2011年1月アーカイブ

今日はもう土曜ではないか。二十二日。
ゴアやらバラナシやらカルカッタやらまるでヤングなバックパッカーのようなコースでインド観光をしてきたトーマスとイムレがバンガロールに到着してから、どたばたと彼らのペースに巻き込まれいつの間にか土曜の朝になっていた。

DVD仕事の方は、東京でコナヤビさんががんばってくれている。クリスは結局一週間ほど前から連絡が途絶え、完全にこっちに来てからやる予定モードになってしまった・・・
とりあえず、構造もビデオもデザインも(!)あやふやなまま28日のプレゼンテーションと関係者へのベータ版配布を控えているんだが、それと同時にフェスティバルのオープニングパフォーマンスの映像演出という別件も動き始めてお騒ぎである。

昨日の行動を簡単に説明すると、朝十時頃アタカラリへ出勤し、昼飯はトーマスとイムレとコシーズでラギニにおごってもらい、植物園で木やら池やら草やら土やらを撮影し、夜はエリアムのうちに招待され別件でバンガロールに来ているロレンゾと再会し奴の音響ビジネス?に関して延々話を聞かされw十二時頃帰宅して、すぐねた。

今日はクリスが来る予定だったが、到着が夜になるからミーティングは明日にしようとかいってきた。

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うあー、火曜日を思い出せない。何食ったっけ?
ああ、フェスティバルのオープニングイベントが行われるNGMA(国立現代美術館)にいって、会場を下見した。ジャイとシークレットガーデンとかいうレストランで焼きうどんのようなペペロンチーノ的な何かを食った。とてもおいしいと評判の隠れ家的な店ですが、フェットチーネ的な焼きうどんが出てきてびっくりしますよ。まあ、そんなものなんですかね・・・
アタカラリに戻って、少しDVD仕事。少しオープニングイベント仕事。
うちに戻ってオープニングイベント仕事の続き。
夕飯を食っていなかったので腹が減って仕方なく、カップ麺を食った。食わなきゃ良かった。

水曜日。今日は、昼頃アタカラリ到着。二時まで仕事。メール書いたり書かれたり。
車で送ってもらって、フェスティバルのプレスカンファレンスのためにNGMA。覚悟はしていたが、壇上に上がらずにすんだ。
アタカラリに帰ると、トーマスとイムレが到着していた。ゴア、ボンベイ、バラナシ、カルカッタ、あとバングラデシュに近いなんとかというリゾートをまわって、バンガロールにたどり着いたらしい。
八時頃まで、メールを書いたり書かれたり。
ウィルソンの車で送ってもらって、ゲストハウスへ。イムレは近くのホテルへ。
トーマスのシャワーを待って、ヘマのビリヤニ屋で飯。バターチキンみたいなのと、ゴビマンチューリ?っていうのと、ジーラライス。あと、なんかロティみたいなの。あ、コーラ。
ビールを三本ほど買って帰ってきて、一本飲みながらこれを書いてる。
今日は、もう閉店する。まあ、明日からがんばる。今夜は勘弁。

死んでるか生きてるか分かりません。ものすごい日差しの中、他人のうちの墓の隣にこのようにぶっ倒れている人体がありました。

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ちょっとしばらく見ていましたが、だいたいビー玉遊びのルールは一緒のようです。日本のガキがやってるのと。手つきも盛り上がりかたもいっしょ。おどろくべき事です。

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ストレッチ中のダンサー達。

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某氏からタイトルが2010年のままだという指摘を受けたので、2011年にした。
また、自分からの指摘で、前回起きたら十二時過ぎてたのは土曜日でした。しかし直していない。

日曜日と月曜日の日記。
日曜日は、パンクーリと先日一緒にUBシティでご飯を食べたシバーニと一時半にコシーズで待ち合わせ昼食。シバーニの友人の青年(名前を失念ごめん1回で覚えられないんだよ・・・何でか知らんが)も加わり、なぜか昼間っからビールをがんがん飲んで飛ばしまくってしまう。興味深いお話をたくさん聞けた・・・はずなんだが、なんでだろうかこれは俺だけなのかもしれないが英語で話したりきいたりした話題を日本語で思い出すのが困難である。すっかり忘れてしまっている。そのときは非常に興味深くきいて、ほほーそうなんだあ・・・・なんて感心しきったりするのであるが、おれあのときなんの話に感心してたんだっけ?っておもいだそうとしてもなかなか思い出せない。orz. 酒のせいだけじゃないと思う。
で、確か五時頃までにビールを三人で6~7本開けたのである。(パンクーリは車なので飲まなかった)

