2009年5月アーカイブ

世間で言う働き盛りの男が自慢したことではないが、暇である。暇である、というと諸関係者にご心配をかけるのであれば、それほど忙しくないと言い換える。
そんなわけで、昨日は定本日本近代文学の起源、漱石の抗夫もよんだ。他にやることもあるんだろうが、他にやることを見つけようとしないところが閑人の閑人たるゆえんである。
「忙しくない」と余計なことを考える。「どてら」に声をかけられればほいほいと鉱山までついて行きそうである。
「余計なこと」といったが、実際文字通り余計なことである。たいせつなこと、一続きになったまとまった思索などはしない。たとえば、ストーンズのあの曲のギターは誰がひいてんだろうとか、村上春樹は新作の予約だけでどれだけ収入があるんだろう、とか。まったく、コンテンポラリーでない。

昨日は天気も良いので、牛込柳町から曙橋を通って左門町までのコースで事務所まで歩いてみた。帰りも同様。市谷仲之町で遺跡が出たらしく発掘作業をしていた。ああいうのはどこを掘ったっていくらでも出てくるはずだから葬儀屋と同じで食いっぱぐれがないだろう。しかし当たった地主はたまったもんじゃないんじゃないか。近所にもあるんじゃないかと思って調べたら、ここいらにはなかった。そりゃそうだろう。ここは元築地。つまり埋め立て地だから。白鳥池という池があったらしい。いや、しかしその池が出来る前に人は住んでいたかもしれない。どっちにしろ、俺の土地じゃないし、こんな事も「余計な考えごと」だわな。

きょうは、仕事場へ行き、仕事をつくる。仕事場というのは仕事をするだけでなくて作るところでもあるんだよ、俺。で、早々にそういうことも切り上げて、今日は打ち上げである。うちあげといっても、俺は打ち上がるほど火薬を詰めなかったので、みんなが打ち上がっている横で線香花火をちりちり言わすようにちびちび飲むつもりである。

雨だが、今日も歩いていく。

と、別に書くこともないようなことをいつものように書いてみた。
というのも、yahooもanalyticsというのを無償提供し始めたから、そのタグを埋め込んでみたからである。ただ、タダだからつかってみたかっただけである。
1日平均、10アクセスくらいという、それってほとんどbotだけで10なんじゃないのかという驚異の低アクセス数を誇るこのmatsuo memoが、ほんとに1日10アクセスなのかということが、ちょっと知りたくなったからである。寂しいし。
それも、「余計なこと」であるけれど。

川へ

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気候的にも、スケジュール的にも、何か新しいことを始めるにはピッタリの季節なんだが、昔読んだ本を読み、昔見た映画を見、昔の音楽を聴き、昔の友人達と会い、毎日ゆっくり三十分をかけて事務所へ行って帰ってくる。

メダカが、雄だけしかおらんので、増えない。いや、増えなくても良いのだが、雄が二匹だけしかおらんのは、不健全である。雄がいなくなると、一定の割合の個体が雌に変わるのはなんという動物だったか。メダカがそれであるわけはないだろうから、あとであなたたち二人に嫁をかってきてやるよ。冬を乗り越えたんだから。

滝沢が来たのは土曜日。お好み焼きを焼いて食う。滝沢涼子というのは本名なんだが、子以外三文字がさんずいである。

日曜日、ラジバンのインスタレーションのシステムを仕上げて送る。いろいろ予算の都合とか、大変そうである。チャンネル数が減ったりウェブカムが云々とか・・・で、何作ったら良いんだか曖昧なまま、勝手に作って送る。これで良いんだかどうだか。
金がありゃ、いくらでも現地へ行って、一緒にMithi Riverで製作するんだが・・・

http://sludgeorsilt.blogspot.com/
http://www.soak.in/

ラジバンの今回のプロジェクトのサイトにあった分けのわからん写真。

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昨日のことは、忘れた。金を払いまくった。

中国の現代詩人北島が早稲田に講演しに来るらしい。恥ずかしながら、卒論でいくつか彼の詩を引用させてもらったりしたので、ニュースサイトでその名を見かけたとき、ちょっと興奮。聴講しに行きたくなった。でも、たぶん、先生とか大学に残った同窓の奴らとかが一杯来るんだと思うと、ちょっと考えてやめた。早稲田は講義をネットで公開したりしないんだろうか?ダメな大学だ。そのうち今の三流大学の位置から四流五流に落ちるだろう。もうとっくに凋落してるよね。

