2008年5月アーカイブ

Telly

| コメント(1) | トラックバック(0)

土曜日。掃除をして、仕事をしようとしたんだが、出来ないので、全くあきらめ、テレビをつけることにした。半ばやけくその逃避である。「恋がしたい恋がしたい恋がしたい」というものすごいタイトルのドラマを一挙に全話放送におつきあいしてしまう。久しぶりにテレビドラマを見た。良くできていると思った。何時間?
もう、ぶっ続けテレビ鑑賞である。それほどおもしろいのかといわれれば、それほどでもない。ふつう。ふつうのテレビ。
飯も作らず出前を取る。テレビが見たいからである。まさにidiot box。

さらに、よる九時からは「それでもボクはやってない」という痴漢冤罪をテーマにした映画。これは・・・くやしいなあ。危ない危ない。俺も見た目がドエロである。あ、いやセクシーということではなく、いかにもエロオヤジである。気をつけよう・・・?ここ何年も満員電車に乗ったことがないな・・・・。
しかし、こういうのは・・・。これも、突然ぽっかりと現れる縁のない井戸の一種。村上春樹的には。

日曜日。うちのおくさんが出かけたので、じゃあ、仕事をしよう(集中力が欠乏しているのでまとまった一人の時間を作らないと仕事が出来ないのだ)と・・・・するが、ふとノルウェーの森のメロディーを口ずさんだら村上春樹のノルウェイの森を手に取りたくなって、はじめの一文を読み始めたらとまらなくなり結局読み終える。すばらしい。ほんとはそんなもの読んだことがあるなんて人に言いたくないほど、すばらしい。主人公のワタナベノボル氏がルフトハンザでノルウェーの森をきくのは三十七歳だったか・・・。
初めて読んだのは十八の時である。そのあと二十代後半に一回。買い直した文庫本の奥付を見ると2001年に38刷とかいてあるからその頃二回目を読んで、今回で三回目かなあ・・・四回目かなあ・・・。俺にとっては懐かしい風景がいくつも登場するというのもあってなんだかリアリティーが。四谷とか早稲田と思われる大学とか。
恋愛小説でベストセラーだから、三回も四回も読んだなんていうのはなんだか恥ずかしいんですが、ほんとはそんな小説じゃないですよね・・・。

ああ、わすれてた。テリーもういっぱつ。ポールトーマスアンダーソンの長編一作目のハードエイトをみる。すげえ。二十六歳であれ作ったのか・・・。マグノリアもブギーナイツもパンチドランク・ラブも、ものすごーく良くできてる。ベルトリッチもラストタンゴインパリを三十歳くらいで作ったんだよね・・・。なんて大人。

さて、週末、そんなにそんなだったんだから、今週はびしっと決めてくださいよ。松尾さん。

祈福
シャオクー達は上海で。

薔薇が咲いてて・・・、あと知らない名前の花が咲いてる。同じ枝に、白い花と桃色の花がさいていてとくにあやしい。メダカの人たちは相変わらず二匹である。

昨日は飲みに行った。佐々さんと樋口さんがかえったあと四谷のアイリッシュパブ(みたいなところ)に、すがちゃんとたなみ君と二時頃までいて帰った。
歩くと気持ちがいいものである。俺は延々と下ネタを話し続ける。なんと思われようとなんといわれようと、俺は下ネタを話すのであるという強い意志に貫かれていた。

うちのおくさんは、久しぶりに滝沢さんに会ってきたようである。しばらく前にブログを見つけた。滝沢さんにブログなんてどこかおかしい。これ読んでも彼女のおかしさはわからないと思う。会えばわかるが、なんだかわからないような圧倒的な情報が空気から伝わってきているように感じるのだけれどなんの意味もなさないような、そういうおかしな人物である。今までの人生いろいろな人と知り合ってきたが、不思議なことに、滝沢さんのような人に会ったことがない。言葉でたとえようがない。もちろん、ほめている。

ところで俺はもろもろ順調か?といえば、それほど順調でない。まあ、全然順調ではないが、今日は掃除をする。そうじをしたら、世界が変わると信じているので、掃除をするのだという強い意志に貫かれている。

