である。しかし、長年聞き込んできた耳にはそれぞれの目覚まし時計のボディーの鳴りなどによる微細な音色の違いが聞き分けられる。それが微妙にずれて鳴り始め、しかも微妙に(本当にわずかに)BPMも違うために、ライヒのモアレみたいに、何というか・・・音楽?を奏でている。寝ぼけた頭の中にうねりまくる見事なピピピピ三重奏に聞き入ってしまうこともしばしばあるんだけれど、やっぱり、目覚ましのピピピピは、うざい。

なんかいろいろ些末な用事を片付けて、「さて、このメールを書いたら出かけよう」と思うも意外と長引き、仕事場に行くのが予定より遅くなる。

NHKスペシャルは、三夜連続でインド特集。明日が最終回。きょうは放送開始に間に合うように駅から超早足で帰ってきました。
すごいよ。見逃した人は、是非再放送で。

インドの観光局のキャッチフレーズは「Incredible !ndia」
・・・・まさにその通り。

19時。サザエさんが終わる時間。
結局今日もどこへも出かけず。
昨日の夜、ゆきちゃんが来て三人で鍋を囲む。そのままお泊まり。久しぶりに賑やかな週末。

MTVでU2のWindow in the Skiesのビデオが流れて、つい見入ってしまう。はじめはなんかいろいろつないだなあ・・・と思ってよく見ると、すごい・・・。口元に注意。これ、よく編集したね・・・。
アクトンベイビーのころ(ずいぶん昔だな。つい最近のような気がするけど)、ボノがロックンロールの紋切り型の言い回しをつかって歌詞を書くことがおもしろくて凝ってるんだ云々・・・なんて、言っていたような・・・。コンピュータにクリシェをため込んでいるんだとか・・・。


えーと、特に書くことはないんだけれど。土曜日午後二時半。十時頃起きて、シンクにたまっていた皿など洗い、そのままトマトソースパスタを作り、食い、掃除、洗濯などをし、土曜だというのに出勤する妻を送り出し、シャワーを浴びて、いまは超気分がいい。そんなに寒くない。今日は。
目の回りにできた疱疹も収まってきたようだ。

今週は体調も気分もよくなかったので、よく理解できないまま時間だけ過ぎた。昨日の朝、昨日が金曜日だと気がついたとき、昨日は月曜日じゃなかったか?と、本気で思ったほどだ。非常にサイケデリックだ。

今日も、どこへも出かけないつもりだ。あまり人にも会いたくない。一人でビールとか呑みたい。買いに行こう。

明日は、かみさんと六本木へ行ってみようと思っている。新国立美術館、だっけ?それとか森美術館とか。
そのくらいの外出で、精一杯。

久しぶりにアタカラリからメールが来る。七月のはじめにアムステルダムのユーリダンスフェスティバル・・・とのことだ。以前Nestとクリスティーナのコラボレーションで行ったところだ。ヤープが声をかけてくれたんだろう。
九月には東京でプルシャルタ公演が実現できるように進めている。これは、どうなることやら・・・。いろいろややこしいことが多いのだ。まあ、何が問題かといえば、だいたい俺の能力の問題なんだろうけれど。こういうのは人のせいにしがちだ。よくない。
しかし、プルシャルタツアーは・・・・長びくなあ・・・。
ほかの予定とぶつからなければいいが・・・。

