2008年11月アーカイブ

マッハGOGOGOをマトリックスの監督が映画化したやつをDVDでみた。わけわからんがすごかった。あんなの映画館の最前列で見たらぜったい酔ってる。日本のアニメとゲームのびゅんびゅん加減をそのまんまやった感じ。で、あの色。ストーリーとかどうでもいい、っていうかびゅんびゅんやってる途中ではいるおかず程度の寸劇がなければみてるほうは死ぬ。

あと、ペルセポリスもみた。漫画を図書館で借りて読んで非常に興味深かったので。1969年にイランで生まれた女性の半生。彼女は上流の家庭に生まれてほとんどの庶民とは違う価値観を持つ特殊な立ち位置にいるので、ある一面からの視点だとは思うけど、激動の時代にあそこで何があって人々は何を感じていたのか、ざっくりとした情報だけでみじんもリアルに想像できなかった空白を埋めてくれた。

日本にいるだけだと気がつかないけれど、みんながみんな日本昔ばなしやドリフや水戸黄門をテレビで見て正月は初詣に行き夏休みはカブトムシを捕ったりスイカ割りしたりして育ってきたわけではない。普通の大人の人たちには、そんなのあたりまえですよといわれそうだけど、いろんな国でいろんな国の人たちとコミュニケートするとき世間知らずの田舎もんの俺には、そういう事実が非常にしみじみとリアルでした。

うちは最近いろいろとありまくりなので、今日は気分転換のために、うちの気分転換用便利スポットである水道橋のパワースポット「ラクーア」にいく。あいかわらず謎のテンション。六本木ヒルズとはたぶん国が違う。悲鳴と音楽に合わせて動き光る噴水とLEDイルミネーションと行列と食い物のにおいと香水などのにおい。
田北とご主人に遭遇。すっかり元気そうでなにより。でも見た目より体力的にも精神的にも落ちているだろうから、これからの年末の忙しさをうまく乗り切れるといいねえ。

統合失調症のようなヴィレッジバンガードをみたりユニクロで暖かい下着や上着を入手。ゴディバのホットチョコレートがうまい。高いけど。LEDのイルミネーション。最近ありふれて、すげえゲスに見えてしかたがない。

また久しぶりになってしまったので、一週間何やってたのか思い出せない。

昨日はバラタナティヤムなんかの民族舞踊とコンテンポラリーダンスの関係がどうのこうのという卒論を書くに当たってプルシャルタの映像を見せてくれないかという学生がやってくる。参考にならないような気が、すっごくするんだけど・・・・。

アクラムカーンやらジャイの踊りを観ていると、別にカタックとかバラタナティヤムとかカラリパヤットを「とりこんでいる」のではなくて、ただそういう身体の記憶というか、長年の訓練で染みついた癖みたいな物が振付や一つ一つの所作の中ににじみ出ているだけのような気がする。意識の中でも「踊りとはこういう物だ」と思っているような所がある。演歌歌手がユーミンのようなフラットな歌い方のポップスをうたうときにも、ついコブシを回すみたいな物か。もちろん、彼らはそれにとても意識的で、自在に使い分けることが出来るのだろうけど、手癖はあえて排除しない。

例えばブロードウェイミュージカルで、まあライオンキングみたいな物があるとする。(みたことないけどすげえんだろうな・・・)アフリカンダンスみたいな事をするようなシーンが(みたことないんであるかないかわからないが・・) あってみんな「アフリカっぽく」おどる。ベジャールだかなんだかが忠臣蔵かなんかをバレエに持ってきて(見たことないのでわからないが・・・)歌舞伎のミエを振付に採り入れたりする。ジャイらの作品や、どこかで見たおもしろかったアフリカのカンパニーの作品で起こっているのはそういうスーパーフィシャルな事とはちょっとちがう。八十年代だか九十年代によくあったいろんなスタイルのダンスを採り入れて文化のミックスがどうのこうの・・・みたいなポストモダンな方法と、にじみ出るコブシを意識的に使うのとはちょっとちがう。

民族、というかある文化特有の身体の記憶という物があるとしたら、それがどんどんフラット化、グローバル化しているような気がする。そういう中でコブシを回す身体っていうのは貴重だと思う。西洋的身体論への反動で日本のからだを探した暗黒舞踏があったあと、コンプレックスがなし崩しになくなって何でもありなコンテンポラリーダンスが自然になったのも、身体のフラット化があるからなんじゃないか。こないだパブロがいってた。俺はアルゼンチン人だけどタンゴのタの字もしらねえ、と。俺だって日本舞踊も、盆踊りさえも知らん。

インドやアフリカのダンサーの子達を見ると、やっぱり「盆踊り」がまだ染みついているし、その身体の記憶を誇りに思い楽しんでいるきがする。
アフリカやインドの身体はまだ混乱している。それがおもしろいし、これからどうなっていくのか、十年やちょっとで変わってしまうかもしれないから要注目だと思いますよ、ダンスが好きな人。