ああ、追記メモ。土曜日、ロイを病院へ連れて行き、輸液。消炎剤と総合ビタミンも注射。
かなりやせて危険。脱水症状が激しくなるので、相当つらそう。

月曜日と火曜日は同じ内容の日だった。

記憶している相違は、朝食と昼食と夕食のメニュー。それから、帰り道が一本裏道へずれたこと。昨日はずいぶんながく居眠りをした。

柄谷の日本近代文学の起源と村上春樹の東京奇譚集を再読。最近再読ばかり。
柄谷は学生時代よく読んだ。たぶん、とても影響を受けている。最初の数ページ読んで初心を思い出す。根源的思考。考えるヒントの山。(今ネットで検索したら、大幅改稿した"定本"っていうのをだしたんだね、そっちも読むか)

ゆきから借りたバイオハザードゼロとかいうwiiのゲームをちょっとやる。バイオハザード4の方がうまくできてる。

ラジバンのインスタレーションの仕組みを考えてるんだが、なんでこんなシンプルなことで悩んでいるのか、自己嫌悪。

あまり仕事がないので、以前作ったCMSを掃除する。たいてい公開前は大あわてで作るから、あとで見ると回りくどいところがいくつもあったりして、それは地味な作業だが、曲がった背骨を矯正するようで、あるべき所にあるべき物を揃えるようで、心が落ち着く。

ラース・フォン・トリアーが、カンヌで大ブーイング食らったらしい。さすが。わくわくする。夢である。自分が大ブーイングを浴びるところを想像して恍惚とする。実際に浴びたら寝込むかもしれないが。でも、いつか。
だって、「よかったよ」ってさらりといわれるか、無視されるような物しか作ったことないんだよな・・・。
せめて、大学一年の時に初めて日本近代文学の起源をよんだときくらいの衝撃を・・・。

金曜の夜は四丁目の事務所で鍋を食いながらしこたま呑む。深夜、最近あまり世界の中心でなくなってきた飯田橋へ、ひとりとぼとぼ歩いて帰る。うろ覚えの清志郎の歌を繰り返し歌いながら、何も考えないように歩く。僕の好きな先生、僕の好きなおじさん。マントラを唱えて瞑想するように。iPodがあれば、自分でマントラを唱えずとも、マニ車のように、数珠のように、勝手にありがたいお経を唱えたことになるので便利だと思う。
ずいぶんまえにiPodがぶっ壊れてから、ずっと次のiPhoneのリニューアルを待っている。
六月の頭になんとかというイベントで発表があれば、いつくらいから発売するんだろう。あれを持つと、確実に少し楽しいことが増えたりするんだろうとかんがえると、最近の陰鬱とした単調な生活の少し先に待ち受けるそれが救いの手のようにも感じる。

たぶん、水分をあまりとらずに寝たせいで、ものすごい二日酔いに頭痛。起きると十一時を過ぎている。今までの経験から、二日酔いで起きたあと二時間ほど二度寝をして起きたときに、この上ない爽快感を感じることが出来ることを知っているので、出来ればもういちどベッドへ入りたかったんだが、食事会の約束があるので断固として起床する。
高校時代の恩師が東京へ出てきてくれた。銀座の薬膳中華料理屋でランチ。高校卒業以来だから、二十一年ぶりか。ちょうど、俺が高校生だった頃の先生は今の俺の年齢と同じである。誰がなんといおうと、俺はこの先生はいい奴だな、と思っていた。たぶん、文芸というのは自然科学や経済や数学やいろんな大事なこと「よりも」人類にとって一大事なのであるということを、思うに至らせたのはこの先生の影響であるかもしれない。それが、よい影響なのかどうかはわからないが、こうして今がある。
あえることが決まってから、何を話そうか何度も考えた。あのあと二十一年、どのように生きてきたかを全て話したかったくらいなのだが、それは別の機会に。
先生と古い同級生達(参加者は俺以外みんな女性!)にあって、飯を一緒に食ったら、なんだか一つやり残していた事を二十年後にやっと解決したような、肩の荷が下りたようなそんな感覚と、それとは逆に、でっかいやり残した課題を背負わされたような感覚を味わう。
衝撃は大きくて、二日酔いの頭がぐるぐる。
いつか、夜遅くまで先生と飲みに行くことをイメージしていたんだが、先生は意外に下戸であったので、それはならず。考えると、高校生の時だから、先生と酒の話をするわけがないな。あ、歩く会の飲酒事件の時は世話になったが・・・。

二日酔いと、たぶん風邪のせいで、軽い吐き気が一日続く。休日なのに緊急でかかってきたクライアントの電話に対応し、ラジバンから催促のメールが来たのでインスタレーション用のプログラムをとりあえずでっち上げる。二〜三日前から読み始めた海辺のカフカを読了。今月末、新作が出るというのをきいて、そういえばこいつだけは一度読んだきりだったとおもったので再読してみた。すばらしい。
世界中に十五才くらいの青年がどれだけいるのかわからないが、そのすべてがあの闇を乗り越えて、自分一人でしか解決できない物と戦っている。そしてすべてのオヤジたちはあれを乗り越えてきて、そしてたぶんいまも一人きりで戦い続けているんだと思うと、途方もない信頼を人類に感じる。
俺はカフカ少年のように早熟ではなかった(と記憶しているだけかもしれないが)ので十七くらいのとき、戦いのさなかに、五味田先生の影響下にあったのである。五味田先生とロックンロールと文芸とアートの。

