ママチャリで四谷を疾走する

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金曜日の夜は、平田ショー太郎君に誘われて、彼のレーベルの新年会へ顔を出す。しかも夫婦で。小柳君も連れて。
なんだかよくわかんないけど、酔っぱらって帰宅。
土曜日は、掃除したり洗濯したり・・・・のあと、駅前から撤去されたかみさんの自転車を引き取りに、新宿御苑横にある回収所まで行く。ところが、回収所入り口まできて、自転車の鍵をポケットからだそうとして、超ショック。ない。忘れた。とおもって、三十分かけてうちに戻る。しかし、見つからなかった。猫が引き出しにしまってくれたのかもしれない・・・。と、一瞬あほなことを考えるが、冷静にこの現実を直視すれば、どっかに落とした・・・と判断。トレメンダスに情けない・・・。
仕方ないので、泣きながらもう一度回収所へいき、おじちゃんに事情を説明して鍵を巨大ニッパーでぶった切ってもらう。
御苑から飯田橋までママチャリこぎながら、非常に心細くなる。いつになったら大人になれるのかなあ・・・・と、子供の頃かけまわった四谷をママチャリこぎながらおもう。
小学校三年生の頃、多機能で巨大な筆箱がほしくて母にねだると千円札をくれた。それを握りしめて三栄町の自宅アパートから四谷三丁目にある文房具屋まで、うかれまくった小三のおれは全速力で走った。目当ての筆箱をレジまで持って行くと、さっきまで握りしめていたはずの千円札がない。ポケットにもない。店の中を探してもらったけどない。結局あきらめて悔しくて悔しくて泣きそうになりながらうちに帰った。寒かったなあ、あのときも。
同じ道を、サドルの低いママチャリこぎながら、同じような情けない気持ちで通り抜ける昭和四十四年生まれ。
(結局しばらくは使い古しの筆箱で我慢した。悔しいからプラモの部品やら壊れた時計の部品なんかを接着剤でくっつけたりして、筆箱をデコレーションして使った。そのころ仲間内では筆箱を宇宙戦艦に見立てるのが流行っていたのである。すごい想像力だった)
途中、子供の頃から大好きなわかばの鯛焼きをかう。外濠公園のわきを鯛焼き口にくわえながらチャリンコをガンこぎ。すげーさむい。小学生のころあのあたりでポルシェの横っ面にチャリンコでつっこみ(もちろん向こうが悪い)強力で巨大な傷をつけて一瞬青ざめ、運転手が出てくるより早く「だ、大丈夫ですー!」と叫びながらダッシュして逃げたこと思い出した。情けない気持ちがさらにアップ。
夜は、テレビでセブンイヤーズインチベットとアビエイターをみる。二つとも実在の人物に関する映画。webで彼らについていろいろ調べたり。大富豪・・・・。

日曜日、今日。ソフトバンク携帯の料金プラン変更やら、神楽坂で買い出しなど。夕方うちへ帰ってシチューなんかを作ったり。かみさんは、年賀状の宛名書きをしている。もう今更、年賀状ではないが・・・届いた方、あまり気にしないでください。ただ本気で年始の挨拶がしたかっただけです。

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多機能筆箱は憧れたよね^^

松本零士チックな落書きしたりコンパスと三角定規載せた筆箱持ってヤマトとか・・・懐かしいね^^

メカといえば松本零士だったね、あのころは。ヤマトとか、ハーロックとか。とにかく、謎のメーターをたくさん並べれば、それっぽくなった(笑)
まだガンダムも出てなかったよねえ?
まだ四三小が旧校舎だった頃だよ。
なんだかあれはあれですごい雰囲気のある校舎だったな。
冬はコークス燃やすストーブで給食のパン焼いたり。
よくおぼえてないんだけどね・・・。犬とか猫のレベルだったから、その頃は。
今もあんまかわんないけど。

今、お岩さんの近くの事務所で仕事してるよ。ミッチェルんちの近くだね。

いましらべたら、この二月で母校四谷第三小学校がなくなるんだって。
あらら・・・・

業務連絡です、内山君、みんなあつめれ。
ここはみてないか、さすがに。さすがの内山でも。

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このページは、matsuoが2007年1月14日 18:55に書いたブログ記事です。

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