土曜日十二時。さて、今日。

インランド・エンパイア、みてないんだよなあ・・・。

おれも、瞑想しよう。子どもの頃はよく瞑想してた。

快晴

| コメント(1) | トラックバック(0)

988

| コメント(0) | トラックバック(0)

このところ毎日のように、大桶様のお姿を拝むことが出来ているが、昨日は藤本康生先生のお姿も何年かぶりに拝ませていただいた。合掌。

うちの奥さんが参加した朗読イベントに行くことが出来なかった。

非常に効率が悪いが、イライラしながらも我慢してとにかく時間を費やしてみるということも、袋小路から抜け出す方法かもしれない。とにかく時間を費やすというのも、まだちょっと時間的に余裕があるからできる。出来るうちにためす。しかしどうにもならないかもしれない。

こういうときにバッハの音楽が聴きたくなる。他に知らないのだが、グールドのやつを繰り返し聞く。がしがしとお片付けしていく、というか、何かが着実に前進している、というか、いい感じの歯ごたえの食い物をさくさくとおいしくいただくというか、大量のハンカチにアイロンがけをしてきちんきちんとタンスの引き出しにしまわれていくというか、そういう感じ、に、俺には聞こえる。

一向に花の咲かない睡蓮を植えた睡蓮鉢のめだかがいつの間にか一匹減って二匹になっている。
昨夜の雨でぎりぎり一杯に水が張っている。水面ぎりぎりをメダカが泳いでいる。

そろそろ着替えて出かけよう。

また、黒猫のロイの調子が悪そうだ。便秘。吐く。バターをなめさせたり腹やお尻の穴をマッサージしてやったり。じっとしていることが多いのでかまってやらないと腹が動かずクソも出ない。いつも便秘がひどくなったときはウンコのポーズでがんばる姿を見るんだけど、しないから心配である。寝てばかりだ。
ということで、猫が心配でやっぱりうちですごす日曜。

ソダーバーグのセックスと嘘とビデオテープをテレビでみる。
学生の頃、映画館に見にいった。どこだったか。誰といったか。一人で行ったのか?たぶん。ほとんどの映画は一人で見にいった。二人で見にいく意味がわからなかったからだ。女の子と二人で映画鑑賞なんて理屈がわからなかった。せっかくのデートなのに二人で正面向いて何も話さず、見ず知らずの他人が作ったものを2時間も3時間も見るなんて、時間の使い方を間違っているだろうというのが持論だったからである。もし六時間しかないというような状況で会って三時間映画見て飯食ってやったりやらなかったりしてさようなら・・・、よりも、あって六時間ぶっ続けではなしてやってくってやってはなしてやってやってさようなら、ではないのか?それが若い男女の合理的なつきあい方ではないのか?と、おもっていたふしがある。いまは、別に一緒に見てもいいと思っている。
あのころ、ビデオデッキもってなかったし、ネットももちろんなかったし、映画館と本とCD(あと長電話)にたくさん時間を費やした、というか費やすしかなかった。ひまだった。ひとりでよく街を徘徊した。
一人で考える時間を絶対確保しておくという癖はその頃付いた。
最近そんな時間がとれていないのでイライラしている。焦りを感じる。

あの映画はビデオカメラっていうのが新しかった頃の話だ。なにやらこむずかしい映画におもえた、というより小難しく考えたかったんだろう。まつお青年はなにやらいろいろ考えたり帳面に感想を書いたりしていたような気がするが、今考えると蒼くさい。その頃の俺は何を見ていたのか、その頃のノートが見てみたい。もちろんもうないけど。十八〜九の青年にあんなのわかんねえだろうに。ところが大人になって見直すと、感想も何も文章や言葉で表すのが、非常に困難である。ただ、昔よりもリアルに感じる。その感じをきちんと映画を見ながら生きることが出来る。この映画はよく出来た映画だった。そんな大げさな映画ではないけど。ソダーバーグは今となってはオーシャンズなんとかの娯楽の巨匠である。

