2009年9月アーカイブ

もうすでに帰国していて、デリーで大変な目に遭っていたことなどすっかり夢のように感じているのだが、思い出して記録。

本番二日目、二時半頃マックスミューラーへ。現場入り。プロジェクターの調整、きっかけのチェックと直しに練習。本番は初日より客足が増える。ダンス関係者も多かったらしい。
無事終了。
終演後、さくっとバラして、ちんたらしているダンサー達を待ち、大渋滞のなか帰宅。
ダンサー達もアヌーシャ宅へ。打ち上げ的に。ビールを数本。深夜三時くらいまで飲んでねる。寝苦しくてしばらくして水もらいに下に降りるとダンサー達は古いボリウッド映画を見始めていた。結局朝六時半にバンガロールに帰るヴィーナにつきあって起きていることにしたらしい。俺は体力の限界を感じ、ヴィーナにその時点で別れを告げ、おやすみ。

二十六日、最終日。朝十時頃起きて朝飯を食い、ダンサーの一人のマンディープのクラスが終わるのを見計らって、アヌーシャとスタジオへ。一緒にフマユーンの墓のカフェっつうか売店でだらだらっとお茶。
三時から知り合いのパフォーマンスがあるらしく、それを見にいこうということになる。それまでに飯と土産物の買い物を済ませる。なんかでかいスーパーマーケットとかないんだよな。マンディープにつきあってもらって、万屋みたいなところへ。確かめもせずにスパイスやらピクルやらパパルやらを籠にぶっ込んだ。飯食ったのは、なんていったけなあ何とかマーケットっていうとこにあるタートルカフェっていう店。椎茸パスタ。もちろん麺はのび気味。でもうまかったです。
マックスミューラーの駐車場に車を停めて、リキシャで劇場というか、ギャラリーみたいな所まで。しゃれた空間。出し物のダンスシアターは、ノーコメント。
マックスミューラーへ戻ってタクシー待ち。例のぼろぼろのアンバサダータクシーが迎えに来て、みんなに別れを告げ空港へ。

空港で何でかしらんがチェックインに二時間かかる。すごい列。日本人のツアー客がいっぱい。日本人観光客で年配のおっちゃんの八割方はポケットのいくつもついたメッシュのベストを着用。流行っているらしい。お母さん達は山歩きの格好がおおいか。外国の街へ行くときも、日本の街へ着ていく服を着たらいいのにと思う。
直行便のエアインディア機にはシートごとにテレビもついていないし、流している映画も例のあれなので、寝て過ごす。
インドのおっちゃん達の多くは、機内で強い酒の小瓶を次から次にあけていく。けっこう、いい感じになってしまっているおじさんを目撃。
朝八時到着。
気がついたら京成電鉄のチケット売り場で切符を買っていた。

インディアンジャガレーだがジャグリーだかジャヘーだかという言葉を、なんかマックミューラーのおっさんが、それはたまに役立つときがあるからよく覚えておくといいYO!と教えてくれた。
言葉の意味はよく覚えている。例えばこういう事である。

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本番の日。
おそくまで改訂作業をしていたのですごく眠いし、おまけに緊張しているのか朝飯も昼飯もあまりのどを通らなかった・・・と繊細ぶりたいが普通に普通の二倍くらい食らう。

午前中、あまりにショッキングな知らせが届き、あわててバンガロールのアタカラリへ電話。ジャイが膝を怪我して一月くらい歩くことも出来ないのだという・・・。なんとか実現する方向で策を練るが、結局韓国公演中止。腑に落ちんがしかたがない。

現場へ二時半に到着してプロジェクターの調整をやり直し。いろいろ細かくもうちょっと右へとか左へとかズームしてレンズシフトしてとか・・・、イライラしてきたので俺に登らせてくれ、とお願いしてぐらんぐらん揺れて今にも崩壊しそうな竹の脚立に登る。高所恐怖症であるが、ここはひとがんばりするしかない。