わかれてスーパーへ寄り野菜ジュースを買い込んだりして歩いて帰宅。七時頃。そのあと仕事をするつもりだったのだが、全く仕事にならず、いつの間にか寝てしまっていて起きたら深夜四時ごろ。二日酔いではないが胃を酷使したために胃酸があがってきて苦しいので吐く。二度寝。

月曜日。胃酸を吐いて二度寝して起きると九時半頃だったか。ツイッター等を巡回してだらだらし、昼頃出かける。ものすごい日差しにくらくらしながら今日も墓を抜けていく。
今日はとにかくいろいろ待ちでスタックしており、七時頃までオープニングパフォーマンスの映像送出用プログラムを作ったり、メールしたり。
朝食と昼食は抜き。
帰りにヘマのビリヤニ屋でローストチキンでもかって部屋で食おうかと思ったが休みだったので、そのまま先まで歩いてカフェワイにはいり、チキンがスパゲッティの上に乗っかって分けのわからんソースをぶっかけた食べ物をオーダー(そういう物だと知っていればオーダーしない)。とにかく、この店は学食のサービスランチみたいなものをもったいぶって出しているだけなので(だいたいこのくらいのクラスの飯屋はそんなもの)もう近所だからといって二度と来ないだろう。スパゲッティくらいならなんとかと思っていたけれど、あの肉の下敷きになってるのはまるで給食のうどんみたいだったのでそれもダメだな。

今日は、死体を二体見た。
帰り道、墓の暗い道を抜けているとき、棺桶を担いだ男数人と取り巻いてはしゃぐガキ数人とすれ違った。道をあけて通り過ぎるのをまった。男達はなにやら念仏みたいなものを叫んでいた。棺桶の蓋は別の男が担いでいて、フタのしていない棺桶は中が見えたが、随分若そうな男だった。なんで、こんな暗い時間にわざわざ死体を墓に運んでくるのか・・・。
道をあけて脇によけたつもりが、足下が暗かったので、土を盛っただけの墓の縁を踏んづけてしまっていた。
もう一体はイヌ。住宅街の道路の街灯の下に、枯れ葉を掃き集めた山が出来ていて、そこに保護色なのではじめはよく分からなかったのだが、イヌの死体も一緒に捨ててあった。良くこういうところに寝ているので、一瞬生きているのかも・・・と思ったけれど、枯れ葉が体の一部にかぶっていたので死んでいるのが分かった。

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バンガロール日記がこんなに続くから、いい加減いったいいつまでインドにいるんだこいつ?とおもう友人が多いらしく、メールやツイッターなどでこのところいつまでそこにいるんだというお問い合せがちょくちょくあるんだが、一月三十一日に戻ります。

戻る前に、二つばかりけりを付けなければいけない仕事がありまして、一つはカラリパヤットのDVD。もう一つはダンスフェスティバルのオープニングパフォーマンスとやらの映像演出等のお手伝いです・・・良くわかんないけど。

滞在半月を残し、どちらもゴールは遠く霧の中ですw

さて、昨日、金曜日はいつものように八時頃まで仕事して、部屋帰って野菜ジュースと茶飲みながらiTunesでレンタルしたインセプション観た。来るときの飛行機の中で観ようかと思ったんだけど、字幕なしだし画面ちっこいしカットされてるっぽいので観られなくて悔しい思いをしたからである。それと、いちどiTuneでかりてみたかったからである。(ちなみに、味をしめたので、いま別の映画をダウンロード中です。何かは内緒wちょっと恥ずかしい)
で、インセプションだが、すごいですね・・・・これはびっくりした。感想は・・・っていうかびっくりした。
それと、ノーランっていうのは、おれと学年的には同じじゃないですか。このアイデアを物語にしてさらに映像化するの超たいへんだっただろうなあー。あつかえる仕事量のキャパが違いすぎる・・・w
まあ、そんなこと考えていても仕方ないので、毎日おいしいご飯が食べられるようにがんばります。

