2008年4月アーカイブ

草場地。北京。二千八年四月二十九日。

実は今三十日一時十分。今日は十二時ちょっと過ぎに帰ってきた。さっきシャワー浴びて、一応書いておかないと・・・と思い眠いけどちょっと書いておく。

八時半起床。成田で「そーいや本を持ってくるの忘れた」と思ってあわてて搭乗間際に買った茂木健一郎の「思考の補助線」という新書をめくっていたらいつの間にか寝てしまい、十時半起床。十一時半ごろまで仕事・・・をしようとして何となくインターネット。腹が減ったので、近所の飯屋で餃子と・・なんだあれは・・味噌ぶっかけ冷うどんみたいなものを食う。思わずビールを注文したくなるような陽気。しかしやめる。

今日はいつもよりもふわふわしたあれ、なんていうのか、柳の種子がたくさんまっている。雪のようである。何千年も前から北京ではこんな春の雪が降っていたのだろうと思うと・・・いや特に感慨はないけど。想像したよりもすごい量ですこれ。

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一時からリハーサル、のはずだったがスタジオの鍵をゲットするのが二時になってしまうとのことで、CCDで少し時間つぶし。ワークショップの参加者達とおしゃべり。

二時から六時半までリハーサル。なんか疲れた。というか眠かった・・・。集中できない。たぶん、睡眠のクオリティーが落ちているため、疲れがとれていないんだろう。
でも、いろいろアイデアは固まってきて、まあ、順調といえば順調。東京でいろいろまとめる必要があるけれど。やっぱり来て良かった。ちゃんと同じビジョンを共有できた。あとは俺が帰った後に動きのクオリティーをちょっとずつでいいので上げてもらえれば。

CCDで夕食を食った後、ビールを一本飲みながらだらだらする。

八時頃、ジャイ達ワークショップのメンバーが北京の中心のどこかで飯を食っているというので参加しようということになりタクシーで向かう。ちょうど食い終わったところ。みんなで天安門へ行く。いろんな国からのメンバーと天安門の前を散歩。王府井を通り抜け、お茶屋さんでみんなが買い物するのにつきあい、タクシー拾ってもどってきた。

という1日でした。疲れた。

北京2008。四月二十七日。朝八時半に目覚める。頭痛。枕があわないのか背中が痛い。メールをチェックして、二度寝。十時にこれはいかんおれはなんのために・・・とおもい、がんばって起きる。ふらっと外へ出て煎餅を屋台で購入。初めて中国に来たとき、これはうまい!と思った。けど、まあまあだな。屋台によってはうまいんでしょう。

頭痛薬をのんで仕事。サウンドトラックを仕上げる。出来ればライブで演奏したいのだけれど、構造をかっちり作ってダンサーの動きに合わせてエフェクトをいじる程度に(またもや)落ち着く。

十二時半ごろCCDへいって飯。外で一人火鍋でもしようかとおもったんだが、CCDへいくと大賑わいだったのでやあやあ挨拶してたら結局そこでみんなと食うことになった。
一時ちょっと過ぎからジャイのプレゼンテーションがあったので見る。アタカラリのことプルシャルタのことナガリカのこと。続けてワークショップ参加者のプレゼンテーション。デュッセルドルフのアーティストが「きちんと」していた。

四時になったのでリハーサルスタジオへ。七時までリハーサル。少しずつ少しずつ前進。あまり多くは求めない。ガイドするだけでシャオクーとステファンの自由に。とってもやりやすい。もう少しでこの手のやり方のキモがつかめそうだ。
終了後、CCDへ戻り夕食。ほとんどなくなっていたんだが、頼んでちょっと作ってもらった。

八時半くらいにシャオクーの友達でミュージシャンのうちへいき、酒を飲みながら音楽談義。お互いの仕事を見せ合ったり。彼はファッションショーなどの音楽を作るのを生業としているという。DJなんかでも稼ぐらしい。そういう仕事が最近はひっきりなしに舞い込むのだそうだ。だからそれだけで食っていける。ちょっと中心から外れたところにあるがすんでる部屋もなんだかリッチな感じ。部屋に立派なスタジオを持っている。一緒に住んでる彼女もおきれいな方で。
MaxMSPについて知りたいというので、ちょっと教える。
後から三人友達が加わって酒盛り。日本人なのに英語がはなせる!といって驚かれる。そんなに日本人は英語が苦手だという印象があるのか。実際、苦手だけど。

十二時頃ホテルに戻る。

北京。草場地の1日。
今度は目覚ましのセットのしかたを間違えて起動せず。目覚まし時計といってもMacBookでAurolaとかいうiTunesをタイマーで起動することができるソフトを使ってるんだが、十二時を越えて「明日」にセットしていたために「今日」は起動せず。残念。十時起き。
シャオクーが午前中チャオチャオの作品に使う素材を骨董市で買うからつきあうかといわれていたんだが、やめといた。
十一時頃までネットで聖火リレーのニュース見たりして外に出て近所のこ汚い飯屋でラーメンを食う。グルタミン酸の味ばかりでコクがないんだよね。おしなべて。