若い頃に見てしまって「まあ、あんなもんだ」と落とし前をつけてしまっているもったいないという映画や小説がいっぱいあるはずだよなあ・・と。

夜はフランソワ・オゾンの5x2を見る。ちょっとした夫婦げんかの後に(笑)これはこれでまた、私のようなオヤジにとって、とても・・・・。良い映画とか悪いとか、何も言えないはなし。

歳をとって、映画や小説などについての感想など何も言うことが出来なくなった。話したくなくなったという感じ。

うちの奥さんが郵便局の時間外窓口に行きたいというので、夕方、神楽坂へ散歩に出かける。なんかいろいろめんどくさいし、夕飯は外でラーメンを食った。

| コメント(2) | トラックバック(0)

日曜日、午前十一時十五分。外はとてもいい天気である。
今日もどこへも行かないと思う。こんな風に天気のいい日に、今まで出かけたいろいろなところを思い出して満足することにする。

いままで自宅のネットはADSL接続だったんだが、しつこくチラシが入るので調べてみたらそれほど金額も変わらないのでフレッツ光にしてみた。有線でつないだら下り72Mbpsでた。しかし、Airmacでつないだら13Mbps程度。いまもう一回テストしたら今度は7Mbpsしか出てない。802.11gは最大54Mbpsでるっつうので、これはおかしい。どこか調整しなければいけないのか・・・?別に困りはしないんだけどもったいないな。802.11nのAirPort買わないといかんのだろうか?

さて飯を作ろうか。もうすぐ昼。シャオクーにもらった雲南の牛肉塩漬けでチャーハンをつくりますか。それでいいですか?おくさん。
このなんだかわからない謎の塩漬け肉は草場地の雲南食堂で食ってすげえ(大げさでなく)うまかったのでシャオクーの親戚に分けてもらった。雲南の実家の自家製だそうです。スーツケースの奥にしまって持ち帰りました。
ウ○コみたいですが。これ、なんていう食い物ですか?しょっぱいです。塩漬けだから。
かりかりベーコンみたいにして食うと、ヤバイです。

DSCF5927.JPG

昨日の夜は、風味絶佳という山田詠美の小説が原作の映画をテレビで見る。沢尻えりと名字が読めない若手の男性役者が出ていた。見終わって、しばらくしたらいい映画だったなとおもった。・・・いいかんじなのでいい感じでないところがもったいない。チャリでフェンスに激突する若手俳優の彼がいい。

515

| コメント(0) | トラックバック(0)

思うように物事が進まないのでちょっと焦る。あせるので、ちょっと逃避。どうでもいいこと。

どうでもいいことは・・・それはそれでつらい。

バラに虫が付いて葉っぱを食い荒らされてしまった。ミニバラなんて、気がついたら裸である。裸だけど花が咲いている。

最近つかっているボールペン。こういう何色か一緒のタイプが好きなんだが、これは自分で好きな色の組み合わせを選べて、インクがなくなったらリフィルを買うことが出来るので便利です。
coleto

JULIダンスと同じ頃、シネダンスとかいうダンスビデオのフェスティバルだかなんだかよくわかんないけどそういうのがあるらしいんだが、それのパーティーだかなんだかでVJをしてくれといわれたので、そんなものやったことないけど「いいよ」といってしまって後悔している。どうやればいいのかわからん。ネタもないので、これから作らないといけない。が、それどころではないのである。そもそも、おれはいつの間にそういう・・・・。

久しぶりにストーンズのアンダーカバーを聴いた。クソかっこいいですね。

この帳面もお気に入り。めったに、というかポリシーとしてこういうものに「お気に入り」を作らないようにしてきたんだが(なんだか知らんが、なにか決めるとそこで終わっちゃうようなきがして・・・・)たぶん、これはしばらく使い続けるとおもう。中国に持って行って使い勝手が良かったから。ゴムとビニール袋が付いているから。それと方眼だから。

