2007年7月アーカイブ

一週間がたった。が、なにやってたか忘れた。

みんなが帰った後、近所の○○組のの社屋の投票所へ行くと、某占い師が変な服装してでっかいボディーガードと一緒に並んでいた。やっぱり誰に入れるかも占いで決めんだろうか?
占いは当たったかどうか知らんが、自民は惨敗である。でも衆院解散はしないらしい。安倍は続投するつもりだそうだ。あの負け方でそれは通用しないっていうか、それで世の中どういう反応するのか見てやろうじゃないか。俺か小沢かどっちかを決める選挙だって言ってたんじゃなかったか?

土曜日は神楽坂の阿波踊りということで、かみさんの友人のお姉さんがたがやってくる。昼間からビールを浴びる。みなさん浴衣に着替えて神楽坂へ。バカンスで日本に来ているルドとヴァレリも夜になって参加。例のごとく酔っぱらって何を作っているのかわからなくなりながらも夕飯を用意してみんなでくう。そのままみなさんは合宿モードへ。何が何だかどういうことだか何はなしてんだかわからないが、大変な騒ぎである。大勢のきれいな浴衣のおねえさんに囲まれて、肩身は狭いが、おじさんはとても幸せでした。

金曜日、ワークショップのために横浜へ。大変なことになっている。みんなふわふわと高く上がったのはいいが、コントロールが効かずに難儀している。着地が一番大切である。

あとは、しばらく手がけてきたwebサイトが公開になったり・・・、後は何やってたのか忘れた。
会田誠氏の作品集MONUMENT FOR NOTHINGを見せてもらう。どうしたもんだろう。クソおもしろいではないか。本物のワル。おれはなんて良い子なんだろうか、と思う。ちょいワルオヤジは爪の垢を煎じて飲んだ方が良い。
ワルといえば、作家の町蔵先生、殴られたらしい。で訴えたらしい。昔殴り殴られまくったおかげで、歯がないらしい。おもろ。

えーと、明日は朝早くから横浜に行かなければいかんらしいので、もう寝る。

22日、日曜日、13時半。
そろそろ、飯を作らなければならん。腹が減ってたまらん。
夏休みの子供のように、早朝六時には起きて、きちんと決められた分量の宿題を午前中に全て終わらせてしまい、なんのプレッシャーや不安もなく、気持ちよく1日を有意義に使いたい、と思ったのであるが、フツーに十時半に起きた・・・。
ちょっとした届け物をしに新中野のDMJまで、電車を乗り継いでの散歩。行き帰りに川端康成の掌の小説をぱらぱらとめくる。伊豆の踊子と雪国しか読んだことなかったんだけどね。美しい。伊豆の踊子、つい最近読み直した。これも、すばらしかった。前に読んだのは中学生の時。そのときはすばらしくなかった。読書感想文のお手本ほどの感慨しか持たなかった。
ところで、日本文学の傑作などとよばれる小説は、たいてい中学生や高校生の頃に、教養としてなんだか読んどかないといけないのか?とか、世間では名作と呼ばれてるし・・・みたいな理由だけで、「なんだこれ、全然グッとこない」と思いながら読む。つまんないから一冊読むのに夏休み一杯かかって読み終えたりする。すぐ居眠りしたりして。で、そういうのからやっと解放されて大人になってから読むのは、クズのようなコンテンポラリーばかりである。
おおきくなってから読まないとわからないもんもある。中学生の時にカフカの審判を読んで何が楽しい?あ、でも楽しい人もいるのか・・・早熟な天才少年とか。まあ、凡庸な人間にとっては、という話です。でも、絶対に大人になってからもう一回読み直さないと・・・。
おれは、ぜーんせん楽しくなかったし、何ヶ月もかかってちょっと読んでは居眠りし、ちょっと読んでは居眠りして読んで、結局すーっかり内容わすれたし。その何ヶ月かのあいだ、好きな本や楽しい本だったら何十冊読めたかしれない。
名作を、「もうすでに読んだな、中学生の時・・・だからもういいや」ではもったいないよねえ。でもほとんどがそうだと思うけど。大人になってから読まないともったいない小説や本はいっぱいあるよなあ。
きょうは、これから飯作って掃除してサザエさん見て飯作って寝る。いや、午前中にするはずだったができなかったすべきことがいくつかあるので、それも片付ける。