銀行へ立ち寄って、かみさんがなくしたキャッシュカードの再発行を申請しようとするが、書類の不備で受け付けてもらえず。先日受けた説明どおりにしたにもかかわらず。いつもだったら、そんなことで頭にこないんだが、とげとげしく係のおばさんに当たってしまった。自分のその態度に驚く。ちょっと、係のおばさんの意味不明にいつもテンパってるような態度にいらついたのかもしれない。
思っているよりもずいぶんストレスがたまっているんだろう。どこかはけ口を探しているのかもしれない。聴きたくなる音楽も、爆音のロックンロールだ。しかもちっとも商業的じゃないというか飾らない素朴な音がいい。初期衝動だけの音。音楽っつうよりも暴走族みたいな爆音。感情移入も芸術的感慨もないような。で、昨日はストゥージズを聞きながらチャリンコを走らせる。
帰宅するとかみさんが親子丼を作って待っててくれる。ニュース番組を見ながら親子丼を食う。
非常にますます保留された一日。何も始まらず、何も終わらない。さらに一日の終わりにかみさんとちょっとした諍い。
なんだろう。激しい肉体労働とか、やった方がいいかもしれない。スポーツとかじゃなくて、労働。
体は疲れていないんだけれど・・・・
時々、疲れていると、(というかこれが疲れの原因なのかもしれないが)この少年の声が頭の中に響いてくる。すると眠れなくなる。以前、ここに書いたことのある少年。人の声とは思えない声を出しながら俺にむかって叫んでいた。握りしめたデジカメのファインダーものぞかず、腰の位置でシャッターを押した。もちろんそんなのはあそこでは特別じゃない。いつもは素通りだ。こうして物乞いしている最下層の人々の中では、ましな方かもしれない。でも、この少年が忘れられない。
こんな写真、あげてもいいんだろうか・・・。

syounen.jpg

そして、着飾った少女。彼女も俺をずっとみていた。彼女の場合、ただ俺が珍しかったんだろう。この女の子は、前にもアップしたような・・・・。

syoujyo.jpg

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一月二十三日火曜日の日記。
朝八時半頃起床。あんこの残りがあったので餅焼いておしるこを作って食う。朝食。餅はハナマサで一キロ199円だったやつ。
午前中、何やってたかよく思い出せないが、ちょっと本読んで・・・、ああ、ここにちょっと書いたな、英文の長文メールを書こうと思って要点を書き出したりして要点がまとまらず自分で何やってるかわかんなくなり土壺にはまって結局書かなかったり・・・

十二時をちょっと過ぎたところでうちを出てチャリンコで事務所へ。途中、99円ショップで104円のカップ焼きそばを買う。昼食。
一日中、某サイトリニューアルのためのCSS調整。十時頃まで。後半集中力が続かず、問題一つ解決するごとに、ネットでくだらん情報をだらだら眺めたりして。

かみさんから、電話で、スーパーデラックスでやってるイベントにこないかというお誘い。なんでも、詩の朗読らしい。クリス・モズデルといえば、YMOの歌詞なんかを書いていた人だってことは覚えている。日本で活動していたんですね。
たまには外に出てみないといけないなあ・・・とおもいながらも、断念。
かみさんは、帰りにマリオとリカとラーメン食ってきたというにもかかわらず早く帰ってきたので、まあ、あんまり長居して楽しいようなイベントではなかったんだろう。

帰宅後、とりあえずアーリオオーリオをつくり、栄養とらなくちゃ免疫力が落ちるなあ、とかぶつぶつ言いながら冷蔵庫に適当にあったものもぶち込んで炒めてパスタに絡めて食う。ビールがのみたかったが買ってこなかったのであんまり好きではないがブランデーをちょっと飲む。冷蔵庫にあった昨晩の残り物のニラ玉をくったら腹をこわす。
一時半頃就寝。四時頃、激しい腹痛を感じトイレに起きる。ノロウイルスってやつだろうか?と思ったけれど、朝起きたら、何ともなくなっていた。
目の回りに出たのはヘルペスだろう。人にうつさないように気をつけなければ。

納豆のデータねつ造云々で問題になってるけど、あの、スピリチュアル何とかっていうのとか、やめた方がいいよ。何でふつうの人生相談じゃいけないんだろう?青少年にあんな福々しい顔で・・・・影響力強すぎると思うよ。
UFOとか心霊写真とかノストラダムスとか全盛のころ多感な少年時代を送った人々が、オウムとか新興にせ宗教にはまっていったんじゃなかったのかな・・・。
でも、テレビのメディアとしての信頼度っていうの?そんななかったよなあ。誰もアルアル辞典の内容なんて眉につばつけてみてるもんだと思ってたよ。少年ジャンプとかにのってる睡眠学習の教材キットの効果を疑うくらいには。