二時頃寝たが五時半頃なぜか起きてしまう。インセプションのせいだろうか?
仕方ないので、コーンフレーク食いながらネットで外国じゃ見れるはずがないアニメなどを観てまた寝る。

日曜日。起きたら十二時過ぎてた。ネット巡回して、これからの作業に備えてハードディスクの中を整理して空きスペースを作ったりしてたら、一時半頃。
腹が減ったし部屋の中が寒くてやってられないので、外を散策アンド飯。MGロード方面に向かって歩いて、やっぱりココナッツグローブでチキンカレーとパロタを食うことにした。ちょっと望みのケララカレーとは違った物オーダーしちゃったけど、まあ辛うまかった。これ参照
ジョンソンマーケット付近にあるスーパーで水やコーンフレーク(もう、スパイスいやってときにこれしか食欲がわく物がない・・・)やネスレの長期保存ミルク(ビニール入りの牛乳はなんか味が好きじゃないしどうもボイルしないといかんらしいので、ネスレのやつは日本と同じ味するし世界品質wっぽいから安心)を買って帰る。そしたらすでに五時・・・。
本を読んだりネットみてだらだらしたりしてたらもう十一時過ぎじゃないですか・・・
まいったな。

ところで、昨日今日明日と、なんてったっけ?冬至のお祭りらしいんですよ。あ、ポンガル。またはサンクラーンティ。ここら辺ではポンガルっていうらしい。あんまりバンガロールでは派手にお祭りなどをしない風潮があるので特に何もないですが、家々のまえの文様がちょっと派手になってたり花がいつもより多くばらまいてあったりします。

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昨日は書くのを忘れていたようだが、内容も忘れてしまったので、ツイッターのここここでも見てあとで思いだそう。

本日の日記。
むちゃくちゃ寝過ごす。十一時近くまで寝ていたのか?
野菜ジュース飲んで行水をして出勤。いろいろ大変なことになって参りました。なって参りましたが、あんまり順調に進んでいるとは言い難い事に相成っております。

パンクーリが友達誘ってるからご飯を一緒に食べに行こうと約束をしていた。七時。しかし直前にちょっと長引きそうなミーティングが勃発。結局八時半に。

連れて行ってもらったのはUBシティという、まあ、バンガロールの六本木ヒルズのようなところ。かなり小ぶりだが。ラジャスタンのミールスのお化けみたいな料理。目の前に食器だけ用意してあるところに、3~4人の兄ちゃん達が、ものすごい勢いで給仕していく。で、全ての皿に盛りおわったら、いただきます。
じゃあさ・・・はじめから盛ってくればいいじゃない?といいたくなるのも我慢する。そういうのは無粋ですよね。合理性ばかりじゃ、おもしろくない。

そういえば、どっかで読んだ話(たぶんケージのサイレンス?)で、だれかがインドの坊主に、なんで神様は世の中に悪を作ったのかってきいたら、だってその方がおもしろいからじゃない?ってこたえたっていう・・・・まあ手元にないので正確な記述は確認できないが、まあ、そういうもんだよ。テキトーだな。おもしろいだろうけど、きっついよね・・・。とはいえ、それを楽しみはするが、自分がやることは合理的にやる。おもしろく思える立場にいられるとラッキーだから。

で、はなしはその食事に戻って、パンクーリと待ち合わせしたのは彼女の高校生からの親友の・・・名前を失念、明日きこう。彼女は、アメリカに留学したあと、筑波大学に交換留学プログラムかなんかでやってきて、卒業後東京に出て早稲田の大学院でなにやら学んだらしい。いまは自動車工業に関してのリサーチを大学でしてるんだそうだ。優秀である。日本語がとてもうまい。早稲田の一風堂の近くに住んでたから良くラーメン食いに行ってたらしい。

そのあと、すこしUBシティの中のバーで飲んでパンクーリにうちまで車で送ってもらった。

しかし、UBシティ?とか、なんだ、これ、二千四年に初めてきた、あの街とおなじ街なのか・・・?

