五月十三日(飯と飯飯地震痙攣映画対話修辞それから観た映画が思い出せないこと)

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五月十二日月曜日二十二時三十分。
ご飯が炊けた。続きは後で。

続きは後で、と書いて保留してから二十五時間。現在十三日二十三時三十分。その間にさらに二度ご飯を炊いた。

四川で大地震があったことを書いておく。三日?にはミャンマーでサイクロンもあった。
出来るだけ多くの人が助かりますように。

そういえばよくワークショップなんかでわけあって「地震!」と叫ぶことがあるんだが、地震を体験したことのない外国の人が多いことに驚く。体験したことがないから地面が揺れることが想像できないようで、地震にあった状況を表現しようとしてものすごくブルブルと体を痙攣させたりする。

何本か映画を観た。エミール・クストリッツァのライフ・イズ・ミラクルとスパイクリーのインサイド・マンと、あとなんだっけ・・・。忘れたが、何か観た。両方とも、非常におもしろかった。

数日寒い日が続く。

お互いに何かを探求していく会話と、お互いを説き伏せようとしている会話は全く違う次元の話であるという単純な事実についておもうところあり、舞台芸術のことについて考え、自分のすべきことについて考えて、眠くなってねる。このことについて、どれだけ考えようとしては入り口の辺りで眠くなってきたことか。対話と修辞法のことです。

あー、なんだっけっか・・・・他に観た映画・・・。

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Her last terms were: 'Mind, Crossjay, you appreciate absolutely nothing about me', when I lodged to that animal of a tramp, who's a 'wandering moral,' and gets revenue from citizens by snuffling it.

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このページは、matsuoが2008年5月12日 22:37に書いたブログ記事です。

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