2010年4月アーカイブ

五日前に書いたようだが、あれからもう七日くらいたってしまったような気がしている。
今日は十九日か。もう作品はできあがって本番中である。ずっと、いつか本番がきて、毎日同じことをいかにうまく手際よく美しくこなすかを考え、さくっとおわらせてビールを飲む日々を、一ヶ月前から、いやいやこのプロジェクトの話が来たあの日からかんがえておったのである。
公演が始まってみればただただ毎日自分で作ったシステムのスタートボタンを自分で押し、自分で決めたアルゴリズムに従い改良を加えライブに全精力を傾け演じていくのであるが、これが毎日となると体力的にきつい。森光子・・・ええええ?九十歳超w

さて、今いるのはエッシュという街である。フランスとの国境にある。
非常にわかりやすい街である。来てみればわかる。メインストリートが一本。
この部屋の持ち主はロンドンへ行っているとのことだ。若い女性、二十代後半くらいの女性だと思う。マリネラの友達らしい。アーティスト。なんかいろいろ陶器やらオブジェの写真が貼ってあるんだが、どれかが彼女の作品だと思う。
駅から徒歩二分。駅前の通り沿いにある。難点は通りにつき出したベッドルーム(といってもとっても広い2K)の三面の窓のシャッターを開けると外から丸見えであり、さらに駅前なのでちょっとTOXICな人たちが多いからなんかいやだなあ、と思うことくらいか。あ、キッチンもでっかくガラス窓が開いてるんだけど、カーテンがないから向かいのお宅のおっさんとよく顔を合わせることも、なんだかなあ・・・・。
ヨーロッパではよくカーテンがなくて中丸見えっていううちをみるが、これはキリスト教文化のなんかそういう倫理観というか社会的なシステムなんだろうか?
このエッシュという街からルクセンブルクまでは電車で片道二十分強である。毎日本番が朝十時という、このスケジュール作った人は精神的におかしいのではないか?と思われるような時間
なので、ウォーミングアップやらセッティングのことを考えると八時半には少なくとも小屋入りしなければいけないから、ここを八時にでることになる。といいたいところであるが、そう簡単に東京みたいに五分おきに電車がくるわけじゃあない。ので、まじめに行くとすれば七時半にはうちを出ることになる。はあ。

ところで、この公演は楽しい。何より子供が喜んでるのが楽しい。泣きそうになる。みんな、大人になっても忘れないだろうな。観たことないような不思議なことがあると口ぽかーんと開けて見入り、何かずっこけたおもしろいことがあるとギャーギャー言いながら喜ぶ。帰りに、みんなアディ!アディ!っていいながら(どうもさよならって意味らしいけど)、目をキラキラさせながら名残惜しそうに劇場を出て行くんだぜ!はあ。まあ、とにかく、良い経験させてもらった。

ところで、こういう、子供のための(コンテンポラリーな)パフォーマンス新作作品を劇場がアーティストに依頼してつくらせ、近隣の街から毎日子供達がバスで乗り付けて見に来るとか、日本ではいまんところないよね。驚き。でもいいなあ、子供達結構喜んでるよ。もちろん古典も見せてるとは思うけどね。
劇場が中心になれば変わるのにねえw 劇場が主体になっていろんな所から金集めて、アーティストに作品を作らせるっていうのは、日本ではできないの?そうすればいいのに。だって、その方がお上が直接どこの馬の骨かわからんアーティストと称する人(俺みたいな)に助成金はらうより、現場を知ってる(と思われる)劇場運営者を助成して彼らにアーティストにギャラ払って作品制作上演依頼させた方が良いんではないのか、と。まあ、こういうこと言うと昔っから、おまえなにもわかってない!とかって怒られ続けてきたら・・・違ってたらごめんなさいwまあ、そうなると劇場運営するためにみんなウケする作品がどかどか・・・いやいや、そんなこともないよ。うけてなんぼさ・・・。ねえ?そんなリテラシー低くないよねえ、日本の観客は。