あー、なんかインドに行きたくなってきた・・・。寒くてやってられん。
2004年、2005年、2006年と、三年連続で冬にインドへ行っていた。インドから帰ってくるとすぐに春が来る感じだったので、寒いのももう少しのがまんだ、インドへ行けば寒さに凍えることはない・・・と自分に言い聞かせて我慢できたんだが、今年はもう限界・・・・・。逃げ場がない。
逃げ場がないつらさで思い出すのは、十九歳の時、鑑真号で上海へ行ったときのこと。二泊三日の船旅だったんだが、初めての船旅のうえに海は大荒れで即船酔い。泥酔である。三日間吐きまくった。船の中で知り合った怪しい親父が、船酔いに苦しむ俺をみて、「船酔いを直す方法知ってるか?」ときく。「すいません、教えてください、なにぶん初めてなもので・・・」とわらにもすがる思いで聞くと、「酒を飲みなさい。気分がよくなるよ」と若者たちと輪になって回しのみしていたウイスキーのボトルを渡してくれた。がんばって何口か呑みましたよ。で、しばらくさらなる気持ち悪さにウイウイいってると、例の親父が「で、まだよってるか?でも、それ船酔いじゃないぞ、酒酔いだ。ははははは・・・・船酔いから解放されるには、船から下りることだけだよ。でもむりだねえー。今、海の真ん中だから。」
中国ついたらぶっ殺してやる・・・、と思った。

寒い、寒い、ということ以外、生活に何も特筆すべきことはありません。
相変わらず、抵抗力が大変弱っているようです。


左のまぶたがぴりぴり痛いので免疫力が下がってるようだ。
特に書くこともないのだが、まあ、どんな状況だと免疫力が下がるか、気分を記録。

例のごとく、週末にやろうとしていたやらなければならぬことどもは、ほおっておかれたままで、ただ寒い寒いといいながらやらなくちゃやらなくちゃと、いっているうちに週末が過ぎる。
土曜は水戸の実家から、両親がそろって弟夫婦の子供の誕生日を祝うために上京をした。らしい。我々飯田橋家も目黒へ来たらどうだ、との誘いを受けたが、迷ったあげくにさて出かけようかという段になって、もう夕刻であることに気がつき断念。その間何をしていたかといえば、別にたいしたことをしていたんではなくて、自分の生活を理解しようとお役所的に煩雑な書類などに目を通してうんうんとうなっていたのである。
あまり時間の使い方がうまくないのと物事の理解が遅い方なので、他人様が一時間もあればできることに、俺は週末を費やさなければいけない。非常に残念だ。

雪が降るかと思ったら、そうではなかった。いっそのこと、一メートルくらい降り積もってしまえ、などということを本気で考えられるのも、俺があまり社会的に生きていないからだろう。

納豆をくえばやせるとかテレビで特集したとかで、どこのスーパーでも納豆が品薄状態だったが、どうも情報源であるテレビ番組はインチキだったらしく大騒ぎになっている。
メディアとして信憑性というか信頼できるものを選ぶ目っていうのはみんな持ってるはずで、たとえばインターネットにはとんでもない情報やら嘘がいっぱいあるし、電信柱の張り紙なんかはどうにも信用できないし、雑誌にもいろいろあってインチキなダイエット情報ばっかり載せているもんもあるから、眉につばつけて接することを自然にしている。メディアにも信頼性のレベルっていうのがあってさ・・・。
こんなことがあるとテレビが信頼できる情報を提供するメディアだということを誰も思わなくなっちゃうよねえ。
テレビっていうメディアに対して無防備である人が多すぎるってのもあるけど。