具合

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昨日は、風邪をひいたのかなんなのか、一日中吐き気がしていた。体調の悪いときにタバコを吸ったような、もしくは乗り物酔いが1日続くような。深夜十二時頃帰り道、なにかとつじょ激しい脱力感をおぼえ、コンビニでビールを買ってのみながら、自転車を押して歩いてかえる。まあ、普通の大人だったら行きつけの店にでも行くところだが、公園で缶ビール飲んでいた方が落ち着く。カウンターで一人で酒なんて飲むような趣味はない。あれは母豚の乳首に子豚が群がっているようだ、といつも思う。

結構、柏崎原発の問題は日本よりも海外で大騒ぎになっているようで、次々にメールで大丈夫か?どうなってんの?と。日本で大騒ぎになっていない訳じゃなくて、日本の報道やら政府の対応が大騒ぎしていないということらしいが。不安をあおらないように説明しろ云々という話を塩崎だか何者かがしたらしいが、ちょっと事実を発表したくらいでパニックになるような物を滅多なことで活断層の上に作るものではない。

プリンスが最新アルバムを雑誌のおまけにしてしまって大騒ぎになっている。コンサートのチケットのおまけにもしたらしい。さすが。いまだにパイオニアであるのがうれしい。レコード会社は怒り心頭らしいが。既成の流通業界が全く儲ける経路がないから。いままでの、CDを売るためのコンサートツアーというのもおかしな話だったけど。
どう考えたって、デジタルコピーのデータそのものには価値がないのである。音楽の価値は音楽そのものにある。それを生で、もしくは家庭で実現不可能な再生装置で聞きたいほどのものならば、ちゃんと消費者は金を払うだろう。
確かに、プリンスはすでにエスタブリッシュされているから、ライブツアーだけでも十分収益が上がるけど。草の根では、ライブだけで生活するのは無理か。でも、CD売ったってたかがしれてるでしょ?ごまんといる草の根アーティストでCD売って生活してる人いるのかな?
つうことは、CD売らないって事では、まあプリンスもへたれ機材の宅録アーティストも、みんな条件は同じ。あ、プリンスは雑誌に添付する権利を売ったのか・・・。でも、じっさい、そのあとコピーされまくってインターネットで流通することは、想定しているわな。
CDを一杯売って印税がたくさん入ってくることでお金持ちになる、というモデルではどうにもならん。じっさい、ほとんどの音楽家って、演奏への対価で生活してる人がほとんどでしょ?いいじゃんそれで。ほんとに好きならコピーしないでちゃんとCD自分で買うよ、ってよくいわれてるけど、実際かわないよ。たかがプラスチックのディスクに0101010とか焼き付けてあるだけのものに、三千円も払うか?コピーがいくらでもできる物に。ぺらぺらのブックレットに。余計な解説が挟み込まれてるような物に。音楽評論家に払った原稿料と紙代の分安くしろとかおもう。最近ないの?そういう解説?それなら良いけど。(昔、ストーンズのアルバムの日本版にへんなクソ短編小説がついてきて、ものすごくいやな思いをしたことがある)ほんとに好きなら、ライブに行くよ。ミュージシャンはライブで金儲けしてくれ。印税じゃなくて。何千万枚の印税、なんて、もうけすぎだっつうの。その魂胆がいやだ。少なくともロックンローラーだったら、マイクロペイメントでもうけようとするな、はじめから。
そういえば、ディランがしばらく前に、インターネットで違法コピーがやりとりされていることについてどう思うかって聞かれて、もともと何の価値も無いのだからいいじゃないかといっていたけど、またそれとも違うか。
支離滅裂になったのでここまで。

午前九時半ごろ帰国。少し熱があるみたい。なんだかろくな飯がでなかったKLM機上でのどが渇いて立て続けに飲んだコーラとオレンジジュースがまずかったか、胃酸がのど元まで上ってくる。機内で先のことを考え始めたら、とっても暗い気持ちになってしまったのも原因か・・・。
何時に帰宅したんだか忘れたが、うちに到着するなり洗濯。干すまもなく床にぶっ倒れて昼寝。
今回のツアーはアムス一カ所のみだったけど、なんだか疲れた。盛りだくさんだったからだろう。それはそれで充実していたので、良かったと言えば良かった。

次の公演は九月に横浜赤レンガで。何人かのダンサーは欧州留学のため、または家庭の事情のために参加できず。家庭の事情・・・というのがとてもインドらしいが、諸々日本とは状況も考え方も違うのである。