部屋に戻り、タイムカウントとサウンドトラック作り。何でか知らんが、ちっこいミスばかりでなかなかうまく目的地にたどり着かない。
あ、そのまえに部屋のにおいの件でおっちゃんとおばちゃんに何とかしてくれとクレーム。ダブルでもトリプルの部屋でもいいからとにかく他の部屋を見せてくれといってにおいをかいでまわるが、まあ、俺の部屋ほどでないにしろ臭い。このホテルの近所一帯が臭い。
いじくりたくなかったのでチェックしなかったが、便所の排水溝を調べてもらうとトラップがぶっ壊れてる。どおりで。ここからにおいが登ってくるようだ。ということで、トラップの金具を交換してもらう。よし、他の部屋と同じにおいのレベルまで回復。あとは消臭スプレーをもらい、必要ならお香をくれると。
それほど気にならなくなった。
しかし・・・根本的に、なんかおかしい。このクオリティーはあってはならないよな・・・。

日中はずっと作業をしたり作業に行き詰まったり。疲れたら近所にプラプラ写真を撮りに行ったりして。
八時からCCDで上海のグループによるパフォーマンスがあるというので七時半ごろでかける。
三十分ほどの作品を四作品。一つだけライヒのドラミングをつかったステップだけの作品がよかったが、あとはクソ。

終了後、飯を食いに出かけようとして道でばったりシャオクーに会い、刀削面を食うのにつきあってもらい、CCDへ戻りジャイに会い、ワークショップの参加者を紹介されたりしてもらったり。初めて参加者にあったが、ヨーロッパからも5~6人の参加者がいた。

十一時半ごろホテルに戻る。

ところで、やっぱり見ることの出来ないページはたくさんあるみたいですね。youtubeのfreeチベット関係の動画を見ようとすると接続が切れます。

北京。二千八年四月二十六日土曜日。
今日は驚くべき事があり未だに興奮冷めやまないのだが、落ち着いて朝から一日をたどって記録しておく。

目覚ましをかけ忘れて寝たようで、おきるとすでに九時をまわっていた。この部屋は窓がないので文字通り真っ暗闇。朝日が差すこともなく体が朝を認識しない。
聖火リレーのことが気になりインターネットでニュースをチェック。中国人だらけだったって?なんだか・・・新華社通信もチェック。言及なし。

十一時にシャオクーが迎えに来るはずなので、その前にタイムカウントのサウンドトラックだけでも作っておこうとがんばってみようかな・・・とか思って作業始めるも、寒くて臭くて(朝はまだまし)作業どころでない。
十一時まで待つがシャオクーの来る様子がないので携帯をチェックすると寝坊したらしくメッセージが入っている。で、腹も減ったし近所で刀削面をくってCCDへ。CCDで机を借りて作業の続き。

二時半から近所のギャラリーで某とかいう若いアーティストのパフォーマンスと個展があるというので出かける。こういうの。四時間磔になるパフォーマンス。なんだか懐かしい感じ。

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リハーサルへ向かう途中、ふと目をとめたポスターに見覚えのあるロゴを見つけ近寄ると、松蔭浩之の名がありびっくりする。シャオクーとステファンに彼は俺の古い知り合いで有名なアーティストで・・・なんて話していて、もしかしてという思いが頭をよぎり中にずかずか入っていくとやはりそこには松蔭さんが!「おおー!なんで?宇治野もいるよー!」って事で、なんと宇治野さんもそこに。
こんなことは一生のうちに何度もないサプライズ。
きょうはMIZUMAギャラリーのオープニングパーティーで、なんとさらに驚くべき事に四年ぶりのゴージャラス再結成ライブがあるのだという。
ヤバイ。いままで抱いてきたこの村の生活のイメージと自分のこの村でやっている仕事の根本的なとらえ方というか位相がガシッととずれたような音がした。

その後スタジオへ移ってリハーサル。まあ、今のところ順調。CMprocessをやる。ガシッとずれた音は少しだけなにかをドライブさせている。
ところがこの日スタジオではアイウェイウェイの奥さんのパーティーがあって、われわれは二階を使わせてもらったんだが、一階から吹き抜けなので山口百恵のCDがかなりのボリュームでかかっていてタイムカウントを聴きながらリハーサルというわけにも行かず、まあ、難儀した。シャオクーによると、パーティーにはなにやら超有名な歌手の方もいらしたようだ。