でも、ほんとのお気に入りはモンブランの146です。大学四年の時、卒論書くためにちょっとお酒とご飯を我慢して買いました。今は傷だらけですけど、まだピカピカしてたときは何度か質屋に持って行って五千円くらいにはなっていました。友達んとこに呑みにいくんだが電車賃もない、なんて時によく役に立ってくれました。ちゃんとした文章を書いてあげたことは、あまり記憶にありません・・・・。サインするときと、それから宛名書きくらいですな。

あとね、ボールペンでものすごく書き味が好きなのはPRODIRというメーカーのやつ。ぬるぬるした書き心地。どっかでもらったんだが、ノベルティー用のボールペンメーカーらしい。

お酒呑んでる間にいろんなことが解決していたらいいのになあ。

一昨日深夜、セーフティーネット・クライシスと題されたNHK特集をみる。
若い頃の私はビルゲイツの総資産くらいのお金は常に財布に入っているような老後を想定していたし、不老不死を本気で信じていたようなふしがあり、さらには正直なところ念力で革命を起こそうなどと思っていたので、健康保険制度、介護保険制度、生活保護のことにかんして不安になるようなことはなかったのだけれど、今はもちろん不安どころの騒ぎではない。私もまさに貧困層。クライシスまっただ中である。
貧困の再生産のはなしもきつい。貧しくて教育が受けられない。勉強する暇があったら働けと役所にいわれる。学校やめて働いたら働いたで、働けるなら生活保護いらないだろうといわれる。やっぱり学校いけない。教育を受けてないとアホだと思われるので仕事がない。仕事がないと教育どころか飯食えない。人間性が脱力してくる。あきらめた親があきらめた子を育てる。これでは日本終わる。
政治家や富裕層は、貧困層が終わっても日本は終わらないだろうとでも思っているんではないか。
じつに、暗澹たる気分。

スピードがNASAと一緒に作ったすごい水着をしのぐスーパー水着を、五月の終わりまでに作ろうとして日本のメーカーががんばっておられるそうである。たぶん現場はすごいことになっているんだと思うが、もうすこしである。がんばってほしいな。
テレビでメーカーのオヤジが、日本製より海外製のものの方が優れているなんてくやしいではないかといっていた。日本に住む人たちはいままでこうやって「なんだかもしかしたら明るい未来」を作ってきたのだ。これでもし、ものすごいのが登場したら、日本の終わりは少しだけ先に伸びるかもしれない。

五月十二日月曜日二十二時三十分。
ご飯が炊けた。続きは後で。

続きは後で、と書いて保留してから二十五時間。現在十三日二十三時三十分。その間にさらに二度ご飯を炊いた。

四川で大地震があったことを書いておく。三日?にはミャンマーでサイクロンもあった。
出来るだけ多くの人が助かりますように。

そういえばよくワークショップなんかでわけあって「地震!」と叫ぶことがあるんだが、地震を体験したことのない外国の人が多いことに驚く。体験したことがないから地面が揺れることが想像できないようで、地震にあった状況を表現しようとしてものすごくブルブルと体を痙攣させたりする。

何本か映画を観た。エミール・クストリッツァのライフ・イズ・ミラクルとスパイクリーのインサイド・マンと、あとなんだっけ・・・。忘れたが、何か観た。両方とも、非常におもしろかった。

数日寒い日が続く。

お互いに何かを探求していく会話と、お互いを説き伏せようとしている会話は全く違う次元の話であるという単純な事実についておもうところあり、舞台芸術のことについて考え、自分のすべきことについて考えて、眠くなってねる。このことについて、どれだけ考えようとしては入り口の辺りで眠くなってきたことか。対話と修辞法のことです。

あー、なんだっけっか・・・・他に観た映画・・・。

もちろん、何も成し遂げず。

夜九時ごろ完全に道を失う。

しかたがないので数人のおやじ+お姉さんといっしょに秋葉原のメイドカフェへ行き、ビールを飲んだ。本来の楽しみ方のポイントがわからない。十人ほどのサラリーマンの団体が学校机にすわってビールなどを飲んでいた。メイドに次々とぶん殴られていた。訳がわからない。つぎは鉄道居酒屋と称する店でNゲージとか眺めながら強い酒でも・・・と思ったが、そこは考えていたような店ではなかった。扉を開けるとちいさな女の子に元気よく「おかえりなさい。ご乗車ありがとうございます。」といわれる。普通の居酒屋でビールにおつまみ。何が普通かわからなくなる。考えてみれば日本のお店は演出だらけだ。普通のフランス料理屋やイタリア料理屋もフランス料理屋やイタリア料理屋のコスプレ?というかそういうアトラクション?のようなものに見えてきた。