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十日、月曜日の日記。

と、そのまえに、さっきから何気なくsound cloudっていうので、ryuichi sakamotoといれて検索してわすれてそのまま垂れ流しにしてたんだが、わけわかんない電子音にわけわかんないお経のような女性ボーカルがながれてて、こりゃやばいなあこういうのが聴きたかったんじゃないんだけどな・・・でもめんどくさいこのままで・・・と聴いていましたが、ふとこれ誰だよwと思って確認したら、1980年のphewと坂本氏のライブ音源でした。

本日は一度八時頃起床して、流れない便所で用を足してまたねて、十時頃起きて流れない便所で用を足す。そのまま流れない便所で用を足すことを五回ほど繰り返す。出かけなくちゃいけないのに、準備が出来たかなと思うと便意を催すのである。腹を下してしまっていたのである。このまま出て徒歩二十分の通勤中、墓場の真ん中で便意を催すのもいやだからクスリを飲んで一応収まるのを待つ。

ところで、墓場ではよくおっちゃんが小便をしているのを見かける。図書館でクソがしたくなるように墓場では小便がしたくなるのだろうか?俺はしたくならないが。

ところで、さっきの音源だが、超つまらんので、変える。暗号じゃないけど暗号みたいな音楽に変える。

ところで、今宿泊しているゲストハウスは閑静な住宅街の一角にあるが、周りをキリスト教、ヒンズー教、イスラム教の大きな墓場に囲まれた、何とも業が深そうな地域である。あのヒンズー墓場はいつから墓場なのかは知らないが、信じられないくらい昔から墓場なのであろう。たぶんお釈迦様が生まれた頃にはもう墓だったんじゃないか?実際はしらんが、とにかくインドあるある、というかインドの第一定理である「作られるスピードで壊れていく」という法則に則って、できた墓は次から次へと片っ端から朽ちていき、無縁仏化していく。墓らしく盛り上げた土がどんどん原形をとどめずに片っ端から崩れていく。想像するに、ある程度いい加減朽ち果て「もうこれは墓じゃないよね?」的な土地の上に新たな墓が積み重ねられていく。その途方もない繰り返しを思いながらその墓場のまん中で立ち止まるとちょっと気が狂いそうになりますよw。ここすっげえ量の死体が埋まってるんだなあ・・・と。

ところで、腹を下しながらも無事に墓を抜けてアタカラリへいき、メールに次ぐメールをこなし、六時少し過ぎ早めにあがる。もちろん貧弱な街灯に照らされた墓場を抜けて家路へ。
とちゅう、ビリヤニ屋で飯を食おうと思ったのだが、なぜか今日はすごくたくさんのおばちゃんがテイクアウト待ちで店が大騒ぎになっており、少し座って待つがなかなか相手にされないのでやっぱり店を出て近くのcafe yとかいう洋食屋っぽい店に行く。ステーキがあったのでステーキを注文。どんなもんかと思いきや、こんなもん。よく焼いたクジラ肉のような代物。堅い。なんかぱさぱさ。でも、ローズマリー風味のソースはうまかった。出来合いのものかもしれないけど。そうじゃなかったら、料理人の人、申し訳ない。
写真は、ちょっと食べかけですいません。

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帰ってきて、ビールを飲みながらkeyholetvでNスペを見て日本を憂う。

ほう、もう十日か。
いちおう、週末の日記。
土曜日、忘れちゃったんだよ・・・
確か朝は少し遅く起きて、で、停電があって、東京にいるうちの奥さんとスカイプして、いろいろお願い事して、メールを書いたり単純作業をしたりして、夜は天明さんの助言に従って播磨に寿司を食いに行ったんだよ。寿司と天ぷら。
で、帰ってきてからも少し作業をして遅くまで起きていて・・・

日曜日、起きたら十二時半頃。目覚ましをかけて寝なかったらどんどん寝る。なぜなら部屋に窓がないから一日中同じように暗いんです。朝は、やっぱり朝日がまぶしくて起きる感じが理想なんですけどね。まあ、東京のベッドルームも遮光カーテン締切で寝るから朝起きても暗いんだけど・・・それはうちの奥さんの趣味です。
というのはどうでもよくて、こんな事なら今日一日どこか観光にでかければよかったかなどと一瞬もおもわず、ネットみたり本読んだりして過ごす。
起きてから野菜ジュースしかのまないのはさすがに腹が減るので、夕方五時ごろぶらっと飯を探しに出かける。ブリゲードロードにはすっごい人出。チャーチストリートとミュージアムロードの角にあるエンパイアっていうレストランでケララカレーとパロタを食う。夜食にタンドーリチキンを持ち帰る。
ナイキのGPSで走ったルートとかタイムが出るiPhoneアプリでみたら、往復六キロくらいあるいた。毎日そんくらいは歩いているけど、道がすごいからなかなか疲れるんだよね、山登りみたいで。カオス状態な車道を渡るときは命がけだし。
さっき腹が減って夜食のタンドーリチキンをくって、少しオールドモンクをのんだ。ちょっと食い過ぎたな。
明日は控える。