日曜日は、サムペキンパーのワイルドバンチをテレビで見る。すげえおもしろかった。皆殺し映画。殺伐としている。
もうちょっと、人物描写が殺伐としてくれていたら、っつうか感情移入できないくらいに突き放した人物描写だったら、今の気分の俺好みだ。いや、結構突き放してたかな・・・。とにかく、おもしろかったです。殺伐としてて。殺伐好きの人は必見。最後の皆殺しシーンのまえの、「lets go.」「 why not?」な気分ね。

まあ、とにかく、クソ食らえ!みたいな気分な訳です。

去年のいつ頃だったか、iPodがぶっ壊れた。ハードディスクがかちゃかちゃいうようになり、基本的にはシステムを読み込まずにフリーズ、動いても音はとびとびですぐにフリーズ、CD一枚分くらいのデータ以上を読み込ませるとフリーズ・・・というような状態で、使い物にならなくなった。使い物にならないけれど、CD一枚分くらいはたまに何とかなっていたので、音が頻繁に飛ぶのはいらつくけれど持ち歩いたりしていたんである。
で、牧野くんのiPodが同じような症状になってぶっ壊れたが、やけくそで分解してもう一度ふたを閉めたらなんだか直ったみたいっすよ・・・・みたいな神秘的なことをいっていたので、俺もやった。
ら・・・・直った。
少なくとも今のところ調子いい。ただ二つに割って「へえ、中はこうなってるんだ、でも、トランジスタラジオとかならまだしも、こういうのは手も足も出ません・・・」とか独りごとなんかいって、もとどおり合体させただけである。
ぶっこわれたひとは、いちかばちか試してみるといい。
で、昨日は動くかどうか試すためになにげなくiPodにいれたAcid Mothers Templeを一日中聞いていた。おかげで、気が狂いそうである。

深夜、気が狂いそうなままテレビでキューブリックのシャイニングをやっていたので途中からみる。よく見るとものすごいおもしろい。キューブリックは完璧。ああいう仕事ができるような人物になりたかった。
そういえば、ここ何日か、もう一度みたい映画があって、しかし、VHSのデッキが壊れてみることができないでいる。
デニスホッパーのラストムービー。世間では超駄作だといわれているけれど、俺の心のナンバーワン映画である。全てのシーンが世間ではクソ扱いだけれど、全てのシーンが俺の中ではロックンロールである。みていて、全編、切なすぎる。あの混乱と錯乱、破綻。いつか、ああいう仕事ができる人物になりたかった。
あれはもうDVDとか出てないらしいよ。あんなすごい傑作なのに。
キューブリックとホッパーみたいな仕事がしたいなんて、支離滅裂ですね。

深夜、そのシャイニングの裏ではなにやってるのかとおもってスカパーのチャンネルを回していたら、「失楽園」やってて黒木某の裸見たさにシャイニングをみるのをやめる。キューブリックの負け。
で、最後までみてしまった・・・・最低。なにあれ?すげー。複雑な気持ち。なんですかあれ?いいの?なんかものすごい醜い、っていうか、あれはないだろ・・・なんていうの?美しくないし(笑い)美学がない、っていうか・・言葉にならん映画でした。あれベストセラーなんでしょ?ものすごく多くの中年男女に支持された、ってことでしょ?あのお話。なんつうかネットとかで「猟奇犯罪史」みたいなのとか読まされてる気分?あれ、美しい恋愛なの?悲劇、じゃなくて喜劇?いや、珍劇、というか。まあどうでもいいんだけどさあ・・・・、ラストがねえ。つうか、なんか性愛だけ?・・・恋愛じゃないような気がします。男も人妻も素人か?(笑)清潔感がない。去年富山に行った後に読んでみた「風の盆恋歌」もあれはあれであれだけど、それの足元にも及ばん不倫劇でした。