帰宅して猫をいじりながらバカなテレビを見ていたらほぼ朝方になってしまい、自爆願望。猫がずっと見てる。君は仕事をしなければいけない、と話しかけてくる。

メイドの写真はない。
ペキンで使わせてもらったスタジオ。ふろ、丸見え。
仕事モードを継続させるために・・・というより先に、仕事のしかたを思い出すために。

DSCF5759.JPG

DSCF5758.JPG

DSCF5756.JPG

おそくまでビー玉遊びに興じるペキンのガキ。まったく、完璧に、「おれはそこにいた」という記憶。

DSCF5730.JPG

DSCF5734.JPG

どこかで見たことがある顔の石けん。

DSCF5861.JPG

空気がいい感じなのですこしむずむずする。しっかり季節を感じないともったいない。じじいだから。

六日は筒井君の結婚式に出席する。スーパーデラックス。一点の曇りもないような多幸感。「結婚するぞー!」「おめでとー!」とただただ素直に喜んでくれる友達が多いということ、もうそれ以外には人間何もいらないんじゃないかと思わせてくれた。
おめでとう。

俺んちは特に結婚パーティーなどはしていない。パーティーやってもあんまり人来てくれないんじゃないか・・・とか、寂しいことを考えたからだというのも事実である。
それではいけなかったと、今では後悔している。

ところで、北京からの帰りの飛行機で「I'm not there」をみた。ぜんぶはみてない。半分くらい。ペキンはあまりに近いので途中で終わってしまった。つづきが早く見たいんだが・・・どこでやってる?なんだかグロテスクな映画だった。
殊に近年、アメリカでディランをやたらともちあげるような雰囲気があるようなきがするんだけど、連中はディランの人生や態度になにを投影しているんだろうか。現代アメリカの歴史を象徴するような求心力を持ったスターがどうしても必要だったんだろうか。激動の歴史をナマにいきながらも奇跡的に勝手な立ち位置をキープし続けた人物、ちょっとひいたところから勝手に生きてきた人物である。この4~50年いろいろあったよね、私たちのアメリカでは・・・的な、彼らをまとめるナショナリスティックななにか・・・。きっとろくでもないことだろうとは想像が付くんだけど、そんななかでもディランはI'm not thereだろう。ボブさんは、ああやって自分が神格化されていくのをどういう気持ちでみているんだろうかね。

今六日深夜2時。三日に帰ってきて今日は五日だったから・・・はえーな。

今日は夕方から新宿へ行って、修理に出してあった時計を引き取り、六本木へ移動して森美術館でターナー賞のすべてみたいな展覧会を見て、ミュージアムショップみたいな所で美術手帖とやらを買う(生まれてはじめて!)。現代アート事典とかいうすごくお勉強になる特集のやつ。お勉強。俺内現代美術ブームというか、近頃密度が濃かったので。北京の798とかターナー賞展とか・・・興味があるうちにちょっと勉強。