六時半ごろ切り上げてシャオクーと雲南料理屋でこういうものを食う。

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宿に荷物を置いて、ミズマアートギャラリー北京支店?へ。
俺に何も言うことはない。これをみよ。

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明日の朝帰国だということで、早々に分かれる。ゴージャラスGJ乙。

ギャラリーにあった作品に関してはあまりグッと来るような感じではなかった。うすあじ、というか鰹だし。

北京三日目。一日目は移動日だったので実質二日目。
ジャイが大山子に行きたいというのでCCDで九時半に待ち合わせる。CCDの某スタッフとジャイと三人で少し立ち話。不明瞭な発音だがよくしゃべる人物で、アジアのコンテンポラリーダンスやらアートやらに関する自説を興奮気味に(大きな声だから少なくとも興奮しているように見える)ぶっている。そうですねおっしゃるとおりですねと頷きつつきいているとだんだん話は怪しい方へ。インド人はすばらしいがそれに引き替え日本人ってやつは何でいつもああなんだろう困った人たちだよね・・的なはなし。彼らはいつもアジアのリーダーのような面をして威張っているよ、みたいな・・・。横目で俺をちらちら見ながら。何かきちんとした理屈もあるのかもしれないが、彼の英語の話の内容からは理解できるような理屈は聞き取れなかったのであまりこじらせないようにうまく退散する。

大山子へ行く前に、出発前のチャオチャオにあっておきたかったので建設中のアトリエへ向かう。一緒に朝飯。相変わらず本気なのか冗談なのかぎりぎりの話がぽんぽん飛び出す(英語が話せないのでシャオクーの通訳付きである)。靖国神社に忍び込んで泊まり込みで作品を作りたいんだが手伝ってくれ、っつうので「やめろ」といった。冗談かと思ったら本気みたいなので、それはあまりにナイーブすぎるおまえが殺されるだけならまだしも国交の問題になるぞ(笑)・・と。

チャオチャオと別れてシャオクーとジャイと一緒に大山子へ。いろいろ行き当たりばったりに見て回る。ジャイがトイレに行きたいというので見つけたトイレが例の中国式でとても開放的および強い臭気を放っていたのでオールドファクトリーカフェで休憩。そこでは若いアーティスト達、というかたぶん学生達の作品が所狭しと並べられたマーケットが展開されている。しかし、一見してこれは若いな・・とわかる代物ばかり。有名なアーティストのテイストを模倣したものや詰めの甘いものが多くをしめる。にもかかわらずバイヤーだかギャラリストだかわからないがこじゃれたいかにもな西洋人が金の卵を探し出そうとあふれかえっていた。

二時からリハーサルなので、王府井に土産物を買いに行くというジャイと別れ、シャオクーと二人で戻る。
今回借りることになっているスペースはチャオチャオの先生でもあるアイウェイウェイ氏のスタジオ。鍵を借りにお宅へ伺うと彼と彼の奥さんが迎えてくれる。そのお宅っていうのがまたすごいんですよ・・・・。まあ、アートバブルの中国でさらにスーパースターだからそんなもんなんでしょう。温厚そうにまるまる太った方で、画家である奥さんもすごくいい感じ。

リハーサルといっても、スロースタート。まずビデオでも見ようかってことで去年のCCDでのパフォーマンスの記録ビデオを見ながら昨日話し合ったことに加えていろいろアイデアを出したりだめ出ししたり。そんなこんなで二時間ほど。アイウェイウェイの奥さん(名前を失念)がやってきてなにやらいろいろはなしこんでしまってそのまま今日のところは「持ち帰って検討します」的な流れに。奥さんはスタジオの家具やらなにやらを明日MUJIに買いに行くんだけど、実際MUJIって日本ではどういう人たちが買っていくの?いいかんじなの?あたしはMUJIがすきなんだけど・・・?とかそんなことをきく。MUJIはいいですよ、奥さん。

五時頃ホテルへいったん戻り「持ち帰って検討」する。

ところが・・・やはり臭い。この部屋。取り替えてもらおうとフロントへ。管理人夫婦とたぶんその娘の三人しかいないんだが、英語が全く話せないので筆談。満室で不可能。さらに、全ての部屋でこのにおいがするし、これは天気のせいで下水の調子が悪くトラップが効いていないのでにおいが登ってきてしまうのだという。芳香剤を持ってきて噴射してくれようとするけれど、いやいやそんなものもう試してるしそれでもダメだから換えてくれといってるんだっていうがにやにやしながら「まー我慢してよ、しょうがないしょうがない」的なノリ。ダメだ(笑)
ということであれやこれや試すことにする。便所のトラップが問題なので、便所を流しっぱなしにする。水がもったいないなどといってられない。ところがシャーーーーっという音がうるさくて気になる。ビニールかなんかでフタしておこうかということで、近所に飯を食いに行ったついでに大きなテーブルクロス用のビニールを飯屋でもらってくる。どうもあんまり効かないなあ・・・
ということで明日はモップを買ってきてモップをぶち込んで栓をする作戦をとってみようと思う。
何やってんだ、俺・・・。