昨日のコメント欄にも書いたんだけど、四谷第三小学校がなくなるという。四谷小学校っつうのが二丁目にできるんだという。
まあ、小学校に通ったのはもうずいぶん昔のことなので、卒業した大学が落ちぶれていくのをみるよりもそれほど感慨はないんだけれど、それでも寂しい。
四谷三小を卒業したのが1982年。その当時すでに一学年二クラス、一クラスに三十人弱。全校生徒で四百人にも満たなかったんではないか。四谷にはけっこう子供はいたような気がするんだけれど・・・・学習院の制服を着た、育ちの良さそうなご子息もいっぱいいたからな・・・。
三年生から六年生まで、クラスのメンバーは替わらなかった。ひどいガキらですよ。鬼の子供たちみたいでした。ああやって育った子供たちが大人になるとこうなるというのが、現在の同窓たちをみればわかります。もちろん、俺はその典型です。ロストジェネレーションとか団塊ジュニアとかいわれてますけど、おまけに我々はあの育ちの悪さですから・・・。俺たちは制服の子供たちとは違うんだなあ・・・なんて、その頃から在野精神をはぐくんで・・・悪くいえば、上流に対して卑屈に生きてきたわけです。・・・まあ、そんなことはどうでもいい。あ、もちろん立派に社会の第一線で活躍しているご学友もいらっしゃいますよ、奇跡ですけど。
で、廃校になった後、あの建物はどうなるんだろう?
われわれが五年生?のころに建て変わった、当時最新の設備を整えた校舎だった。校庭なんか、ゴムでできてた。今となっちゃ当たり前なんだろうけど。でも、そのまえはアスファルトだったからね・・・。
有効利用するっていったって、ありゃどうにもなんないくらい「校舎」だから、どうにもなんないわな・・・・。
あまりにも利用目的にフィットしすぎた建築物は、それ以外の用途に使うことは難しい。でも、思うんだよね。あまりにも利用目的にフィットしすぎていても、窮屈だ。なんだこれ学校か?くらいの建物の中に学校としての空間を学校を利用する主体が作り上げていく方がおもしろいんじゃないかとおもう。別に一組と二組の教室の間取りが違ったっていいじゃん。ものすごく長い廊下が図書室になっていたりとか。ときどき一年生が広い廊下のようなところで授業してたり。・・・・オフィスビルみたいな校舎でも、美術館みたいな校舎でもいいんじゃないかなあ。まあ、消防のこととかあるんだろうけど。

ずっと鼻風邪を引いていて、息をするのがつらい。二つの鼻腔が同時に炎症を起こしていて常時詰まっているので口を開けっぱなしの間抜けな金魚みたいである。

最近sonic youthばかりきいていたら、ともちゃんに四月の来日ライブのチケットがあるからいかないか?といわれる。
ベストタイミング。もちろん、行く。ボアダムスといっしょらしい。なおさら絶対行く。
sonic youthきいてたら、シューゲイザー系の音もききたくなって、久しぶりにいろいろきいてはまった。もちろんマイブラはすげえけど、久しぶりにライドとかジザメリとか・・・・。

