中年男性、厄年、日曜。快晴である。部屋の窓から外を見る限り。
さて、四十にして惑わずというが、三十のとき立っていないどころか四十にして未だに立っていないのが気がかりである。なに、立つって?何が建つの?何か起つの?おれは中文出身だがその意味するところがいまだにわかんない。
とにかく、今朝は二十歳の青年のように茫洋たるヤーブルースな気持ちなので、現在の立ち位置を確認するために昨日のことを記録してから休日になされるべき事をなす、つもりである。
一月十六日土曜、自宅仕事部屋の模様替えをする。嫁と机を離す。本棚があまりに小さいので、読んだ本これからもよまぬであろう本を押し入れにぶっ込む。CDがいっぱいあるが、データ量的に密度が薄いがおもいで情報としては密度が濃いためどうしていいか途方に暮れる。俺は振り向かない、をスローガンに青年時代を戦ってきたのだが、おかげで「おもいでの品」といえるような物や写真などはことごとく夢の島で埋め立てに使われてしまったか灰になり輪廻転生してインドの犬にでもなっているにちがいない。
正味、模様替えなどしなくてもいいのだが、しなくてはいけないことをする気分を盛り上げるためにはしなくてもよいことをしなければならなかった。しかし一向にやる気がわいてこない。やる気がいくらやってもわいてこないというのには病名はあるのだろうか?あれば助かる。
神楽坂セッションハウスでのコナヤギジュンジ氏の関わる作品を鑑賞することが出来なかった。その主たる原因は以上のように精神の衰弱である。早い話がめんどくさかった。外寒いし。
模様替え、掃除も何となくフェードアウトして、オリーブオイルを大量使用した夕食にビール。
タランティーノの新作を観る。ひっどい映画である。しかしすごい緊張感。しかも、笑いっぱなしである。とにかくひっどいはなしである。ブラッドピットの面構えだけで笑える。あれをへらへら笑う俺はおかしいのではないか?マクドナルドをへらへら食ってる時の心持ちみたいな映画だ。
鑑賞後、深夜二時、脳が壊死したのでそれからの記憶がない。あ、谷崎潤一郎の陰影礼賛を蛍光灯の煌々たる部屋で読みながら眠くなるのをまち、蛍光灯万歳を三唱しながら就寝。
ああ、ぼーよーぼーよー。
水戸の千波湖の


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