本番前に初めてのランスルー、が出来るかと思ったら途中で二三度とめる。トランジションのタイミングの練習不足である。

観客は百五十くらいは入ったか、交流基金の方も見に来てくれた。おかげさまです。
全般的に評判は良いらしい。「意味」がわからないあれはどういう「意味」があるのかとしきりにいう人とか、ダンスや舞台の技術についてばかり話す人。この作品は、俺の心づもり的には、バラタナティヤムの技術の独自解釈とプロジェクションを含む舞台技術の独自解釈に基づいた「ねらい」とか「モチーフ」みたいなものはあってそれによって「このさくひんならでは」の知覚体験、というか悦楽体験というか・・・みたいな物を作ろうとはしているんだが、「意味」というか、人生におけるシーンを叙情的に再現したり、そこから観客がある教訓なり知恵なりをえられるようにメッセージを込めているわけではない。「どうしてかわからないがなんかエキサイティングである」という体験があっても良い。
本番のできはどうあれ、いい作品になるポテンシャルはあると思います。

終演後、アヌーシャの両親と弟、ダンサー達とインターナショナルセンターというなにやら妙なところのレストランで食事会。くう。なんか無性に腹が減ってむちゃくちゃ食う。むちゃくちゃキングフィッシャーも飲む。大瓶三本くらい飲む。
よる、クソ暑くてあまり眠れなかった。

本番当日の朝、というか昼。十二時。
昨日は終日リハーサル。ランスルーを二回。とてもすばらしく抽象的でコンテンポラリーな"バラタナティヤム"に仕上がっていると思う。
俺は大量にネタをぶっ込んでいたんだが、バランスを考えて、十分の一程度まで押さえ込んだ。全体の構成と演出に筋を通すシグニチャーと、超ミニマルに、気がつくか気がつかないか程度にここぞというところで二〜三アクションをぱぱっと繰り出す程度にしたほうが全てが生きる。
昨夜はそのための大幅改訂で遅くまで作業。
ところで、今回の仕事ではわけわかんなくなったときイーノのオブリークストラテジーを使ってみた。iPhoneアプリになっていたから。

それから、別件だが、今朝アタカラリからメールを受け取った。ジャイが膝をけがして韓国公演が中止の危機にある。ジャイと電話で話す限りでは、けがはそれほどわるくないようだが、一ヶ月ほどまともに歩けないそうだ。可能性について話し合ったが、これからダンサーとミーティングして引き継ぎが出来るのかどうか考えてくれるとのこと。いままで一緒にツアーしてきたダンサー達がみんなアタカラリを卒業していってしまったので、ジャイを引き継げるダンサーがいるかどうか。全てのパートを一人のダンサーが引き継がなくても、パートごとにシェアすればなんとかなるんではないか・・・と提案。
やれやれ。

デリー十日目と十一日目。21日と22日の日記。
今二十二日の夜。二十三日深夜1時半。

日本だったら新聞沙汰か社会問題かワイドショーのネタで大騒ぎになるようなことが、この街では普通に至るところで起きているのを目撃する。
それと、幹線道路脇におっさんからばばあ子供まで大量に寝ているんだが、冬はどうするんだろうか?あと、局部は露出していてもオーケーらしい。
あ、巨大に(スイカ大)腫れ上がった局部をみせながら信号待ちの車の窓をたたいて物乞いをするおじさんとかもみた。もっとすごいのも見たけど、ふれない。
あ、おもしろいおっちゃんがいた。これはいってもただおもしろいだけだから書くけど、ケータイで電話しているとき、マイクを口まで持ってきてはしゃべり、すかさず耳に持って行き相手の話を聞き、聞き終わるとまたマイクを口まで持っていってはしゃべるおじさんがいて、吹いた。トランシーバーみたいに。しかも動きが妙に素早い。こんなちっこい穴が口の近くになくてどうやって俺の声を拾うことが出来るのだ、という疑いの心がそうさせるのだろうか。