で、読んでる本は「森の生活」。ちくま文庫版で再読。

シューゲイザーに超越主義。だめすぎる四谷第三小学校卒業生。


金曜日の夜は、平田ショー太郎君に誘われて、彼のレーベルの新年会へ顔を出す。しかも夫婦で。小柳君も連れて。
なんだかよくわかんないけど、酔っぱらって帰宅。
土曜日は、掃除したり洗濯したり・・・・のあと、駅前から撤去されたかみさんの自転車を引き取りに、新宿御苑横にある回収所まで行く。ところが、回収所入り口まできて、自転車の鍵をポケットからだそうとして、超ショック。ない。忘れた。とおもって、三十分かけてうちに戻る。しかし、見つからなかった。猫が引き出しにしまってくれたのかもしれない・・・。と、一瞬あほなことを考えるが、冷静にこの現実を直視すれば、どっかに落とした・・・と判断。トレメンダスに情けない・・・。
仕方ないので、泣きながらもう一度回収所へいき、おじちゃんに事情を説明して鍵を巨大ニッパーでぶった切ってもらう。
御苑から飯田橋までママチャリこぎながら、非常に心細くなる。いつになったら大人になれるのかなあ・・・・と、子供の頃かけまわった四谷をママチャリこぎながらおもう。
小学校三年生の頃、多機能で巨大な筆箱がほしくて母にねだると千円札をくれた。それを握りしめて三栄町の自宅アパートから四谷三丁目にある文房具屋まで、うかれまくった小三のおれは全速力で走った。目当ての筆箱をレジまで持って行くと、さっきまで握りしめていたはずの千円札がない。ポケットにもない。店の中を探してもらったけどない。結局あきらめて悔しくて悔しくて泣きそうになりながらうちに帰った。寒かったなあ、あのときも。
同じ道を、サドルの低いママチャリこぎながら、同じような情けない気持ちで通り抜ける昭和四十四年生まれ。
(結局しばらくは使い古しの筆箱で我慢した。悔しいからプラモの部品やら壊れた時計の部品なんかを接着剤でくっつけたりして、筆箱をデコレーションして使った。そのころ仲間内では筆箱を宇宙戦艦に見立てるのが流行っていたのである。すごい想像力だった)
途中、子供の頃から大好きなわかばの鯛焼きをかう。外濠公園のわきを鯛焼き口にくわえながらチャリンコをガンこぎ。すげーさむい。小学生のころあのあたりでポルシェの横っ面にチャリンコでつっこみ(もちろん向こうが悪い)強力で巨大な傷をつけて一瞬青ざめ、運転手が出てくるより早く「だ、大丈夫ですー!」と叫びながらダッシュして逃げたこと思い出した。情けない気持ちがさらにアップ。
夜は、テレビでセブンイヤーズインチベットとアビエイターをみる。二つとも実在の人物に関する映画。webで彼らについていろいろ調べたり。大富豪・・・・。

日曜日、今日。ソフトバンク携帯の料金プラン変更やら、神楽坂で買い出しなど。夕方うちへ帰ってシチューなんかを作ったり。かみさんは、年賀状の宛名書きをしている。もう今更、年賀状ではないが・・・届いた方、あまり気にしないでください。ただ本気で年始の挨拶がしたかっただけです。

iPhone、ほしいなあ。アジアでは2008年発売か。いや、ケータイ業界のアジアというのは、インドとかインドネシアとか中国のことでしょう?日本はケータイに関しては孤島だからな・・・・。日本で発売されるのは2010年か。
とはいえ俺にとって、ケータイはメールも電話もほとんどかみさんとのやりとりにしか使わないから、トランシーバーに成り下がってるんですけど。
締め切り間近らしく至急にソフトバンクのゼロ¥何とか割っていうのにするついでに、機種を変更したいなと思ってカタログみたんだけど、どれもあんまり・・・・。
ものに魅力がないと、結局くーまんとかトランシーバとかにしか使わなくなっちゃうんだね。よく忘れるし。
音楽にしかつかえないiPodのほうが、よっぽどさわってる時間長かったりして・・・・
アップルはすごいなあ、と。まあ、何ですごいのか、俺にはわかんないんですけど。確かにアップル製品はみんな魅力的に見える・・・。アップル製品以外のものを知らないからだけかもしれないですけど。
アップルが何か製品を発表するときって、まるでビートルズとかゼッペリンとかプリンスとか、絶好調の時期のロックスターの最新アルバムの発売を待ちわびるみたいな気持ちにならせるし・・・。まあ、最近はミュージシャン一人のアルバムにもそんな魔力はなくなってきてるけど。

腰はだいぶよくなってきました。でも、やっぱり一回あれを体験すると、怖くて怖くて。何をするにもちょー慎重に動くもんだから、まるで自分が九十二歳になった気分だ。そのうち忘れて無理するようになるんだろうけど。