「みなさんさようなら」と「ハチミツとクローバー」という映画を見る。
「みなさんさようなら」は、すてきなところ一杯。一杯は一杯なんだけれどちょっとファンタジーだなあ、紋切り型過ぎるかなあ・・・とかおもいながらみていた。しまいにはそんなことはどうでもよくなってた。上手。しかし、まあ息子が金持ってるからできることで・・・少し腑に落ちないところは何となくあるんだけど。「おまえのような息子を持て」とオヤジが息子にいうところでは、ちょっと父に申し訳ない気持ちになっちゃいました。蜂蜜となんとかは随分流行って話題になっていたのでどんなもんかと。やっぱりいいですね、アートスクール。学校は漢文に返り点を打ったり図書館でコピーをガシガシする所かと思っていたんだけれど、ああいうことをやってる学校もあるんだなあ・・・・と(苦笑)たとえば、この身の回りにあるもの、たいていの人工物はあのような学校であのような青春を送った人たちによって、一つ一つの色や形が決められ、作られている。だから、ああいうんじゃなくてもいいけど、おもろい青春時代を送ってほしいなあ・・・もの作る人たち。で、いいものをあふれさせてほしい。おれはお酒ばかりのんで寝てばかり(時々図書館でコピーをとったり漢文に返り点をうったり四字成語の出典を大漢和辞典で調べていたりして)いたので、そういうお酒ばかり飲んで寝てばかりいる人間がろくなもの作らないのはよく承知しているのであります。

それから夢の遊民社の「半神」の録画をテレビで放映していたのでそれも見る。見るつもりなかったんだがちょっと冒頭見たら引き込まれて最後まで見る。すごい。たいていのこのころのお芝居、ちょうど俺が大学はいった頃で演劇ブームとかいわれてた時代のお芝居は俺にとっては気恥ずかしくてどうにも見てられないものばかりなんだが、やっぱり全然気恥ずかしくないといえば嘘だけれど、それでもすごくおもしろい。おもしろい、っていうんじゃないんだな、なんか引きつけるパワーがあるんだなあ。見ていなくちゃいけないような。おもしろいとか綺麗とかそういう判断以前にグッと引きつける力強さが。だから、人が話す言葉、それから演出家はこわいなあとか。

そういえば、中国から帰ってきた日に電車で見つけて読んだSPAに、これまたこの時代の演出家鴻上尚某のエッセイがのっていて、三千人の前で話をしたがその規模の観衆には単純なメッセージしか届かないことがわかった、と。芝居も客が千人越すと複雑なことは伝えられなくなる。千人を越すとイベントになってしまって、そういう規模だと単純なメッセージほど力を持ってしまう・・・と。これを読んで、ああやっぱりそうですよねえと・・・おもいました。
何千人規模をあいてに単純なメッセージを持った言葉をあんな優秀な演出家とパフォーマーが伝えようとしたら、こわいです。
お芝居とかダンスとか、ライブパフォーマンスっていうのは、まあマスメディアがどんどこマスになっていけばいくほど相対的にはどんどこ観客の規模は小さくなっていく。だから、マス相手では出来ないことをやったらいいんじゃないですか、基本的に。ものすごく複雑なことを伝えるとか、全く何も伝えない、無意味とか。

もうそろそろねる。

北京。五月三日午前三時。
九時の飛行機なので六時半にはここを出なければならない。
今ちょうど荷物をまとめ終えたところ。
こんな時間まで何やってたかというと、デスティネイションというゲイクラブにいってきた。二十年前には考えられなかったことである。ゲイクラブなんて。
後三時間ほど寝られるので、ねる。寝過ごさないといいが。
続き、というか詳細は帰国してからにする。

というわけで詳細。
一時半ごろ成田に着陸。無事に帰国する。とにかく、成田は、東京は空気が澄んでいる。北京は遠くがかすんでいるだけでなく、一寸先さえぼんやりとかすんでいた。ここでは目の前の空気がすんでいるのを如実に感じる。透明度が違う。濁った川から急に透明度百パーセントの湖に出たような、そんな感覚。これでも東京の空気は汚いという。しかし、よくあそこにいられたものだ。オリンピックの選手達が気の毒である。
常に、非常に、何かを激しく燃やした後のようなにおいが立ちこめていました。

二日、最終日の記録。備忘録。
朝八時半ごろ目が覚め、何度も寝たり寝なかったり寝たり寝なかったり何とも中途半端な時間を過ごし、今日は最終日だから土産買わないといけないし八元しかないから銀行にもいかないといけないし・・・と思いシャオクーにSMS。十二時にCCDでまちあわせの約束をする。腹減ったので近所で牛肉面(大)四元。でかい。食欲は復活したが、あまりにでかいので残す。インターネットがつながらないので、近所をぶらつく。何もないし空気が悪くてぶらつきたくもないのだが、部屋が異様なにおいを放つようになってきたので、部屋から出たかった。

