2010年2月アーカイブ

二月後半の記憶と思いつく限りの予定的なもの。てきとうに順不同。

先週末は、三重での新生活を控える瀬田夫妻、埼玉から小沢家、近所の吉田老師、かよちゃんに滝沢、大人数が来訪。カレーを作り、酒を飲んでカレーを食ったあと、うっすらと持続的な記憶喪失。翌日、脳と胃腸が溶解する病。翌日二日酔いのクスリを飲んで少し回復。その少し回復した状態が一週間ほど継続中。

バンガロールのヘマからダンス作品中に使う映像の相談。それを考える予定。急ぎのようだが、技術的に難儀。そもそも俺、どんな映像でもやるよ!的技術も指向も持ってるわけではないし、そもそも俺、映像も作るけど映像作家じゃないんだなあ・・・。

いろんな国のいろんな人がそれぞれ俺を何やと思っているかが全然違うので、たまに、本厄の年とかになると職業的アイデンティティーが崩壊し、世界の中心飯田橋で俺は何屋だ!?と叫びたくなる。

予定といえば、ルクセンブルクのプロジェクトなんだが、ラジバンがアイデアスケッチを送ってきたからなんか考えなければいかん予定、滞っている。

スウェーデンのプロジェクトなんだが、ケネスともう一人のダンサーでどこかこもってスケッチをいくつかつくる合宿してショーイングするとかなんとかいってたけど、たぶんそのあと書いたと思われるすごいボリュームのメールが四五日前に届いて、なんか大変なのでまだ返事書いてない。アイデアドローイングをすぐ送るからと毎度おなじみのそば屋みたいな言い訳をいいながら、ぜーんぜん手を付けていないからである。

最近スカイプでテレビ会議が多くなってきて、照れる。英語も困る。顔が見られるから、声だけの電話よりまだ誤解が少ないが。左門町の事務所でも、なくてはならないツールになった。
たまに、そうやってなんかそういうインフラ的な技術が急に生活になじんで「イヤ、今までずっと此処にいましたけど・・・」みたいな大きな顔してすましているのを発見することが多い。

三月末から四月末までルクセンブルクにいく。今年の予定、そのあとのスケジュールはまだ保留中だが、やばいので考えないことにする。俺がヤバイといったらホントにヤバイ。よーく考えた方が良い。

シャオクーチームとやってる作品もベルリンでやるのやらないのリハーサルが北京だの上海だのといっている。

そういえば、北京の草場地付近で再開発に伴う立ち退き問題をめぐってそこで生活しながら制作するアーティスト達を深夜に百人の暴漢たちが襲うという、リアル北斗の拳かよ的事件があったらしい。アイウェイウェイがぼこぼこにされた件もあるし、どうなってんのさ。シャオクー達は大丈夫だろうか。

ああ、恵子さんもなんかワークショップインドか東京でみたいな話をしてたな。

ああそうそう、確定申告もだした。

うちの奥さんが、猫の里親募集をされている方のところへ子猫を見にいったらしい。

あさってから、うちにインド人の女の子が三日ほど寝泊まりする。TPAMとかいうイベントに参加するために来日するらしい。鳥と魚は大丈夫とのこと。

あとは・・・特になし。

おまけ、うんこ燃料業者バラナシ

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今日も、朝起きてから深夜二時現在まで終始一貫思考停止しておったために、なんかいまこんな深夜、四十にして惑いまくる。
いろいろ気にかかることが手品師の手からぶわぶわぶわぶわ花がとびだすようにわいてくる。
ので、いつものようにそういう物を一切忘れて、あとで心安らかになったときによんで笑うためにとりあえず日記を書いておこうとおもいました。

