2010年1月アーカイブ

もう深夜三時で、普通のおじさんは就寝している可能性が非常に高い時間帯なのだが、ばっきばきに起きている。
理由としてはまず、酒を相当飲んでいること。三軒茶屋の沖縄料理屋でオリオンビール+泡盛を三杯ほど飲んで、自宅でさらにビールにつぐビール祭りである。祭りは大げさだが、まあ、一人で「〜会」的な何かだ。奥さんはねている、かもしれないが、しらん。もしかしたらゲームやってるかもしれん。

何で三茶で泡盛飲んでたかっていえば、珍しいキノコ舞踊をキャロットタワーでやっていたから。それで。
ぶりぶりいうアースウィンドアンドファイアーの、最初に使っていた曲のお手伝いをしたっつうかさせられていたっつうか、そういうわけでいつもはみにいかない珍しいキノコ舞踊もみにいってみた。

と、昨夜遅くここまで書いて、急にねた。アルコールにより脳が融解したからである。

珍しいキノコ舞踊団はおもしろかった。あれをやるにはなにをどうすればいいのかがちゃんと作品作りの技術的に出来ているのであとはそれに磨きをかけていくだけというそういう局面にいたった舞踊団は、迷いがない。なくみえる。

世間に支持されているという自信も裏付けになっているとおもう。たくさんの支持者やスタッフに囲まれてしあわせそうにみえるが、まあ、それはそれで大変なこともあるだろう。
でも、たまによその国の真ん中で誰にも頼まれてないし望まれてもいないようなことをやってると、太平洋ひとりぼっちな心持ちになって、いろいろやめてしまいたくなるんだよなあ・・・。
かといって、他人様に支持されるようなことがあいかわらず出来ていないのだから、まあしかたないわな。
それでもやるが。

とにかく、見事な物を見せられるとそれがテイスト的に受け付けないような物であっても、最後には納得するもんだわな。そういう見事に見せる技術という器がね、あれば。あとはなにもってもいい。いや、何をもってもそれにあう器を用意する技術かな。伊藤とキノコ団はプロの舞踊団なんだな、と当たり前のことを思う。

先週土曜のことは書いたような気がするが、それから一週間の記憶がない。ヤバイ、時間がたつのが早すぎる。
スケジュールが破綻しそうだ。すでにしている可能性もあるが直視していない。
テレビとかみちゃうぞ。

ロレンゾとクリスジーグラーとジャイがバンガロールのマックスミューラーでピナバウシュについての作品を作っているらしい。昨日スカイプでチャットした。たのしそうだなあ・・・。

水戸のボイス展ももうおわるなあ・・・。いけなかったな。正月帰省のついでにいこうとおもったら休館だったからな・・・。みんなボイスボイスいうんだけど、俺、正味よくわかってないんだよね、ボイス。おもしろそうなおっさんだから、水戸芸いったら何かわかるのかと思ったんだが・・・・。本でも読みます。

インドといえば、たしか、マハーバリプラムのさる。

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たしか、マハーバリプラムのビーチ。

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中年男性、厄年、日曜。快晴である。部屋の窓から外を見る限り。

さて、四十にして惑わずというが、三十のとき立っていないどころか四十にして未だに立っていないのが気がかりである。なに、立つって?何が建つの?何か起つの?おれは中文出身だがその意味するところがいまだにわかんない。

とにかく、今朝は二十歳の青年のように茫洋たるヤーブルースな気持ちなので、現在の立ち位置を確認するために昨日のことを記録してから休日になされるべき事をなす、つもりである。

一月十六日土曜、自宅仕事部屋の模様替えをする。嫁と机を離す。本棚があまりに小さいので、読んだ本これからもよまぬであろう本を押し入れにぶっ込む。CDがいっぱいあるが、データ量的に密度が薄いがおもいで情報としては密度が濃いためどうしていいか途方に暮れる。俺は振り向かない、をスローガンに青年時代を戦ってきたのだが、おかげで「おもいでの品」といえるような物や写真などはことごとく夢の島で埋め立てに使われてしまったか灰になり輪廻転生してインドの犬にでもなっているにちがいない。

正味、模様替えなどしなくてもいいのだが、しなくてはいけないことをする気分を盛り上げるためにはしなくてもよいことをしなければならなかった。しかし一向にやる気がわいてこない。やる気がいくらやってもわいてこないというのには病名はあるのだろうか?あれば助かる。

神楽坂セッションハウスでのコナヤギジュンジ氏の関わる作品を鑑賞することが出来なかった。その主たる原因は以上のように精神の衰弱である。早い話がめんどくさかった。外寒いし。

模様替え、掃除も何となくフェードアウトして、オリーブオイルを大量使用した夕食にビール。

タランティーノの新作を観る。ひっどい映画である。しかしすごい緊張感。しかも、笑いっぱなしである。とにかくひっどいはなしである。ブラッドピットの面構えだけで笑える。あれをへらへら笑う俺はおかしいのではないか?マクドナルドをへらへら食ってる時の心持ちみたいな映画だ。
鑑賞後、深夜二時、脳が壊死したのでそれからの記憶がない。あ、谷崎潤一郎の陰影礼賛を蛍光灯の煌々たる部屋で読みながら眠くなるのをまち、蛍光灯万歳を三唱しながら就寝。

