2007年3月アーカイブ

高級焼き肉屋の話なんだが、黒毛和牛といっておいて黒毛和牛じゃなかったらしい。通販なんかのセットだったらしいけど、店でも偽って出して「やっぱ●●苑の肉は黒毛和牛だけあってうまいねえ」とかいわせていたんだろうか。
まあ、どんな店でそんな事してるかわからないので、これからは本物の味もわからんのに知ったかぶって「あそこの黒毛和牛はうまい」とかいわないようにしよう(笑)もしかしたらロースだと思って「うまいよ〜」って人に勧めていた物がもも肉だったりしたのがあとからわかって、大恥かくことになる。
たまに「あそこの〜料理の店はおいしいねえ」「そうだよね、おいしいよねえ」「この〜はおいしいねえ」「そうだよねえ、最高だよ〜」というはなしをきくが、そういう会話を聞きながら「いや、この味はおかしいだろ・・・」とか「これは〜という料理とは似て非なる物だ・・・」とか思ったりすることもある。
まあ、正直なところ俺は味音痴なんですがね。
以前、「ここのビリヤニはうまいよねえ」「そうだよねえ」といっているので注文したところ、出てきたのは「ビリヤニっぽい何か(ちょっと日本のチャーハン風)」だった。スパイスもインドで食っていた物のような深みのある配合ではない。「これは違う・・・もっとうまいのに・・・そもそもこれでは料理が違う」と思ったりした。知らなければ、俺も「店がビリヤニだよって出してるんだからビリヤニなんだろう」とおもっているところだった。
たとえば、インドの(あるジャンルの)飯の味の基準に関してはちょっとわかるのでこういう事も思ったりするんだが、まあ、いろんなところで値段やらイメージやらで「こんなもんでしょ?」みたいな感じに思わされてるんだろう。「あんな高級店がロースっていってるんだからもも肉じゃないんだろう」みたいな。
子供の頃は、いつも「喫茶店ナポリタン」みたいなのを食っていて(あれはあれで一つのジャンルだが)それをイタリアの料理だと思っていたんだが、はじめて本格的なのを食ったとき、スパゲッティーってこういう料理だったの?ってきがついたのはだいぶ大きくなってからだ。
焼き肉屋騒動の本質から離れましたな。
・・・・いきなり焼き肉屋のことをかいたので、自分でがっかりした。

あと、このまとめ記事。やべえ、インターネットはやはり宝の山だった。
これとか、やばい。だれかが録音して押し入れの奥に眠っていたテープのアーカイブとか(笑)小さい頃録音したカセットテープ、どこいったのかなあ・・・いろいろあそんだよなあ。
これもたからの山
これは死にそう
rss配信してるのも便利・・・こんなのばっかり流れるインターネットラジオもあるし
でも、十回生まれ変わっても聴ききれないですね、こんな方面に足をつっこんでいくと。

これによるとGoogleがセキュリティーツールまで無料にするらしい。Googleのあとにはぺんぺん草も生えないのかねえ。

なんか、モーニング娘のメンバーの子がたばこすってクビになったらしい。十九歳だって。つきあってる男性と旅行へ行ったりしたとか、そんなのも問題らしい。クリーンだと思っていた不二家のお菓子に雑菌が混じってたようなもんだろうか。屋台の鉄板焼きのようなもんだと思っていれば、どうでも良かったことんじゃないか。そういう戦略がとれなかったものか。そもそも、客はそんなクリーンな女の子の幻想を本気で信じていたんだろうか?
なんか、アルアル事件みたい。

あと、一つちょっとメモしておきたいのは、都知事選の候補者の演説について。
あれみて、なんか、ぞっとした。もっとぞっとしたのは、なんだかふつうにわらって受け入れてたり、ひどい物は「けっこういいこという」とか・・・・。
ひどい。
うまいストーリーテラーが必ずしも正しいストーリーテラーであるとは限らない。
彼のいう「少数者」とは誰のことか考えてみた方がいい。だいたいの人はある部分は少数者であって、ある部分は多数者だよねえ。「少数者」が「多数者」に虐げられないような社会を目指そうという考えを持っている人々が「多数者」であるのが、「少数者」にやさしい社会なのではないか。と、まあ、なんかそこのところだけではないと思うし他にもいろいろ思うんだけど、ああいうのの語り口に免疫もないすっとこどっこいが、テレビで呼びかけられて集うんだよ。ああやってメディアつかうと、すんなりと。メディアはちょっとがんばれば誰にだって(どんな思想持った人だって)利用できるいい社会なんだけど、それを獲得したのと同じように維持にも大変な努力を払わんといかんと。
しかし、あつまるんだよなあ、あれで。どかどかっと、いまは「少数派」を騙る「行く末は多数者になってうまくやりたいとおもってる人」たちが。
笑っている場合ではないですよ。
ヒトラーは、そのわかりやすいストーリーが受けて、みんなに望まれてリーダーになり、ああいうことをしたんだ。
しかも、リーダーになるかならないかなんてどうでもいいんだよ。ああいうののばあい。メディアをつかっておなじようなあほ集めて、多少の軍隊が作れればいいんだから、彼のいう「転覆」なんて。ああいうののやり方としての費用対効果は大きい。三百万ほど払って立候補して政見放送の形でテロリスト志望の青年を効率的に集めることもできるんだから。
村上春樹的にいえば、井戸の底に降りていってバットでぶん殴る相手なんですよ。
やみくろですよ。
あれ、けっしてネタとか、お笑いとかじゃないですよ。こっちがわらってりゃだいじょうぶだなんて思っているとひどいことになる。ショーコーの時がそうだったんだから。
じゃあ、ああいうダークサイドに対してどう対処すればいいのか、っていうと、なかなかわからんのだが・・・ユーモアは大切だけれど、ユーモアととらないやつだっているんだから。あれは本物の+++であると、わかりやすくした方がいい。
とおもいます。