二十一日月曜日。終日リハーサル。マックスミューラー。壁にプロジェクションして、例のタリランタキタカディッディッ的ビートに合わせて絵を動かす練習とか、もう何が何だかわからん。七時頃、プロジェクターを吊る係のおっさん達がやってきていきなり天井をぶっ壊し始める。ドライバーとかスパナとかでばっこんばっこんめくらめっぽう天井を殴りまくる。おかしいのは俺だけらしいが、なんだか笑いをこらえきれない。何やってんだおれは。天井をはがしたら、今度はいきなりがつがつでっかいドリルで穴開け始めてがらがらどしゃどしゃ天井のかけらがおちてくる。で、ドリルにはコンセントプラグがなくてご存じコンセントにむき出しのケーブルをつっこんでいる。これはインドではスタンダード。そこまでぶっ壊してから、突如スピードダウンしていろいろオヤジ会議。はたして、やっぱり釣り方を変えるから明日の朝やる、といって帰ってしまった。テロである。

二十二日。朝十一時頃、吊ったプロジェクターのアジャストメントのためにマックスミューラーへ向かう。なんか無理天井からぶら下がっているが、ちゃんと言ったとおりの結果を得られるようにはなっていた。天井が低いから大きな絵がとれないので、二つ吊ってくっつけようという魂胆である。アジャストに小一時間かかる。失敗した。バルブの消耗の度合いもちがうので色も微妙に合わない。まあ、なんとか・・・というところまで調整。この日本人のおっさん、こまけえな・・・と思われたに違いない。が、遠慮はいらない。それが彼らのデューティーである。黙々とやってくれる。東京では現場の人が怖いので恐縮してしまう。今まで、何度も何度も、嫌みや小言を言いながら威張りながら仕事をするテクニシャンと仕事をしてきたなあ・・・。
で、吊ったプロジェクターで絵を出しながら、途中でとめながらの頭から通す。照明もうち合わせ通りに吊ってあって、照明のゴッタム君にここはこうでああでこうだ、と説明しながら。
八時頃終了して、衣装のうち合わせと並行して照明プランの変更作業。

プロジェクションで床全体をカバーする予定だったのが真ん中だけになってしまったために、なんだか焚き火の周りを回る儀式のようになってしまうという事態が起こってしまった。主張が強すぎるか・・・。もっと引っ込める必要があるな。
ということでうちへ戻って少々作業。もうねむいから、まだどこにもたどり着いていないが、寝る。

今、十日目21日の朝十時四十分くらいなんだが、昨日二十日日曜日の内容を忘れた。
確か昼頃、いや、二時頃にマックスミューラーに向かったんではなかったか?
あれ、何時までリハーサルしてたんだろう。たぶん九時か八時だ。
夕飯には、ラザニアがでた、とツイッターにかいた形跡がある。
寝る前にビールを一杯だけ飲んだ。

今日二十一日月曜はラマダン明けの祝日だという。

今回あんまり写真撮ってないんだよな。

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土曜日、恒例のべとべと&虫祭りが開催される中、八時半に起き精神の方が錯乱する。

朝食にトーストと目玉焼き。祭りではないが、毎日目玉焼きとトーストを食っている。

午前十一時までにマックスミューラーにリノリウムが到着するというので、今日からの現場リハーサルのために床を作りにいく。
が、運ばれてきたリノリウムは雨ざらしになっていたらしく濡れて泥だらけで、至る所ションベンもらしたようなシミがあり、さらに非常に香ばしいにおいを発している。
インドでは何をやるにも二倍の手間がかかる、と非常に有益な情報をアヌーシャに教えてもらっていたので、さほど驚かない。
とりあえず、こいつはリハーサル用に敷いて実寸を採ってマーキングし、本番ようには新しいのを手配してもらうことにする。

マックスミューラーをでて、コンノートプレース(ラジブチョウク)へアヌーシャの車で送ってもらい、俺はステージ衣装の白いクルタを買いにファブインディアへ。
その後地下鉄でうちに戻り作業の続き。弟のアフタブが部屋のパソコンで映画を見ているため、ダイニングへ移動。八時頃、飯の準備があるのでそこどいてくれないか?と召使いに言われ、しょうがないのでソファーで飯の時間まで寝ることにする。ヘッドフォンで音楽を聴きながら、少し昔のすてきな思い出にひたる。
うとうとしていると飯の時間。
お父さんと弟君と男だけの飯。弟君は大学を卒業して広告代理店でインターンとして働き始めたのだという。で、昨日うまれて初めて給料をもらったのだそうだ。おめでとう。