きょうはアムスであった大連のリーニン君のパフォーマンスが大山子であるとのことで見にいく予定だったんだが、チャオチャオの飛行機が強風のため出発が遅れることになったので見送るシャオクーが行けなくなり、明日の回に延期。


二千八年四月二十四日二十三時五十分北京。

さっき帰ってきて気がついたんだが、部屋が、臭い。どぶ臭い。あわてて芳香剤を買ってきた。ちょっとはましになったかな・・・

あす、部屋を換えてもらおう。満室でなければいいのだが。他の部屋も臭かったりして。チャオチャオの名前で十日分の部屋代を前払いしてしまっていてくれたのでホテルを換えるのはちょっと容易でないんだよな・・・近所にここよりましなホテル(というか招待所というか)ないし。

ホテル運が悪い。もちろんそれなりに払っていいホテルに泊まればこんな事はあり得ないのだが・・・。前回、あっちゃんに紹介されて古い四合院を改装してホテルにしたというところに泊まったんだが、あそこもこんなにおいがして一泊でギブアップ。結局普通のビジネスホテルにうつったんだった。
インドでは日本ではお目にかかったことのないカビが生えた異様に湿度が高い部屋で、これまた今までかいだことのないにおいに悩まされて眠れなかったし。いまだにあのにおいを思い出して吐き気をもよおすことがあるくらい。
数年前のチェンナイではどぶのにおいと暑さに加えて強力な数の蚊に悩まされ一睡も出来なかった。安い部屋は安いなりの理由があるという真理。

今日の記録。
昼ちょっと前にシャオクーが部屋へ迎えに来てCCDへいきジャイに合う。一緒に昼飯を食い、二時まで日だまりでシャオクーと三人いろいろ話す。近所に建築中のシャオクーとチャオチャオのスタジオ兼住居を見にいく。もうなんだかわからないくらいちゃんとしていてびっくりする。日本の状況からは想像もつかないが「芸術村」はほんとに芸術村で、なんというかほんとに芸術村なのである。説明がめんどくさいのでしないが、芸術村である。
二時になってコンスタンツとディネケがやってきて再会。ジャイと彼女たちはミーティングへ。われわれはシャオクーの彼氏でアーティストのチャオチャオ君の個展を見にいく。
疲れたので説明も批評めいたことも書かないが、とても才能のあるアーティストである。笑えるがシリアスでちょっと切ない。たぶん、成功するだろう。というか、あんな立派な個展やってお客もそれなりについていれば十分「成功したアーティスト」であろうけど。
明日からオーストラリアへ制作に行くというチャオチャオとは合うことが出来なかった。

その後近所のギャラリーをまわってなにやらたくさんのビデオアートやら写真やらインスタレーションやら絵を見る。あつかう問題も表現もチャイナ的でアートマーケット的である。不思議なことに日本では西洋のアートマーケットを照準に制作しているようなテーマや体裁を持った作品やアーティストがまれなような気がする(っていうかよくしらないけど、ほんとは)し、そういう「世界の〜」とか「国際的に通用する〜」とかがああでもないこうでもないと語られたりするけれど、なんだかしらんが北京のアーティスト達ははなからそういうフィールドにいるようである。という印象。日本ではよく誰々っていうアーティストや俳優が「世界デビュー」した!とかさわいだりするけど、デビューすなわち「世界デビュー」のはずであるのになあ・・とおもったり。

ステファンと合流して太山子のカフェで三時間半ほどSickRoomをどうしたいかを話し合う。とてもいいミーティングだった。と思う。方向性はとてもクリアになった。
なんだか、太山子のアートバブル的雰囲気がおまいらのやってることはまあまあ価値のあることなんだよ(笑)と後押ししてくれてるような気分でいい感じ。もしかしたら、東京での悶々とした閉塞感はこの開放感を求めていたのかもしれない。俺はアートスクールに入ったことがないが、こんな感じでなんか許されてるような雰囲気があるんだろうなあ、いいなあ・・・なんて思う。
と同時に、なんか俺、芸術家じゃないややっぱり・・・とか思うのである。この芸術家の先生達とは違うところから本質にアプローチしたいと思うのである。出来れば(笑い)

明日から、ゆっくり実際に動き始める。話すのは簡単でおもしろい。でも作業するのはストレスフルである。とくにこういうグループワークは・・・。

七時半にジャイと合流し、シャオクーおすすめの中心にあるなんとかというエリアでなんとかというナマズの料理を食う。なかなか見た目がえぐい。ビール二本。写真を撮り忘れた。