関係ないけど、ダークサイドといえばおもいだすが、うちの母の実家は茨城大学の近くにあり、敷地内で学生寮も営んでいた。俺の小学二年生の時にその学生寮で、つまりうちの母の実家で学生運動がらみの(どういう勢力がどうの・・・というのは知らない)内ゲバ事件があった。早朝、一人の学生が脳天をなたで割られて亡くなった。寮の一階の廊下の奥、のちに俺が見に行ったときはもちろんすでに片付けられていたが、血の海となったコンクリの床はどす黒かった。
恐ろしかった。今でも恐ろしい。考えると、寒気がする。

きょうは、うちに帰るとまだかみさんが帰らない。腹が減ったのでまつあいだに、ポテトフライあげて食っていたら、ゆきちゃんとかみさんが帰宅。鍋を作って食う。ビールも飲む。
そろそろ寝る時間。

24日土曜日は十時くらいに目を覚まし、寝ぼけ眼で缶ビールをあおりつつおもむろにタマネギを刻みはじめ名前と香りは知っているがいったいどういう植物なのかさっぱりわからんインドのスパイスを鍋にぶち込みまくりカレーを作る。BGMにM.S. Subbulakshmi。ベタなインドかぶれのようである。

「ギガ一家」が家に到着した13時には、もうすっかりインドとアルコールにやられてしまっており、気分良すぎでとりとめのない話をとりとめもなく話しすぎて失礼した。さらに、いただいたワインを飲む、がんがん呑んだ。家でのむとつい加減を知らずにのんでしまう。酔っぱらっててすいませんでした。
とうのも、ギガ親子、なんかとても開放的な晴れやかな雰囲気を醸し出しているのである。
十数年にわたってサルバニラというヤバいパフォーマンスグループを率いてきた及川氏は、去年、グループを解散させ、舞踏ともメディアパフォーマンスとも全く関係のないテレビ番組製作の世界で一年間奮闘してきた。そしてやっと彼の中で機が熟したのだろう、新しいことを少しずつ始めようとしている。その開放感が、愛娘の桃ちゃんにも伝わっているのか、一歳になったばかりの彼女は猛烈になにやら食いまくっていた。春なのだ。娘も旦那もたくさん食うだろうからひろこさんも大変だろうなあ、と(笑)
ブルドーザーのような大きな男である。
夕方には、浅草から真虫もやってくる。
もうすでにそのときには、俺はネバーランドの住人と化していたので、よく覚えていないのである。失礼をした。
彼らが帰ったあと、なんだか、ジョニー・ロットンがききたくなって、PILをきいた。
ピストルズをやめたジョンライドンは南の島で休暇を取ったあとPILをやるのである。

ところで、最近のジョン・ライドンは、ものすごくおもしろいおっさんらしい。日本のメディアにはあまり出てこないので残念だ。観たい。

日曜日は、ただただゆっくり。いつのまにかサザエの時間になって、サンマの開き焼いてビール呑んだりして、フィギュアスケート観たり、勅使河原宏の「豪姫」を途中からみて宮沢りえに感心したりしているうちに寝る時間。

週末の終わりの終わり、布団に入ってからいろいろ考え込んでしまって眠れなくなる。

今朝方見た夢もひどかった。旅行へ行こうとするんだが、飛行機の時間に間に合いそうもないのだ。さらにコンタクトレンズを忘れたといって俺は家に戻ろうとする。なんだかんだ自分にいいわけをつけてキャンセルになってしまいたいと思っているのだ。というのも、実はまったく金に余裕がないのである。それが悔しくて悔しくてたまらないのである。しかしどうにかこうにか出発することになり、免税店を手ぶらでうろうろしながら、もう俺は日本には戻らん、と決意するところで目が覚めた。ざんねんだ、楽しい夢はこれからだったのに。
目が覚めて、今日は誰にも会いたくないと強く願った。最近、人との距離感がよくつかめない。あまり、うまく人と話すことができないでいる。

今日は一日頭痛がひどくてお話にならなかった。おまけに鼻も全力で鼻水を垂らし続け、口も開きっぱなしだから過呼吸気味で、まあなんだ、文字通り「お話」もできない、というか、一言話すのにも百メートル徒競走をするくらいの気合いが必要なのである。
しかし、なんかしらんが今やっている仕事の周辺があわただしくなってきたので、深海二千メートルあたりで悶々としながら生命の謎に挑むような仕事ぶりを見せようと思っていたのだが、あわてて水深十メートルくらいまで浮かび上がってきて潜水病にかかってしまった。
もう少しでなんとかまとまる。なんとか・・・。

作業しながら、けさ突然おもいたってiPodにつっこんできたLes Rita Mitsoukoを久しぶりに聴く。Marc & RobertとThe No ComprendoとSystème Dを、ぶっとおしで。
来日したときクアトロにライブ見に行った。何年だっけ?1995年?94年?とにかく十年以上前なんだな。出口でかみさんと(あと、井上もいっしょだったな)うだうだしてたらカトリーヌがでてきたので、つたない英語で「ファ、ファンです!」って。なんか、どっかにサインもらったような記憶があるんだけど・・・。どこいっただろう?
場末のキャバレーみたいなユルいライブだったけど(それがいいんだけど)、なんかものすごい勢いでダイブしてたな(笑)演奏はタイトでよかった。
もうこないのかね・・・。