昨夜、わけあってYoutubeにあがっていた稲川じゅんじの怖い話にはまり夫婦で夜更かししたために起きられず、朝十時半頃、宅配便のにいちゃんに起こされる。嫁の通販。中身不明。コーヒーいれて目玉焼き焼いてソーセージゆでてパンにはさんで食う。ダッシュでシャワー浴びて、寒いしめんどくさいので昨日と同じ下着と服を着てでかける。事務所まで歩く。四十分くらい。健康のためである。足腰が立たなくなって悔しい思いをする夢をたまに見るようになったからである。はじめはほぼ日からダウンロードした吉本隆明の講演を聞きながら歩いてたんだが話し方がいらつくうえになにいってんのかわかんねえのでなんかディスコっぽい曲を聴きながら歩く。事務所に到着したらササさんがなか卯に行くっていうんで、さっきパン食ったばかりだが親子丼を頼む。一味唐辛子ぶっかけて食う。大量に発汗。仕事をする。わけわかんないので、ばりばりするというわけにはいかず、ちょこちょこやる。集中力がないので、ばりばりやるわけにはいかず、ちょっとやっては休む。昔は仕事してると他のやらなくちゃいけないことをやらない自分へのいいわけになったんだが、もうそういう言い訳はおじさんには通用しない。別件が気になって手に着かないこともありあり。世の中は動いてるから困る。明日やらなきゃ明日は必ず・・・と思っているといつの間にか一ヶ月くらい過ぎている・・・。十時半頃までちんたらやって帰る。帰りは腹減ったので電車。帰ってからシチューを食う。テレビをちょっと観る。ありえへんテレビとかいう番組に、おもしろいおっさんが出ていてうける。いい加減テレビを切り上げ、やるべきことをやろうとするものの、何からやっていいかわからないので何からやっていいか順番を決めようと思ってリストを作ったらどうやって良いのかわからないものが多くて茫洋とする。とりあえず忘れて本に逃避。本もさっぱり進まずこんなの読み終わる頃には結局何もやってなくてだれかに怒られると思ったので焦る。しょうがないからこれ書いているんだが、さっきもいったように、もうねる。何も解決しなかったし、なんの結論も出なかった。ご苦労様でした。
各方面の関係者の皆々様、このような調子で、俺なんもおわってないですけどもう寝て良いですか?

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また随分日があいてこまった。思い出せない。こまったな。意味ない。全然思い出せない。
先週末、天王洲アイルで運河に浮かぶレストランで開かれた、小沢さんと宇治野さんが参加してた某イベントに行ってみた。イベントっつうかシンポジウムつうか。その興味深い内容のことはおいといてさらに興味深いことには、間抜けなことに帰りがけに気がついたんだが、そのレストランは十七年前にうちの奥さんと知り合うきっかけになった作品を上演した寺田倉庫の脇だった。

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そして、たまに、いや・・・よく昼飯に食べるカレー。信濃町メーヤウのテイクアウトである。辛口。鶏肉、たけのこ、卵、だいこん

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学生の時は、数ヶ月ほぼ毎日(毎日だよ、ほんとだよ)K村さんやRーめんさんたち、おかしな先輩達と早稲田メーヤウのカレーを食っていた。あそこで食ったタイカレーが俺にとって生まれて初めてのタイカレーである。
たしか、早稲田メーヤウは開店当時一回食うと百円引きチケットをくれた。毎日通っていたので毎日百円引きでカレーを食った。毎日かよって常連になった我々はチケットをもらわずとも当然のように百円引きで食い始めた。そのうちキャンペーン期間が終わっても、当然のように百円引きで食い続けたのである。数ヶ月、いや二年ほど。店長が替わるまで。わるいことをした。
当時の店長は、いま下高井戸かどっかで有名なカレー店をやっているらしい。

そして、大辛。これがメーヤウカレー。ウイングチップ、ジャガイモ半分、卵半分が、謎の辛くて臭い汁につかっている。

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そこの牛天神は紅梅祭りやってるらしい。いってみようかと思うが、梅はもう咲いてんのか?

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金曜日、崖の上のポニョがテレビ放映されていたのでみる。みたかったから。ずっと。いろんな物語の普遍的な要素が絡み合って神話的な強度を持っているように思ったが、あれはどこまで意図的にというか、頭で考えてというか、知っていてあれだけの象徴的なネタをぶっ込んだんだろう?ひとりの思慮深い人間が時間をかけて誠実に考えに考え抜くと、嫌らしいこと考えなくてもああいう何かの結晶のようなもんがボロッと生まれるんだろうか?

