バンガロール日記 その6

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すでに六日に本番は終わって、今日は八日。しばらく書いていないのでディテールはよく覚えているがそのつながりが思い出せない。
今日のことからメモ。二月八日日曜日。
八時起床。八時半に食堂で朝食。コーンフレークと卵焼き。はずれの日。あたりはカレー。カレーが「あたり」と思うようになっている。
九時にマイクロバスが迎えに来てアリアンスフランセーズへむかう。フェスティバルにおける最後の仕事であるカンバセーションプログラムへのファシリテーターとして。六組の若い振り付け家の短編作品の上演とそれぞれについてのディスカッション。総括討論ではこれといってうまいことはいえなかったが、グループ別の討論ではまあまあいいこという。俺がリードするグループは、偉い振付家アステルダブーと哲学者のスンダとアリゾナ大学でダンス教えてるカロリン。担当したのはボンベイでダンスを学んで活動するミハイルという青年。
終了後、タバコが切れていたのでステージでミハイルがタバコを吸うシーンがあったのを思い出し、あの小道具をくれとせがんだら一箱丸ごとくれた。コンサル料である。
アリアンスの近くのエンパイアレストランで飯を食ったあといったん宿(UTC)へもどり三人が荷物をピックアップしてアタカラリ。セルジュアメ達と再会する。そのあとみやげものショッピングへ。もう別に珍しいものはない・・・。街は五年前に比べて随分様変わりしている。ジーンズの女性はとてもレアだったのに今ではみんな洋服を着ている。そういえばアタカラリのダンサー達も以前はみんなインド服を着ていたのに、今では誰もサリーなんて着てリハーサルに来ない。せいぜいショートクルタをたまに来てくるくらいである。その着こなしも、まるで外国人がインドテイストのシャツを着ているかのような・・・。こんなに速いスピードで、ライフスタイルは変わっていくものなんだと、しみじみ思う。この変化を目撃できたのは非常に貴重な体験かも。
アタカラリへ戻り日本人チームとさよなら。俺は一人のこり、十一日の朝デリーへ向かうことになっている。じつに、寂しい。旅をしていて今までで一番寂しかったのは、バンガロールからひとあし先にうちの奥さんが帰ったとき。そのあと十日間、帰国するまで何ともいえない気持ちだった。
今夜はランガシャンカラにヘマの作品を見にいく。少女だったのに・・・。すばらしかった。
エクハルトとミラ夫妻と、昨日五年ぶりに再会できたクリスとクリスティーナ夫妻で飯を食う。スパゲッティ。ファイナリー。
クリスとミラがいうにはプルシャルタはとてもアタカラリとジャイを変えたという。あの作品が出来たおかげで、世界に胸を張れる自信が付いてそれが全てに好影響を与えたのだという。濱中さんと松本さんと俺は随分いい仕事をしたらしい。
先ほどミラのだんなにおくってもらってUTCへ戻る。今日は一人寂しく自画自賛。他の参加者達ももうすでに帰ってしまってここにはおれひとり、あ、コルカタから来た夫婦ダンスチーム、ロニーとミトゥルはまだいるようだ。ナイスだったモヤもタリクも昨日帰った。
さかのぼって本番のこと。濱中さんが詳しいレポートを書いたら、それを読んで思い出しながら書くつもり。あとで写真つきでレポート。


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このページは、matsuoが2009年2月10日 14:19に書いたブログ記事です。

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