もうすでに帰国していて、デリーで大変な目に遭っていたことなどすっかり夢のように感じているのだが、思い出して記録。
本番二日目、二時半頃マックスミューラーへ。現場入り。プロジェクターの調整、きっかけのチェックと直しに練習。本番は初日より客足が増える。ダンス関係者も多かったらしい。
無事終了。
終演後、さくっとバラして、ちんたらしているダンサー達を待ち、大渋滞のなか帰宅。
ダンサー達もアヌーシャ宅へ。打ち上げ的に。ビールを数本。深夜三時くらいまで飲んでねる。寝苦しくてしばらくして水もらいに下に降りるとダンサー達は古いボリウッド映画を見始めていた。結局朝六時半にバンガロールに帰るヴィーナにつきあって起きていることにしたらしい。俺は体力の限界を感じ、ヴィーナにその時点で別れを告げ、おやすみ。
二十六日、最終日。朝十時頃起きて朝飯を食い、ダンサーの一人のマンディープのクラスが終わるのを見計らって、アヌーシャとスタジオへ。一緒にフマユーンの墓のカフェっつうか売店でだらだらっとお茶。
三時から知り合いのパフォーマンスがあるらしく、それを見にいこうということになる。それまでに飯と土産物の買い物を済ませる。なんかでかいスーパーマーケットとかないんだよな。マンディープにつきあってもらって、万屋みたいなところへ。確かめもせずにスパイスやらピクルやらパパルやらを籠にぶっ込んだ。飯食ったのは、なんていったけなあ何とかマーケットっていうとこにあるタートルカフェっていう店。椎茸パスタ。もちろん麺はのび気味。でもうまかったです。
マックスミューラーの駐車場に車を停めて、リキシャで劇場というか、ギャラリーみたいな所まで。しゃれた空間。出し物のダンスシアターは、ノーコメント。
マックスミューラーへ戻ってタクシー待ち。例のぼろぼろのアンバサダータクシーが迎えに来て、みんなに別れを告げ空港へ。
空港で何でかしらんがチェックインに二時間かかる。すごい列。日本人のツアー客がいっぱい。日本人観光客で年配のおっちゃんの八割方はポケットのいくつもついたメッシュのベストを着用。流行っているらしい。お母さん達は山歩きの格好がおおいか。外国の街へ行くときも、日本の街へ着ていく服を着たらいいのにと思う。
直行便のエアインディア機にはシートごとにテレビもついていないし、流している映画も例のあれなので、寝て過ごす。
インドのおっちゃん達の多くは、機内で強い酒の小瓶を次から次にあけていく。けっこう、いい感じになってしまっているおじさんを目撃。
朝八時到着。
気がついたら京成電鉄のチケット売り場で切符を買っていた。
インディアンジャガレーだがジャグリーだかジャヘーだかという言葉を、なんかマックミューラーのおっさんが、それはたまに役立つときがあるからよく覚えておくといいYO!と教えてくれた。
言葉の意味はよく覚えている。例えばこういう事である。