昨日はそもそも、何休み?春分の日?
wikipediaでしらべた。
春分

天文学に基づいて年ごとに決定される国家の祝日は世界的にみても珍しい。
ってさ。

ヨーロッパなどでは、春分をもって春の開始とする。

だとさ。オフィシャルにスプリングがカミング。

もう出かけないといけない。でも、非常に、出かけたくない。なぜなら健康を害しているからである。目の奥がずしんと重く、目の焦点が合わない。肩こりがひどい。ひっきりなしに鼻水が垂れる鼻炎のせいで集中力も5秒と続かない。通常、こういうときは家で休んでいた方がいいと思うのだが、長く生きていてえた経験から、楽しく仕事しているときは概してこういうちょっとしたくらいの健康上の障害は忘れてしまうものだからこういうちょっとした健康上の障害を直すには働いた方がいい事がわかっている。(もちろんその仕事が楽しくノリノリであるという条件付きで)だから出かけるが、ちょっと待ってくれ。少し家を出るのを遅らせてもよかろう。別にミーティングの約束があるわけでもなし。
ところで、わけあって毎朝十一時には事務所へいなければならないことになった。これは大変である。いつもは、まあだいたい十三時くらい・・・みたいな感じだったんだが、この二時間の違いは結構大きい。怠惰ではあるが規則正しい農耕民族的生活を送っているので。元来時間の使い方がうまくないうえに、脳のビット数が少なく、マルチタスクも対応していないために、情報処理と物事の理解のスピードが遅いので、俺には多少の時間の遊びが必要である。一日に2〜3時間くらいは、すかっと何もなく抜ける時間、脳と身体を整流する時間をもうけないと、死ぬ。生活パターンの違うかみさんと同居していたりすると、その辺のやりくりが大変である。そろそろ、絶対に必要であったなんでもない2〜3時間をなくす必要があるのかもしれない。ゆっくりやらないと死ぬと思っているのは俺の脳内迷信なのかもしれない。
どうでもいいなこんな話は、また。はやく出かけろよ、と。そとはいい天気だよ。こんな時間があったら、働いて金を稼いだ方がいい・・・とはいっても、まあ、はたらけどはたらけど・・・という具合ですな。気力も萎える。いい天気だし。

あ、インターゾーン報告。昨日は、午前中からビールを飲んでしまいました。おいしかった。
洗濯してから、仕事をしようと思ったんだが、できませんでした。なぜなら、酔っぱらったからです。仕方ないので読書。「おたくの精神史」をよんでてつまらなくなってきたので、とばし読みしてさっさと終わらせ、図書館へ。チャリンコで走ると気持ちいいね。そろそろへたれチャリンコではなくて、自転車を買おうか。で、次に借りてきたのは「日本美術の歴史」と「日本・現代・美術」という分厚い本。俺は何が知りたいんだ(笑)あ、そうだ、茶の湯のなんたるかを知ろうとして本借りにいったんだった。忘れてた。
でも、まあ、なんというか、芸術家はすごいな、と。
しかし、今年になってから、何も作ってないなあ・・実際いま何もする気がしないし(笑)

今年は暖冬というけど、今までの人生で、一番寒かった。

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今日、何をしていたかというと、何もしてないのである。少なくとも、仕事はしていない。ほんの少しだけ・・・正確には、仕事の計画を立てた。そして全て計画通りにやらなかった。ん・・・したかもしれない。しかし、全て無駄にしたはずだ。まあ、こんな日もある。一年の三分の一くらいは。

googleでは他人様の検索履歴をとってるらしい。というか、とってる。とられたくなければとられない設定にできるので、もちろんとられない設定にしておいた。とにかく、そんなものとっておいてほしくないんだが、ちょっと試しに一月くらいとってみた。検索履歴からそいつの嗜好にあわせた商品やらなにやらのおすすめをして、がっぽりもうけようという魂胆らしいのだが、どんな精度でおすすめしてくるのか試してみたかったからだ。一月では別にどうにもこうにもならんとおもうので、その精度に関しての報告は特にありません。

で、おすすめ映像っていうのも出てきたんだが、ワラッテイイトモというキリンアートアワードか何かでナントカ賞を受賞して話題になった作品がGoogleVideoからおすすめされていた。これ
何年前の作品だったっけ?
ずっと、みたいと思っていたんだが、ずっと、忘れていた。こんなところでおすすめされるとは(笑)

