2010年5月アーカイブ

アチャー、また一週間。
猫のことを書きます。
ロイが死んじゃってから約半年後、うちに新しい子達がやってきまして、毎日がわくわく動物ランドです。
里親を募集されていた吉川さんという松戸の方から譲り受けました。一度に二匹も。同じ頃保護されて、二匹はいつも一緒に固まってガクガクブルブルしてたので一緒にもらってきました。

奥にいるのがメスのココで、手前がオスのアッシュです。いつの間にかでっかくなりました。

ココさんは、野良時代に追いかけ回された記憶があるのか、まだまだ逃げ腰な態度が癖になっていてなかなか触れさせてもらえません。でも、ひゃーひゃーぐるぐるいいながら近づいてきてはパパッと離れるのを繰り返すので、ほんとは甘えたくて仕方ないんでしょうな。やっとの事で撫でることができたと思いきや、しばらく恍惚の表情をしているんだけど突然我に返っていやいや安心しちゃダメダメ・・・と思い直して逃げていきます。愛されるのがヘタなんだな。切ない。人にもこういう女の子いるよなあ。こういうのみると、子供の頃うけた愛情の質っていうのの影響は大きいんだなあと思います。家族には無条件の愛で完全に守られてこないとすこしかわいそうな、っつうか危なっかしいポジションで人に愛されようとする子になっちゃうかもしれない。「ああ・・なんだ簡単におっぱい出せば愛されるんだあ・・」とか、「こんなあたしでも手首切ったらすっげー注目されたYO」「みんなの期待通りのキャラを演じれば愛されるんだあ・・・」みたいな子達は一杯いるよな・・・、だれかに常に愛されていることが前提じゃない子達が。切ない。
時間がかかるかもしれないけど、完全な信頼を勝ち取るまで根気よくただ与え続けようと思っているんですYO。

アッシュは簡単な猫です。やっぱり野良出身だから警戒心は強かったけど、簡単に攻略できました。こいつは保護されたときは片眼が目やにでふさがっていたそうです。吉川さんによれば、目がつぶれているんじゃないかとおもうくらいひどかったので目やにをとって目が開いたときには、あってよかった・・・と思ったそうです。猫風邪ヘルペスにかかっているので、体調を崩すとたぶんまた目やにが出てきちゃうんだろうけど、今は大丈夫。
ロシアンブルーの血が入っているのか、綺麗なグレーの細かく縮れた極細毛が顔までびっちりはえています。
この種類の猫は体がグニャグニャしている感じがあるんだけど、どうなんだろう。弟が飼っていたダダっていう子も同じ種類だと思うけど、奴もグニャグニャしてなんとなくいつもふらふらっと立っていたような気がする。

ロイがいろいろ教えてくれたように、この子達見てるといろいろ考えることあります。

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もうなんか一週間に一回くらいしか書かなくなって、これがあることさえ思い出さなくなってしまっているんだが、せっかくだから続けることにする。たまにはチリンチリンと音を立てないと死んでると思われる。思われても良いと思うほどにはまだ道に達しておらん。

昨日はケイコさんの紹介でダニエルとあってきた。偶然の再会のハプニングもあり。ワークショップ後、麻布十番のビルの狭間にある屋台でビール3杯くらい飲む。なんのこっちゃわからんと思うが、俺があとで思い出せればいい。
帰宅して気がついたが、風邪が悪化。薬飲んでねる。明け方、ひどい頭痛と腹痛で起きる。さらに風邪薬と頭痛薬を飲んで横になるも頭痛がひどすぎて眠れず。しばらくすると吐き気が襲ってきて飲んだクスリをそのまま吐く。それを尻目に子猫たちは大運動会を開始する。猫にまみれながら床をのたうち回っているうちにいつの間にか寝ていた。起きてすっきり。しかし、熱が続く。