しかし、塩漬け肉がうめえなあ。こっちは。

ベルギービール、っていうの?それと疲れでもう眠くなってきたのでやめます。
お休みなさい。

東京帰ってから詳しいことは書く。
ところで帰れるのかどうか笑っちゃうくらい深刻なんだがw 噴火で。

しばらく書かないと、たぶんテンパっているんだろうとか思われると癪なので、ちょっと書いておく。
つうか、もう十日も書いていないのか。それはこまった。覚えとらん。
てんぱってはいない。困っているのである。しぶい。どうにもしぶいなあ。でもやれるだけのことはやる。

今日のことは覚えている。今日と昨日は似ていたことも覚えている。
今日は朝九時半から夕方五時くらいまでリハーサル、というかなにやら関係者に一回見せた。出来ていないのに。
正直、かなりストレスがたまっている。俺ががんばってもどうにもならんこともある。

一昨日のことも思い出した。土曜日は一日オフだったのでブリュッセルへ行ってきたのである。だもんで、日曜の朝帰ってきて急いで帰ってシャワー浴びて昼からのリハーサルへ向かったのだった。あとは同じ。なに食ったかも忘れた。どうせスパゲッティーかステーキかケバブかハムやらチーズを適当に食ったんだろう。
始めてブリュッセルへ行ったにもかかわらず、しかも一泊したにもかかわらず、全く観光も買い物もしていないのである。
おどろくことが一杯だったが、いちいち書いていると大変なのでブリュッセルの一日の出来事を箇条書き

・朝九時二十分の電車で三時間ちょっとかけてブリュッセルセントラル駅に到着 往復チケット41ユーロ
・ディミトリに電話してモヤのショウイングの詳細を聞く。三時から、オペラの近く
・腹へってとりあえず街の観光の中心であろうグランなんとかへ向かう。歩いて五分。ソッコーむちゃくちゃ観光客で一杯な通りへ入りムール貝のバケツを注文しビール二杯。食ってる途中でモヤから電話。おやじに場所を聞いても俺が正確に発音できないためどこの通りにいるか伝わらないwで、セントラル駅で待ち合わせることに。
・で、やってきたのがモヤと月ちゃん。月ちゃんはモヤの日本人の友達がクルとだけ聞いていただけで俺だとは思っていなかったらしい。お互いなんでこんなとこにいるの?とびっくり。
・そのままモヤと月ちゃんが仕事しているSidi Larbi Cherkaouiとかいうカンパニー(だとおもうw)のリハーサルショウイングを見学。二十七日にプレミアらしい。そのまえにまだできてないけど人に見せて反応を見るというイベントらしい。おもしろかったよ。ああいうのをやって説得力のある日本人いないだろうな。ああいうの作ろうとする日本人もいない。
・で、なんとそこでブルキナファソ出身のセルジュアメに再開。ブリュッセルに去年の八月越してきたらしい。なんと、カルパナと結婚していたw
・ということで、モヤとカルパナにセルジュアメとオーストリアから来たダンサー(なにさんだっけ・・・)とディミトリと彼の友人のフィリピン人と近くのパブで呑む。南アフリカ、インド、ブルキナファソ、ベルギー、オーストリアにフィリピン、で俺は日本。こっちではこういうばらばら加減は別に珍しくないんだが、びっくりが続いて興奮。
・モヤのうちに移動。弁護士志望の賢そうな居候(なにちゃんだっけ)がクレープを作ってくれて食う。リンゴ酒をたらふく呑む。あ、オーストラリア出身の彼女とクジラ食う食わないで議論つうかどうなのよ?っていうはなし。モヤと彼女と三人で作品作る事になった、らしい。もちろんテーマはクジラ食う食わないカンガルー食う食わないじゃないよ。意見はかみ合わないけど話がおもしろいっつう事で。ぎくしゃくしたら適当にコミュニケーションツールをかえてクールダウンすれば良いんじゃないか、と。
・日玉さんも誘っていたんだが仕事を片付けてからくるとのことで、結局遅くなり、じゃあどっかであって外で呑むか、ということになり彼お気に入りだというバーでサシで飲む。久しぶり(といっても今回は一日数回短いけれどユウコさんと日本語で話すが)の日本語呑み会で饒舌になってしまいました。
・深夜二時にこっそりモヤのうちへ帰宅。
・翌朝七時半起きでディミトリに送ってもらって駅へ。
・寝ていたらルクセンブルクに着いた。
以上、ブリュッセルの一日。