画質は悪いんだけど、一応観てみた。
おもしろかったし、ただおもしろかったな・・・というだけではすまされない何かを感じる。
で、作品本編に対する感想はおいといて・・・・
この作品が一時もてはやされた時に、ちょっと違和感を感じた。けっこう友人らのあいだでは(知り合いの批評家とかも絶賛していた事もあり)頻繁に話題に上っていたようだ。取り寄せてみたという人もいれば、上映会なんかも結構あったようだ。ちょっとひっかかっていた俺は、作品自体に興味はあったものの積極的に(頼んで取り寄せてもらったり、上映会に足を運んでまで)みたいと思わなかった。
というのも、作者自身はなにもいっちゃいない、というかメディアに出ないようにしてるんだが、騒いで何か言ってるのは批評家で(もちろんそれが仕事なんだが)その周りで批評家と実際に観たことない人たちが踊らされてるっていうか、なんだかばかばかしかったからだ。それはもちろん作者の戦略であろうし、その状況を作り出すベクトルを持っていたことそれ自体が作品の魅力だとは思うんだが、何であんなに優秀な批評家が易々と戦略に乗るのか(笑)あれは、批評家によって作られた作品なんだなあ、と。だって作者は何も言ってないし、人前にも出てこないし。批評家たちは、わかりやすく説明できたんだろう。これについてなら何かいえるぞ、みたいな。確かにあの作品から図式的な構造を引っ張り出してくることは容易だ。それに、もしかしたら、同世代のおたくとしてなんとなく宮崎勤の時に感じた自分に対する気持ち悪さの落とし前をつけてくれるように思ったのかもしれない。批評家の人たちは。作者の方とはいちどどこかで一言二言言葉を交わしたことがある。若いがとても自信に満ちていて聡明な方だと感じた。かれは自分で作品とその戦略について語る言葉を持っていると感じた。それも、批評家にはグッと来たんだろう。まあ、別にそれらについて文句も批判もないんだが、俺はそれが苦手だって事だ。おれの感じ方の問題。
まあ、とにかくおもしろい現象です。あ、作品も。

21日水曜日はお休みらしい。掃除したりビール呑んでるうちに、非常に小市民的休日として終わるんだろう。なんだか、82歳になったような気分だ。酒のかわりになんとか還元水とかのめば、何か変わるんだろうか?
なにかをかえたいときには、何かを物理的に強引に変える方法がある。体質でも改善してみようか?ベジタリアンになるとか。たばこも吸わなくなったし。断食でもしてみようか、とりあえず。禁酒とか。あ、禁酒はダメだ。やるなら逆がいいか、依存症になるまで呑んでみるとか・・・。
まるで、ブルーススプリングスティーンのダンシングインザダークだな。オヤジになると、また違ってしみじみとくる歌詞だ(笑)
そういえば、むかし上海の裏通りを歩いていたとき、カセットテープ売りの露天を通りかかると、中国語のダンシングインザダークが聞こえてきた。よくきくとアレンジなどは完璧に一緒なんだが、音色が微妙に違う。まあ、カラオケみたいなトラックに中国語がのってる。いわゆるパクリ。
おもしろかったので、これはどのカセットテープに入ってるのかと聞いたら、これだといって出してきたのがすごい代物で、まさにベストヒットUSA中国語。もちろん買った。で、大学生のときによく聴いていた。というか、友達が家に飲みに来たときとかきかせるネタだったんだが、あれ、どこに行っちゃったんだろう、あのテープ。もう一回聴きたいなあ。ティアーズフォーフィアーズ?とかボニータイラーとかの中国語バージョン・・・・。

三月二十日月曜日、になったところ。
今日は自律神経が失調気味で集中力が全く続かない、というか、まあ、朝起きて一番はじめに頭に浮かんだのは「今日はなんにもしないで家に引きこもっちゃおうかな・・・」ということだったし、すでにそういうモードに頭がセットされていたこともあって、何もできず。でも、CMS構築仕事におけるちいさな懸案事項を一つ、解決したからもういいや・・・と思って早々に帰宅。家についたのが八時くらいかな。で、飯食ったり風呂はいったりニュースみたりしていたらもう一日が終わりました。はやい。
神楽坂で五件が燃える火事があったらしい。しかも一番いい感じのところ。おにぎり屋とかがあったあたり。木造家屋が密集してて、いい感じなんだけど。
どこかで金塊百キロが盗まれて大騒ぎになっているらしい。盗んだやつも盗んだやつだけれど、とられた方もとられた方だな・・・と。残念でしたね・・・。もどってくるといいですね・・・。で、なんで金塊百キロなんか展示してんの?金山だったの?と思ったら、鍾乳洞かよ・・・。とる方もとる方だけど、とられた方の考えていたことが、あんまりよくわかんない・・・。すっとこどっこいですねえ。

週末は例のごとく引きこもっておったのでなんだかよく覚えていないけれど、またしても仕事もせず、だらだらと休みまくり。
テレビで観た映画は、「戦国自衛隊」「卒業」「利休」。他にもみたかもしんないけどわすれた(笑)
一言ずつ感想。戦国なんとかは・・・子供の頃から数えるともうご五〜六回みてるんじゃないかと思うが(子供の頃は盛り上がった、今は別に・・・)いつも、もっとちゃんと計画的にさあ・・・銃弾を節約するとか、戦略を立てるとかしないと・・・と、歯がゆい。それと、かまやつのことを考えると途方に暮れて、ちょっとなんていうか、おしっこしたくなる。そっちのサイドストーリーをふくらませていった方がおもしろいんじゃないか、と。
卒業は結婚式に花嫁奪っていくやつ。これは学生の時ビデオ屋で借りて始めてみたんだけど、俺も二十歳くらいだったから、痛くて痛くて・・・。もう一回観たら、ラストシーンのバスの中の二人の表情が・・・・茫洋と。ダスティンホフマンのストーカーっぷりもすごい。がんばれよな、これから・・・と。いい映画なんだね・・、名作といわれるだけあって。
「利休」は・・・俺は教養がない、というか、お育ちがそれほどよろしくないので、華道とか茶の湯というものをよく理解していないのである。とくに茶の湯というものは、いまだになんで?なんで?なんで?なのである。たかが茶でしょ、作法でしょ、なんつうか、閑人の趣味、っつうか・・・とかくらいの認識で・・・。でも、ちょっとこれ観てわかった気もする。まあ、舞台もパフォーマンスも同じなんだわな・・・ああいうことだ、と。とくに、ちゃんとした批評はできないんだけどおもしろかったんで、いくつか気になったポイントを列挙しとくと、まずいろいろ葛藤がありそうだけど権力者にぺっとりとくっついてるなあということ。それは当然であったろうということ。え?なんで?だめ?みたいな。で、そろばん勘定も得意そうなこと。それも当然であったであろう事。え?なんで?だめ?みたいな。それから、基本的に「自分の手」を動かして「もの」を作ることがすき、ということは当然なんだな・・・と。映画で描かれている野卑で強欲な秀吉のような人物も、当然のように茶の湯や生け花の美を共有できるというように描かれていること。美は普遍的で独立したものと描かれていること。どうも、作中に出てくる利休の生けたとされる花は勅使河原本人が生けたものらしいのだが、作中で秀吉にその美を褒めたたえさせ「おまえは手先で世界を変えることができるとおもってるんだろう」みたいなことをいわせる。脚本に赤瀬川原平が加わっていなかったら、どうなっていたんだろうか・・・とか。え、赤瀬川原平が共同脚本なの?何でだろ、どっちが頼んだのか、やっぱり勅使河原が勝負したのか・・・。とか。

