一月三十日午前十時半。もうすぐリキシャのオヤジが迎えに来るらしいのでそれまでメモ。
だいたいあったこと。
一昨日は朝からシティーマーケットへ行って素材の撮影。狂ったお姉さんがずっとついてくる。まるで彼女に引率されているように迷宮の中をぐるぐる。午後から現場に行ってもう一度下見。採寸。戻ってウィルソンとミーティング。夜はコシーズへ。いつもと変わらなく理解不能にダークな照明だが変わったのは禁煙になったこと。公共の場での喫煙が禁止になったらしい。トーマスがテレビで警官に殴られている路上喫煙者を見たそうだ(笑)
コシーズはみんななんだかんだいうけど悪くない。落ち着くし。
昨日は一日中アタカラリで作業。夜はクリスおすすめのステーキ屋へ。またコシーズへ以降としたんだが、あいにく満員。ものすごく目を輝かせてあそこのステーキはうまい、でかいとクリスがまくし立てた洋風レストランへ。確かにでかいたぶん250グラムはあるが300ルピーの牛肉ステーキを食って腹一杯。
帰ってきてからファイナルカット作業。得意じゃないので時間がかかる。よく理解していないがやらないと出来ないので強引にやる。
2009年1月アーカイブ
二十七日が終わるところ。あと十分で十一時。日本は二時二十分。
今、濱中さんと帰ってきた。松本さんはジョウを空港まで迎えに行ったし、クリスは疲れすぎて飯を食う気分がしないというので今日はトーマスと濱中さんと三人でココナッツグローブへ。いつものようにうまい。本当にうまいよ。嘘じゃない。
今朝、部屋で仕事に取りかかる。やっと作業の始まり。ところがこっちに来る直前がクソ忙しかったので、すっかりいろいろ今まで作ったネタを忘れてきてしまい、はじめから作り直すことになってしまってめんどくさいし時間がかかる。時間ないのに。
午後からアタカラリへいき、飯を食い、メールをチェック。メインのスタジオをクリスとトーマスが関わっているアタカラリの新作のセットが占拠しているので小一時間かけてniefとかいう服飾系の学校のスタジオへ向かう。三時から七時までリハを見ながらアイデアを練る。
で、アタカラリに戻ってミーティングしたりヘマスンダリにあったりしてそのあとトーマスとココナッツグローブへいったという1日でした。
明日はあさからマーケットに撮影に行くつもり。
一月二十七日火曜日。二十四日の夜に着いたのでもうすでに三日目。
シンガポールでのトランジットまでは、なんていうの?あの飛行機、新しいでっかい奴。エコノミークラスも十分にスペースがあって快適でした。バンガロール空港が新しくなったというのでどんなもんかと期待していたんだけど、まあなんの特徴もない小さな空港でした。新しいんだけどディテールは非常にインド的な仕上がり。例のごとく雑な張りぼてのようなテイストです。街の中心からとおくなって、ちょっと不便になった。
1泊目はエリアムのうち。二ヶ月も先にインド入りして自分のプロジェクトなんかをやっていたクリスと再会。
二十五日は朝からジャイにつれられて早速ヴェニューを見にいく。もう何が何だかわかんないけど建物全体がバイオリンの形をしている。弦まで張ってあるバカ建築物。いろいろ思いついたことを話す。
アタカラリへ移動してトーマスやらバハドゥらにあい、近所の飯屋で昼食。もちろんカーレーの葉っぱが皿代わりのアンダルなんとかスタイルのミールス。激辛。インドに来たって感じ。すでにインド飯一食目から胃がもたれる。夢にまで見たインド飯なのに先行き不安。一回食えばもう満足。
三時ごろエリアムのうちからこれから二週間の宿泊先になるUTCとかいう施設へ移動。カントンメント駅の近くで周りにはスーパーも飯屋もない。非常に残念だけど、まあ寝に帰るだけだから。アタカラリから遠いから通勤が非常に面倒なんだけど。
