Wall and Bridges

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日本に帰ってくればそれはそれで問題が山積みである。ご多分に漏れず人生にありがちな諸々の苦悩にさいなまれているわけであるが、日本人的に、これはこれで受け入れて淡々とこなすことに喜びを見いだす事にする。

ところで、忘れてしまわないうちにバンガロールでやった事に関して書いておくと、特に、大変だったなあとくらいしか書くようなことないんだけど・・・・樋口君にiChatをつかってフェスティバルロゴのモーションタイポというかなんていうか派手にきらきらとしたものを発注。皆さん大喜びで大成功。みんながいうにはいかにも日本っぽいという。いわれてもよくわからないんだが、樋口君、あれいかにも日本っぽいんだってさw

どこがといわれてもわからないがにじみ出るバックボーン。それが伝統なのであれば、それを支える日本での生活スタイルを誇り大切にしなければ、伝統は潰える。その土地とそこに生きる人たちの関係に適した生活のしかたと知恵みたいなもの。アフォーダンス。山には山の、砂漠には砂漠の知恵と身体性がある。ちゃんと本も読んで、昔の人が何をやったか編集してきたかも勉強しないといけないなとおもいいろいろ読んでいる。ざっくりした奴ばかりだけど。風姿花伝とか茶の本とか大学生の時に読んでわけもわからず遠い昔に忘れてしまったのでもう一回読んでみることにしよう。

外国にいると自分は非常に仏教的な考え方をするのだということを感じることがある。
日本のコモンセンスの中では気がつかなかったことに気がついたりすることがある。

村上春樹がイスラエルで演説したらしい。戦略と技術の勝ちである。よく言ったあんな事敵の懐でなかなかいえないといういう人もいるが、普通の日本男児であれば誰でも出来ることであろうとおもう。当然のことだ。自分の主張を、好機に、適切な言葉を適切に選んでいう。でもこのチャンスをつかむのは並大抵ではできないよなあ。卵ではなく、彼は橋である。
チャンスをつかんでいてもそれに気がつかないこともある。だから、あんな大切な場面で酔っぱらって寝るような大臣もいたりする。たまたま大臣になったような奴にチャンスを生かす器量はない。普通の日本男児はあんな事はしない。壁の側の人間。

なんだかカラダにまだ毒が残っているような感じである。バンガロールでは常に鼻の粘膜が刺激されて濃厚な鼻水がどばどば出た。

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このページは、matsuoが2009年2月17日 09:26に書いたブログ記事です。

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