余計なことを考えつづける

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世間で言う働き盛りの男が自慢したことではないが、暇である。暇である、というと諸関係者にご心配をかけるのであれば、それほど忙しくないと言い換える。
そんなわけで、昨日は定本日本近代文学の起源、漱石の抗夫もよんだ。他にやることもあるんだろうが、他にやることを見つけようとしないところが閑人の閑人たるゆえんである。
「忙しくない」と余計なことを考える。「どてら」に声をかけられればほいほいと鉱山までついて行きそうである。
「余計なこと」といったが、実際文字通り余計なことである。たいせつなこと、一続きになったまとまった思索などはしない。たとえば、ストーンズのあの曲のギターは誰がひいてんだろうとか、村上春樹は新作の予約だけでどれだけ収入があるんだろう、とか。まったく、コンテンポラリーでない。

昨日は天気も良いので、牛込柳町から曙橋を通って左門町までのコースで事務所まで歩いてみた。帰りも同様。市谷仲之町で遺跡が出たらしく発掘作業をしていた。ああいうのはどこを掘ったっていくらでも出てくるはずだから葬儀屋と同じで食いっぱぐれがないだろう。しかし当たった地主はたまったもんじゃないんじゃないか。近所にもあるんじゃないかと思って調べたら、ここいらにはなかった。そりゃそうだろう。ここは元築地。つまり埋め立て地だから。白鳥池という池があったらしい。いや、しかしその池が出来る前に人は住んでいたかもしれない。どっちにしろ、俺の土地じゃないし、こんな事も「余計な考えごと」だわな。

きょうは、仕事場へ行き、仕事をつくる。仕事場というのは仕事をするだけでなくて作るところでもあるんだよ、俺。で、早々にそういうことも切り上げて、今日は打ち上げである。うちあげといっても、俺は打ち上がるほど火薬を詰めなかったので、みんなが打ち上がっている横で線香花火をちりちり言わすようにちびちび飲むつもりである。

雨だが、今日も歩いていく。

と、別に書くこともないようなことをいつものように書いてみた。
というのも、yahooもanalyticsというのを無償提供し始めたから、そのタグを埋め込んでみたからである。ただ、タダだからつかってみたかっただけである。
1日平均、10アクセスくらいという、それってほとんどbotだけで10なんじゃないのかという驚異の低アクセス数を誇るこのmatsuo memoが、ほんとに1日10アクセスなのかということが、ちょっと知りたくなったからである。寂しいし。
それも、「余計なこと」であるけれど。

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このページは、matsuoが2009年5月28日 09:44に書いたブログ記事です。

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