十時半ごろアヌーシャ達帰宅。彼女らの飯のあと、現場でのスケジュール決め。「インドでは何をするにも二倍の手間がかかる」という教訓に基づく、ゆったりとしたスケジュール。

深夜二時頃、就寝。

昨日書いたように、べとべとである。八時半に起きて、日記を書き、朝飯(トーストとシリアルと目玉焼き)を食い、作業をし、昼飯を食い(カレーとロティ)、地下鉄でラジブチョウクまでいきリキシャを捕まえ渋滞、ドライバーが酔っぱらいな上にずっと日本人は世界で一番であるとほめつづけてうるさいので無視。俺みたいな愛想の悪い日本人もいるんだということがわかったろう。

マックミューラーバーバンへ行き、ファラとうち合わせ、プロジェクターの吊り方と吊り位置について。クランプ持ってきたターバンの男(とその弟子と思われる若造)が適当すぎるw
五時半ごろ、ファラにスタジオまで送ってもらい、リハーサルに参加。

九時半帰宅。夕食はタイグリーンカレー。話題はアイウェイウェイがフルぼっこにされて脳挫傷だかなんかになって大変なことになってるらしいなにそれひどい、ということからヒンディと英語と日本語と中国語の発音とか文字とか、そんなようないつもの話。

深夜、作業していてこまるのは虫である。ちっこい蟻とか蚊とか変な横ばいみたいなのとかいっぱい体にまとわりついてきて、いやだ。ちくっとするとたいてい蟻である。パンツの中にもいる。かゆいと思って掻くとツメの間になんかいる。こういうのは不思議なもんで、いちどなんかいるのを見たら、ずっとなんかいるんじゃないかと思うようになる。かゆいのは虫のせいだと思う。精神がおかしくなりそうだ。

デリー六日目、九月十七日朝の様子は昨日書いたとおりである。
今朝も八時半に起きる。体中べとべとの膜で覆われてしまったような感覚。暑さと湿気がべっとりくっついて離れない。しかも、数カ所蚊にさされたようでクソかゆい。あと、極小の蟻が何匹もはっている。自分の体から逃げるようにバスルームへ行ってシャワーを浴びる。さっぱりして少しましになったかと思えば、べとべとはそんなことでは消えてくれない。もしデリーが人だったら、その場でかんしゃく起こしてぶっ飛ばしてる。

ミュージシャンも来ないし、ダンサーも一人かけるし、俺もうちで作業するということで、リハーサルは休みになり、アヌーシャとヴィーナも終日うちいた。

午前中、作業がはかどり、これはとんとん拍子にある程度の結果を得られるかもしれないと期待するが、午後から停滞し、夕方にはなんだか無力感を感じ始めほぼ作業はストップする。一階で振付を考えたり寝たり振付を考えたりしているアヌーシャと何度か茶を飲みながら話し合い。
気がつけば九時。夕食の時間。
今日はなぜかドイツ人の環境工学だかなんだかの学者が訪ねてきているようでご一緒する。このじいさんがよくしゃべる。俺は黙々とカレーを食い続ける。

深夜、作品にちょっとしたアクセントを付けるアイデアを思いつき、構成とネタの洗い出しをする。まあ、この通りに行けば、少しは見やすくなるだろう。あとはネタのバリエーションと、つなぎ、それからオペの練習。細かい仕事がたくさんある。いつもはだらだらやっているといつの間にかやることがなくなっているみたいなパターンなんだが、今回は時間がない。効率的に、というのはいつも困る。

やけになって、仕事のことは忘れることにして、寝る前にiPhoneで太宰治の短編を数編読む。とても良い気分転換になることがわかった。いがいと、作品作りにフィードバックする。いや、太宰治に影響を受けた作品、というわけじゃないですけど。それはちょっと・・・・。

今は六日目の朝、九時半。五日目とは昨日のこと。

昨日、八時半に起きる。起きたはずであるがよく覚えていない。明日も今朝のことを覚えていないだろうから、書いておく。今朝は八時半にiPhoneのアラームが鳴り、手にとったついでにメールをチェックし、請求書の締め切り日が明日であることを知ってズバッと目が覚める。あらら。そのまま宙ぶらりんな気持ちでネットをだらだら見ていたら九時半である。