それと、週末にやったのは・・・あ、森達也の「放送禁止歌」を読む。放送禁止というのはその問題の根拠を問わないくさいものには蓋的な自己規制なのだそうだ。だれかが強制しているわけでもないし、誰かに厳しく糾弾されているわけでもない、と。社会全体が、何となくヤバいよね・・みたいな居心地の悪い共通意識みたいなドローンとしたものが、「放送禁止歌」という都市伝説的なものを生んでいる。なんで区別するのかという根拠がないところに生まれた区別の根拠を問わないように目をそらしていくところに差別意識のどろっとした病のスパイラルがうまれていく・・・。
アメリカの例みたいにちゃんと自分らで考えてやった方がいい。
それやばいんじゃないの?いろいろ面倒そうだから、あんまりふれないようにしようよ、みたいなことはよくある。たしかに、足をつっこむと一生の仕事になってしまうのだが・・。
で、社会問題をあつかった作品やらポリティカルなのよりは、きっちり閉じた「美」にいっちゃう方が楽だったりするんだろうね。それが悪いとはいわないし、俺は違うぞともいわないけど、最近そういう傾向があるのは確かだよな、とかおもう。なんか、保守的なにおいが・・・。

それから、放送禁止歌のこと考えてたら・・・ブルーズ、しかも泥臭いのを聴いているのがいい気分。ブルーズは取っつきにくいんだけど、はまるとなんかいい。高校生の頃、ストーンズとかジミヘンのルーツだっていうんでわかんないけど無理して聴いてたが、なかなかブルーズ鑑賞のポイント(笑)をつかむまでは時間がかかった。で、アメリカの黒人労働歌くらい古いの、ハラーっていうの?からききはじめると、いいんではないか、と。おれもあんまり聴いたことないけど。だだだっと、ブラックミュージックがつながってきこえてくる。これとか。ロバートジョンソンとかききながら、パワーブックに向かってちょこちょこ細かいしごとを、むちゃくちゃブルーズな気分でこなすんですよ。

で、世界の終わりその2。

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帰宅して、風呂入って、今、0時半。結局、原宿のDMJイベントへは行かず。

今日は、仕事仲間の送別会。東京を離れ、千葉の山奥で畑を耕して生きていくという。
世界中をバックパックせおってまわってきた人だ。
そこに至る少しずつ流れてきたであろう時間と、決断の時を想像してみる。
いくつになっても、いつも誰かにおいていかれてしまうような気持ちがする。

この二〜三日、寒い。風邪をひいたようだ。すこし、酒を飲み過ぎたのもあると思うが、だるい。

リアルトーキョーというサイトに会田さんが書いた文章をたまたまよんだら「上野がある」とあった。そうだな・・・と。
俺には、上野はない。上野は、あまりなじみがない。
東京に、どこがあるだろうか?

写真は、ネブラスカ州のどこかです。リンカーンの郊外。

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そして世界の終わり。

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今日はジザメリと、レナードコーエンを聴いた。

いつもの通り道にある教会には、入り口に説教のタイトルが掲示してあるんだけれど、それがとてもいい感じだ。「点取り占い」のような文句が、謎。
きょうは、とてもシンプルだった。「ハレルヤ!」

一年で五百万円の「なんとか還元水」っていうのをのんでみたい。しかし、あいつら・・・ひとをなめすぎ。

毎日はとくに変わったこともない。昨日は、気力が全くない一日。花粉症というわけではないのだが、慢性の鼻炎がひどく、なんとか還元水のオヤジたちにむかつく暇もなくイライラしていた。やるべき事にも手が着かず。