北京。二千八年四月二十四日午前十時五十分。
草場地芸術村の端にある最近新しくできたという小さなホテルの窓のないシングルルームで十時ちょっと前に起きた。
昨晩九時半ごろ飛行機が北京空港に到着。入国手続きの長蛇の列を整理する人員もおらず誘導するサインのたぐいもないのでぐだぐだである。あっちの窓口が開いたかと思うと最後尾に並んでいる人々が殺到し、かとおもうと突然窓口が閉まったりしてまた大移動。律儀に一度決めた列に並んでいた人々は、俺も含めて結局最後の最後に入国することになった。数人のアメリカ人と顔を見合わせて、これがうわさのチャイナか・・・といって苦笑い。
オリンピックを控えて巨大化した北京空港でシャオクーとステファンが迷ったらしく、結局外でも三十分くらい待つ。

タクシーで草場地へ移動する間、いきなりチベット問題。ステファンはそれほど英語がうまくないのでシャオクーが通訳をしてくれるのだけれど、ドライバーと二人でチベットは独立するなどという権利はないよそれは解放してやったのは中国共産党であって・・・というような意見で盛り上がっている。相当興奮気味である。シャオクーはベルリン帰りということもあり西洋メディアの無理解さと中国のメディアの情報操作を笑い飛ばしながら、でも両方理解できるわ・・・といっていた。
「もし、あたしが日本人だったら、たぶんオリンピックやチベット問題に対して反対運動をするでしょうね」という。その理由は多くの日本人は中国が嫌いでナショナリズムが強いからとにかく中国には成功してほしくないと思っているんだろう、という考えからのようだ。ドイツはちゃんと反省したのに日本はまだあのままなんだから・・という考えはやはり強く教え込まれているに違いない。

ダライラマが非常に目立つけれどあれはチベットだけの問題ではない。中国共産党による少数民族の統治方針全体の問題である。民族の自治問題は広範にわたっている。他の民族も同じように不満を爆発させれば共産党は根幹から崩れる。もちろんダライラマはそれを見越しての戦略的活動をしているのだろう。中国政府はこのタイミングでそんなことになるとこまるから、いまはなんとかおさえ込んでおきたいのだ。大きな矛盾はいつか何らかの形で解消に向けて大きな動きになっていかなければならないのだろう。それは中国政府も承知しているはずだ。自分たちで何とかしていきたいと思っているに違いない。しかし、ダライラマの巧妙な戦略によって世界中が中国に急激な変換をもとめて外側からの圧力で物事が進んでいくことが面子的に許されないことなのだろうと思う。そんなこといったってこっちだって大変なんだ、と。中国政府の人権蹂躙に関しては厳しくチェックしていきながら、彼らに時間をかけさせてやる必要があるのかもしれないし、ここぞとばかりに急激な変化を求めるのもありかもしれない。

ホテルにチェックインしたのは十一時頃か。
ジャイも到着したばかりだというし、アムステルダムからのコンスタンツとディネケも上海から戻ったばかりらしく、この日はあわただしかったらしい。ジャイは俺が前回泊まったCCDのゲストルームに滞在しているとのことだ。
ジャイはつかれて寝てしまったようで、シャオクーとステファンと近所のロバ肉屋で飯を食う。食には気をつけて余計なチャレンジはしないようにと思っていたがいきなり特殊食である(笑)ロバ肉は内臓も含めて意外と癖がなくうまかった。
ビールを二本ほどのんで、ホテルへ戻り就寝。一泊九十元。


今朝、目が覚めてから十五分間ほど、自分の年齢を28だと思っていた。
瞬時に十も歳をとるという非常に希有な体験をした。

明日の出発の準備をしていない。何を持って行くべきなのか、わかっていない。
つまり、どういうリハーサルをするのかイメージがかたまっていないということ。

今日は結構やることがあるので、深夜に明日の準備をすることになるだろう。
到着したらまずどっかにホテル見つけなくちゃ。うちの奥さんとこないだ行ったときに泊まった王府井にあるホテルは一泊240元(3600円くらい)だったので、シングルだったらもうちょっと安いところもあるだろうと高をくくっています。
友達の友達が四泊させてくれるというメールをくれた。どうなるかわからんけど、まあ深夜までずぶずぶ一人で考える時間をとれるところと、出来ればインターネット(的なもの)があれば・・・。いや、ない方がいいか、むしろ。

川上さんという方の「乳と卵」という芥川賞とったという小説を今朝読んだ。
いいと思います。

たまに、小説や芸術に限らず何か創作物に接したとき、「あ、これを作った人間は俺と知能程度がちかい」と感じることがある。作品のメッセージとか趣味などとは別の、なんというか、脳のハード的なスペックというかそういう身も蓋もないもの。感じるだけで確認したことはないのでそれが正しい直感かどうかはわからない。血のつながった身内にもたまに感じることがある。
こういうとかなり川上さんに失礼だし、ちがっているかもしれないしたぶん全然ハズレだと思うが、なんか、ちかいものを感じた。
そのうち技術をみがき経験を積み重ねて、遠いところに行ってしまうんだろうけどね。