昨日の話に戻る。
朝食にトーストと目玉焼き。十一時頃皆さんでかける。ヴィーナは部屋でだれかとずっと電話。1時頃昼食。例のごとく、カレー。ヴィーナと、あとアヌーシャ父の事務所で働いていると思われる無口なおじさんと三人で。

俺は終日アヌーシャ弟の部屋で作業。1時間ほど画面に向かって十五分ほど下に降りてぼーっとするの繰り返し。1時間以上集中できない。時間を忘れて五時間も六時間も十二時間も寝食を忘れて物事に集中することが出来たのは、何年くらい前までだろう・・・。そういう至福な時間はもう来ないのか。人生の最高の瞬間の一つである。
たぶん、違う職業にそれはあるんじゃないか、と常々思っている。

夜九時ごろ、アヌーシャの両親と俺の三人で夕食。毎日毎日、召使いが椅子をひいてくれて着席し、何品ものカレーがテーブルに並び、最後は紅茶とデザートまで。昨夜の話題はお父さんがイギリスに留学したときの寄宿舎での生活と、チリの革命を描いた何とかというドキュメンタリー映画が非常にすばらしいという話と、どこぞのヨーロッパで見たロバートウィルソンの舞台の照明が非常にすばらしかったという話と、松尾は東京で普段どんな仕事をしてどんな生活をしているのかという話。

十時半ごろ、アヌーシャとヴィーナが戻る。彼女らの夕食につきあい、テーブルでお茶。
食後に安い(少し酸っぱくなった)インドワインをのみながら、リハーサルの進捗や新しいアイデアについて話す。

十二時半就寝、のつもりがネット見てたら1時半に。

八時半に目覚める。毎日同じなのは、目覚まし時計が鳴るからである。
歳をとったので、八時間は寝たい。

朝食にトーストと目玉焼きをくい、部屋に引きこもって、日記を書いてプロジェクションのネタ作り。ネタ作り、と言うか、ネタ作りの前準備。それと、あれだ、アヌーシャがポスターのデザインを気に入っていないらしく、なぜかポスターのデザインをし直す作業。ああでもないこうでもないとガヤが入りながら、結局(俺的判断で)断念。俺にポスターデザインは出来ない。昔はよくやったんだけど。周りに優秀なデザイナーがたくさんいるのでそんな大それた事は出来なくなってしまった。

午後二時までにリハーサル会場にいけばいいので、一時ごろまでアヌーシャのうちでだらだらと作業。シビルラインからメトロでラジブチョウクという所まででて、飯屋を探す。探すというかすぐ近くにマクドの看板を見つけたので、そういえばインドでマクド食ったことないなあとおもい(たぶん一度バンガロールで食ってるような気もする)マックチキンコンボなる物を110ルピー出して食う。ビッグマックダブルチーズバーガーもなく、チキン以外は野菜バーガーなので仕方なくそれを選んだまでである。うまい物ではない。しかも小さい。客はわんさか入っている。

リキシャでニザムディンイーストにあるリハーサルスタジオへ。実はフマユーンの墓のすぐ裏手である。朝早く来ると、クジャクがわんさか歩き回って綺麗だそうだ。アヌーシャのうちは大量の土鳩に囲まれている。
リハーサルは、前日と同じように延々九時半まで続く。
これで全てのシーンをパーカッションと一緒に見た。ビデオでリハーサルを見たときは振付がなんだかたらたらしているような気がしていたんだが、動きは複雑なビートに細かく振り付けられていたので、パーカッション(ムリダンガム、ジャンベ、カホン等々)と一緒になった物を見て腰が抜けた。たいしたグルーブである。アヌーシャにとって、というかバラタナティヤムはとにかく、体の動きでリズムを刻む事であるようである。視線や動きのベクトルというか外部に発散するエネルギーの向きが非常にわかりやすいので、長い鞭を振り回しながら踊っているように感じることがある。

これでだいたい材料は揃ったので、あす、あさってはリハーサルには顔を出さず、ネタ作り。プロジェクションでどういう演出を加えられるのか、頭の中でああでもないこうでもないと自問するが、彼らのやっていることに対して俺に出来ることがあまりにもプリミティブすぎて、まるで自分が中学生になったような気持ちがする。でも、まあ、ちょっととっかかりのような物は見つかった。