夜九時頃帰宅。かみさんが作った生春巻きを食う。

おたくの精神史、おもしろい。82年に中学校入学だから、中学生、高校生、大学。
社会人(的なもの)になっていろいろ(かみさんに出会ったりNestとかやったり変なクラブイベントで出し物やったり)のが、90年代。
なんだったんだろう九十年代。別に語ることもない。だれかが90年代について語ったとしても、同時代を生きたという実感はないだろう。ただただ批評精神もなく翻弄されていたともいえるし、世界から遠く離れていたともいえる。とにかく結局、時代の騎手にもならなかったし、八十年代をひきずってそんな野心を抱えた雰囲気の中、俺にはそんな幻想はもてなかった。世間のメインストリーム?から遠く離れてかみさんと二人で引きこもっていた。よく覚えていない。1994年、Macを手に入れてインターネットもやっとつながった頃。よく深夜に二人で遊びに出かけた気がする。クラブとかこじゃれたラウンジなんかで、「どこどこのクラブで知り合った知り合いの知り合いのなんとかちゃん」とか「誰々の知り合いのなんとかさんっていう金持ち」が主催するパーティーが腐るほどあった。たぶん、今でもあるんだろうけど、もう誘われることもないので、いかない。
あ、よくおぼえているのは・・・、九十年代のおわりには、Nestのことを一生懸命考えていた気がする。とても個人的なことだ。つらくてつらくて仕方がなかった。

特に書くことないので(いつものことだけど)懐かしい写真が出てきたので、掲載。
そのなんだかわからん九十年代もおわり、2000年の春。アムステルダムのアパートで作品作りのために共同生活(石山、西本、関口、俺)。俺がベランダからとったもの。右手に見えるのが俺の(ヘルシンキで盗まれた)パワーブック。石山が座ってるのが俺のソファーベッド。ベランダの植物を枯らさないようにアパートの持ち主に言われていたんだけれど、結局ほとんど枯らしてしまった。だって、このメンツですから。つらかったけど楽しかった。

で、00年代ももう後半なんだけれど、何がどうなっているのやら。

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3月11日、日曜日。19時です。サザエが終わって、週末も終わりです。
昨日は、気分上々でビーチボーイズ聴きながら一日がかりでだらだらと大量の洗濯をして、神楽坂で買い物。ハナマサにも行ったりして。図書館へも行って予約してあった本を借りたり、返したり。80年代アンダーグラウンドなんとかを読み終わって、もうちょっと80年代関係本とおもって大塚某のおたくの精神史とかいうやつを借りる、ついでに菊地某のロックとフォークのない200枚CD紹介するっていうディスクガイドが目に入ったので借りる、で、ざっと読む。宮沢某の80年代本読んだあとこの菊地某を読むと、何となく、その菊地某に対する違和感、と共感、が何であるのか、わかったような気がするし、宮沢某の80年代論に対する違和感、と共感、がわかったような気がする。別にここで説明しないけど・・・。だって、ラジカルとコンサバティブ。CDガイドは後半のジャズのところになると、もう・・・ジャズ研系っつうかアキバ系?

土曜の夜はカレー作って食う。もちろん普通のこくまろとかいうS&Bのカレーを箱の説明書き通りに作りました。市販のルーで作るときは何もたさない何もひかないのが一番うまいと思っていたんだが、どうもテレビでそういう事を実証する番組をやってたらしい。まあ、うまいかまずいか、という判断でそうしていたわけではないんだけどね、ほんとは。もっと深い思想があるわけですよ。何もたさない何もひかない、の理由は。だって、これつくったひとだって、命がけでつくってんだよ。この味でどうだ!うまいだろ、食ってみろ、ってもう常人が考えつかないくらいの量のカレー毎日食って勝負を挑んでるんだから、真っ向から受けて立った方がいいに決まっている。それで気に入らなければ、別の市販ルーを買うか、俺が作る。
飯は作った人の気持ちになって味わう、と。

今日は、なんだかめまぐるしく天気が変わる日であったわけだが、でかけようとおもったタイミングでみぞれがふったりしたので、ゆうがた、といってもまだ陽がある時間帯だったので四時くらいだったと思うんだけれど、神楽坂で買い物。百円ショップとか。

これから八十年代のださださマイルス聴きながら、パスタゆでたり鶏肉焼いたりするつもり。
やっぱり八十年代以降に、波打ち際を見失ったマイルスも、そりゃあいいんだけど・・・・いろいろおれは頭では認めない。まあ、実際、俺にとってはどっちでもいいわけです。八十年代、それどころじゃなかったんだよね、おれは。そうだ、やっぱビーチボーイズ聴きながら飯作ろう。どうでもよくなった、please let me wonderききたくなった。これがいちばん。すでに古典、しかしラディカル。この気持ち。春だなあ、と。

しかし、ロックとフォークがないって、きもい・・・と。

おとといの朝だったか、テレビで予算委員会の中継をつけたまま、うとうとしてしまった。信じられないくらいの馬鹿なやりとりをしていたようなきがしたが、てっきり夢だと思っていたら、ほんとだったらしい。「そうだよなあ、今は子供が国会議員になる世代だから仕方ないよなあ・・・」とか、ぼけーっと夢の中で考えていた。
松岡っていう農林水産相だかなんだかの人の議員会館にある事務所に浄水器がついてるから500万円の光熱費がかかるのはどうなのか・・・うんぬんかんぬん。で、安倍とかいう、いつも他人を見下したようないつもイライラしてる人(日本の総理大臣なんだってよ、あのモイキーが)も、なんだかそれについて問題にしていないようで・・・当然でしょ、みたいな。浄水器つけてたってプールじゃないんだから、議員会館の事務所で光熱費500万円って、どうやって使うんだ?そもそも、資源の無駄遣いだし(笑)ああ、おどろいた。今調べたら、議員会館って光熱費タダなんだって。なのに500万円。飲食店とか風俗店でも経営してるんだろうか。で、結局、浄水器もなかった、ってオチが・・・。
いらいらするなあ・・・。そもそもそういうこと話し合うところなの?予算委員会って。つうか、そもそもそういうテキトーな人たちが集まっていいところなの?そこは。そういう適当な人の適当な仕業をまずただすようなことから始めなくちゃいけないの?そういうのをクリアして初めてちゃんと予算のことがお話しできるのであれば、そういうのはまえもってクリアにしてきてから初めてよ、ねえ。
ちょっとまえに、閣僚が首相を尊敬してないからだめだとかなんだとか、首相が入室したら全員起立だとかうんぬんかんぬん・・・とかあったけど、それ、なんの茶番でしょうかね・・・。普通、そういう人たちを尊敬しないでしょう。全然遠いところで政治やったってなんだってうまくやってくれればいいけど、馬鹿でケチで強欲じじいが、私利私欲のために国を適当におもちゃにするようなことはしてほしくないですね、ですよね?普通。子供の頃や若者の頃はきれいな心を持っていたのかもしれないのに、いつから汚い心を持つようになってしまったんだろうか・・・とか、甘いな。子供のままだ、あの汚さは。きったない子供だったに違いない。諸星大二郎の「子供の大国」みたい。