さっき起きた。いま十時。急いで・・・ってなんで急ぐんだかわかんないけど部屋のど真ん中でシャワー浴びて、荷造りをする。
十二時半に迎えに来るというので、それまで何をしようか。撮影でもしようか。それとも昔くったお店のうまかったフィッシュスープでも食いに行くか。まあ、とにかくべつにすることないんである。観光は昨日の夜で十分。

昨晩はなぜかダサイハードロックにノリノリで客席に向かってミエを切りまくるユニゾン群舞炸裂なフィンランドナショナルバレエをみたあと、フェスティバルのクロージングパーティー。なにやらきれいなインド人の女の子達がうろうろしてるなと思ったら、いきなりボリウッドサウンドががんがんに流れてわけわからんボリウッドダンス。
アタカラリの連中もがんがんに踊り出す。踊っていたのはこっちでボリウッドダンススクールに通う子達だったんだけど、アタカラリダンサー達の方が全然さまになってる。ほんっとに好きみたい、あの子達。ボリウッドが。

腹が減ったので、クソまずいインドネシア料理屋でクソみたいな色をした物を食う。
この時点で十二時半くらい。みんなはもちろんホテルへお帰りですが、トーマスと俺は、中国人やらアフリカ人からかき集めた大量のドリンクチケットを使い果たすためにフェスティバルカフェへ。ビール二杯くらいオランダ人を眺めながら飲んだ後、シュガーファクトリーというクラブへ行くがものすごい列。たぶん入るのに三十分はかかるんじゃないかというくらいだったので、じゃあさあ、レッドライトいこうよということで歩いてむかう。
じつは、本日二回目である。昼間、トーマスと蚤の市に行こうぜということでついでに見に行ったのである。トーマスはここに来るのが初めてだったらしく結構、興味津々。でもまあ昼間の早い時間だったのでお姉さん達は少なかった。少なかった・・・って言っても昼前だぜ。昼前から真っ赤な部屋にブラックライトですけすけ下着が蛍光色に光りまくっている。
夜はまるで祭りの縁日のようである。前に進もうとしてもなかなか進まない。あちらこちらから目的を達成して帰ってくる男に喝采を浴びせる叫び声やらお姉さんにさわろうとしてドンタッチミ!と怒る声やらどこの国の歌だか知らんが大声で大合唱していたり・・、とにかく、ひどい(笑)トーマスはワナトライ?と何度も聞いてきたのでトライしたかったんじゃないか(笑)で、結局、「あー、ノットソエキゾチックフォーミー、アイウィルトライインジャパン」といっていた。
というわけでホテルに帰ったのは二時半。
で、昼間の話。蚤の市でアンティークの植木鉢などさがしてみたが、そんなもんなかった。わけわからんがらくたばかり。もしくはアムステルダム名物のファックやらシットやらガンジャやらが書かれたTシャツやなど。トーマスと冷やかしながらあるく。意外とでかいので疲れる。
そのあと、ロイドホテルの近くの公園でやってるというアラートとフェムケのパーティーへ。言ってみると意外とたくさんの人。なんのパーティかというと、彼らの息子のセンボのお誕生会、それから、そのパーティーをやってるまさにそのテーブルの完成パーティー。テーブルは公園に設置されている公共のもの。彼ららしくおもしろい工夫がされてる。テーブルの上には人生ゲーム(あの双六の人生ゲーム)が埋め込まれている。一つ一つのますは近所の人たちに提供してもらった名刺やメッセージを書いたカードになっている。すてきである。そこでパーティーをするなんて。日本語を話す小さな女の子を発見。でも結局俺には日本語を話してくれなかったけど。日本語で話しかけてたんだけど。なんか、あうあういいい、とかいってた。こっちで建築家をされてる上原さんとオランダ人の奥さんの娘さんで、普段は日本語話すのに・・、といっていた。超かわいい。
センボの名前の由来を初めて知る。「羨望」と「千坊」だって。おもしろい。おもしろいなあ、彼ら。彼らの家族、アラートの兄弟とフェムケの弟にも会えた。

前に書き忘れたこと二つ。
メインシアターで見た十六人の男女が全裸で客席に乗り込んでくる作品は、ものすごかった。カナダの連中。客とののしり合うわ、○んこ客になすりつけてるわ(笑)チョコレートケーキにノーパンでまたがりなすりこんでるわ・・・(笑)でも、なんだかぜんぜん自己中じゃないし、うまく計算されてエンターテインしているので全くいやにならない。ナレーター役というか主役の女性がさえまくってて、客とのやりとりでも気の利いた返しをするので、とってもインテリジェントを感じるような。デイブ・サンピエールという人の作品。
二つめ。せっかくジャイとエリアムからもらったプレゼント。部屋に置いておいたら消失。ロイドホテル・・・。どうしてくれるんだろう?

