月曜日。連休中。
忌野清志郎がなくなったらしい。ほんとかどうかわからないけど、どうもそういうことになっているようである。
はじめはザ・ベストテンというテレビの歌謡番組で坂本龍一と乞食のような格好で札束ばらまいていけないルージュマジックをうたっているのを見た。これはやばい、とおもった。もしかしたらジュリーよりかっこいいかもしれない、と。
そのあとサマーツアーをやってるRCサクセションを、これもまたベストテンで見た。衝撃だった。とにかく、態度に。そのあと、しばらくあのサビが頭をぐるぐるしていた。
それまで、父と母と妹と弟のいる食卓のある家庭にはロックという態度の入り込む余地がなかったんだから。
でもね、そのあと、俺にとってロックンロールといえば長らくローリングストーンズだったわけです。RCはぜんぜん聴かなかった。なんていっても、ロックの頃のRCは音がしょぼかった。でも、やっぱりストーンズにのめり込んだのも、あのサマーツアーの清志郎のロックな立ち方になんかわからんが天啓をうけてから、それの本家を求めてのことだったんだと思う。
俺の大学生だった頃の清志郎は、タイマーズという覆面バンドやったり放送禁止になったりヒットスタジオでむちゃくちゃやってて爽快だった。タイマーズはCDもかった。音はつまんなかったけど。このころ、RCのベスト盤を貸しレコード屋でかりてテープを作った。音がまとまりすぎでしょぼくてロックな感じがしないなこれ・・・というのが正直な感想だった。ロックのくせにちゃんと演奏しやがって、スリーフィンガーでフォークやってた奴にキースのまねは出来ねえ、ストーンズくらいダーティーにやってくれと思っていた。
村上龍のやってたトーク番組に清志郎が出た。どんなにロックだと思って楽しみにしていたら、その頃はやってたゾーさんというアンプ内蔵のギター抱えてほとんど会話になってなかった。こいつダメだとおもった。ミックジャガーとかジョンレノンだったらこれはあるまいとおもって、つまらんやつだとおもった。(あ、若いときのディランだったらあり得るかもな)
そんなわけでずっとつまらんやつだとおもっていた。高円寺で現在のうちの奥さんと出会うまで。
彼女が楽しい夕にやら初期のRCやらプリーズやらEPLPやらティアーズ・オブ・クラウン、それから清志郎の伝記っていうかなんというかgotta!とかいう本、なんといっても十年ゴム消しをもっていた。あのころ、俺たちは精神状態のベースに不安があった。とにかく、全ての先がわからなかった。仕事も人間関係もなーんにも決まったことがなかったし、いつでもいつ壊れても良いような、全てが宙ぶらりんな状態だった。自分の精神さえも。
そういう時期に例のベスト盤のテープを繰り返し聞いた。つまらんと思っていた奴に、ものすごい引力でひっぱられて、なにやら耳元で叫ばれているような感じにいつのまにか変わった。とても不思議だけど。全部を投げ出したい衝動と、ちゃんと何かを構築していきたいという、なんつうか、生き残りたいような感じを、ぐらぐらと揺さぶられた。歌詞とかはどうでもよかった。声。
でも、まだ歌ならよかった。十年ゴム消しはリアルすぎて直視できなかった。すごく複雑な気持ちになって、精神がばらばらになりそうになる。三十後半になって、最近やっと読めるようにになった。
あれを書いた精神が、もこの世にいないと思うととても不思議な気持ちがする。
どうしたって周りの人間を巻き込んだりだめにしたり破滅させたりブーストさせたりしてしまう人物がいる。すごく繊細ですごく無神経で暴力的に大胆、本当のロックンローラーはそういう人なんでしょう。
追悼。


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