気がついたらもう金曜日。また週末だよ・・。結構、黙々と細かい仕事してるからな、時間を忘れている。黙々と細かいことやってると、いろんな面倒なことを忘れるけれど重要なことも忘れる。DMJのイベント(石山が何かやったやつ)観にいきたかったんだけど、忘れてた。残念。

別に聴きたくないけどどんな音が聴きたいのか見失ってるので(だから、ならば聴かなきゃいいのに・・・)、ずーっとジザメリ聴いてたら、死にたい死にたいとか、死んだ死んだって・・・・春なのに。

今日はあたたかい。春だなあ。春になったらしよう・・・と、いろいろめんどくさいことを先延ばしにしてきたのだけれど、春になってしまった。めんどくさい。夏にしよう。夏は暑いから、秋とか・・・。
今週末はいろいろ、いつもの週末とは違うこともあったので、忘れないうちにベンウェイに報告。あ、いろいろ見に行ったりしたものについてたくさん書くのは面倒なので、ちょっとだけ書いておく。

金曜日の夜。はちやまとひらさんと山崎広太さんの作品を見に行く。アフリカに暮らす日本人夫婦の寝室に西洋人の間男が入り込んで一悶着あったあげくあまりの熱さにどうでもよくなり結局アフリカンダンスしながら三人で盛り上がっちゃったりするんだけど、やっぱりなんかなあ・・・みたいな内容。もちろん、そうじゃないですよ、俺の貧困な想像力による楽しみ方。見に来ていた菅谷師匠にそれをいったら、おまえ作家とは思えない貧困さだ!と、しかられました。
あと、最初のあのひっぱるゆったりした雰囲気作りのシーンはいらんような。もちろんそれも俺の好みで。どうせそのあと段取りっぽく抽象的なシーンが展開するのなら、ちゃきちゃきといってほしい。
後半のへたれアフリカンダンス?的なずんどこ節もいいとおもった。アフリカを百姓っぽさに引っぱっていきたかったんだろうか。でも、いい感じのずんどこ。もう後ふたり足せたら・・・。ばたばたしたノリがもっと気分がよくなってたろう。でも、作家のキャラがね、ああいう人だって事を知っておくとユーモアがあっていいんだけれど、気がつかないだろうなあ・・・と。あのやつれたように見える広太さんの表情に味があって、おかしくて。
しかし、俺はああいう作り方はしないなあ。でも、ちゃんと想像力を働かせて観れば、とてもブラボー。あ、音楽は菅谷さんになってるけど菅谷のおっさんの曲は一曲、しかも「あれは俺の曲なんじゃねえかなあ・・・」位の使われ方しかされていないようです(笑)

土曜日、ちょっと病院へ。問題なし。午後から二人で六本木参り。小沢さんの個展やってるっていうのでオオタファインアーツをのぞこうと思って向かうとちゅう、なんとギガ夫妻(こうかくとすごい夫妻だな)+ベイビーにばったり出くわす。すごい久しぶり。いい予感がする。ああ、そうだねえ、いい予感がする。
で、彼らを伴って小沢さんの岡本七太郎展なるネタを見る。岡本兄弟ものは何でもありのフレームワークがずるいですね。
ギガと一緒に見られてよかった。
で、青山ブックセンターでギガ夫妻と別れ、われわれはヒルズへいって笑い展とかいうやつへ。招待券もらってたからちょっとのぞいてみるか、と。別に笑えないよといろんなひとからきいていたんですが、べつにそうお笑いライブみたいな笑いってこっちゃないだろうとは思っていたが、唯一、会田さんのバカビデオでそういうモードで笑ってしまう。
かっこよかったものって、みんなわらいとセットになってて、YMOとか。ちゃんと冗談、っつうかユーモアが通じるような態度を持っていた。でも、九十年代に流行ったようなビジュアル系とかヒップホップとか(よくわかんないけど特に強面なやつ)とか長渕とか、冗談つうじなさそうだしなあ・・・と思われるようなものはどうもいくらかっこつけていてもかっこよくないね、って当たり前のことですが、忘れがちだと。
あとかみさんには若仲がヒットしたらしい。笑っている。
意外とボリュームたっぷりで、疲れる。キショーの建物とおしゃれミュージアムショップに行こうとしたけど、あきらめて帰る。

