本物の〜に、〜っぽい感じとはいえない

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九月は三連休が二つある。今日は17日。三連休の中日。
昨日のよる、ゆきちゃんからもらったチケットでメシオ・パーカーバンドのライブへいく。
初めてのミッドタウン東京。
ビルボードライブというところで、ディナーを食いながらファンクバンドである。
全盛期のジェームスブラウンのバンドが、アポロシアターやらでぶいぶいいわせていた頃の雰囲気やノリは想像するしかないのだが、それでもオヤジたちは十分にファンキーだった。

というか、十分にファンキーだったとか、失礼だな。だれがファンキーだ?メイシオだ。JBだ。彼らのように振る舞うのが、ファンキーなのだ。張本人なのであるから、張本人に向かって、おまえファンキーなやつだな、というのはおかしい。
というのも、あれは彼らの音楽なのである。JB'sっぽくとか、ファンクっぽく、とかそんなフェイクはもう世界中でスタンダードになってしまっているのだけれども、あれは、彼らが作った彼らの音楽なのである。それがよくわかる。全く、そののりを実現するために、無理はしていない。息をするように、ただ演奏すると、その音楽になっていた。ただそれだけだ。アメリカ音楽。
しみじみとしたのは、演出である。苦虫かみつぶしたような顔の、メシオにマネージャーと紹介された白人女性が、何度も出たり入ったり、大げさな文句で仕方なさそうにバンドを紹介する。彼女でなければならない理由がある。様式。
二十世紀アメリカ音楽のライブである。

プルシャルタ日本公演も間近で大忙しの時期であるが、来年の二月のインドツアーが決まりそうだ。二月七日から二週間でどうだ、と、中国へ別プログラムを上演しに行く直前のアタカラリからメールが来た。
インドへ行きたい方は、それに併せてお休みをとり、同行の準備をしてください。

さて、アメリカでもヨーロッパでもない、二十一世紀アジアのショーはスタンダードになるくらい、快楽原則にヒットしているだろうか?

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このページは、matsuoが2007年9月16日 20:14に書いたブログ記事です。

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