今はもはや十二時過ぎ。寝るか。

団地の牛

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ムスリムの墓地にいる大量のトンビ?

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寝たいところで寝る。

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こいつら(十代前半くらいの兄貴分と十歳くらいの弟分二〜三人)いつもここにいるんだけど、どっかから手にいれた携帯電話の画面をみんなでギャアギャアいいながらみていた。

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おばあちゃん、ここで寝るか?行き倒れか?
ぼけすぎだな・・・

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木曜日金曜日の日記。
仕事内容以外、ほぼ同じなので、違うところだけ書く。

六日木曜日の食事。
朝、紅茶、昼、なし、夜、ローストチキン半分(前日の食い残し)、野菜ジュース350ml。キングフィッシャー1本。オールドモンクちょっと。

七日金曜日の食事。
朝、紅茶、昼、アンドラ弁当お裾分け、夜、野菜ジュース350ml、ムーンダル小皿一杯、ポテチ少々、キングフィッシャー1本、オールドモンクコップ一杯。

七日、あ、まあこれは仕事のことだけれど、うちの奥さんとスカイプで話しているうちにけんかして、落ち込む。でも、顔が見られてよかった。あと猫が2匹ともかわいかった。

ついでに仕事のことだけれど、ここにきて仕様が決まりません。ここからの仕事だという理解で来ればよかった。いろいろ思い込みで何も見えないことが多くなりますね。やっぱ、日本的なマニュアルどおりな仕事の進行っていうのにも一理あるんだよなあ。よっぽど仕事できる奴ならまだしも、行き当たりばったりでやるとムダに手数が多くなるよねえ・・・ここまで当事者が理解していなかったとは思っていなかった、ってなんど経験すればいいんだ・・・二度目だろ学習するだろJKそれで俺が雇われてるんじゃなかったのか?俺。でも、ほんっとにわかんないんだよ。うまいやりかた。

さて、おもしろ写真のコーナーですが、きょうは滞在しているゲストハウスです。アイロン台をテーブル代わりにしております。こやなんディーじゅんZはここで一生懸命xmlと戦いました。

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四日と五日の日記。

四日。ジュン爺が帰った次の日は昼頃出社、八時頃まで仕事して帰宅。朝食昼食抜き、夕食にカップ麺とポテトチップ。消化器官が休まる。しかし、ビールにオールドモンクを暗号放送ききながら。なんにもやりたくないので、読書。村上春樹のインタビュー集。1時頃就寝。

五日。九時頃起床すると停電している。湯沸かし器の電源を切っていたので、お湯が出ない。シャワーを浴びて出勤したいので、復帰を待つ。昼頃まで部屋で読書したり、資料をチェックしたり、メールを書いたり。バッテリーがいかれているらしく、MacBookのバッテリーも持ちが悪いのですぐ切れる。iPhoneも充電をし忘れていたので、すぐにバッテリのインジケータが赤くなる。
しょうがないので、出勤。しかし、アタカラリも停電。この辺一帯(といっても随分広いエリアである)が全部停電らしい。そのまま夜6時頃まで復帰せず。事務所ではUPSとジェネレータでしのいでいたが、一般家庭は日中まるまる電気の供給がなかったということである。東京でこんな事が起こったら天地がひっくり返るくらいみんな大騒ぎするだろうけど、こっちのひとはただ受け入れている。なんでそんなにすなおに受け入れることが出来るんだw 俺が言いたいのは、だれか責任者を糾弾しろといってるんではなくて、これは社会問題だからなんとかみなさん改善しませんかという社会的風潮のことです。停電いやならUPS買おうぜとか、しょうがないよー困るならジェネレータ使えばいいじゃん、みたいな、それぞれで何とかしたらいいじゃんという風潮があるようにに感じる。水もそうでしょう。ペットボトル買えばいいじゃん・・・とかいってると、水道が壊滅状態で発展しないまま、ペプシとコカコーラだけががんがん儲かっていくだけだよw まあ、わかんないですけどね。表面しか。
8時頃、終了。帰宅。