それ以前のことは覚えていない・・・
あ、八日はオウテカのライブにいったよ。真っ暗闇で、なにも見えなかったよ。でも異様に盛り上がってててわらった。戦争かと思ったよw

写真でおもいだす。でも写真撮ってないわ・・・・
ムゼルカンティーン。ルクセンブルク料理屋。随分前だな行ったの。
どうも、打ち上げここでやるらしいよ。

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イースターの日曜日。エマニュエラのお父さんのところでランチ。
ちょうどおばあちゃんの誕生日だったらしく、ろうそく立ったケーキ登場でおばあちゃん号泣。
これは四十年ほど前からこのうちにあるというチャッキー風人形。こわいよ。みんなは怖くないみたい。

DSCF0224.JPG

帰りの電車で気がついたんだが、ブリュッセルであったみんなの写真をとりわすれた!
とりあえず写真ここで撮っとけ、どうもここは有名な観光地らしいぞ、とセルジュアメに促されるまま撮ったこのような写真が数枚しかない。

DSCF0271.JPG

あれよあれよと前回から五日間たってしまった。もう土曜日である。
月曜のことから思い出して書くと・・・わすれた。ほんとにわすれた。ルクセンブルクにいた。とだけ記憶されるだろう。

すんでいるところについて書いておく。
http://www.ccrn.lu/
こういうところ。
歴史はホームページに書いてあります。ちらっと斜め読みしただけだが、修道院になったりフランスの刑務所になったりナチの監獄になったり、なんだかすさまじいところらしい。
どこに滞在しているのかと聞かれてここだというと、お化け出ない?と何度かきかれた。
確かに薄気味がわるいところではある。目の前に立ちはだかる絶壁といいそこに設置された大砲といい建物の妙な堅牢さといい、さらに俺以外に人が泊まっている気配がない・・・いやなかった、昨日までは。どうもいるらしいんだが見かけない。なぜいるとわかるかといえば、ときたまバイオリンの音が小さく遠く建物のどこかから聞こえるからである。
牢獄時代は四千人の男女がここに収容されていたそうである。政治犯にユダヤ人たちに・・・
こりゃ、なんかいろいろあったな。

ああ、もうすぐ準備しないといけないのでもうすぐやめる。

しかし、この寂しい感じはなにかににているな、とおもって考えてみると、大学に入学して一人暮らしを始めた頃の感じに似ている。遠く実家から離れて、知り合いになったばかりの友人達と別れて帰るのも自分のアパートとはいえ仮の宿である。今春だし、そういう風に感じるのか。どっちにしろ、なんか、いいかんじである。
そういえば、一人暮らしを始めて俺専用電話をゲットし、長い夜の寂しさを同郷出身の友人との長電話で紛らわせたもんである(みんなお互い紛らわせ合った)。
で、ちょっと違うのは、いまはツイッターやらメールやらスカイプやらいろいろあって常に多数に向けてオンラインだけど、昔は遠距離でコミュニケートする場合は、よし!とこころにきめてわざわざ受話器をとってボタンを十桁くらい押さないといけなかったし、ずっと受話器握りしめていなくちゃいけなかったし、それしか手段がなかった。
そろそろ新入生のオリエンとか新歓コンパとかサークル捜しとか履修科目決めたりとかそんな時期なんだね。
今大学生だったらどうだっただろう?

じゃあ、そろそろおじさんはルクセンブルクの街にくりだす。

あ、一応、どんな部屋か。写真を。今回もあんまり写真撮ってないんだよな。いいカメラ買うとよくとるようになるのかな?イヤ、そういうもんではないな、カメラを構えるって、もっとなんかその人間の資質に関わると思う。

IMG_0757.jpg

IMG_0758.jpg

右端の建物がおれんち(心霊スポット)です。砲台から見下ろす。ステキな所でしょう?w

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