濱中さん松本さんとミーティングしてまあだいたいの仕事の大枠を決めてしまい、アタカラリへ移動し夕飯はみんなでクドラへ。いい値段する(といっても今円高なので)レストランだけどうまいところ。来ると必ず何度か食べにいく。久しぶりのキングフィッシャー三昧。宿に帰って日本人三人インド銘酒オールドモンクで濱中さんの誕生日を祝う。
二日目、朝八時四十五分にお迎えが来てアタカラリへ。カルカッタから来たおかしなダンス夫婦をまじえこれから取りかかるシティオンザムーブという作品に関するオリエンテーション。そのあとネットにつないだりしてすごし、角の店で飯食ったあと近所のスーパーをのぞいたりしたあと、リハーサル。とりあえず、ジャイの作ったパーツパーツを見せてもらう。フェスティバルオープニング作品なのでまあ、お祭りのような。でも悪くない。最後のカラリスタイルでがんがん踊る所なんて随分いい。
夜はジャイのうちにみんな集まりパーティー。ラギニにも再会。イギリスからは七人組のパレード屋さん?なかなかいいやつら。何時くらいまで呑んでいたか忘れたけど、部屋に戻ったのは十二時過ぎ。
はら減ったなあ・・・。カレー食いたくなったので、ちょっとインド行ってくるわ。
ウホッ!三時!眠い。ねる。
例のごとく、インド行きの直前はいつもバタバタと忙しく、ぎりぎりに出発準備。
いまやっとねられそうな所までたどり着いた。
明日よりインド。インド日記。
何度めなのか忘れたけど、結構インド日記書いてる。
インドのどこがいいって、寒くないところ。
きょうは阪神淡路大震災があった日。インド行ったりして家を空けるときいつも心配なのは大地震。うちの奥さんと猫だけでは無理。
これみてたら不安になってきた
なんか今年は、東京でおこりそうな予感がする。根拠ないけど。ちゃんと準備をしておこう。
16時過ぎたじゃん。うちの猫じいさんがションベンぶっかけた掛け布団を湯船で洗ったり干したりしてたらこんな時間。羽毛布団はクリーニング代が高いときくので手洗いすることにした。おかげで風呂場で一人、布団と大乱闘である。
これから事務所へ行って仕事しなければ。昼にはうちでるはずだったんだが・・・・。夕飯の時間には戻ると奥さんには言ったが、無理かな。
昨日の夜、猫が掛け布団に小便をしていやがったのを発見してがっかり。別の掛け布団をしてねたのだが、疲れていたのか寝相が悪かったらしく、さらにその掛け布団にはカバーをしていなかったのでつるつる滑りやすくねている間にベッドの下に落下していた。
毛布一枚で死ぬほど寒かったんだが、ねぼけて混乱していたらしく、今は事務所の床で寝ているのだからしかたがないとずっと思っていた。というのも、一昨日の夜は成り行き上事務所の床で仮眠をとることになってしまったからである。それと混同して自分の居場所がわからなくなっていたらしい。おかげで疲れがたまっているのに熟睡できずに寝不足である。
興味深い記事を見つけた。ディランの歌に登場する人物、というかディランのプロテストソングの標的となった人物がなくなったらしい。rolling stoneの記事
Take the rag away from your face.
Now ain't the time for your tears.
っていうので有名なうた。
ディランの歌によると、彼はまずしいHattie Carrollさんというメイドを杖で撲殺したということになっている。彼はディランの歌は事実と違うと言いつづけていたらしい。
"[Dylan] is a no-account son a bitch," Zantzinger said. "He's just like a scum bag of the earth. I should have sued him and put him in jail. [The song is] a total lie."
