金曜の夜は四丁目の事務所で鍋を食いながらしこたま呑む。深夜、最近あまり世界の中心でなくなってきた飯田橋へ、ひとりとぼとぼ歩いて帰る。うろ覚えの清志郎の歌を繰り返し歌いながら、何も考えないように歩く。僕の好きな先生、僕の好きなおじさん。マントラを唱えて瞑想するように。iPodがあれば、自分でマントラを唱えずとも、マニ車のように、数珠のように、勝手にありがたいお経を唱えたことになるので便利だと思う。
ずいぶんまえにiPodがぶっ壊れてから、ずっと次のiPhoneのリニューアルを待っている。
六月の頭になんとかというイベントで発表があれば、いつくらいから発売するんだろう。あれを持つと、確実に少し楽しいことが増えたりするんだろうとかんがえると、最近の陰鬱とした単調な生活の少し先に待ち受けるそれが救いの手のようにも感じる。
たぶん、水分をあまりとらずに寝たせいで、ものすごい二日酔いに頭痛。起きると十一時を過ぎている。今までの経験から、二日酔いで起きたあと二時間ほど二度寝をして起きたときに、この上ない爽快感を感じることが出来ることを知っているので、出来ればもういちどベッドへ入りたかったんだが、食事会の約束があるので断固として起床する。
高校時代の恩師が東京へ出てきてくれた。銀座の薬膳中華料理屋でランチ。高校卒業以来だから、二十一年ぶりか。ちょうど、俺が高校生だった頃の先生は今の俺の年齢と同じである。誰がなんといおうと、俺はこの先生はいい奴だな、と思っていた。たぶん、文芸というのは自然科学や経済や数学やいろんな大事なこと「よりも」人類にとって一大事なのであるということを、思うに至らせたのはこの先生の影響であるかもしれない。それが、よい影響なのかどうかはわからないが、こうして今がある。
あえることが決まってから、何を話そうか何度も考えた。あのあと二十一年、どのように生きてきたかを全て話したかったくらいなのだが、それは別の機会に。
先生と古い同級生達(参加者は俺以外みんな女性!)にあって、飯を一緒に食ったら、なんだか一つやり残していた事を二十年後にやっと解決したような、肩の荷が下りたようなそんな感覚と、それとは逆に、でっかいやり残した課題を背負わされたような感覚を味わう。
衝撃は大きくて、二日酔いの頭がぐるぐる。
いつか、夜遅くまで先生と飲みに行くことをイメージしていたんだが、先生は意外に下戸であったので、それはならず。考えると、高校生の時だから、先生と酒の話をするわけがないな。あ、歩く会の飲酒事件の時は世話になったが・・・。
二日酔いと、たぶん風邪のせいで、軽い吐き気が一日続く。休日なのに緊急でかかってきたクライアントの電話に対応し、ラジバンから催促のメールが来たのでインスタレーション用のプログラムをとりあえずでっち上げる。二〜三日前から読み始めた海辺のカフカを読了。今月末、新作が出るというのをきいて、そういえばこいつだけは一度読んだきりだったとおもったので再読してみた。すばらしい。
世界中に十五才くらいの青年がどれだけいるのかわからないが、そのすべてがあの闇を乗り越えて、自分一人でしか解決できない物と戦っている。そしてすべてのオヤジたちはあれを乗り越えてきて、そしてたぶんいまも一人きりで戦い続けているんだと思うと、途方もない信頼を人類に感じる。
俺はカフカ少年のように早熟ではなかった(と記憶しているだけかもしれないが)ので十七くらいのとき、戦いのさなかに、五味田先生の影響下にあったのである。五味田先生とロックンロールと文芸とアートの。


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