さてこれから、帰ります。次は日本。問題山積み。

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昨晩、無事に・・・とはいえないけど二公演終了。
成功か成功でないか、と聞かれれば、成功。輸送に失敗したのかLEDのコンディションが悪く、一部、というか大分つかずにおおあわてで創意工夫で乗り切る。まあ、それ以外は、いつもと変わらずパーフェクト。あ、初日の一番最後のブラックアウトに失敗した。止まったけれどホワイトアウト・・・・。なんのことだかさっぱりわかんないと思いますが、九月の横浜公演を見に来てくれればわかります。
客席はほぼ満員。ソールドアウトではなかったらしいけれど、ほぼソールドアウト。まあ、いつものようにインドージャパンコラボレーションの看板に引き寄せられたか。

ところで、しばらく書いていなかったので、どこから思い出せば良いんだ?
ダンサー達が到着してから書いてなかったか・・・。しまったなあ・・・。思い出せない。

昨日のことからさかのぼってメモ。
二日目は劇場に五時入りということで、その前に十一月のオペラのための撮影に行く。Mjucに紹介してもらったArjanの子供達の撮影。こっちにはフェムケ親子もいて、彼らにお願いしても良かったんだけれど、Mjuc推薦のスーパーキュートな女の子達に日本から来たおじさんにつきあってもらう。仲介してくれたのはこっちに住んで作品作りをしている濱野さん。ウェスターパークでブランコに乗ってもらったり、走り回ってもらったり。あんまりうまくないなあ、撮影。どうなんだろう。使えないかも。
約束が一時頃だったので、それまでトーマスとレンブラントを見に行くことに。すばらしかった。あの美術館はコンパクトで、しかもものすごいクオリティー。
ゴッホ美術館も近いけれど、べつにゴッホはどうでも良いのでパス。あのあたりの時代はみんな吹っ飛ばしてもいい。現代美術館の方にはいきたかったけど。
撮影のためにいったウェスターパークから少し歩くと2000年のJULIダンスの時に毎日通ったリーハーサルスタジオを発見。以前は廃工場の跡地というかなんというか寂れた感じがしていたのだが、すばらしくきれいななんて言うんだろう・・・ギャラリーやスタジオが建ち並ぶ芸術センターのようになっていた。でも、以前の雰囲気はそのままなので、いきなり七年前にぶっ飛ばされる。ああ、なつかしい・・・。懐かしいねえ、太郎さん、石山くん!まいにちまいにちかよったねえ・・・。
写真・・・撮り忘れた。
五時に劇場へいくと、フェムケに遭遇。俺がボックスオフィスに用意しておいたチケットを受け取りに来たらしい。久しぶりの再会。夜のパフォーマンスを見てくれる。
14日はうちの奥さんの誕生日なので、ダンサー達がリハーサルしている舞台上から電話。アタカラリのみんながリハを中断してハッピーバースデーを携帯電話に向かって大合唱してくれる。
公演終了後、舞台上からアーティストトーク。どうだろう・・・。あんまりうまく話せなかった。英語・・・。

初日。とにかく一日中劇場。で、上で書いたように、最後の最後に失敗。ブラックアウトがをワイとアウトに。つまり、フリーズした舞台上のジャイは、暗転するまで動けない。びびったろうなあ・・・。すまん。まあ、ストップはしたから良いが・・・。
プレゼンで知り合ったアーティスト達もみんな見に来てくれた。すばらしい作品を作っているアーティストにすばらしかったと言われると、とーっても、うれしい。
公演終了後、どこかのプライベートファンドからのお姉さんがみんなを自宅に招待してくれた。よくわかんなかったが、ワインと飯をいただいた。よくわかんなかったが、いろいろ聞かれたので、一生懸命説明しておいた。