もちろん、チベット問題は・・・チベットにおける中国政府によるチベット人の人権蹂躙問題は、考えるとあたまがくらくらするほど身近な問題である。だから毎日頭がくらくらしている。イライラしている。気になってヤバイ。
来週の半ばから、北京で中国のアーティストとのコラボレーション作品のリハーサルをしてくる。
作品の出来不出来はどうあれ、作品を一つ作るということ、制作プロセスにおいては本音のつきあいである。
お互いに、まず何を話そうか。

チベットに自由を!

さて・・・、テンションが上がらない。
何事に関しても非常に自信がないというかノリがないというか、そんな状態がここ数ヶ月?いや何年か続いており「おまいら、いまから俺が行ってビシーッときめてやっからまってろよ」的なオラオラ感の欠如的な雰囲気が脳細胞の隅々まで充満しているのである。
情熱の喪失。迷い道でふらふら。モチベーションの喪失。コンテクストの迷子。

わらにもすがる気持ちで、ソフトウェアのアップデートを待ってみたり本を読んでみたり作業効率を上げるためのノウハウみたいなことが書かれているブログを読んだり、まあそんなことをしていて、結局作業そのものは後回しになってしまったりしている。
ビジョンがない。ぐだぐだである。

さてと、なんの話だ。

チベットに自由を!

しつこく書くと、中国に入れてくれなくなるだろうか。

ダンスのユニゾンが嫌いで、数人の動きがピッタリ合ってる(合わせてる)のを見ると寒気がしたり振り付けられた動きをなぞる人体のおもしろさが理解できなかった、というか嫌いだったので、そういうのを喜ぶ観客や作家やダンサーたちにちょっと変わった物だけどなんかわくわくする物を見せて思う存分じたばたさせたかった。させたかったのだが、いまだにさせられていないことが今の私のダンスパフォーマンスというジャンルへの情熱を奪っているのであろう。あきらめムードだ。いろいろ見てきたけど、敵はでかかった。中国という国がやっぱりというか・・思ったよりも他国の話を聞かないように。
大局に行き過ぎたのかもしれない。本当はディテールに萌えるのかも。でも、そのころ、生身の人体が嫌いだったからな。ダンスパフォーマンスをやる人間にとっては致命的だ。ナンセンス。だから形而上的な方向へ向かった。
まあ、いろいろやってみる。とにかく、無理矢理にでもアゲアゲで行かないと(笑)

障害

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金曜の夜は四谷でフィーバーしすぎ。なにか一部分不具合がありそうだ。

土曜。一心不乱に部屋の片付けをした。もう、にっちもさっちもいかない精神状態だったからである。
日曜の朝からさらに片付け。午後から事務所へ仕事しに行こうかと思っていたが何となくだらだらと片付けは続く。

片付けというか廃棄である。また大量に捨てる。整理するより捨ててしまう方が楽だ。「片付ける」ということが出来ない。たぶん、なにか「大切な」物も捨てただろう。捨ててしまえば大切な物じゃなくなる。

これだ、たぶん

昨夜夢を見た。
どこか外国で何かのイベントに参加しているようだ。おれはトイレで小便をしながら右足と左足に交互に重心を移動するあそびを繰り返していると、なぜか足の動きと重心がずれていく。おかしい、めまいがしているのか・・・と思うと突前ゴーっという音と共に大地震。トイレの外では悲鳴が聞こえる。友人達の悲鳴が混じっている。ああこれで世界の終わりかと思いながら晴れ晴れとした気持ちで洗面台の下に頭をつっこんだ。

今週は忙しくなりそうだ。つけが回ってきた。

なかなか方針が決まらずに焦ってしまってとりあえず作業を始めてしまったりして、いったい俺はどこに向かっているのだろうと茫漠とした不安を抱きながら行き当たりばったりに事を進め、結局一日中やり続けた結果が無駄になったりして、愕然としておわる一日。

ダライ・ラマさんがちょっと日本へ立ち寄ったらしい。

長野では、どんだけアイデアが満載なんでしょうか。
非暴力的な方法で優勝してください

あと、これ。
muxtape
なんか、ものすごいシンプルだけど、クリックして中見ないとどんな内容かわからん。ハズレだったら悔しい。


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タイトルと写真は、内容に関係ない。

朝からすごい雨と風・・・、だったらしいが昼ちょっと前に起きたので、うちを出る頃には小降りになっていた。22時45分に事務所を出たときには雨は上がっていた。
起き抜けに、頭を丸めた。夢を見たからである。行ったことのない田舎町の床屋で誰かに似てるが知らないおじさんにバリカンで頭をそられヒゲを剃られ肩をもまれ「やっぱ床屋でやってもらうのはいいなあ・・・気持ちいいや・・・起きたら床屋行こう」と思った瞬間に目が覚めたからである。