金曜日まではもう毎日仕事ですよ。あ、火曜日は、破滅ラウンジに行ったな。どーゆー事になっているのかスウェーデン人にメールで説明しようとしたんだが無理だった。

1Q84book3よみおわった。たしかに村上春樹の小説だけど、誰でもない人に書かされたような物語だと思った。物語の作者は村上春樹じゃない、だれでもない、みたいなかんじ。いわゆる井戸の底に降りていったらカランと音たてて物語のコアがどっからかおっこってきて、それを慎重に丁寧に言葉にしていったような感じなのかな、と。そういうのは、ツルの恩返しのツルが羽根むしって機織ってるみたいな壮絶なさぎょうなんだろうなあ・・・とおもって、申し訳なくなった。そうやって出来た物だけがもつ神話的な強さ。でも、なんかそういう文学的な言いぐさで示すようなことじゃなくてほんとは、すっごくうつくしいアルゴリズムを作るとそっから生成されるものが同じような力強さを持つことがあるような、それに類する仕事なのかもしれない。自らの肉体をものすごい複雑で精緻なアルゴリズムを持つ物語生成マシーンに仕立てる作業。
とにかく、俺そんなに身を削ってしごとしたことないよ。ざんねんである。非常に。

子猫の人たちの写真を撮るのにいいカメラがほしいなあ。毛がいっぽんいっぽん綺麗に映るコンパクトカメラが。

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2~3日に1回は書くようにします。

自らの生活を振り返ってみて、なにも考えていない人というのはこういう人をさして言うのかと納得するほど、俺はなにも考えていない。めでたいことである。考えずにすまされない問題には直面しているのだが、思考停止である。

ところで、ツイッターがあると、ここを開く機会が減る。かといってツイッターにもそれほど書かないし、書いたとしてもこっちもあっちも意味のない当たり障りのないことだけだ。こういうばあいどこかで当たり障りのある活動をしてバランスをとっているのが普通かもしれないが、俺の今はトータルに当たり障りのない状態なので、どこへ行ったって無駄ですよ。無駄。

毎日書けば、日々思う些末な感想を思っちゃった順に時系列で追って書いていくことも出来るんだろうがそういう日記的な物にもなっておらんので、ジェネラルで本質的な問題を語る以外にやり口がなく、となるとジェネラルで本質的な問題なんて物に触れるような思考を一切しないので、書くことがない。

週末は掃除した。猫の人たちを病院に連れて行った。書かなくちゃいけないメールを放置して二日過ぎた。1Q84の1と2をやっと再読したのでこれから3がやっと読める。はあ。こんな調子である。

随分前にゴールデンウィークはおわってしまったが、実家に帰ったことを忘れてしまわないように記録。水戸芸にいってリフレクション何とかいう映像の展覧会をみてきた。

あ、そうだ、金曜の夜、石山と久しぶりに呑んだ。ちょっとした相談のしあい。インド方面。見本市で一緒に売り込んだのが実現しそうななさそうな・・・。

十一月に、インドで古典芸能のデジタルアーカイブプロジェクト第二弾をやりにいってくる、かもしれない。今度はカラリパヤットである。パッケージも作らなくちゃいけないんだが、今回はWebで展開させる。どっちかというとそっちのが得意・・・じゃないがプロではあるのでやりやすいか。
しかし、スケジュールの問題があるので調整しなければ。
ご飯が食べられなくなるのはこまる。

あ、六月十日でAppleCareがキレる直前(でもないか)にMacBookProがぶっ壊れてまたマザーボード交換。何も言ってないのに、ついでにスーパードライブの不具合も見つけてくれてそっちも交換。マザーボードは三回目。ドライブは二回目。オリジナル部品はほぼ筐体だけ。

写真はライトハウスのとなりの光圀。ライトハウスって言うのは俺が高校生の時はただのきったない小さな貸しスタジオだったんだけど、いまは結構盛り上がってるきったないライブハウスになった。酒屋がやってたんだよな、たしか。酒屋がなぜ貸しスタジオっていう謎だったんだが、そんな夢があったんだね。

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おお、そういえば四月二十日からここに書いていなかった。
二週間か。もちろん東京に帰ってきている。噴火問題も落ち着いて飛行機も無事飛んだ。帰国は四月二十五日。
二週間分の記憶をたどるのは、むりではないが、きつい。結構楽しいことはいっぱいあったんだが。

こんな感じで。

エムレのうち(バスで一時間のルクセンブルク郊外。ハートオブヨーロッパな感じのド田舎)で打ち上げパーティー。

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南浦和でのんでくって大騒ぎ。自ら発明したダンススタイルを勝手に披露しトランス状態に陥る娘。
よくみたら、父親は床で、家主は奥の椅子で撃沈しておる。

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今週末は水戸の実家に帰ろう。一ヶ月の東京不在後すぐのゴールデンウィークは、仕事やもろもろの些事で落ち着かない。

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