いつも通勤している道をご紹介します。

この道を一人毎日往復するのはけっこう「せいしんてき」にダメージが大きいです。

墓場が写っていますが、毎日墓場を抜けていくのですよ。さもなければ、ものすごく遠回りをしなければいけないのですよ。

川は完全に死んでいます。子供達はたぶん親に言われてその水を汲みにやってきます。口を膨らませている子がうつっていますが、その子は川の水を瓶から汲んで直接飲んでいました。わかしてもどうなるもんでもないですが。ただの泥水と、工業廃棄物や生活排水に化学的に汚染されている汚水の区別もつかないんだろうと思います。細菌や環境ホルモンや重金属といったものも理解できていないでしょう。病気になるのは憑き物が憑くくらいに思っているのではないか。

ものすごい悪臭です。鼻を押さえても空気に味がついているようで口でも息したくないくらいです。みなさん、その周りで普通に生活しています。何が普通か分かりませんがw もちろん、飯屋もあるし屋台も出てるし、強力な悪臭にもかかわらず、同じところに朝から晩までただただ座ってる爺さんもいます。

ところで、小学生の頃、目黒川は日本で一番汚染度の高い川だったとならいましたが、いまはサクラの季節には花見客で一杯ですな。

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三箇日もへったくれもないが、今日で三箇日もおわり。
香港の空港でフリーワイファイでつないでここをみるかもしれない淳爺にインドの呪いをかけ直すため、今日一日のことを書いておく。
そうか、あの人はどこにも書いておかないので、いつか思い出すためにこの記事をまた見直すことがあるかもしれない。そう考えると、少し詳しく書いてやろうかとも思うが、そんなことはしない。残念でしたー。

夜遅くまでがんばっていたジュンジと遅く起きて、十一時ごろゲストハウスを出ていつものアンドラスタイルの汚い飯屋へいくが、従業員の十代前半くらいと思われるガキが指一本たてて追い返すので、一時に開店なのだと理解し仕方ないので角屋へ。マサラドーサ。

事務所で仕事。八時頃まで。
とちゅう、四時半頃か?やっぱり例のアンドラ定食屋に行き、ミニミールスをくった。チキンフライにチキンゴタンダだかゴックルだか、そんな名前のとにかくチキンカレーみたいなチキンの塊も注文。チキンの内臓くさいチキンカレーとコリアンダーくさいチキンカレーが薄っぺらなステンレスのさらに無造作に盛られてきた。あとは、いつものバナナの葉ですよ。一人五十ルピーくらいですよ。ミニミールスは三十ルピーくらい?五十五円?
もちろんうまいよ。東京のインド屋でこれが出てきたらね。

ジャイとジュンジと三人でコシーズへいき、俺はフィッシュアンドチップス。キングフィッシャー。

ジャイの車で部屋に帰ってきて、ジュンジは荷造り、おれはキングフィッシャーの続き。足りないので、酒屋まで二人で散歩がてら買い出し。ヘマとあったビリヤニ屋でタンドーリチキン2ピース購入。毛地獄入りのむく犬や元ジュンジの嫁の雄イヌなどに別れを告げながら部屋へ戻り荷造りやらチキンやら。ジュンジはシャワー。おれはオールドモンク。

十一時半頃、約束より十五分ほど早くタクシー到着。見送り。

一人部屋に戻り暗号放送ききながら、オールドモンク。

さて、あとひと月か。
こういうときの妙な寂しさは、いくら経験しても慣れることはない。
二千五年だったか六年だったか、うちの奥さんが一足先にインドから帰国していくのを見送ったときは、全身鳥肌が立つほどの妙な寂しさだった。
しかし、この感覚はわるくないよ。