精神状態や物の見方を変えるのは、やっぱ自分のことなのでそれは結構難しい。だめな自分がへたれな自分を叱咤激励するなんて、ドリフのバカ兄弟みたいなやりとりになるばかりだからだ。
外が変わればたいてい中もそれにあわせて変わるので、変えるのが簡単な外から変えていったらいいのだ。模様替えしたり、掃除したり、頭まるめたり、これからは女装して行くことに決めたり、引っ越しちゃったり、いろいろやめちゃったり、新しく無理矢理始めちゃったり。気分が鬱でも、強制的に何かを変えて自分を待つ。
とりあえず、頭をそって、コンピュータの中のデータを整理してみた。
こんなちっこい事では何も変わらん。
とりあえずうちを見回すと作業できる環境ではなくなっている。別にうちで何か生産的なことをしようなどと思っていないのだが、ここでなにか生産的なことをする自分が想像できない。ということで、おととい机の天板を買ったわけである。でっかい机でも設置しようかというわけである。うちで生産的なことをするような人間に俺がなってしまったら、あれ結構気分が変わるかもしれないと思ったからである。

アムスのダンスフェスティバルのスタッフとスケジュールやらお金やらに関してやりとりをしているのだが、彼女たちはなぜかこんな時に仕事半分休暇半分で北京にいるのだという。まだまだしばらくいるというので俺が向こうにいるときと日程がかぶっているらしい。さらに、彼女が言うにはジャイもちょうどワークショップだかなにかで北京にいくことになっているのだそうだ。
なんだか、少し楽しくなってきた。どうも・・・、中国行きは気が重かったから。

ところで、この写真はフィレンツェのメディチ家のおうちだかどこだかでとった物なんだが、何でクビからへんなキモい物が飛び出てんの?これなに?
あと、昨日の写真の中にある、ち○こに穴が開いてるやつもわけわかんないんだが、何で?あれはルーブル美術館だったとおもう。
詳しい人、教えてください。

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基本的に、テストです・・・・。

えー?なんかわけわかんねえべ。自分でもわっけわかんねえ。

はー、聖火リレーは妨害してもいみがないだろうとおもうが。パリもロンドンも大変なことになっとる。長野に行くのはいいが、日本の皆さんはもっとスマートに・・・。じゃあ、どうしようか。なにか・・・。
俺、そのころ北京。向こうでどんな風に報道されるか、ね。

肩こりがひどい。それは、背骨が曲がっておるからなのだ。
根性だけは曲がらないようにしたいと、常日頃から心がけてはおります。

各方面のかたに業務連絡。
「出来てません」

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春だな。
わけわからん。

日曜日は、いつの間にうちの奥さんと船橋のイケアにいた。机の天板を買った。千五百円。二枚。ところが送料七千円。

「ぼくを葬る」というフランソワオゾンの映画を見る。ジャンヌモローとのやりとりの所がいい。主人公が泣くところがいい。それとジャンヌモローがものすごくいい。分かれた後の後ろ姿。
でも、子供を作るエピソードは抜きでやってほしかった。だらーっと、どうしようもなく凡庸であったら、なお良かった。

体調がすぐれない。こういうのを「体調がすぐれない」というのだと思う。めまいがする。
子どもの頃、春先によく倒れた。朝、トイレで。小便の途中で意識を失いかけるとなんか、つらい。

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MT 4.1にしたら500エラーが出て再構築できなくなったので、テスト。
テストです。サーバに負荷がかかってるのかな。途中まではできあがってる。タイムアウトか。
やけくそで、変な見てくれにしてみよう。どれがいいかな。マイアミ。
借りてるサーバはcsidenetとかいうところです。

マイアミ、いいところだったなあ・・・。またいきたいなあ。あそこだったら。

ところではやくmax5でないかな・・なんか世間が変わると少しはやる気が出るかなあ・・・。

北京のリハではあんまりコンピュータのほうはいじらないようにしよう。そっちばっかりに気をとられるとまた肝心な事がおろそかになるから。

肩いてえ、頭いてえ。

もう食べられないよー。Death水平射撃。つうか腹減った。
これからゆきちゃんが来る予定。何か作って食べよう。

Test Test

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インドの公衆ライター

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俺の通っていた高校はとても「自由」な校風に誇りを持った高校で、在学中ご学友どもから頻繁に「自由」という言葉を聞いたり、酔っぱらって放尿しながら「俺は自由だ」と叫んだりしたが、本当のところ俺は自由がなんだかわかっていなかったと思う。自由とは勝ち取る物なのです!とか生徒会の兄さん姉さんがよく集会でお話しされておったが、「なにー?勝ち取るー?気合いとかあんまはいってないからじゆーな感じなんじゃないノー?」とか、もし奪われたら奪われっぱなしにしても気がつかないくらいのジユーであった。
正直、今でもよくわかんないので、もいっかい勉強してみよう。
四十を目前にして自由とは何かを中国で考えてくる。