ああ、ぼーよーぼーよー。

水戸の千波湖の

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今年初めて書く。が、めんどくさいので短く書く。あったことを簡単に書いておく。

昨年十二月二十八日は忘年会であった。
と、かいて去年のことなど思い出したくもないので、一月一日まで飛ぶ。
一月一日はご存じのように元日であるので水戸の実家へかえる。偕楽園などを家族揃って散歩する。昨年のことなど思い出したくないが、大晦日に触れておくと、元日に水戸の実家に帰る前に大晦日に足利の奥さんの実家へ帰っていた。元朝参りに鑁阿寺へいったあと、月蝕という物をはじめてみる。すっかり忘れとったのでちょっとだけ。

二日は水戸一高昭和63年卒業生の同窓会であった。しこたま呑んだが二日酔いにはならなかった、記憶がある。二日酔いになろうがなるまいがどうでもいいことだが、一晩中どうでもいいことを二十二年ぶりにあった友人達にわめきちらしていたのは、大人としてあまりどうでもよいことではない気がする。

三日に東京へ帰り、全てを忘れる。四日に仕事始め。厄年だけあって、仕事のいそがしさとわずらわしさに精神に異常を来す。あ、五日は脇坂と村上に会う。村上とは水戸で同窓会であったばかり。新年早々えんぎでもない。

七日、インドへ行く。夜八時到着の飛行機。そのまま十時半に劇場入り。徹夜仕込み。明け方、今までの人生で始めてみたようなひどい濃霧により視界を完全に遮断され、タクシーが走れず、アヌーシャが「仕込み終わったら暖かくした部屋とベッドが待ってるからね」といってくれたサケットJ44へ帰れず。しかたないので近所にあるスタッフのシバニのお母さんのうちへ泊めてもらうことにする。さむくて寝付けず。

八日、ランスルー、マチネ、ソワレ。都合三回パフォーマンス。マチネでこける。楽しんでいないし、エナジーに欠けると活を入れ、ソワレは大絶賛される。十日後のデリーでの公演をオファーされるも、やむなく断る。次はワシントンDCのフェスティバルからよばれているらしいが、何ともいえない。
ばらし後、なんだか知らんがマンディープの親友であるシヴァという女の子の結婚式へよばれ、クルタに着替えてでかける。オールナイトである。しかも十日目である。大盛り上がりでどうにかなってしまったマンディープをおいてアヌーシャとマヤと先に帰る。詳細はめんどくさいので書かない。クレイジーである。写真を付けておく。

九日、十三時半までねる。おきてみんなで超遅い昼飯をくいに、今デリで一番しゃれおつになってきたエリアらしきところへいく。目当てのレストランが開いてなかったので、紹介してもらった新しいところへ行くと、今まで食ったことのないようなゴムみたいなチキンが出てきたので、文句を言って食わないでビール飲んだ。
夜、うちでさらに呑む。キングフィッシャー。

十日、朝ちょっと早く起きて、思いつきでアグラへタージマハールを見にいくことにする。とりあえず駅へ行ってみるがチケットがとれないのでそこら辺のツアー会社へいってバスツアーとかないのかと聞けば、ハイヤー借りてホテルもインクルードで行って帰ってくるプランを推される。高い。九千ルピーである。日本円で一万八千円。そんな金、インドで払ったことがない。いや、これはどうしたもんかと思い、大人の俺が三十分ほど悩み抜いて、もうこないだのバラナシのような余計な苦労をしたくないこともあって、それにした。結果、まあよかったんじゃないか。気苦労なく、さくっと絵はがきで有名なところはまわって帰ってくる。それにしてもインド人のガキは・・・しょうもねえな。

十一日、アグラからの帰りは市内でものすごい渋滞に巻き込まれてガティ事務所へ着いたのが六時近く。それからうちへ戻り、荷造り。アヌーシャとマヤ(はフィンランド人のダンサー)とカレーライスを食いながら九時をまち、タクシーで空港へ出発。つごうによりキャセイパシフィックだったので、香港でトランジット。

十二日、いつの間にか帰国。四時頃うちへ。風呂入って、五時半頃事務所へ。九時頃帰宅し、ベンジャミンバトンという映画を観る。おもしろかった。

十三日、仕事、帰宅、奥さんが作ったビーフンが入った鍋を食い、なんかすっごいつかれてるのでねようかと思っているところ。


写真を載せておきますわ。

ナショナルスクールオブドラマ。国立演劇学校?のフェスティバル。これはキャンパスに設置された展示物っていうかテントっていうか。

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メインの写真は、去年参加していたらしいミカリさんの顔。ここでミカリさんの顔をこんなにでかでかと見るとは・・・。彼女がサロメで俺がヨカナーンという異様なキャスティングのサロメが昔あって・・・。申し訳ない。ミカリさんもインドで活躍のご様子。

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これ、結婚式十日目の特設会場。ここからがすごいことになっていく。すっごいさむい。すっごい量の飯。

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タジマハルの庭にいるクジャクとドリル鹿(角がドリルみたいにねじれてるので、心の中でそう命名)

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タジマハル。絵はがきと同じ。

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タジマハルの裏からヤムナ川を望む。これはあまりみたことないでしょう。

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ファティープルシクリーだっけ?のまえの商店街。至る所でオヤジが焚き火やっててじゃま。他人のことなんも考えてない。

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くそ燃料を作成する少女。

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