土曜日、今日は東京都現代美術館と森美術館をはしご。なんか今日みておかないといつまでもみにいかないような気がして、あたま痛かったが、がんばった。現代美術館は企画展みてたら六時になっちゃったのでレベッカホルンまでたどり着けなかった。
森美術館の医療とお芸術展のほうがおもしろかったヨ。

帰宅して、二十世紀少年とかいう映画を観る。続きがあるらしい。で、続きのDVDを待たなければいけない。

それだけ一日に一度にいろんな人がいろんな思いで作ったものみりゃ、さすがの俺でも何か思ったり考えたりもしたが、書くと長くなるので書かない。

俺が適当な人間だけに、適当な奴の作ったものはすぐにわかるし、俺が芸術とかよくわかっていない人間だけに、こいつわかってねえだろ・・・と思われるものもすぐわかる。
わかってるし適当じゃない奴にはただただ畏敬の念を抱く。

あと、なんか、みんなが幸せになるように・・・とか、よりよい社会のためにとか?こうしたらみんながもっと・・・?っていう、パブリックアートっていうの?それ的なそういうのは、あんまり受け付けられるような気分ではないようだ。きどってやがる。きどんな。いやほんとはきどってなんかいないんだと思うけどさ。そんならば、いつもだったら嫌気がさすようなストレートな自己表現みたいなもんの方がいいかな。どろっどろで、どうも他人に激しくわかってほしいことがあるようなんだけど、あんま、っつうかなんにも伝わってこないような、結局本人がなんもわかってないような奴の心の叫びとか。いいよねー、そういうの。たまには。

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深夜三時、まだバッキバキに起きていて、ところが寝たいのである。
部屋には白昼光を再現したと謳う四本の蛍光灯の明かりがぱっつんぱっつんである。
部屋の対角線上にはうちの奥さんの机があって、彼女は何か無心に書いている。今日は、テープ起こし(テープじゃないが)というんだろうか、だれかにインタビューしてきたらしい録音を文字に起こしている、といっていた。
ここ数日、昼夜が逆転しているようなので心配である。

十秒以上の思考が続かないまま、ちょっとした、修行のつもりで、二時間ほど何をするとはなしに机に座っている。
かんがえるべきことはたくさんある。が、どうやってかんがえたらいいのか忘れてしまった。
わすれたようなきもするが、たぶん、いちどもきちんとかんがえたことがないんだろう。

もう寝る。

このうちの奥さんが携帯でとった写真は、今の写真ではない。黒猫が寝ているし、明かりも暗い。ぼけてる。

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前回書いてから十日。厄年は十二分の一何事もなく過ぎた。

何事もない。何事か起こるべき、というか自ら起こしておわらせる必要がある物が起こっていない。故におわる気配は全くない。

昨夜、東京に雪が降った。そんなの誰だって知っているだろうが、これは俺に向けてのメモなので気にしないで書くが、昨日雪が降った、ようだ。外を見ると雪がちょっと残っている。

アウステルリッツという小説を読んだ。随分昔、インドにいるときに何かのきっかけで話題に上ったことがあり、頭の片隅にこのタイトルが残っていたから、図書館で借りてみたのである。

不思議な小説だった。アウステルリッツという人物が語る記憶を語り手が伝聞で語る。記憶は様々な建築物や場所と結びついていて、そこを訪れるアウステルリッツさんは幼少の頃に記憶の底に封印した自分の出自を思い出していく。妙な(それ自体はとってもアノニマスな感じの)モノクロ写真や図面が差し込まれ、それだけでは何も意味しないようなそれらの写真が記憶と結びついて、なにやら意味深げに重々しく見えてくる。

読んでいると、アウステルリッツ氏の記憶から想起された自分の遠い記憶も、ささくれ立った毛糸の枝分かれのように脱線していく。変な読書だった。あれは珍しい感覚なので、他にもあんな印象を残す手法を使った作品はないだろうか。もう一回味わいたい。むかし、WAXというコンピュータを使った自主製作映画があったが、あんな感じか。いや、ちょっとクリスマルケルのラジュテっていう静止画をスライドショーで見せていく映画があったけど、それともにているような気がするし。

読後すぐ、ちょっと興奮して、自分で作ってもいいかなともおもったが、返事を書かなければ何も起こらないメールの山を思い出してやめた。まあそのうち、何かやるときのヒントになるだろう。ヒントというか元ネタっていうか、パクるというか。
だれか、またあれが体験したいので、しかも日本を舞台にしたものがいいのですが、つくってもらえませんかね。それとも、ほかにああいうのある?さがしてみるか。

2008年2月にも雪が降った

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