水戸の実家へかえる。

那珂湊の市場へいく。
アンコウと甥達

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妹夫婦のうちの周りは田んぼ。すさまじい蛙の声。田園風景がはぐくんだ奇跡的に楽天的な性格の妹にあうと、自分まで楽天的な人間になった気分がするから助かる。

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甥達の名前はリョウとレイ。友達同士は下の名前で呼び捨て、後輩からは下の名前でリョウさん、レイさんとよばれてかっこうがつく事をヤンキー的感覚で想定して命名。と考えられる。妹のことなので。何よりラ行がヤンキー的感性。

そういえば、今週末は高校の恩師と二十年ぶりに会うことになっているんだが、はたして俺は胸を張って再会することが出来る立場なのかと、少し申し訳ない気持ちにもなっていたが、妹親子にあって「まあこのままでいいか」と思った。

四角

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三角のうちに住む・・・か。

風邪はよくなってきたようだけれど、何をしてもいちいち4百メートル全力で走りきったあとのような感覚を筋肉に感じる。これは若いときには4百メートル全力で走りきったあとか二日くらい飲み続けたあとの二日酔いでインフルエンザに感染した時くらいしか感じなかったことなので、相当に体力筋力が落ちまくっているのだろう。これはますます体を動かして体力を維持する必要を感じる。走るか。

事務所へ出かけようと準備をして、コンピュータを落とす前にメールをチェックするとちょっとしたアフターサービス的な用件が入っていたのでそのまま自宅で対応。窓から曇り空をながめていたら外に出るのがおっくうな気分になり草枕の続きを読み始める。完全にアドレナリン不足のチルアウト。
ラジバンに頼まれた件もやってやらんとなと思いつつも、だらだらと寝転がって読書に居眠り。こんな姿を奥さんに見つかったら、うちの旦那は働かずに一日中うちでごろごろしてばかりですどうすれば働く意欲を・・などとネットのQ&Aにでも書き込まれるかもしれない。とおもって洗い物と洗濯をする。夕飯を作る。奥さんは遅くなるらしいので一人で適当にすませる。

草枕を読み終えてコンピューターの前に座ってみた。まったく気分ではないのだがロンウッドを聴いてみた。草枕の余韻に浸る間もない。なんか無理矢理だが、アドレナリンが少し分泌されたようである。ふしぎだ。刷り込みか。

弟夫婦のかっていた猫が死んだらしい。こないだいったとき、なんのせいだかわからんが急にがりがりにやせてしまって心配しているといっていた。
うちのロイも、最近食欲がないらしく、あまり食べてくれない。元ががっしりとした体格だったのでそれほどやせたようにもみえないが、若いときに比べればすっかりちいさくなってしまった。

あすは水戸の実家へ帰ろうと思っている。車を借りて海でも見にいくか。海が見たい。山も見たい。というより、街が見たくないのか。できれば何日か、どこかよそへ逗留したいのだけれど。

なんかいろいろやろうと思ってたんだが、なんかいろいろだらだらしておったら夜が明けてしまったため、端午の節句、五月五日連休まっただ中の日は午後二時半迄寝る。雨。

深夜にだらだらと読んだ漱石の「こころ」をよみおえ、次に「草枕」を読み始めたら外に出たくなったので新宿へ行き、ビックカメラでバッテリーを買い、そのままどこかへ二〜三日出かけてしまおうかともおもったが腹が減ったので頼まれた食材を買って奥さんの所にかえる。

お好み焼きをやく。食い過ぎて具合が悪い。

二人でこれの忌野清志郎の話を聞き始めたら、次から次に聞いてしまって、結局テレビでやっていたレッドクリフを見逃す。悔しい・・・。村上龍が坂本龍一相手にだいじょうぶマイフレンドに関して自信満々で語っているのなんか聞いて損した。
やろうと思っていたことをやるのがおっくうなので、草枕の続きを読む。