仕込み。とにかく一日中劇場。帰りにネパール料理屋。LEDの不良が多数見つかり、愕然とする。ホテルへ持って帰り、トーマスと真虫と三人で奮闘。なんとかでっち上げた。

今日は最終日。ワークショップの予定だったが、純粋にダンスのワークショップにしたので、俺は行かなくて良いことになった。
ということで、12時にラギニとミーティングした後、フェムケのところのセンボのお誕生会へ。なんとうちの奥さんと同じ誕生日。ロイドホテルの近くの公園でテーブル出してピクニックらしい。なんでも、テーブルを作ったので・・・とか何とか。七時くらいまでやってるって言うから、その前に、シティーセンターにでも行ってみるか。例のエリアとか、例の珈琲屋さんとか。トーマス達はどうするのかな?
そのあと、JULIダンスのクロージングパーティー。その前にフィンランドナショナルバレエを見るか、どうか・・・。みるか。

これが部屋の真ん中にシャワーのある部屋。玄関開けるとシャワーなので、床は水浸し、どこへ行くにも靴は足はびしょ濡れです。

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三日目も盛りだくさんではあったけれどあまりおもしろくはなかった。
五時頃までディスカッションやらプレゼンやら実際の身体ワークショップの体験などがあったあと、参加者の一人のブキナファソからの振り付け家の作品を見に行く。あ、そのまえに、その彼、セルジュアメ・コウリバリ君の推薦による若いアーティストの小品をみにいく。JUJIダンスでは、メインの招待作家によるレコメンドで若いダンサーや振付家にチャンスを与える意味でJUJIダンスNextという枠を設けているようだ。セルジュアメの推薦したのはアフリカ系フランス人の、これもまたとても美人のエリザベス某という女性。これは、ときおり挟み込まれるフランス語のテキストが理解できないので実際には何についての作品かわからんが、たぶん、アフリカ系としてのアイデンティティーの問題についての作品だと思う。しかし、何となくそのような問題なんだろうな・・・とはわかるが、全体的には「自分を表現したい!」みたいな。
そのあと、セルジュアメの作品。これがすばらしかった。アフリカの歌。説明できないが、とても強い。英語で歌詞は配られていたが、それがいらないくらい、よく伝わってくるのである。何を歌っているか。で、その歌がむちゃくちゃうまい。
ダンスミュージカルのような形式なんだけど全然ださくなくて、プリミティブなんだけどかっこいい。不思議である。すばらしいバランス感覚、センス。これも日本に来たら、大推薦。
セルジュアメとは三日間一緒に過ごし、なんの立場の違いも抱える問題の違いも意識せずに同年代ということもあって親しくなっていたので、ほとんど総立ちのスタンディングオベーションでは、なんだか誇らしい気持ちになって泣きそうになった。

それと、この日はアタカラリの他のダンサー達が到着。みんな相変わらず。でも、なんか、みんな自然にヨーロッパにとけ込んでいるように見える。堂々としてきた。大人になったなあ。

アムステルダム三日目、の朝です。

昨日も朝九時からプレゼンを聞く会。ブキナファソからの振り付け家の話がおもしろい。なんだか状況が違いすぎて想像がつかないので、ほんとに彼の言ってることが理解できたかわからんのだが、なんだかすごい。
昨日はディスカッションで聞いた話もおもしろかった。何しろ、インド人とアフリカ人と中国人、それにアメリカ人に、オランダに住んでるけどオランダ人じゃないどっかから流れてきた人達である。
アフリカでやればヨーロッパのダンスだと揶揄され、ヨーロッパでやればアフリカンダンスだといわれ、さらに誰もブキナファソのダンスだとは言わず、アフリカはアフリカで・・・とか、アメリカ人がモンゴルに行ったとき見た「コンテンポラリーダンス」の話とか。パリかニューヨークに何度か行ったモンゴル人がたぶんどこかのコンテンポラリーダンスを見て影響を受け、時刻に持ち帰り何かが始まっていて、でも、それをそのままヨーロッパのフェスティバルに持ってきても成功しない。みたいな話からコンテンポラリーダンスとは何か、みたいなくだらない議論をそれぞれの状況の頭がそれぞれに考えている状況そのものが、とてもおもしろい。インドのテレフォンセンターなんかのアウトソーシングの話題では、やっぱりなぜかアメリカ人の顔色をうかがいながら聞いてしまう。べつに彼がアメリカを代表してるわけではないのに・・・。
終了後、みんなでディナー。
夜はなにやらプロレタリアート演劇みたいなフランスの作品。ちょっと寝た。
十一時にホテルへ戻り、少し仕事して、寝る。