朝八時半に目が覚める。窓枠に鳩が大量にやってきてぽっぽこぽっぽこうるさい。シャワーを浴びてベースとなるネタを考えようと小一時間がんばる。jitterを使うがなんだかもうよくわからない。これはたいへんである。

1時半にインディアンタイムスのまえでアヌーシャ達と合流。二時からリハーサル。ミュージシャンも全員集合。リズムやら入りのタイミングやらを細かく調整。タカタキタカナンタラトントンのリズムは複雑すぎてさっぱりわからずw 口出ししようにも口出しできない。とりあえず、今ある振付のシークエンスを一つ一つ確認。トータルに眺めて何か芯になるものを見つけてブーストしたり押さえたり方向性をサジェストしたり。俺に何が出来るのか、いつも途方に暮れるところ。

九時にリハーサル終了。皆さんへとへとになりながらも二時の時点でのテンションがまるで落ちていないのが衝撃であるw この人達、本当に好きなんだなこれが・・・と俺の冷め具合と比較してちょっと畏敬の念。上げていかんと失望させてしまいそうだ。

ものすごい渋滞の道を1時間ほどかけてうちへ戻り遅い夕食。
夕食後、さらに十二時頃までアヌーシャと話し合い。インタビューをしながら作品の方向性(と方向性のぼかし方)を明確にしていく。

もう、眠くて多摩蘭ので仕事はせずに1時頃ベッドへはいる。寝付けず。なんかね、蚊帳がまとわりついてきてウザいんだな。

十四日午前十一時。アヌーシャの所に居候しているヴィーナと一緒に、朝食を食い終わって、後ろで女中さんが部屋を掃除している中、これを書いてます。

昨日は遅くまで寝て、朝食に目玉焼きとトーストを食ったあと、やっと荷物を開けてラップトップを引っ張り出し、とりあえず何から始めるか迷って日記を書く。

何やって良いのか、まだうち合わせしてないし、情報も少なく漠然としているので、とりあえず現場を見にいこうと言うことで、昼飯にカレーを食ってマックスミューラーバーバンへ。マックスミューラーバーバンっつうのは、青山にあるゲーテインスティテュートみたいなところ。

とりあえず、ステージをどこにするだの客をどう入れるだのサイズを測ったり設備を確認したり。日立の結構良いプロジェクターが二台同じ物があったので、こいつを何とか使う方向で。天井が四メートル弱しかないので吊って床前面をカバーすることが出来ないし、正方形のステージの四方に客を配置したかったというのと客の視界を遮る物を作りたくないということで側面にスクリーンを設置するのもしたくないから、さてどうしたものかと小一時間メジャー片手に悩む。ちなみに何でか知らんがフィートとインチをつかうのでわけわからん。
結局、二台のプロジェクターを天井につり、真四角のステージの真ん中に真四角のプロジェクションエリアを作ることにする。ステージを囲む黒枠を入れると三層になるし、投影イメージの中は何層にもバームクーヘンみたいに出来る。
ステージを4×4のグリッドできって、天井から16基のスポットでそれぞれのセルを照らす。照明のやつにうまくプログラムしてもらって走らせることが出来るかな。
振付はなにやらバラタナティヤムをばらばらにしてミニマルに再構築し、レイヤーを重ねてトランシーにした感じ。四方を正面にすることで動きのベクトルが九十度ずつせわしなく変わるということがねらいの一つなので、床もそれとシンクロするようなものにして、ルーレット。こまかいシフトには加速度センサー(っていってもwiiリモコンだがw)を付けてもらって何かおもしろいこと出来るかな・・・と。あとはポエジー・・・w
十日くらいしかないから、出来るだけシンプルに。

マックスミューラーのカフェで学生に混じってコーヒーをのんで帰宅。アヌーシャママがオランドとかいうヴァージニアウルフ原作の映画を見るというので結局なんだか一緒に見させられる。言葉が難しくてわけわからんが、おもしろい映画、のようだ。