ジュンジの元嫁。

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バンガロールで迎えた元日の日記。

前回書いたように、窓のない非常に薄暗いへやで二度寝し、起きたのは・・・・何時頃だったか忘れた。

もうすぐ帰る淳爺の買い物デーにつきあう。
出かける支度をして、リキシャをつかまえ、コラマンガラへ。まずコナヤギがエレクトリックタブラがほしいというので楽器屋へ。結局買わず。
昼飯時なので、食堂で北インドミールスを食う。天一にたとえると、南はあっさり北はこってりである。
ファブインディアで枕カバークッションカバーを購入。
帰宅して仕事。

夜は予定していたように、噂の日本料理屋「播磨」へ。
ゲストハウスからは歩いて二十分ほどの距離なので、到着したときにはいい感じに腹が減っていた。
よくあるような雑居ビルの四階だけれど、店構えも店内も日本クオリティーですばらしい。店員さんも腰が低い接客。
にぎり寿司、納豆巻き、豆腐サラダ、天ぷら、味噌汁。アサヒビールにさつま白波ロック。豆腐サラダの豆腐がちょっとちがったけれど、ほぼ正解。にぎり寿司は期待以上でしたよ。
まあ、高いですけど。でもまあ、実は安いですけど。寿司と天ぷら食って一人四千円弱だからね。
満足して帰り道、コナヤンギーは近所の食堂でさらにタンドーリチキンをテイクアウト。
深夜遅くまでタンドーリチキンを夜食にお仕事がんばっていました。俺は応援していました。

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で、つづいて二日。

朝十一時頃、コヤナンディ氏がまた買い物に出かける。この買い物量はあきらかに重量オーバーではないのか?
十二時半にMGロードのコーベリーでまちあわせ。出がけにうちの奥さんからスカイプがあって、少し遅れて到着。
ココナッツグローブで昼食。昼間からがっつりくう。蟹カレーにチキンカレーとパロタ。ここはふつうにうまいですよ。
リーバイスの直営店に寄って値段を確認したら、なんかすごく安かったのでつい一本買う。2099ルピー。三千八百円くらい?
裾上げしてもらっている間に以前はMGロードに面していたがいまは一本裏通りにチャーチストリート沿いの元ダリアという日本料理店のあとに入っているインド珈琲屋さんで休憩。そのあとまたコーベリーへいきジュンZのお土産購入につきあい、ジーンズを受け取って帰宅。
今後のスケジュールのことなど考える。

よる、ジュンちゃんが帰ってきて一仕事したあと、ネットでだれかのブログに書いてあったうまいと評判のビリヤニ屋へ。ここへも歩いていく。三十分。暗くて道に穴空いてたりどぶ板はずれていたりするので一苦労である。
しかしたどり着いたビリヤニ屋はすごくうまかった。
ジョンソンマーケットを抜けて帰宅。

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明けましておめでとうございます。
本年もよろしくおねがい申し上げます。

三十一日大晦日は少し遅くまで寝て昼頃出勤。昼飯はウィルソンガーデンのなんたらいう飯屋でイドリーとワダ。と、スパイスご飯追加。

アタカラリで七時四十五分頃まで作業。

一度ゲストハウスへ戻って荷物を置き、歩いて三〜四分のところにあるジャイの家へ。
八時半には日本時間で年が明ける。ジャイの家で1度目の2011年を迎えた。
夕飯をごちそうになる。ヘマとディヤと新しい若い男性ダンサー二人と。
ビールとウイスキー。

何時頃だったか、ディヤのハイヤーに乗せてもらってビールを買いに行き、家へ戻る。どん兵衛で年越しそば。三分待ってちょうど2度目の年越し。
箸を持ってきていなかったのは詰めが甘かったが、俺は年越しそばのことなどすっかり考えていなかったので、ジュンジ偉い。
外でドッカンドッカン花火のような音がする。なにやら人が大勢で歩いている気配がする。遠くの方で完成や口笛やクラクションが鳴り響いている。ダンサーの兄ちゃん達によれば、MGロードあたりはすごい人出でまともに歩けないだろうとのことである。年越しは特に宗教やらなにやらと関係ないし別にイベントもないので、なんの目的もなくただ人が街に出て歩き回っているだけなのだそうだ。バーとかクラブとかレストランとか遅くまでやっているんだろう。
ビールとそばで腹がぱんぱんになったのでねる。

元日は一度八時頃目がさめたのだけれど、二度寝。窓のないベッドルームが牢屋のように暗いので、なかなか目がさめないんですよね。

今日のことは、夕食から帰ってきてから書きます。

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