十二時前にCCDでメールなどチェック。さらにリハーサル用のサウンドトラックとタイムカウントを修正。
シャオクーと一緒にタクシーで中国銀行へ。500元おろす。(ところがこの後使うところがほとんどなく・・・・)
ショッピングモールのスーパーマーケットで二〜三品だけ食品を買っておしまい。(なんだか、いろいろあった中国食品問題を考えるとあんまり、もちかえってもうれしくはないだろうなあ・・・と)
そのあとCCDへ戻り昼寝。つづいて五時から六時半までという短いリハーサル。通す。まあまあかな。今のところ。まあ、何とかする。
チャンさんも見に来た。

CCDのアーティストラボ参加者達の打ち上げというか食事会があるというので参加。有名な店らしいがあんまりうまくなかった。量も大量。酒は控える。
結構熱もまた上がってきたようだが、最後の夜である。ここはつきあう。上記のデスティネイションというゲイクラブへ行くぞー!みたいなノリとなり、タクシーで移動。どこだあれ、体育館なんとか西とかっていってたが場所は覚えていない。しゃれた飲み屋やレストランが建ち並ぶところ。
デスティネイションの中は男だらけ。イカホモの中国人と西洋人であふれていました。
二十年前、南駅の近くの屋台みたいな小さな掘っ立て小屋でおしゃれをした男の子二人がバーを営んでいたのを思い出す。そんな人たちが今はこういう大きな箱で商売をするようになっているのだろうか。客はあの頃見かけた股割れズボン(カイタンクウとかいう)はいてウンコちびりながらはしりまわってたガキども達である。ゲイだって、そのころは「違法」だったのだ。違法って・・・・それゲイの人たちはどうしようもなくゲイなわけでいったいかれらはどうすればいいのさ・・・とおもってやりきれないきもちになったけれど、いまはこうして非常にオープンである。

ところで、今回つかった金額が思いの外少なかった。日本国内の交通費、免税のタバコ代、土産に買ったお菓子代、含めて一万五千円程度である。十日間で一万五千円。しかもそのほとんどを日本国内、および最終日に買った土産物代で費やしています。
まあ、そりゃあそうか・・・ホテル代はシャオクーのおごり(どうしてもというので)。あの村から出たのは天安門広場散歩につきあったあの夜と最終日のゲイクラブくらい。飯代は平均五元(75円)程度。それでも移動はいつでもタクシー。

こんな事ばかりだけでなく、タイミングもタイミングだけにいろいろ考えることも多かったけれど、こんな事ばかり書いておく。

お疲れ様でした。

DSCF5925.JPG

まだ北京。現在五月二日金曜日午前十時。
五月一日木曜日の日記。
本格的に風邪をひいたようである。熱が下がらない。悪寒がする。リハーサルは三時からなので、それまで寝ることにする。
なんだかせっかく北京まで来て寝ているのももったいないのだが、しかたがない。あのレストランの飯が悪かったのか、遅くまでおきていたのが悪かったのか、タバコの吸いすぎか(みんなものすごいペースで吸うのでついつられて大量にすってしまうのだ)。それともビールの飲み過ぎか。中国のビールは軽いのでつい飲み過ぎて体を冷やすわよそれにたぶんなかになんかはいってるし・・・とディネケがいっていた。
燕京ビールはなにかケミカルな香りがする。チンタオはまだましだというが、それでもなんか変だ。変だと思うとますます怪しく思えてくる。東京で中華料理屋なんかでチンタオをのんだりするけれど、正直言って日本のビールの方がうまくて安全なので雰囲気だけでチンタオをのまない方がいい。これからは日本のビールがあれば日本のビールを飲むことにしよう。