夕飯は家族全員でテーブルを囲い、召使いが作ったしゃれたインド料理をくいながら、ヴァージニアウルフやジェーンオースティンやオスカーワイルドやフェミニズムに関するジョークなどをとばす。もちろんおれはとばさん。できればもうちょっと卑近なところへ落としていただければ・・・、と思いながら。弟君が「いやあこないだ友達といった食い放題の店がさあ」とはなし始めて救われる。アンリミテッド!を連発するので、またその言い方がおかしくておかしくてその話だけにはげらげら笑うおれ。下流である。

部屋へ退散して、作業の準備。なんだか疲れて眠くなってきて、すぐに負ける。
暑さと湿気であまり寝付けず。

いま、13時半。デリーのシビルラインというところ。いったいデリーのどこら辺なのかわからないが、アヌーシャの弟の部屋から。

なんの準備もせず、旅行支度も出発前日のよるにあわててして、飛行機はメールで送られてきたチケットを出発直前にプリントアウトし、成田から直行便で寝ている間にデリーに着いていたという具合なので、まるで「おれはいまインドにいるんだ」感がない。気持ちのシフトが追いついていない。

昨夜は空港からプリペイドタクシーでリハーサルスタジオに直行。1000ルピー。高くないか?しかしいま、1ルピー1.87円である。
飛行機が遅れたようなので、(到着時刻を全然気にしていなかったからアヌーシャに遅かったのねと言われて初めて遅れたことに気がついた)八時までのリハーサルの最後の十五分くらいしか見ることが出来なかった。
おわって、ダンサーの一人が誕生日でホームパーティーがあるというのでおじゃまする。広いバルコニーで80'sポップソングを爆音でかけながら、インド人達と踊る。近所から苦情が来るからちょっとボリューム絞ろうといってコンポのダイアルを二時の辺りに。十分、爆音である。キングフィッシャー大瓶三本飲んで撃沈。
デリーの人たちは色白で中東系の顔つきの人が多いなあ・・・とか、ぼーっと考えながら、飯田橋への終電はもうないかな・・・・とか間抜けなことを考える。。

さっきから、俺の周りでは四人の使用人の方々が忙しく行ったり来たり、ハウスキーピングに余念がない。
ちんちん!と昼ご飯の用意が出来た知らせ。

今日は曇っていて、部屋の中がくらい。今さっき起きてまだ朝十時なのに、まるでもう一日が終わってしまったような気持ちになって変だ。今週末からデリーへいくというのに、あらゆる意味でなんの準備もしていない。空の暗さが不安をあおる。不安すぎてついテレビのお笑い番組をぼーっと見てしまう。

菊地氏大谷氏のマイルスデイビス研究書を図書館で予約して借りた。デリーへ持って行って(借り物だからホントはまずいんだがな)読もうかと思っていたんだが、ケイブンシャの大百科シリーズの化け物みたいな本なのでやっぱりうすっぺらい小説くらいにしようと思う。でも、本なんて読もうっていう気持ちの余裕があるのかってくらいの先の読めなさ。

ふとおもいついてメモリーの値段を調べたら、2ギガで三千円とかそういうワールドになっていたので、あわててMacBookProをパワーアップ。2ギガから4ギガへ。

茗荷谷へビザを受け取りにいく。引き渡し時間は17:30~18:00の三十分のみなので、五分前くらいに到着するとすごい列。ブロックの角を曲がっても続く列。こんな列をあそこで見るのは初めて。なんか、あったのか?急にインド人気なのか?それとも鼻田香作とマイク赤木がブラックカレーでも始めたのか。つい、味平のあのシーンを思い出した。

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参考ページ 最凶の料理人・カレー将軍鼻田香作

九月一日まで事務所の皆さんとマレーシアのランカウイ島へいってきました。

毎朝オーシャンビューのスイートのキングサイズのベッドを起きて遠浅の青い海を見ながら風呂につかり、ビール片手に目の前のプライベートビーチで寝ころんだり、プールで泳いだりジャグジー入ったりフレンチのコース食ったりルームサービスにステーキ頼みすぎて残したりモクテルとビールで腹たぷんたぷんにしたりしてました。文字にするとすごいな(笑)

部屋から見える風景

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こなやぎとドライブ

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オーシャンビュースイート

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俺のオーシャンビュースイートの夜
結局こうなる。

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