真実はどうか調べていないので知らないが、とにかく彼は死ぬまでディランの作った歌の呪縛から逃れることは出来なかったろう。
もしかしたら、ディランは自分の歌を受けよくするために事実を多少変えたのかもしれない。
そのことで、たとえWilliam Zantzinger氏がどえらくいやなやつだったとしても、その歌は彼の一生をものすごく変えたんだろう。
Clinton Heylinという、ディランの伝記作家らしいんだけど、彼もこういってる。
"That the song itself is a masterpiece of drama and wordplay does not excuse Dylan's distortions, and 36 years on he continues to misrepresent poor William Zantzinger in concert."もし、俺がディランだったら、そのことの重大さを受け止めきれなくなって、実名を出したり実際の事件を想起させるようなプロテストソングを作り発表し続けることは、耐えられないほどのプレッシャーになるかもしれない。だからプロテストソングやめたって言うわけではないだろうけど。 まあ、じっさいハリケーンでまたやってるし。でもあれは個人を攻撃してはいないか。
こないだの祝日、アイムノットゼアとノーディレクションホームをとばしとばし見た。ほんといけすかない野郎である。みんな、奴が嫌いである。みんな、でも奴の作る歌はすごいという。
今日も事務所へ来ています。今事務所。
さっきまで新宿でShine A Lightみてきた。ジャンピングジャックが流れたとき泣くかと思った(笑)かっちょよすぎ。編集もカメラもすごい。でも、開演直前にマーティンスコセッシのところにセットリストが届くって言う演出は・・・・(笑)1曲目がジャンピングジャックフラッシュだって事も知らなかったって事?1曲目が始まるまで?それはないだろ。作りすぎ。ストーンズファンは基本的におつむが弱いことで知られている?けど、これはそのおつむの弱い俺にもわかる。それと、CDより曲数が少なかったような気がするんだけど・・・。
キースはよくなってるなあ。演奏以外。演奏はひどい。73年ごろの演奏がこのクオリティーで記録されてたらなあ。大丈夫か?誰か言ってやった方がいいんじゃないかなあ。誰もつっこめないのかなあ、あのへたれた手癖フレーズとか。しかし、演奏しくじらないかどうか見ている客の方が心配になるバンドも珍しい。しかもあのキャリアのバンドに。
一人で見にいく。どんな映画でもイベントでもたいていうちの奥さんが一緒に行きたがるのだが、これは別。念のためさそってみたんだけれど、即答で断られた。
彼女はストーンズが非常に嫌いである。二人はたいていのものは嫌いでも好きでもなかったりするんだが、ストーンズに関してはちがう。俺は思考停止したかのように問答無用に三度の飯より好きである。好き、というかなんというか。空気というか、水というか。中学生の時からだから・・・。
それに対し、彼女は一日中ストーンズを聴かされるくらいならハンストをして抵抗するだろう。ミックジャガーにあったら殴りかかるかもしれない。
さてこれから、九時頃まで仕事をしますよ。
ヘルペスは薬のおかげでかさぶたが出来てなおってきた。いつもは二週間は悩まされるんだが、さすが。新しく認可された薬らしい。
三連休なんだが、仕事をしようとおもう。
まあ、休んでもなんとかなるんだが、不安を解消するためである。
ちんたらチャリンコこいで出かけるのも気分いいかもしれない。はれてるし。ぴりっと寒いし。
事務所に出かける前に近所で猫のえさを買ってきてやろう。えさとトイレ。あと俺たちのえさも。
きのう、六本木ヒルズのスターバックスでコーヒーを飲んだ。スターバックス、実は数年ぶりである。イスラエルと深い関係にあると聞いたことがあって、なんだかやつらの武器買う金になってると思うといやだったからである。まあ、他にもコーヒー農家への搾取とかいろいろあるらしいが。とにかく嫌いである。で、まあ昨日はなりゆきでコーヒーを買ったんだが、なんだかガザで無差別に大量虐殺されている市民をかんがえてまずくなった。いろいろ事情はあると思うが、虐殺はとにかくなしだろう。
