終わりの楽園

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週末、報告書類だとか確定申告だとか面倒なことを片付けながらビールを飲んでいた。
日曜は滝沢さんと彼女のマネージャーさんがうちに遊びに来たのでカレーを作る。っていうか、あのひと勝手に「カレーパーティー」が友達のうちで開かれるといってマネージャーさんも誘ってきたらしい。カレー作るしかないだろう、その状況。話に夢中で見ようと思っていた白州二郎の伝記ドラマを見逃す。さすがマネージャーさん、あとで録画DVDを郵送しますとの連絡をもらう。それから、彼女のお姉さんはイラストレーターであるとのことで彼女がデザインしたTシャツがほしいといったら、ソッコーで問い合わせてくれる。さすがマネージャーさん、酔っていながらも仕事が早い。

「天国の口、終わりの楽園」というメキシコを舞台にした青春映画を見る。これはなんかいい。十七〜八の時にこれを見てたらとおもうとせつなすぎてねむれない。じじいになってから見て損した。すてきな日本語のタイトルが付いているが、原題は「おまえの母ちゃんも」っていう、台詞の中からの言葉である。その台詞がくだらねえんだが・・・。しかし、邦題がよくてよかったね。タイトルだけで青少年は鼻血を出しそうだ。ザッパのWatermelon in Easter Hayっていう曲にインスパイアされてストーリーが出来たとか、イーノのby this riverが使われてたりとか、そういうところも高校三年生くらいの田舎ものをジャストミートする。一緒に旅する人妻のおねえさんもいい。ちょうどいい感じの色気。高校生の頃見たかった。でも2001年の作品。すでに俺はおっさんではないか。

攻殻機動隊2.0っていうのも見る。これはダメでした。前にみたのも、綺麗だったけど、ダメでした。台詞回しから絵から世界観から登場人物のファッションセンスから何から何まで趣味に合わない・・・。恥ずかしくなってしまって・・・・。作家の人たちのクリエイティビティーと職人技と気合いには恐れ入ります。でも、なんか、こう、取り締まる側っていうか権力の側の人間を描いてるのも気にくわない。組織で何かを取り締まろうとしている奴ら、しかもスーパーウーマン、っていうのが気にくわないのか。刑事物とか、なんで?とおもう。だからって犯罪者の方を描けっていうんじゃないけどさ・・・。
それにスーパーウーマンの人がよく裸になるのに全く色気ないし。ノイズがないからかな。

構造的にノイズを含んだ作品が好きだ。ノイズを含んだ、というか、ノイズを許容してしまう構造を持った作品、というか。そういうものに出会うとぞくぞくっとする。
M-1グランプリの時、オードリーのネタに対して誰だか忘れたが審査員が、失敗しても間違ってもそれがおもしろいってどういうことだ!ってコメントしてたけど、失敗があり得ない構造というかサイクルを持ってしまった瞬間、その作品はなにかぶっちぎっている。何でもアリっていうわけでもないけど、ここかららここまではグレーゾーンでしょ・・・というものをあらかじめ含んでいるもの。マイルスのライブしかり、ストーンズのライブしかり。
洗練されたノイズを排除し尽くした結果に表れる結晶のようなものも好きだけど、ノイズの中にしか見いだせない高揚感もあるんだよね。
といってもぐちゃぐちゃなものがいい、って意味ではなくて、たとえば池田亮司さんとかカールステンニコライのやっているような一聴するとばきばきにノイズを排除したような音だって、つぎに何を持ってきてもおかしくないような「ノイズ」をあらかじめ含んだというか、排除の構図がない音楽だと思う。明らかにケージ以後の音楽。逆にフュージョンとよばれるようなものって、実際あらゆる音や出来事の受け皿にはなっていないでしょう。
攻殻機動隊の台詞やストーリーからはそういう不自由さを感じました。絵は新しいんだけど、いまだにフュージョンバンドってあるんだあ・・・っていうような(笑)

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このページは、matsuoが2009年3月 2日 10:14に書いたブログ記事です。

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