十日、月曜日の日記。
と、そのまえに、さっきから何気なくsound cloudっていうので、ryuichi sakamotoといれて検索してわすれてそのまま垂れ流しにしてたんだが、わけわかんない電子音にわけわかんないお経のような女性ボーカルがながれてて、こりゃやばいなあこういうのが聴きたかったんじゃないんだけどな・・・でもめんどくさいこのままで・・・と聴いていましたが、ふとこれ誰だよwと思って確認したら、1980年のphewと坂本氏のライブ音源でした。
本日は一度八時頃起床して、流れない便所で用を足してまたねて、十時頃起きて流れない便所で用を足す。そのまま流れない便所で用を足すことを五回ほど繰り返す。出かけなくちゃいけないのに、準備が出来たかなと思うと便意を催すのである。腹を下してしまっていたのである。このまま出て徒歩二十分の通勤中、墓場の真ん中で便意を催すのもいやだからクスリを飲んで一応収まるのを待つ。
ところで、墓場ではよくおっちゃんが小便をしているのを見かける。図書館でクソがしたくなるように墓場では小便がしたくなるのだろうか?俺はしたくならないが。
ところで、さっきの音源だが、超つまらんので、変える。暗号じゃないけど暗号みたいな音楽に変える。
ところで、今宿泊しているゲストハウスは閑静な住宅街の一角にあるが、周りをキリスト教、ヒンズー教、イスラム教の大きな墓場に囲まれた、何とも業が深そうな地域である。あのヒンズー墓場はいつから墓場なのかは知らないが、信じられないくらい昔から墓場なのであろう。たぶんお釈迦様が生まれた頃にはもう墓だったんじゃないか?実際はしらんが、とにかくインドあるある、というかインドの第一定理である「作られるスピードで壊れていく」という法則に則って、できた墓は次から次へと片っ端から朽ちていき、無縁仏化していく。墓らしく盛り上げた土がどんどん原形をとどめずに片っ端から崩れていく。想像するに、ある程度いい加減朽ち果て「もうこれは墓じゃないよね?」的な土地の上に新たな墓が積み重ねられていく。その途方もない繰り返しを思いながらその墓場のまん中で立ち止まるとちょっと気が狂いそうになりますよw。ここすっげえ量の死体が埋まってるんだなあ・・・と。
ところで、腹を下しながらも無事に墓を抜けてアタカラリへいき、メールに次ぐメールをこなし、六時少し過ぎ早めにあがる。もちろん貧弱な街灯に照らされた墓場を抜けて家路へ。
とちゅう、ビリヤニ屋で飯を食おうと思ったのだが、なぜか今日はすごくたくさんのおばちゃんがテイクアウト待ちで店が大騒ぎになっており、少し座って待つがなかなか相手にされないのでやっぱり店を出て近くのcafe yとかいう洋食屋っぽい店に行く。ステーキがあったのでステーキを注文。どんなもんかと思いきや、こんなもん。よく焼いたクジラ肉のような代物。堅い。なんかぱさぱさ。でも、ローズマリー風味のソースはうまかった。出来合いのものかもしれないけど。そうじゃなかったら、料理人の人、申し訳ない。
写真は、ちょっと食べかけですいません。

帰ってきて、ビールを飲みながらkeyholetvでNスペを見て日本を憂う。