で、ちょっとネットで調べると、身の回りの必需品がみんなイスラエル支援企業関係である。そんなこと言ってたらマクドもコーラも飲めなくなるのでばかばかしいが、とにかくあの政府のやることに針の先ほどの協力もしたくない。なんなのあいつら、とアメリカ。日本政府も様子見て検討とかいつもそんなことばかりいってるし、俺のような一般消費者に出来ることは出来る限りの不買とそれを宣言して小さくアピールするくらいか。で、修理中のスーツケースも、じつはスターバックス関係らしい。サザビーとかうメーカー。
寒くてたまらん。はやく常夏の亜大陸インドへ行きたい。常夏じゃあないか・・・。でもまあ、あるいみ夏よりあつくるしい。
どばーっと一気に終わらせたいものだが、地道に一個ずつつぶしていかなければいけないのでイライラする。あそこをこうしてそこをこうやってこうやると終わる・・・というイメージだけはあるのに、実際に作業には時間がかかる。ねて起きたら、もしくは酒呑んできて戻ったら全部終わっていた、みたいなことにならんもんだろうか。
スーツケースのキャスターがまたまた壊れたので修理にだす。もう何度目だろう。いい加減新しいのを買いたいとおもうのだけれど、傘と同じで必要ないときに買おうなんて思いつかないものだ。いつも直前になって、どうしようか迷う。たいていそういうときに限って(恒常的にだけど)超財政難である。
こういうわけで不本意ながらぼろぼろのやつを使い続けている。おかげで見た目がすごい。しかし多少の汚れやへこみは旅慣れてる感がでて味になるのかもしれないが、通り越して粗大ゴミに見える、と、今朝気がついた。地下鉄でみんなに見られてちょっと恥ずかしいおもいをする。
茗荷谷にビザを受け取りに行く。いつもこれがめんどくさい。
先日申し込みに行ったとき、仕事を辞めたかリストラされたかしたのだろう、五十代くらいのおじさんが「無職、ってかいたらビザ発行されないでしょうか?私仕事やめちゃって・・・」って隣に座って待ってる人に不安そうにきいてた。大丈夫、胸はって行ってきてください。
鼻の頭に出来たヘルペスがひどくならないうちに医者へ行って薬をもらう。いつも放置なんだが、ちょっとこのスケジュールと寒さのなかでストレスを感じないでのんびりやるのは無理そうなので。たいてい風邪ひいて体力が落ちてるときに忙しかったり心配事が重なったりすると、でる。完治するのは難しいらしく、一生つきあっていかなければならないとおもったほうがいいという。俺がストレスを感じないようにゆるゆる生ヌル温泉につかりながら生きているのは病気だからである。
まだ、交流基金から連絡がない。これがストレスの大きな元の一つ。それに、他人に言えない悩みが一杯。
明日は早いのでもうねなければならない。早いだけではなく、疲れそうだ。
具合が悪い、が、がんばる。免疫力が落ちているようで、鼻の頭に少しヘルペス。どうもこの二〜三日、というか同窓会で朝まで下呂吐きながら呑んで以来HPが落ちている。荻原の毒か?キアリー・・・
昨日はインド大使館・・・じゃなくて茗荷谷にいってビザの申請をしてくる。航空券代の支払いもする。今日はまたまたキャスターが壊れたスーツケースを修理に出してくる。いよいよインドへ行くんだという気がしてきた。
しかーし、某基金の審査がまだ通っていない・・・。というのも、ハジメに提出した時点から変更点が結構あったから・・・。なんとか、いろいろ説明しているんだけど。どうなるか。って、どうなるもこうなるも、助成していただかなければこの世の終わりに近いショックが訪れる。リーマンショックどころの騒ぎではない。
中学の時の社会の中川先生が憲法十二条をよく引用していた。権利と自由は、国民の「不断の努力」によって保証されているとか言う奴だ。基本的人権でさえも。不断の努力が前提だから、努力しないで何もくれないと文句いうな、と。努力して必ずしもいい結果が出るわけではないけど、まあ努力はしてみないといかん。常に(常に!)努力しないやつに人権はない(笑)人権は人権を保持しようとする努力によってしか保持できない。不断の努力で権利と自由をキープしようとしてもダメだったら政府がなんとかしないといかん。
ありがたいことに今仕事があって、しかもあと二週間ほど文字通り不断の努力をしないと締め切りに間に合わない。インドにも行けない。
ガザの状況をニュースで見ていると、これはタコなぐりの虐殺にひとしい。核兵器は使用後何十年も放射能汚染に苦しめられるというけど、この攻撃でまたこのあと何千年もうらみつらみに苦しめられる。
正月は実家へ帰った。
高校の同窓会へ出席した。二十年。・・・まったく。
![]()