アムステルダム二日目。
初日からとても長い一日。アーティストラボと称するカンファレンスというかプレゼンテーション大会が長い。一人四十五分の持ち時間で朝から晩までびっちり。やる方も大変だけど、菊法も大変である。まあ、それぞれ、強い信念というか、怨念のような物がこもった作品作りをしているようで、いろいろ勉強になる。特に、中国からのアーティストが興味深い。まあ、見た感じ裕福な人たちなんだけれど、もう、なんというか、政治犯である(笑)戦う対象が明確で。
アフリカやアメリカ、で「美しい日本」の俺。それぞれの環境で、それぞれに時代に巻き込まれて生きて何かやってるんである。
まあ、俺はいつものようにいつもの奴を説明。ちょっとしどろもどろだったけど、余計なことは話さずキーワードだけを・・・。まあ、それなりに。
反応は・・・日本、なんか一回全部終わっちゃってるんだろうなあ・・・・みたいな。

よるは、チャンドラレーカカンパニー。去年の九月にチャンドラレーカが亡くなった。インドのコンテンポラリーダンスの母、というか皇后みたいな人だったらしい。
作品は、男女のデュエット。これが・・・実は、告白するけど、見ている間、ずっと性的に興奮してしまった。こんなの初めてである。とにかく、この世の物とは思えないほど美しいのである。ダンスとかパフォーマンスとか本当はどうでも良いと思っている俺のような人間が、こんなことを言うんだから、信じてほしい。一時間ほどの作品、だったと思う。音楽も動きも超スロー。タンブーラに二本にムリダンガムにボーカル二人。で、この世の物とは思えない超美人ダンサー。
二本にこの作品が来たら、是非見てほしい。もちろん、俺は何かのマジックにかけられていたのかもしれない。

終了後、タイレストランでジャイ達と飯。帰ったら、十一時半でした。明るいから八時くらいなのかと思った。

アムステルダムにいます。雨が降ってる。
今、夜の十時半ですが、外は夕方五時くらいの明るさ。
こちらはちょっと寒いんですけど・・・実は上着を一枚しか持ってきていない。予想外。というか、予想しないできた・・・。東京と同じくらいだと思った。というか、何も思っていなかった。そういえば、以前JULIDANCEに来たときも、七月にストーブつけてたじゃん・・・。
なにか適当な上着でも買おう。でもMaximumTHCとか書いてあるパーカーとかは買わない。
さっきまで、アクラム・カーンのカタックを見に行っていたんですが、途中で帰ってきた。帰らないと、体調崩しそうな予感がしたから。後ろ髪引かれたんですが・・・。なぜなら、アクラムの踊りがとてもすばらしかったから。
これからシャワー浴びて、明日のプレゼンの準備をしてねる。準備、ちゃんとしよう。
で、シャワーがどこにあるかっていえば、このホテル、部屋の真ん中にあるんですが・・・。おそるべし、ロイドホテル。
wifiはつなぎ放題らしい。オランダ、最高なんですけど・・・。
携帯を3Gにしたので、普通につながるはずです。メールも。


土曜はマサコさんのお別れ会に行ったのだが、気がついたら日曜の朝、うちでねていた。衝撃的である。うちに帰った記憶がない。
俺は最後、どうなってしまっていたのだろうか?ご存じの方にきいてみたい。恐ろしいことである。(((( ;゚Д゚))))ガクガクブルブル。
というわけで、実は太郎さんにメールで聞いた。彼は終電で帰ったらしいが、別れ際に俺に手を振ると、椅子に座っていた俺は小さく手を振ったらしい。
俺は終電で帰っていないようだ・・・。
まったく、成長という言葉には縁がないようである。
そういえば、久しぶりに再会した友人達は、以前から俺の三歩も四歩も前に進んで成長していたようにみえていたが、時を経てもその差が縮まったようには見えなかった。
つねに、俺はちょっと子供の松尾君なのである。

俺の記憶では、会はとても良い会だった。

週末は、二日酔いなのかそれとも慢性的にたまっている疲れなのか判別がつかない吐き気と背中の痛みと頭痛に悩まされながら、おわっていない持ち帰りの仕事を進め、行き詰まり、プルシャルタの仕事を進め、行き詰まり、などなどしているうちに終わる。
つらいけど、なんだかんだ、やれば少しは前に進む。と、いいな。

あと四日のうちに、何とかしておかなければいけないことを何とかしておかなければならない。

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