今、たまった洗濯、お部屋の掃除中。今日は、ルクセンブルグのインド人作家ラジバンのインスタレーションのシステムを作ろうと思っています。こんな天気が良いのに。

土曜は午後から奥さんの実家の足利へ。例のごとく、誰も酒を飲まないので、一人でビールを飲み続ける。
日曜は早起きして、思ったより込んでいなかった50号バイパスで笠間の「ひまつり」へ。去年は何でだったか(・・・ああそうだ北京いってた)行けなかったし、足利の両親がまだいったことがないとのことだったので。ちょうど開催期間中でよかった。
以前買って気に入った鴨工房の茶碗を購入。稲吉善光さんという作家の茶碗も綺麗だったので購入。わかい、というか俺と同世代の作家さん達らしい。
それと、随分前に来たときに、失敗作と思われる投げ売りの箱の中に緑色や青色の奇妙な小皿を見つけて思わず購入したのだけれど、一昨年来たときにその作風の作家さんが見あたらなかったので、「やめちゃったのかねw」「あの作風だもの陶芸の世界だけじゃ収まらない人だったのかもよw」などと奥さんを話していたんだが、今年、とうとう再会。佐藤りぢゅうさんという方だった。完全に作風が固定されている(笑)迷った末に購入せず。すでに予算オーバー。また来年。

東京へ戻って、NHK特集。天皇と憲法。まいど、見応えあり。

さて、掃除洗濯の続きをしますか。

月曜日。連休中。

忌野清志郎がなくなったらしい。ほんとかどうかわからないけど、どうもそういうことになっているようである。

はじめはザ・ベストテンというテレビの歌謡番組で坂本龍一と乞食のような格好で札束ばらまいていけないルージュマジックをうたっているのを見た。これはやばい、とおもった。もしかしたらジュリーよりかっこいいかもしれない、と。
そのあとサマーツアーをやってるRCサクセションを、これもまたベストテンで見た。衝撃だった。とにかく、態度に。そのあと、しばらくあのサビが頭をぐるぐるしていた。
それまで、父と母と妹と弟のいる食卓のある家庭にはロックという態度の入り込む余地がなかったんだから。

でもね、そのあと、俺にとってロックンロールといえば長らくローリングストーンズだったわけです。RCはぜんぜん聴かなかった。なんていっても、ロックの頃のRCは音がしょぼかった。でも、やっぱりストーンズにのめり込んだのも、あのサマーツアーの清志郎のロックな立ち方になんかわからんが天啓をうけてから、それの本家を求めてのことだったんだと思う。

俺の大学生だった頃の清志郎は、タイマーズという覆面バンドやったり放送禁止になったりヒットスタジオでむちゃくちゃやってて爽快だった。タイマーズはCDもかった。音はつまんなかったけど。このころ、RCのベスト盤を貸しレコード屋でかりてテープを作った。音がまとまりすぎでしょぼくてロックな感じがしないなこれ・・・というのが正直な感想だった。ロックのくせにちゃんと演奏しやがって、スリーフィンガーでフォークやってた奴にキースのまねは出来ねえ、ストーンズくらいダーティーにやってくれと思っていた。

村上龍のやってたトーク番組に清志郎が出た。どんなにロックだと思って楽しみにしていたら、その頃はやってたゾーさんというアンプ内蔵のギター抱えてほとんど会話になってなかった。こいつダメだとおもった。ミックジャガーとかジョンレノンだったらこれはあるまいとおもって、つまらんやつだとおもった。(あ、若いときのディランだったらあり得るかもな)

そんなわけでずっとつまらんやつだとおもっていた。高円寺で現在のうちの奥さんと出会うまで。
彼女が楽しい夕にやら初期のRCやらプリーズやらEPLPやらティアーズ・オブ・クラウン、それから清志郎の伝記っていうかなんというかgotta!とかいう本、なんといっても十年ゴム消しをもっていた。あのころ、俺たちは精神状態のベースに不安があった。とにかく、全ての先がわからなかった。仕事も人間関係もなーんにも決まったことがなかったし、いつでもいつ壊れても良いような、全てが宙ぶらりんな状態だった。自分の精神さえも。
そういう時期に例のベスト盤のテープを繰り返し聞いた。つまらんと思っていた奴に、ものすごい引力でひっぱられて、なにやら耳元で叫ばれているような感じにいつのまにか変わった。とても不思議だけど。全部を投げ出したい衝動と、ちゃんと何かを構築していきたいという、なんつうか、生き残りたいような感じを、ぐらぐらと揺さぶられた。歌詞とかはどうでもよかった。声。
でも、まだ歌ならよかった。十年ゴム消しはリアルすぎて直視できなかった。すごく複雑な気持ちになって、精神がばらばらになりそうになる。三十後半になって、最近やっと読めるようにになった。
あれを書いた精神が、もこの世にいないと思うととても不思議な気持ちがする。

どうしたって周りの人間を巻き込んだりだめにしたり破滅させたりブーストさせたりしてしまう人物がいる。すごく繊細ですごく無神経で暴力的に大胆、本当のロックンローラーはそういう人なんでしょう。

追悼。

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