いろいろ電話をかけて三万八千円のチケットを買った。燃料サーチャージっつうのをたすと五万ちょっとである。ゴールデンウィークまっただ中はやっぱり二倍三倍当たり前になるのでちょっと日程をずらさざるを得なかった。ところがなるべく安くなるべくやすくという貧乏根性がたたって先方にも都合があるのだということをすっかり忘れていた。案の定、ステファン君がちょっとこの日程ではうまくないらしい。これはこまった・・・キャンセルするか・・・しかしキャンセル料はすでに二万円発生している・・・。仕方ないのでキャンセルしてアムステルダムでなんとかしようや・・・という提案のメールを送ったら、ステファンが何とかするからちょっとキャンセルまってろ、ということである。

靖国という映画の上映をやめる映画館が続出という話を聞いて意味がわからなかった。自分でやめてどうする(笑)表現と言論の自由ということにちゃんと意識的でないといかんのだ。
自由とは勝ち取る物であるっていうけど何から勝ち取るかっていえば権力者とか国家とかそんなわかりやすいものからだけではなくて、自分らを含むこの社会にどよーんとうずまく恐怖とか圧力っていうのがくせものなんだな。問題を起こすから上映やめるっていうのは・・・・問題を起こす人たちは向かって右側の人たちだろうけど、彼らの嫌いな人権に問題がある中国みたいに日本がなってしまうお手伝いをしておるんではないのか。もしくは、どりゃー!って恫喝したら「やめます、やめます・・・」みたいな国民だらけのお国になってほしいのでしょうか?なにやらいつも日本人としての誇りがうんちゃらかんちゃらとかいってるけど、どりゃー!でやめますやめますとかいうへたれ国民に自由も誇りもへったくれもない(笑)

中国じゃ政府がメディアを規制していてyoutubeもみれないらしいよひどいね・・・とか言ってる場合じゃなくて・・・、日本だって自主規制とか何とか言って、なんかめんどくせえからなあ・・・こわいからなあ・・・だれか文句いいそうだからなあ・・・などと勝手に表現の自由をなくしてったりしないようにしないといかんとおもいます。放送禁止歌とか、そうですよね。

でもね今度の中国行きの時に「フリーチベット」とか胸にでかく書いたTシャツとかは着ていかない。

mimic

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今起きた。眠い。昨日は深夜にうっかりテレビで殿山泰司の伝記映画をみてしまった。いい。すてきな人生かどうかはわからんが、すてきな人物だったんだろうな。仲間に伝記映画を作ってもらえるほどの人物なのだ。竹中の物まね演技もおもしろかったが、荻野目慶子の「側近」が、なんとも言い難い。あの二人の組み合わせのおかげであの映画はちょっと浮世離れして見える。子どもが見たら眠れなくなるだろう。

あいかわらず物事が滞りがちなのだが、空回りするばかりで前に進まない。これではせっかくのさくら満開の春をいい気分で過ごすことが出来ないではないか。あと何回この季節を迎えることが出来ると思っているんだ。落ち着きなさい。

「ガンジス河でバタフライ」っつうのを読んだ。これはおもしろかった。ドラマ化されたらしいが、それ見てみたい。まあしかし、ドラマ見ても本読んでも他人の経験は他人の経験。おれもただ旅のための旅をしてみたい。しようかな。

ゴールデンウィークに中国に行く予定である。ステファン君が上海に住んでおるので、その時期に北京へこられるかどうか確認中。スケジュールの調整が出来れば、いっちゃう。ゴールデンウィークは飛行機代、値上がりするんだろうね。マイレージはつかえないだろうし。

物まね演技といえば、ケイトブランシェットがボブディラン役をやって助演女優賞にノミネートされていた。なんだそれ(笑)さいきん、物まね演技がとっても多い気がするんだが・・・・まあ、物まねのうまさと演技のうまさは比例する。演技がうまい役者は物まねもうまいに決まってる。

ものまね

オフィシャルサイト。ここにいっぱいものまね

ケイトブランシェットのパートはこの頃の物まね。ドノバンと取り巻き連中にけんかふっかけるディラン。ドントルックバックを見れば、どんだけいけ好かないやろうかがわかる(笑)

ほんもの

ジョンレノンと一緒。ジョンレノンもたじたじ。

ほんもの

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