朝八時半に目が覚めて、シャワーを浴びる。朝五時から十時まで湯が出ると言うが少し心配だったのだけれど、果たしてちゃんと一定の温度の湯が出る。
コンタクトレンズをバンガロールに置いてきてしまったようだ。めがねは持ってきたので大丈夫だけれど、視界が狭く、少し残念。
朝食を探して街に出る。バンガロールに比べるとやはり田舎に感じる。店に出ている物も、幾分垢抜けない。
近くに大きなマーケットがあったので中に入りぶらぶらする。山づみのバナナやタマネギや唐辛子。翌声をかけてくる。ジャパンジャパンというので手を振るとふり返す。やはり中国人でも韓国人でもなく、日本人に見えるのだろうか。少年がしつこくジャパンジャパンと付いてくる。何かと思ったら、ジャパン、マリファナ。日本人にはよく売れるのだろうか。
昨日の汽車の中では、二人の子連れの若いお母さんに声をかけられて(というか子どもにまず声をかけさせて)、いかに日本人が頭がいいか、いかに教養があって、頭脳明晰で礼儀正しくて・・・何でも日本製が一番で・・・という話をされた。日本人と話が出来て、とてもうれしかったという。どうして日本は優秀なのか、と聞かれたが、答えられない。今の日本をよーく知っていますが、日本はもうダメかもしれないですよ、といったら、でもまだまだ日本は大丈夫ですよ、と慰められた。まだ大丈夫かもしれないが、たぶん、今までとは違う意味で、大丈夫になっていかなければならんだろう、とおもう。
マーケットの近くの飯屋でマサラドーサを食い、宮殿へ向かう。ロンリープラネットの地図を頼りに、北門へ向かうがあいておらず、南から入れと言われる。北門からのぞくと遙か向こうに南門が見える。でかい宮殿をぐるりとまわり南門にたどり着くと、十時十分前。門は十時に開くから少し待つ。ぞくぞくと観光客が集まってくる。もちろんしつこい物売りも集まってくる。
もんをはいるとなんの儀式かしらんが楽隊が前庭を横切る。ムリダンガムの音と謎のパイプの音が前庭を囲む巨大な宮殿に反響してすばらしい効果。あらゆる楽器には、ならされるべき場所と時間があるとおもう。
宮殿内部はとにかく豪華絢爛である。個人宅である。王の家。圧倒的な金持ちの家。
大量の肖像画が展示されているのだが、どれもこれも突き放されたような無常を感じる。いなかから観光に来たと思われる中流の若い親子がその昔マハラジャがあるき使用人がひれ伏していたであろう大理石の階段をゆっくり歩いている。
宮殿を出て、街を小一時間ほど歩き、少し遅めの昼飯。ミールスにコーヒー。いったんホテルに戻り、コーラのみながら少し休んで、チャムンディーの丘とやらに出発。セントラルバスターミナルからバスが頻繁に出ているらしいと言うので向かう。AC車は20ルピーするだけ会ってがらがらで快適。三十分ほど走ると頂上。ヒンズー信徒に混じってお寺参り。なんだかみんな目の色が変わっているので、こっちも敬虔な気持ちに・・・特にそれほどでもないが、なる。遠くから来たのか大荷物の大家族が地べたに座り込んで飯を広げていたりする。個々は大変な聖地なのだろう。
日差しが強くてたまらないので、はじめ降りるときは歩いて・・・と思っていたが、帰りもバスで。ACでないので、6.5ルピーであった。
街へ戻って土産屋でものぞこうと民芸品屋へいくが特にほしい物や土産に出来るような物もなかった。街をぐるぐるまた歩いて、内省・・・等出来るか、クソ暑くて。薄暗いバーでビールを一本化ってホテルへ戻り、ビールを飲んで一眠り。目が覚めると夜八時をまわっていた。腹も減ったので、夜の散歩がてらレストラン探し。夜の宮殿はどうなっているのか見にいく。絵はがきで見たようなバカな電飾はなく、とても綺麗にライトアップされていた。
結局、昨日と同じHOTEL RRRでチキンマサラを食う。(こっちでHOTELはレストランの意である)うまい。
一人旅は、暇である。俺にはあまり向かないのかもしれない。一人でいると、いろんな細かいことに気がつく。インドは何度来ても謎だらけだ。特に宗教的習慣というのはあえて合理的でなかったり常軌を逸している物であったり、つまり祝祭は常識的であっては祝祭にならないのだから、当然理解不能な物になるのである。ただでさえ、共同体の外の人間である。全く意味不明なことが多い。
例えば、日本でだって鰯の頭が玄関にくし差しになってあったりするのを外国人はなんと思うか。夕食の鰯を干していたら猫に食われたと思うだろうか。
さっき門のところにコリアンダーの束が無造作にねじ込んであるのをいくつか見かけた。しかも大量に。なんだか訳がわからんが、なんだか、そういうことなんだろうと言うことにしておいた。そういうことにしておかないと、謎だらけで一歩も前に進めない。
明日はマディケリに移動しようと思う。トーマスおすすめの避暑地だ。


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