昨日はプチ新年会と称して、四谷三丁目のもつ鍋屋で、九州料理と焼酎。飲みすぎると腰の炎症にじんじんくるのであんまり飲めませんでしたけど、おいしかった。

そんなだらりとしてばかりはいられないんだが、だからといって、どうすればいいのか、どこから手をつければいいのか、皆目見当がつかんことばかりで困ります。

今年もよろしくお願いいたします。

もう一月九日。正月休みも終わり。
じつは、二日の朝に妻の実家で布団をたたんでいたとき、急性腰痛、つまりぎっくり腰というのになってしまいまして・・・六日土曜日くらいまで、まともにあるくこともできず・・・・
あれは、ほんとに、立てなくなるのね・・・痛くて。
ところで、ぎっくり腰というけれど、どこが「ぎっくり」なのか・・・
なってみて思ったが、「ぎっくり」よりも「ぐっきり」のほうがしっくりきた。なんども「ぐっきり腰」といいまちがえて、「ぎっくり腰」でしょ?と直されたが、「ぎっくり腰」になるまえは、ちゃんと「ぎっくり腰」といえていたので、経験から「ぐっきり腰」に頭の中で置換されたんだろう。
・・・ということで、正月はなーんにもできませんでした。

土曜日は、水戸の母が飯田橋にきて、神楽坂で昼飯。そのあと、新しく買ったというおとうと夫婦のマンションをみにいく。
夜は福岡から脇坂が歩真ちゃんを連れて遊びに来て飯田橋にお泊まり。一年ぶりだけれど、もうすぐ四歳になる歩真ちゃんはますますパワーアップしていた。正月にはいろいろ子供をみる機会が多いけれど、あんなおもしろいのはいない。「不思議」オーラが出ている。
日曜日は、こんどはおとうと夫婦+赤ちゃんが世界の中心飯田橋の我が家を訪ねてきた。スーツと靴を借りに。なんでも「悪徳探偵」だか「悪役探偵」だとかという映画のプロモーションイベントにブラックスーツが必要だとかいうことで、どうせならいいスーツが買いたいのだが余裕はない。しかしやすいスーツを代わりに買うというのはポリシーに反するらしく、どうせやすいスーツを着るならば人に借りた方がいいではないか、ということらしい。義妹は結婚前にアンティークドレスやら紳士服だかなんだかを扱う仕事をしていて服飾にはこだわりがあるらしく、普段は弟もスーツは彼女がいた店でしか買わないのだそうだ。
しかし、おれにブラックスーツなんて借りようと思う方が間違っていて、何せ去年は(葬儀以外)一回もスーツに袖を通さなかったおれが、まともなスーツなんて持っているわけがないのだから、駅前のスーツカンパニーでやすいやつを一揃え買った。
裾の直しまで時間があるので、夕食でもということでインドカレーなどを作って食う。タマリンドの量というのがよくわからんので、ケララ風のチキンカレー作ろうと思ってちょっと入れすぎたら変な渋みとすっぱさでしたにのこる変な味になったので、そいつは却下。そもそもケララのチキンカレーにタマリンド入れんのか?あとは、サンバーとかラサム、ドーサ。ドーサは失敗。うまくできたことがない。
翌日、失敗したカレーを食ってみたら、昨夜の酸っぱさと渋みはすっかり抜けて、急遽作り直したチキンカレーよりも全然うまかった。スパイスなめすぎでしたがどうかなっていたのか・・・・。
インド人のシェフは、味見とか、大丈夫なのか?一日中厨房で味見していたらスパイスで舌と鼻がやられて、何が何だかわからなくなってしまうんではないか・・・。

正月休み最後の祝日八日は、本当は大晦日にやるはずの大掃除でした。窓磨いたり、押し入れひっくり返して整理したり。

腰はだいぶよくなったけれど、どうも風邪を引いているようで、鼻が全く通らないので口で息をしていて苦しい。おかげでぜんそく気味である。

ことしの目標は、「身軽になる」です。・・・・いろんな意味で。


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