日曜日。で、小沢さんちにボールの食いしん坊が集まってそばつくって食ったりうどんつくって食ったり。つゆがやばい手打ちそば的なもの(松橋さん作)も坦坦うどん(あっちゃん作)もすげえうまかったが、そばやうどんが準備できる前にホタテご飯(小沢夫妻作)がうまくて、スタート時点から食い過ぎ状態。そうだよ、燻製まで手製で。なぞの選曲のBGMが普通に日常として流れているどう見てもおかしな屋敷で、遺跡が発掘(ねつ造)されたという庭を、パンダ片手にかけずり回る子供たちをながめながらずっとビールを飲み続けて、いい気分。ごちそうさまでした。エーと、いい気分だったのでお片付けもせず失礼。鼻歌交じりで帰宅。帰宅後、食いすぎが心配になり、酔ったまま腹筋運動三十回、で撃沈。

浄土

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頭に体中の血液が上ったまま降りてこないように頭が痛い。たぶん気候のせいだろう。
今日は曇り。
中学生の頃は毎日ものすごい頭痛に悩まされた。あれはなんだったんだろう。ほぼ毎日頭にずしんと重い痛みがあった。いまであれば日常生活ができないくらいの痛みだったと思う。でも、中学生はそんなことではへこたれない。へこたれなかったが、そのおかげで余り物を考えることができなかった結果、今の自分がいる。

Secondlifeっていうのがもうすぐ日本語化されるんだそうだ。いぜん、おもしろそうだから登録してみたんだが、マシンスペックの関係か操作性が悪いし変なやつに英語で話しかけられるのがいやなので放置している。あれは、ログアウトしたら自分のアバターは他の人から見えなくなるんだろうか?ちょっと心配だ。なぜなら、前回ログインしたとき、服装を変えたりしてあそんでたらなんだかばかばかしくなったので、ヘビメタみたいな長髪に全裸の状態で空中に浮かんでいるままログアウトしたからである。まあ、見えないんだろうけど、もう一度ログインしたら全裸に長髪(ヘビメタの人が風呂にはいるときとかセックスするときの格好)から再開しなければいけない。それはどうでもいいんだけれど、とにかく、セカンドライフがすごいことになってるらしい。
日本語版が出たら日本人もどどどどっと登録してくるだろうから、日本語でコミュニケートできる。もう一度登録し直して、セカンドライフ内ではとってもコミュニケーション上手な人物を演出しよう。セカンドライフ内だけでも人生の成功者となりたいものである。少なくとも中小企業の社長くらいにはなりたいものである。絶対に、パフォーマンスアーティストとか、やらない。

来世で、運がいいのか悪いのか、またもや人間に生まれ変わらなければいけないとしたら・・・ばかばかしいのでやめよう。生まれ変わりたくなんかない。

きょうは、吉祥寺まで山崎広太さんの作品を見に行く。今夜は帰りに酒呑んで帰れないのが残念。
あとは・・・仕事。

二千七年三月一日の朝です。十時。
もう木曜日。明日は金曜日だから、明後日は土曜日。
一昨日のことはもう忘れてしまったので、昨日の報告。生活の記録。
朝十時起床。それではちょっと遅すぎる。それでは妻はおもいっきり遅刻である。
というわけで午前中はとくに・・・・覚えていない!覚えていない・・・ルーティンなこと、たとえば、ぎっくり腰防止に始めた腹筋・背筋運動、五分間だけ(!)の英語練習、ネットの購読記事巡り(ブログとか・・・)、メールチェック、ちょっとした読書・・・でも昨日は読みたい本がなかったので出勤途中に図書館に寄ったんだった。宮沢章夫氏が東大で80年代のアングラについて論じた講義録を借りる。本当は村上隆さんの芸術起業主義だっけ?それでも読んで考えを改めようとしたんだが、大人気のようで予約しないと借りられないらしい。
宮沢氏の本は実はかみさんがファンなのでうちにある何冊か読んでるけど、非常に頭のいい人です。常に外部に出ようとする意志を感じます。スタンスは外なのに、常に内側で奮闘しているような熱さ・・・。業が深いのか。お芝居もおもしろいよ。何作か見てる、けど覚えていない。ヒネミ?っていうの、おもしろかったなあ・・・詳細には覚えていないけど。
で、80年代論のほうはというと、いやまだはじめの何十ページかしか読んでないんだけど、ぱらぱらめくってみれば、八十年代に思春期だった人間には神の名前がいっぱい出てくる。どんなことが書いてあるんだろう。楽しみですな。

単語力というサイトをブラウザのホームページに設定しているので、ブラウザ立ち上げたら初級単語テストを一回することにしているんだが、このサイトは非常にシンプルで美しい。おもしろいし。結構はまる。

あとは・・・あ、確定申告。去年の税金払ってない分があるんだよなあ・・・残高不足で落とされなくて・・・しかし、毎月マイナスなのでそんなのは無理です。こんなに質素な生活なのに生活ができない、税金も払えないというのは根本的に何か間違っているんであろう。
俺か、政府か。俺も、政府も?

昨日は仕事しながら、Let's Dance以降のDavid Bowieのアルバムをいくつか聴いてみた。思っていたよりも全然悪くない。特にいくつかのヒット曲(シングルカット曲?)は、七十年代の名作にも勝っていると思う。っていうか、全然手なんか抜いてなかったじゃんか・・・と思った。九十年代もすばらしい。八十年代も、完璧。きらきらしてて。パワーステーションサウンドまるだし。特に歌、歌唱法の多彩さ、すごい。天才ですよ。このおやじ。歌の天才。

 

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