そういえば、タバコも変だ。こっちでは偽物のタバコが広く出回っている。マイルドセブンはとても人気がある銘柄だけれど、そこらの万屋で売っているのはたいてい偽物(この村の万屋に限っていえば)。パッケージをよく見れば印刷の質が違うのですぐわかる。
偽物といえばiPhoneのパクリ製品をつかっている人を一度見かけた。おととい一緒に飯を食ったCCTVにつとめているというシャオクーの友人の彼女が使っていたのは本物のiPhoneだった。ソフトウェアをハックして中国でもつかえるようにしたらしい。結構そうやってつかっている人は多いのだという。

二時ごろ、結構つらかったのだががんばっておきる。CCDのまえにある汚い飯屋で担々麺をくうが、ほとんど残す。そのあとリハーサルへ。昨日はユーリダンスのディネケとコンスタンツが様子を見に来る。三時から六時過ぎまでがんばる。
終了後、シャオクーと近所の飯やでスープと野菜をくう。またほとんど残す。
気がつくと残金が八元。銀行に行かなければならないが、この村にはそんなもんないのでショッピングモールへ行くつもり。

北京草場地四月三十日の日記。現在は五月一日午前十時半。
昨夜部屋に戻ってきたのは午前二時くらいか。深夜二度起きて吐く。風邪をひいたらしい。悪寒がして体が痛く、なかなか寝付けなかった。疲れがたまっている、というほど疲れるようなことをしていないんだが。大学の恩師の「いるだけで疲れるんですよ中国は」という言葉を思い出す。

朝から順に。
十時半に起床。やはり二度寝して八時半に起床のつもりが十時半。十一時にシャオクーが迎えに来て、近所の雲南料理屋でチャーハンと午後の紅茶ミルクティー。
CCDのサンくんのおすすめのカフェへ移動し、そこで四時のリハーサルまで仕事をすることにする。「あそこは茶一杯で二十四時間いられるし、寝ちゃっても怒られないし、インターネットはつながるし、ひといないし、いいよ」っていっていたので。ホテルの窓のない狭いところで寒さに震えながら作業するよりは全然効率が良かった。

シャオクーの急用で別件の仕事の話をしなければならなくなったようで、少しおくれてリハーサル開始。この日は時間が限られていたので、動きを練習するのではなくて頭からタイミングとタイムコードとネタと期待する効果の確認など。二人のノートを見ていると、もちろん中国語なので漢字だけが並ぶんだが細かい字がびっちりうめつくしていくからおもしろい。どんだけ1ページでボールペンのインクを消費するんだろう(笑)
今回はいろいろメモ用紙やら切れ端やらに書きまくったので、俺もボールペンを三本消費した(笑)

先日会ったミュージシャンのフーツ(本名はワン)が七時くらいに草場地へ来る。彼のバンドのボーカルやっているというヘレン(中国名は失念)と彼女の友達というか彼氏なのかドイツ人の青年も一緒。さらに二人友達が加わって大銅銭という四川レストランで飯。うまかったよ。でも、深夜はいたのはここの激辛料理であった。
フーツは八十年代のジョガーのようなかっこうである。ばかげているがナイス。短いジョギングパンツに古いジャージ。胸にはドエプファーのロゴ。背中にはベルリンのテレビ塔がプリントしてある。ヘレンはアメリカに住んでいたらしく、ばきばきのアメリカ英語で、なかなかついて行けない。これからはアメリカ英語の聞き取りの練習をしよう(笑)

飯の後CCDへ移ってパフォーマンスを見る。先日のはAプログラムで今回はB。二番目のやつ以外は、全然。二番目のやつも作者の性格なのかどこもかしこも粗々なんだが、それが味になっているともいえる不思議な作品。

CCD出に時まで酒盛り。上海のチャンさん(こう書くとなんか変だけど、かれはシャオクーも参加するダンスカンパニーのディレクターでインディペンデントアートスペースを上海で運営もしている人)に現代中国の抱える問題とその背後にある中華思想についてお話を聞く。
ということで二時。

アーカイブ

ウェブページ

  • About
  • Contact
Powered by Movable Type 5.0
Creative Commons License
このブログはクリエイティブ・コモンズでライセンスされています。

このアーカイブについて

このページには、2008年5月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2008年4月です。

次のアーカイブは2008年6月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。