きょうは、頭が痛い。肩がこりすぎてよくない。


一週間たった。いろいろあったけど、わすれた。

事務所でTKを一日中きいてみた。臨死体験。夜、うなされた。使われているどの音色をとっても、細心の注意を払って膨大なプリセット音源から安い音だけが選ばれている、としかおもえない。天才かと思った。

パプリカとかいうアニメ、アルモドバルのバッドなんとか、テレビでマルホランドドライブやってたのでそれと、なんか他にも観たなあ・・・でもわすれた。

デジタルネイティブっていうNHK特集をみる。他にもいろいろみる。
なんか、ああほんとに時代は変わるんだな、という実感は三十代も後半になってやっと・・・

すこし、動かなさすぎだな。

わたるんちのとなりのしゃれたカフェで飯を食う。まるでだめだとおもうのに客が入っている。たかいし。義理の妹の見舞い。うちの奥さん、わたるといたると水戸から出てきた両親とともに。
たいしたことなさそうで良かったと書きたいがたいしたことあるので、がんばれ。大丈夫。
アネットメサジェ展が最終日だというので一家総出でみにいく。というか展望台にイタルを連れて行く。展覧会は、すごく良かった。もっと前に行ってれば良かったお。インストールが見事だった。いかれてて。
小室哲哉が捕まったらしいが、まってましたとばかりな報道やら、取材を受けて悪口いってるような知人とかいうやつらが醜悪で見ていられない。うじ。それから、何で発売中止とか配信中止とか、そうなるの?デリート?若い子達の青春だったんでしょう。デリートされちゃうのですか彼らの青春は(笑)あほか。じゃあビートルズもJBもボードレールもジュネもサドもワイルドもデリートしちゃえば?
オバマとマケインの選挙戦におけるネットの使い方の違いをニュースでやってた。マケインだめすぎ。なんか、アメリカ大統領選挙ってもっと緻密なのかと思ってた(笑)
うわ、こんな時間だ。出勤しよう。

うちにほぼ一月の間居候していたパブロがアムステルダムへと帰っていった。金曜の朝。なんだかすごく長い小説を読み終わった後のようにさびしい。一つの完全な世界が突然なくなる。
きっといつかブエノスアイレスへ行くだろう。で、タンゴの店なんかに行っていっしょに日本での一ヶ月の思い出話なんかをするだろう。
他人の書いた小説と違って、こういうのの続きは自分で書くことができる。そうおもえば、寂しさが希望に変わる。

水曜夜、オケちゃんに誘われたスーデラのパーティーへパブロを連れて行く。なんのパーティーかわからずじまいだったが、いいパーティーだった。そこで久しぶりに会ったトーストに金曜夜のイベントに誘われ、パブロがいなくなった寂しさも紛らわせたかったし、うちの奥さんと出かける。東京デザイナーズウィークの一環だった。いってみて知る。

なにやらトーストが興奮して絶対すごいから見に来てくれと小一時間酔っぱらって繰り返していた見せ物とは、小野雅子さんのオリッシーだった。

すばらしかった。目が離せなかった。動きに無駄がなく、振りの全てが洗練されている。あらゆる仕草がなんの努力も訓練もなく自然に彼女の身についていたかのようにみえる。ただ踊っているだけなのに、観客に語りかけているように見える。語りかけるというか、男性を誘っているように見える。それでも絶対に触れてはいけない高潔さが漂う。

さむい夜、国連大学の中庭の仮設会場で、不十分な照明の中で、すごいものを観てしまった。たくさんインドに行って、インド舞踊を観てきた。バラタナティヤムに至ってはデジタルアーカイブを作る仕事までした。でも、こんなにすてきなものを観たのは初めてである。しかも、ダンサーはインド人ではなく日本人である。それとも、日本人だからかもしれない。

ファイナルホームの津村さんのジャケットを着て踊るという企画だった。現代の服の下にちらちらと見える派手な衣装もあの環境に映えたのかもしれない。でも、本来のオリッシー衣装でも観たかった。

なにか、彼女のダンスと仕事がしたい。あ、やることまだあるじゃん(笑)
なんでダンスかなあ・・・と、ちょっとさめていた気持ちを少し前向きにさせてもらった。

及川ギガ氏にもあった。彼も小野さんのダンスにはいたく感動していたようである。彼も数々のインド舞踊を観てきているはずだ。俺よりももっとたくさんのダンス作品を鑑賞、分析、製作してきている。其の彼も「いい」というのだから間違いない。
彼女はすばらしい。たぶん、いいオヤジ二人が、ダンサーに恋をした(笑)

昨日土曜は、毎年恒例ノリユキさんと下條先生のルネッサンスジェネレーション。少し遅刻してしまったけれど、たっぷり六時間。非常にスリリング。スタッフじゃなくて観客になってきいた方がゆっくり考えながらきけるからいい。当たり前か(笑)
そのあと、うちの奥さんと近くの江山楼で黒酢酢豚を食って、赤坂見附まで散歩した後帰宅。

帰宅後、テレビで赤塚不二夫の伝記をやってたのでみる。死後、少しずつ少しずつ毒が抜かれていく。エライヒトがエライヒトになっていく。

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